アル蛍 真夏の閉じ切った部屋はそこにいるだけでじわじわと体に汗が滲んで来る。旅人も当然例外ではなく、肌を晒している部分に汗を滲ませていた。それをつぅっとなぞるのは部屋よりも熱く感じるものだ。背に垂れるものを綺麗にするとちぅ、と強く吸いつかれる。旅人が身じろぎして逃げようとしても少年──アルベドの力は強く、押し倒して手に入れた旅人の背を好きなように可愛がり続けていた。
「あるべど、それ、やぁ」
感じる部分を触られている訳ではない。けれど、首元の装飾も奪われてうなじや背にもう何分も唇で甘やかされていれば体は何かを期待し始める。時折ふるりと逃げ出す様と異なる体の揺れがそれだった。きっとアルベドだって気づいているだろう。旅人にその心地良さを教えたのは彼本人だ。
いっそ思い切り誘ってくれたのならば応えることが出来たのに、何を楽しんでいるのかアルベドのことが理解出来なくて、くやしくてかなしくて、さびしくて旅人は自分を抑え込む腕の下でうぅぅ、と喉を鳴らして泣き出した。流石にその変化は捨ておけなかったらしいアルベドが背に赤を散らす事をやめて力を抜いた。身じろぎが許されるようになり、旅人は自分を抱きしめるようにころんと横向きで丸くなる。見下ろす空の果てにある答えを見通す透き通った瞳をちらと見て、また喉を鳴らし始めた。焦らされた体は謝るように伸びて来た指に優しく撫でられると、知っている揺れを呼び起こす。ごめんね。高く優しい声の謝罪に耳奥をくすぐられると旅人は自分の内側がきゅぅと鳴いたのを聞いた。自分の身に何が起こっているのかわからず、涙と、くやしさとかなしさとさびしさと困惑を全て映した蜂蜜色でアルベドを見る。もう一度、謝罪が聞こえた。ぎしりとベッドが軋んでまた覆いかぶさるようにアルベドが旅人を組み敷いた。
「あ、るべど」
今度は、背ではなくなった。まぁるく守っていた体を返されて、にこりと笑む顔を見上げる。胸元を押しても動きは止まらない。ちぅ。鎖骨に吸い付く唇、首筋に、胸元の谷間すぐに散らされる赤。
「や」
「うん」
わかっているよ、とアルベドは返事だけは旅人の求めるものを渡してくれるのにその行動だけが伴わない。じくじく、じくじくと旅人は熱い部屋の中で溶かされ、唇だけで作り替えられていく。
「ある、」
「まだだめ」
ちぅ、と吸われたとまた思った時がぶりと甘い痛みが走った。
「ひっ、ぁ!」
それは焦らされた体にとってようやく与えられた刺激だ。決して『そういった』ものではないのに旅人の体は今までの比ではないほどに跳ねて、自分の体から滲むものに気づいた。
「や、ほんとに、だめ、おかしいよ」
「そうかい?」
顔を隠す為両手で覆ったのを見ながらアルベドはその甲にもキスをした。震えているのは体も声も、全部だ。ちろりと唇を舌がなぞる。仕込みは終わった。理解してもらうのはこれから先が終わってからで良い。
「蛍」
甘さのある声で呼び掛ければ恐る恐るといったように指の隙間から蜂蜜色が見える。頭を撫でてやりながらアルベドはその耳奥をまたくすぐってやった。
──キミが欲しい。良いかな?