甘い匂いは許しの導「ルキノーーーーーーーーーーーーー!!!性懲りもなく自室に引きこもって何をしている!!開けろ!!!!!私が来たぞ!!!!!!!」
面倒くさいやつが来た、というのがルキノの脳裏に浮かんだ最初の言葉である。自室において読書を嗜んでいたルキノは自室の扉越しに響く騒音にため息をつくと、重たい腰を持ち上げミシミシと異音を立て始めた扉を開いた。
「……うるさいぞアントニオ」
「遅い!!!!」
やっぱり閉めようかな。
※※※※※
人様の部屋の前で喚く騒音発生器、もといアントニオをなんとか自室に押し込め椅子に座らせたルキノは慣れた手つきで湯を沸かし始めた。その間もアントニオは不服気味で腕を組んでうなっている。
「特に今日はこれといった約束事をしていた覚えはないんだが?なぜ私は貴様に憤られなければならない!まぁ大体の予想は嫌でもついてはいるが……」
「今日はバレンタインデーだぞ?最愛と過ごすのが普通のことであろう!そして私はお前からのチョコレートを受け取るのだ!!!」
「だろうな………」
一変して満面の笑みでドヤ顔を晒すアントニオに対し、ルキノは呆れと疲れを一切隠すことなく顔に出した。本日は2月14日『バレンタインデー』、荘園においてもバレンタインイベントなるものが催されていた。とはいっても何かしらの愛を持つ人々がチョコレート菓子を作ったり、贈ったり、イベントタスクをこなしたり、はたまた自室でまったり過ごしたりと様々であるが、この二人にはどれにも当てはまらなかったようだ。
「それで?その口ぶりからでは私の行動の予想はついていたのであろう?勿論私宛にチョコレートを用意しているんだろうな??」
「勿論無いが???」
「なんだと!?!?!?」
「逆にどうして私が用意しているなどと世迷言を垂れられるのだ貴様!!」
アントニオは心底信じられないと言った顔で驚愕を露わにして慌て始める。
「いやいやいや、私たちは世間でいう恋人だろう!?ルキノから私に対してチョコレートを贈るのが自然の通りではないか!!」
「確かに不本意ながら私たちは恋人関係ではあるが、必ずバレンタインのイベントを遂行せねばならないという義理は一切ないし、チョコレートを渡すのはアントニオから私でも構わんだろうが!!」
「不本意???不本意と言ったか?!?!それにチョコレートの渡し手についてはルキノが所為ボトムであるのだから当ぜn……『死にたいのか?????』……」
ギャーギャーと、恋人関係…ましてはバレンタインデーにおいて普通は起こらないであろう言い合いを繰り広げるアントニオとルキノ。お互い意見を譲ることはなく押し問答が続く羽目になった。そうこうしているうちにだんだんとアントニオの声が小さくいじけたものへと変わっていく。
「あぁ……知ってはいた、知ってはいたとも。ルキノ、お前が極度に恥ずかしがり屋で恋人である私にさえ素直になりにくいということは。」
そういっておずおずとアントニオは小さな小箱を取り出した。箱には1輪の赤薔薇が描かれている。
「これは……チョコレート?」
ルキノがその小箱を受けとり蓋を開けると、1口サイズのウィスキーボンボンが3粒入っていた。
「自分の柄ではないとわかってはいるが………、それでも、多少は楽しみにしていたのだぞ」
アントニオはそう言って視線をルキノからずらすと、むくれたような表情を浮かべルキノの入れたホットコーヒーを一気に呷る。ルキノは珍しくアントニオが能動的に贈り物を用意したことに多少驚きつつ、いじらしい恋人の様子に小さくため息をつくとそっぽをむくアントニオに声をかけた。
「……私はあまり正面から愛を囁くと言った恋人に対する行動が上手くできない。だからといって決して好ましく思っていないというわけではない」
「わかっているわそんなこと。貴様の恋人だぞ?私は」
「……アントニオ、今日の試合の予定はどうなっている」
「この状況でその話か??????……これから一戦試合が入っているだけだ。そんなことを聞いて何を……」
