一等星の貴方一等星の貴方
「今年は逢えたンかね」
星の見えない都会の夜空見上げる
ビルやマンション等を敷き詰められ、その上電灯で照らされていてはどんなに美しい星空であっても人工的な光に掻き消されここからではよく見えない
隣に居るニキは七夕だからと事務所の人達に貰った笹団子をこれでもかと言うくらい口いっぱいに詰め込んでこちらを見ていた
先程の独り言が気になったのだろうか、ニキはきょとんと目を瞬かせる
「んぇ?なんの話しっすか?」
「ニキきゅ~ん?お前は今日の日付すらも忘れちゃったんでちゅか〜?」
「え………?あ!七夕の事っすか?!燐音くんがそんなお話気にするなんて珍しっすね」
折角の七夕だと言うのに高いビルに囲まれた中では空だってろくに見えやしない
コンクリート出来た街に詰め込まれせせこましく日々を過ごしているなんて俺たちは観察キットの昆虫かよ、なんて皮肉めいた事さえ思う始末
故郷を狭い狭いと思っていたが都会も同じく
また別種の息苦しさがあった
コミュニティに囚われると行った点は故郷と同じか、それ以上に強いものだろう
星々のように強い光に呑み込まれ、弱い光からその輪郭を失くして行くのだ
「ンー?だってロマンチックだろ?
引き離された2人が年に一度の逢瀬が許される日ィ~、なんてよ」
お前と俺は引き離されたらもう一生逢えないのだろうと予感があるから
きっと年に一度の逢瀬も許されないと知っているから
ニキは強い輝きを持っているのを知っている
俺なんか居なくたってきっと誰かが見つけてくれただろう、だってこんなにも眩しい
初めて見つけたのが俺だってだけで運命共同体にしてしまったこの輝きをいつか手放さなければいけない日が来ると覚悟している
だからちょっとだけ感傷に浸ってしまって
失敗した、声に出すつもりなんてなかったのに
「え〜?そっすか?
………僕だったら大事な人は離したりしないのに、年に一度なんて足りないっす」
「は…………?」
驚いたニキがこんな事を言うとは
じぃ、と穏やかな海色に見透かされているようで何となく居心地が悪い
「大事な物を手放さなきゃいけないくらいだったら逃げちゃいましょーよ、そしたらずっと幸せっすよ、ね?」
俺よりも高い体温に手を包まれる
そのまま手を引かれニキの頬に寄せられた
俺はろくに抵抗も出来ず、石のように固まってしまう身体とは裏腹に心臓はトクトクと鼓動が速まり、夏場にしては低い体温が燃えるように熱くなってく
顔どころか全身に熱が広がっていて、きっとひどい顔になってる
いきなりの展開に頭が沸騰してしまいそうだった
「ねぇ、燐音君はどう思うんすか?」
「お、れは」
真っ直ぐに見詰められ、頬に添えられた手からはじわじわとニキの体温が滲んでくる
緊張と動揺、そして跳ねる心臓のせいで声にならなかった音が喉を通り過ぎて掠れたような吐息となって外へ吐き出される
何かが変わる予感がして、早く応えろと本能がうるさい程の警鐘を響かせて心が急く
きっとこれは取り消しの効かない二択だ、答えを間違ったら、間違えてしまったらニキにはもうこれ以上近づけない
「………俺は大事な人が幸せなら隣に居るのは俺じゃなくても良いと思ってる」
ニキは明らかに落胆したような顔をした、添えられ手にも痛い位の力に顔が歪んだのかゆっくりと手が離され、降ろされる
これがニキが望む答えではないと知っていたが、これは俺の根底にある願いだから変えられない、でも、我儘が許されるなら
固唾を飲んで意を決した
ニキが声を発する前に想いを全部伝えるために俺は言葉を続ける
「でも、出来れば俺が幸せにしたいし
他の人間になんて譲りたくねェとも思ってる」
ニキは先程の落胆した表情を引っ込めゆるりと笑みを浮かべる
頬は嬉しそうに紅潮し、まるでご馳走を見てる時と同じような表情で俺を溶かしちまうような蕩けた視線を向ける
「あは、燐音君って頭良いのにほんっとお馬鹿っすよねぇ~!
