デリヘル呼んだらホストが来た① そのときの幻太郎は屍であった。作家という職業で生計を立てている以上、避けては通れない〝締め切り〟というゴールを立て続けに三本越えた夜、幻太郎の理性は完全に崩壊していた。だから、 魔が差した。そうとしか言いようがない。
「う……」
最悪の気分で幻太郎は薄目を開けた。一瞬、耳鳴りがひどいのかと思ったがそうではなく玄関のチャイムが連打されているらしい。ピンポーンピンポーンという音が頭の奥まで響いてイライラする。
「くそっ、非常識な……こちとら締め切り明けなんですよ」
悪態をつきつつ幻太郎はのそりと布団から這い出して玄関に向かう。完成した原稿を送り出してから何時間眠っていたか確認していないが、外の暗さを見るにまだ夜なのだろう。幻太郎は怒りをこめてやや乱暴に戸を開けた。
「何度もチャイムを鳴らさないでください、聞こえていますか、ら」
「こんばんは、パルファンから来ました一二三です」
目の前に立っていたのは思いもよらない人物だった。
「伊弉冉、一二三?」
闇夜に昇る太陽とでも表現するべき髪を揺らしながら、その男は深々と下げた頭をゆっくりと起こした。煌めく金色がまっすぐに幻太郎を見つめ、とろけるような笑顔で微笑みかける。
彼にこんな顔を向けられる謂われはない。幻太郎が固まっていると一二三は小さく首を傾げた。
「立ち話もなんだから、上がらせてもらえるかい」
「は……なぜ、あなたを家に上げなければならないのですか」
「きみが僕を呼んだからさ」
呼んだ? 自分が、伊弉冉一二三を?
自慢の脳を回す暇もなく、伊弉冉一二三はやんわりと、けれど有無を言わさぬ様子で幻太郎の家に上がり込んだ。易々と家に入られてしまったことを後悔しながら一二三を睨みつけていると、当の人物はジャケットを脱いで肩をすくめる。
「そんな顔しないでよ。俺っち別に奇襲に来たとかじゃなくて仕事で来たんだから」
ナンバーワンホストの顔から、魔法のように人懐っこい男の顔つきに変化する。しかしその表情は幻太郎の態度に辟易としているようだった。
「仕事……? いったいなんの話ですか」
「あんたもしかして酔ってる? 自分で予約したんでしょ」
そんなことを言われても突然訪問される意味は分からない。一二三があきれ顔で自分のスマートフォンを突き出した。警戒しながら画面を見るとそれはメールの受信画面で、自分の名前と住所がはっきりと記載されている。
「ほらここも。ちゃんと読んで」
一二三が画面をスワイプすると〝ご予約内容〟という項目の下に店の名前が記されていた。幻太郎は声に出して読み上げた。
「ゲイ向け風俗店……パルファン」
「そう。大正解。俺っちキャスト、あんたお客」
デリバリーされてきましたぁ、と一二三は呑気な声でそう告げた。