言葉を紡いでいる途中、アントニオはルキノによってシャツの襟もとを強引に引かれるとルキノの唇によって自身のそれを塞がれた。ぬるっとした舌の感触がしたかと思うとすぐに解放され味わうことはできなかったが確かにそれは口づけであった。アントニオの口内にほのかな甘みが残っているのがその証拠である。突然のルキノの行動に呆けていたアントニオは再度襟首を引っ張られ立ち上がされるとそのまま部屋の外へと追い出された。
「は……?おいルキn『全吊りだ』……???」
ルキノはアントニオに背をむけたまま言葉を続ける。
「もし貴様が今夜の試合において四吊りを見事成し遂げたのなら、この続きをくれてやる」
今までの不貞腐れた様子は何だったのか、アントニオは一気に喜びを露わにし、
「……言ったな?約束だ、約束だぞルキノ!!」
と食い気味に言い放つとすぐさま試合のためにマッチング室に向かって走り去っていった。
アントニオの背中を見送った後自室の扉を閉めると、ルキノは扉を背にしてゆっくりと床へ座り込み自身の顔を片手で覆った。
「これが今の私にできる最大限だ。……ここまでしたのだ、1人でも逃がしおったら許さないぞ、アントニオ」
その顔は真っ赤に染まっていたのは本人のみぞ知ることである。先ほどまでルキノの飲んでいたマグカップからはバレンタインデーにふさわしい、甘い匂いがした。
※※※※※
♪~~、♪♪♪、、、
試合開始時から狂ったように明るくハイテンポなヴァイオリンの音が響き続いている。
~~♪♪、♪、♪~~~~~
マップは赤の教会。サバイバー陣営は傭兵、機械技師、患者、心理学者で構成され、傭兵以外の三人は脱落し、生存している傭兵も失血死を待つばかりである。
♪、♪♪~~~~~、♪?
「今日はえらく、っは、ご機嫌じゃねえか」
傭兵…ナワーブはそう言って、件の音の主であるハンター…アントニオに声をかけた。失血の苦しみからかその声に覇気はない。
「ん~??失血死目前だというのに、なかなか頭が冴えているではないか傭兵よ」
「…そう明るい曲を常に弾かれてたら、嫌でもアンタの上機嫌さがわかるってもんだろ?なんだ、アンタも今日のイベントに、っ浮かれてるタチか?」
「あまり表に感情を出しているつもりはなかったのだがなぁ?」
そうアントニオは答えるが、その顔は常に喜色が浮かんでおり声にも笑いが含まれていた。ナワーブの言うようにアントニオの上機嫌さはすさまじいものだった。普段とは異なるとことん明るい曲調の音楽を響かせ続けるかと思うと、張り切っているのか機械技師とのファーチェを手早く済ませ、その調子で2連続救助狩りにDDをこなし、見事なまでの五台残しの四吊り目前にまで至った。ナワーブ自身ここまで機嫌のいいアントニオの姿を見たことがなかった分、その理由が気になったというのが今回の質問の意図である。
「アンタが、こういうイベントに興味があるとは思わなかったな……はっ…」
「それはあながち間違いではないぞ傭兵、イベントは単なるエッセンスにすぎないからな」
「……?なら、アンタの上機嫌な理由って結局、何なん……だよ…」
煮え切らない返答にナワーブは問い返す。しかしその答えを聞き届けることは叶わなかった。アントニオの足元にいたはずのナワーブが、失血死判定となり強制的に荘園へと還されたからだ。ナワーブの不在にアントニオが気づいたと同時に試合終了のブザーが鳴る。帰還を促されたアントニオは大声で笑い声をあげながらハンター専用の脱出口へと歩みを進めた。
「はっはっはっ!!見ているかルキノ!!!お前の言う通り滞りなく完璧なまでの四吊りだ!!……この褒美はきちんと受け取らねばならんだろう??実に楽しみだ……覚悟をしておけ」
そういって、自身が部屋を追い出されたときのルキノの首がほんのり赤く染まっていたことを思い浮かべつつ、歓喜の笑みを浮かべながらアントニオは最愛の人の待つ自室へと向かっていくのだった。