最初っから素直にそう言えばいいのに!」
「あン?お前調子乗ってんじゃねェぞ?」
間抜けな顔して失礼なこと抜かしやがったからぎゅうぅぅっとニキのしっぽ髪を思いっきり掴んで傾けてやる
いたいいたい!離して!!と喚き散らしているが全ての原因はコイツだ、俺が真剣に思いの丈をぶちまけてやったと言うのに言うに事欠いて馬鹿とはなんだ、お前に言われたかねェよ
「だって、だってさぁ~、この後に及んで僕から離れようとするんすもん!
僕が居ないと燐音くん駄目になっちゃう癖に」
「っはァ?!誰が!!そんな事!!!」
「なっはは~!言ったじゃん、燐音くんの手を引くのは僕の役割なんすから」
ひゅっと息を飲んだ
確かにあの夏の日、ニキはそう言って俺の故郷に着いて来ようとした
結果未遂に終わったがニキは本気だったのだろう、あいつは自由も血の繋がりも、何もかもを捨てないといけないような所にただ俺一人の為にニキはそれを選んだ
ニキがいなくても大丈夫なんて詭弁だ、きっと俺はニキに拒絶されたとしても一生引きずるだろう、どんなに虚勢を貼ったって俺自身が強くなってる訳じゃない、ニキが居なきゃ俺は俺を失くしてしまう事は分かっていた
だからそんな事言われたらほんとに手放せなくなるのに、やっぱお前のが馬鹿だよ
「燐音君の隣に居るのは僕じゃないと駄目でしょ?」
奪い取るような視線が痛くて、色が変わり深くなった蒼色に溺れてしまうような気さえする
あまりにも甘く見詰められるものだから全身から発火したように熱が上がる
俺っちもしかして思ったより愛されちゃってる?ニキくんこわ〜い♡
なんてふざけてみても上がった熱が引く事はなくて
俺に出来たのは苦し紛れにニキの肩口に顔を押し付ける事だけだった
「……お前がそれで幸せになれンならそうすれば良いんじゃねェーの」
「もー、そこは二人でって言って欲しいっす!」
ニキは一度目線を下げて前方に身体を向け足を前に踏み出した
「………ま、あんたが僕の幸せしか願ってくれないなら、しょうがないから僕はあんたの幸せだけを願ってあげるっす」
チカチカと光が舞った
軽やかにターンを決めて、射貫くような視線でこちらを振り返ったニキは星空を背負ったようにキラキラとしていて
「そしたら僕達2人で幸せになれるでしょ」
満足そうにそんな事を言う
お前、俺が断ったらどうすんだよ、それ
断るつもりなんてないがこんなにも自信満々で言われるとちょっと腹立つンですけど?
こっちはニキの事を考えて離してやろうと思ってんのに、お前が俺が良いって言うんだからこちとらやってらんねェってーの
「ばーか!お前恥ずかしいんだよ!」
道のど真ん中で大の大人が二人して恥っずかしいったらありゃしねぇ、だけど、なぁ?
俺の女神様がそう言うんだったら掛けきゃ失礼ってもんだろ?
「ニキっ!ちゃんとそこで待ってろよ!」
ニキは顔いっぱいに疑問を浮かべて口を開こうとするがそれは俺が許してやらなかった
ドンっと力一杯抱きしめた後一目散に走り出す
「俺より先に帰れたら答えてやるよ!」
「はぁっ?!いや無理っしょ!?!!」
燐音くんの鬼ぃ!なんて後ろから聞こえてくるが無視だ無視
こんな恥ずかしい事そう簡単に伝えられっかよ!
あぁ、でもいま最っ高に気分が良い!!
だから少しだけ帰ったらヒントをくれてやってもいいかもしれない
いつだって俺はニキに掬われてきた
だから少しくらい甘やかしたっていいだろ?
まだこの関係を明確にする勇気はないから
まだもう少しこの距離のままでお前と一緒に居させてくれ
ゴールが決まっているのなら、ニキがそこに立っててくれるならいつか自分の足で、意思でニキに追いついてみせるから
ーーーーだからその時は
返してやるよ、この愛を
伝えてやるよ、お前の価値を
好きだよニキ、何にも代えがたい俺の半身