進捗#1『お前に紐づいた二つの因果の話をしよう。まずは一つ目、お前がこの世界に生まれてくる前、純然たる魂が経験してきた前世の話だ』
頭の中に直接語り掛けるように、どこからともかく聞こえてくる声。
声の主が誰であるかは、しかし明確ではあった。目の前で頭を持ち上げ、時折ちろちろと舌を出している蛇。その蛇が自分に話しかけているのだと直感的にわかっていた。
だが、話の内容はそもそもわからず、理解する気もない。蛇もそれは割り切っているようだった。何せ話しかけている相手は、ようやく自力で座ることができるようになった程度の赤ん坊である。
『お前はこの世に生まれおちる前、高潔なる戦争を戦い抜いた戦士だった。いまその体に覚えがなくとも、観測された記憶は全てお前の中に眠っている。これは来るべき時がくれば、おのずと紐解かれるだろう』
蛇の胴体は長く、赤子をぐるりと取り囲んでもまだ余るほどだった。赤ん坊を中心にとぐろをまき、柔らかい頬に頭を寄せる。
『二つ目は、その心臓に絡みついた神の繊維についてだ。それは神の存在、その最も起源に近い姿の一部となる。お前の心臓には厄介な縁がこびり付いているからな。繊維はただの繊維として、お前の肉体に寄生しているのみだが、加護くらいは発揮していることだろう。そしてお前の中に眠る記憶同様、いずれその繊維を通じて、神の持つ全能に接続できるようになる。神が司る全てを知り、全てを能い、手法と手段とを整えれば、全てを掌握することも可能だ』
淡々と語りかけられている赤ん坊は、じっと蛇を見つめている。
話の内容はわからずとも、その存在が発する懐かしさだけは、はっきりと感じ取っていた。
例えば母親と父親、自分を庇護し愛してくれる存在に抱く親愛。ともすればそれよりももっと深く、濃いつながりのようだ、と。
しかし赤ん坊の興味はその不思議な感覚よりも、紐のような不思議な体の作りにそれる。
未だ頭の中の声は続いていたが、臆することなく蛇の体を鷲掴みにすると、持ち上げたり床に落としてみたりかじってみたりと、気ままに遊び始めた。
『ゆえにお前は……おい、度胸のある奴だとはわかっちゃいたが、にしても怖いもの知らずすぎるだろ。神とか以前に蛇だぞ』
かじられた辺りで流石に狼狽えたようで、蛇は諫めるように赤ん坊の額を頭部で小突く。しかしとうの本人は、遊んでもらっていると勘違いでもしているのか、無邪気に笑顔を見せるだけだった。
『まぁ、いいか……。いますぐどうのって話でもない。筋を通す意味で、ちょっと会いにきてみただけだからな』
蛇は威厳を取り繕うのをやめたようで、赤ん坊が自分の体を玩具にするのを諦めたように見ていた。
しかしそう長く時間はとらず、小さな手からするりと抜け出て距離を置く。離れた場所では、赤ん坊の『今の名前』を呼ぶ母親の声がしていた。
するすると床を這い、一度だけ振り向く。大きく開かれた紫色の瞳がじっとこちらを見ているのを確認してから、再び床を這って屋外へと出て行った。
『じゃあな、相棒。また会える日を楽しみにしてるぜ』
去ってゆく蛇の姿を、取り残された赤ん坊はただじっと見つめていた。慌てた様子で近づいてきた母親に抱き上げられても構わずに。