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    ebizou_1127

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    Che gelida mania (冷たき手を)

    #成化十四年
    14thYearOfChenghua

    Che gelida mania (冷たき手を)ここ最近、城内外で酷い風邪が流行っていると聞いていたので、十分に注意をしていたのだが、とうとう汪督公がお風邪を召してしまった。

    やはり今日の外出が良くなかったのだろう。

    お戻りになった後、直ぐに麻黄湯を処方したのだが、余り捗々しくない。

    夜着にお着替えになって、寝台でぐったりなさっている督公にお声掛けした。


    「百合粥、ご用意しましたよ。起きられますか?」


    弱々しく首を横に振る督公のご様子に胸が痛む。

    私は、督公を抱き起こした時に触れた、思ったよりも華奢な背中に驚いてしまった。


    「熱いの…いや…」

    「承知しました。少し冷ましましょうか」


    枕元に置いた椅子に腰掛け、椀に入れた粥を匙で混ぜながら、督公を見る。

    こんなに頼りなげなご様子を拝するのは、配属以来初めてなので戸惑ってしまう。

    何処を見るでもなくぼんやりとなさっているので、私はあまり深く考えずに、粥を掬った匙を督公のお口元に近付けた。

    督公は、ごく自然に、黙ってお口を開けて下さった。


    「熱くないですか」

    「うん」


    粥をお口に運ぶ。

    お匙が唇に触れると、雛鳥のようにお口を開けて粥を食べて下さる。

    私は、可愛い小鳥を世話しているような、楽しい気分になってしまっていた。


    「丁容。もういい」


    だるそうなお声で、そう仰った。


    「お側におりますから。少しお休みになって下さい」


    夜具にくるまった督公の額を、私はそっと撫でた。


    「丁容」

    「し、失礼しました」

    「いや…。お前の手は冷たくて気持ちいい。まるで私の…」


    督公は、そう呟いて、急に口を噤んでしまわれた。


    「私の?督公の、何ですか?」

    「なんでもない…」

    「冷たい手だ、とよく嫌がられていたのですが、今夜はお役に立てて嬉しいです」


    まるで幼い弟の世話をしているようで、つい頬が緩んでしまう。

    右手、左手、と交互に額を撫でて差し上げていたら、落ち着かれたようで、しばらくしてすぅすぅと寝息が聞こえてきた。

    私はそっと手を離して、湯冷ましや薬湯の用意をして、しばらくお側に控えていた。

    半刻程経った頃だろうか、うなされて何か小声で仰っているのに気付いた。

    最初は『妹儿』かと思ったが、妹君がいらっしゃったとは聞いていないし、その他も聞き取れない単語ばかりだ。

    ご出身から察するに、壮族(チワン族)の言葉だろうか。

    残念ながら、私は壮族の言葉は全く分からないが、その言葉は安南(ベトナム)や暹羅(シャム)とよく似ていると聞いた事を思い出した。

    暹羅の言葉なら、子供の頃近くに住んでいた老爺に教えてもらったことがあるから、少しは聞き取る事が出来る。

    漢語とは思わず、暹羅の言葉として、督公のうわ言を聞き取ってみることにした。


    「แม่(お母さん)」


    そう聞こえた私は、思わず泣き出してしまいそうになり、ふと思い至った。

    先程「私の」と言いかけておやめになったのは、母上の事だったのではないか。

    いつになく弱々しい督公に、感情移入し過ぎているのかも知れないが、額の汗を拭って差し上げながら思わず呟いてしまった。


    「จะอยู่เคียงข้างคุณ(側にいるよ)」


    すると突然督公が手を伸ばしてきて、私の袖を掴んだ。


    「ได้โปรดอย่าไป(行かないで)」


    ああ、これは暹羅の言葉だ。

    私は再び


    「จะอยู่เคียงข้างคุณ(側にいるよ)」


    と言った。

    あまりにもおいたわしくて、そのままぎゅっと抱きしめて、背中を撫でながら言える事はこれしかなかった。


    「ไม่ต้องเป็นห่วง(心配しないで)」

    「หายเร็วๆ นะ(早く元気になって)」


    督公は、まるで小さな子供のように、私の腕の中で何度も頷いた。

    東洋医学では、背中にあるツボ、風門から邪気が入ると風邪を引くとされているので、私はずっと督公を抱きしめたまま、その背中をさすっていた。

    時々、小声で


    「จะอยู่ข้างๆเธอตลอดไม่ไปไหนอีกแล้ว(もうどこにも行かない、側にいるよ)」


    と囁きながら。


    私が、暹羅の言葉を少し話せる事は内緒のままにしておきたい。

    確認した訳ではないので何とも言えないが、あの夜の事を督公は覚えていらっしゃらないご様子なので、この件は私の中だけにしまっておきたい。

    あれ以来、うわ言を仰る程に寝込まれる事はなくなったが、督公がよくお休みになっていらっしゃる時、そっと耳許で暹羅の言葉を囁いている。


    「จะอยู่ข้างๆเธอตลอดไม่ไปไหนอีกแล้ว(もうどこにも行かない、側にいるよ)」

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