特別な日、特別な人特別な日、特別な人
手元に残る沢山のお祝いの言葉と沢山のプレゼント、食べきれないほど料理は見事に無くなり、巨大なケーキも欠片一つ残っていない。
ニキは寂しくなったESの誕生日会場に佇んでいた。
「誕生日、あんまり好きじゃなかったんスけどねぇ………」
ぽつり、感慨深そうに呟いた。
幼少期、椎名ニキの誕生日と言えば日常と変わりなく経過するただの日付けと同じだった。
変わりがあるとすればいつもはセールスばかり録音されている留守番電話に両親の誕生日おめでとうの言葉が録音されていた位である。
それもニキにとっては悲しくなる一因でしかなかったのだが。
どれだけお祝いの言葉を貰っても家に帰れば1人で、祝ってくれる人は居ない。
おめでとうと言われれば嫌でも誕生日を意識せざるを得なかった、ただただ寂しい気持ちになるだけだと言うのに。
それがアイドルになってこんな風に祝って貰えるようになるなんて思っていなかった。
そしてこんなにも誕生日を楽しめるようになった事にニキは人知れず笑みを零す。
さて、そろそろ寮に帰ろうか。
そう思った時、ピロン、っと携帯から通知が鳴った。
ポケットから携帯を取り出し画面を見ると燐音からのメッセージが目に入る。
「ニキの家、10分で来なきゃシメんぞ☆」
ニキはそれを見てこれ以上ない笑顔を浮かべる。
急いでポケットに携帯を入れると、そのままESの廊下を走った。
皆の用意してくれた料理でお腹はそれなりに満たされている、気分も良い、体力も今日はまだまだ残っている。
夜の闇に怯む事無くアパートに向かうべくESを飛び出した。
カンカンカンとけたたましい音を立てて階段を登る。
ニキはこんなに音立てたら怒られちゃうかな、なんて考えるが今は何よりも早く家に帰りたい。
父親名義のこのアパートの解約には父親のサインが必要で結局解約せずに終わった。
今ではもう、数ヶ月に1度掃除をしに来るくらいだが、こんなにそのまま残して置いて良かったと思う事はもうないだろう、走った事による動悸と嬉しさで真っ赤になった顔のまま口角を上げる。
部屋の前までたどり着き、息を整えていると、少し軋んだ音と共にドアが開かれる。
目前に飛び込んで来たのは紅い髪と海のような瞳、それと困ったような、嬉しそうな、複雑な表情。
「なァに?ニキ、走って来たンかよ。」
「だって、祝ってくれるんでしょ?」
「……嬉しそうな顔しちゃってまァ」
そう言って燐音は大きくドアを開いてニキを迎え入れる。
暖かく光の灯った部屋と料理のいい匂い、幼少期のニキに与えられなかったニキの一番欲しかったもの。
ちょっと歪なオムライスとざっくばらんに切られた野菜なんかはご愛嬌と言うやつだろう。
ニキにとっては自分のために四苦八苦して料理を用意してくれたという事実の方が余程重要なのだから。
「燐音くん、頑張ったっすねぇ〜、ありがとう。」
「ま!俺っちにかかればこんなもンっしょ!……流石にケーキは市販だけどな。」
「僕のために用意してくれたんでしょ?ならなんでも嬉しいっすよ。」
燐音はぐ、と言葉がつっかえたような顔して恥ずかしそうにニキを睨む。
いつもの手足が出るような誤魔化し方からすればニキにとってはこの位可愛らしくすら思えてしまうものだが。
そんな事を考えていたら走った分のカロリー消費がやってきたのかニキのお腹は腹が減ったぞ!とばかりに大きく鳴く、そんな欲に忠実にテーブルにある料理にキラキラとした視線を向け、燐音の顔を見る。
「手ェ洗ってきたら、燐音くんに感謝して食いやがれ☆」
「やった!も〜お腹ぺこぺこっす!」
ニキはどたどたと急いで手を洗い、すごい速さで居間に戻ってくる。
テーブルの前にどんと腰を下ろすと用意されていた箸を使い料理を食べ出す。
その向かいに燐音はゆっくりと座り込みテーブルに手を着いてニキの胃に吸い込まれる料理達とどこか満足そうなニキの顔をじっと見つめた。
「楽しかったかよォ、お誕生日会は」
「んー、んまぁ、楽しかったっすよ?それなりに。」
少し考え込んだ後ニキはそう答える。
次に、補足してニキは燐音にこう伝えた。
「僕ね、大勢に祝って貰えるのは嬉しいけど、こうやって燐音くんと2人でお祝いする方が好きだな。」
瞬間燐音は顔を真っ赤にさせニキの頭をそれなりに本気の力で叩いた。
ばしん、とそれなりに大きな音と共にニキは叫び、後に響くようなじんじんとした痛みに悶絶する。
「いっっったぁーー!!」
きゅう、と頭を抱え込み痛みを過ぎ去るのをじっと耐える。
だってニキの誕生日の思い出と言えば殆どが燐音との思い出で、ずっと続いてきた2人のお祝い事だった。
燐音がニキの誕生日を大切に思ってくれる事、当たり前のように傍に居てくれる事、皆にとっての当たり前をニキに与えてくれた人。
ニキが誕生日を悪くないと思えるようになったのは燐音が転がり込んで来たからだ。
燐音がいなければきっと自分に当たり前は与えられなかったのだろう、とニキは思っている。
だからこそ2人でのお祝いがニキにとって皆にお祝いされるより嬉しかったのだ。
「ばかにき」
これ以上なく真っ赤な顔で燐音は呟いた。
ニキは涙目になったままそんな燐音を見て、ふ、と愛おしげに笑う。
特別な日のお祝いと、ろくでなしで面倒臭い、ニキの特別。