0210の日:2024「……あんたは、あまり自己主張というものが無いよな」
「…それをお前が言うのか」
日中のあたたかな日差しは影に隠れ、すっかり冷え込んでしまったとある月夜。まだ冬の半ばであると思わせる肌寒さは、室内で暖をとりつつ酒気を帯びるには何とも心地よいものである。勿論、逢引がてら酒を囲むことの多い大典太光世と鬼丸国綱にとってもそれは同じことであった。
二振りとも滅法酒に強い性質であるが、普段より早いペースで飲んでいた様子の大典太は、この日珍しく饒舌に話していた。
大典太は、万屋で見かけた飴細工の小鳥がよかっただの、今宵の夕餉の唐揚げが美味かっただの、思ってはいてもあまり口に出さないような些細な話を、先ほどからポツリポツリと鬼丸に吐露し続けていた。時折、鬼丸が飲酒を止めさせようと声をかけたが、酔っていないと一言ではねのけてはぐいぐいと猪口を煽り、今の今まで大典太は深酒を続けている。
冒頭の一言も、そんな最中に大典太が口にした、ささやかな本音の一つであった。
「…最近、厨から甘い香りがよくしているだろう。ちよこれいとなるもので菓子を作っているらしい」
「…それは知っているが、その話とおれの自己主張の話に何の関係があるんだ」
「…………人の子の世では、そのちよこれいとを好いている相手に渡す風習があるらしい」
「………それで」
「……あんたは俺に何か渡すものはないのか」
大典太と鬼丸は正真正銘、恋仲と呼ばれる間柄にある。しかし、二振りの間に恋仲特有の甘さは存在しない。大典太も鬼丸も季節の節目の行事やら、恋仲特有の記念日の文化に便乗するようなご陽気さは兼ね備えていない。逢瀬の時間は専ら飲酒に興じているし、言葉少なに流れで身体を重ねることはあれど、わざわざ愛を伝える言葉を口にすることはない。口付けでさえ、想いが通じあった日以降一度も交わしていない。その徹底ぶりに、他の同胞たちからは本当に恋仲なのか暗に尋ねられる程であった。
だからこそ、大典太は、密かに鬼丸との関係性に不安を抱いていた。大典太自身も鬼丸同様自己主張を積極的に行う性質ではない。しかし、人並みに恋仲特有の関係性というものに期待を抱いていないわけではなかった。
他の刀の前では恥ずかしいが、二振りだけのときぐらいは口を重ねたいし、好きだと口にしたい。許されるのなら、鬼丸の思考と行動を俺一振りだけに向けさせたい、とほの暗い欲を抱える程に鬼丸のことを好いていた。
それに対し、鬼丸は大変淡泊な様子を貫いていた。好きだと告げたのは大典太からであり、その時でさえ言葉少なに「わかった」の一言しか返さなかった。当時、大典太は鬼丸に好意を理解されたのかさえ分からず、想いを告げた翌日に酒を持っていつも通り部屋を訪ねてきた鬼丸に意味を問うた程である。一応恋仲であると鬼丸も理解していたようで以降特に問題があったわけではなかったが、次第に大典太は鬼丸を一方的に自分の欲に付き合わせているだけなのではないかと思うようになっていた。
そうして、地道に積もっていった不安と、恋仲メインのバレンタインデーという行事の空気感にあてられたことにより、
「…あんたは、本当に俺のことを好いているのか」
そう口に出してしまっていた。
二振りの間に流れる静寂。
「…………ぁ、違う、違うんだ。これは………すまん」
自身の失態に気づき一気に酔いが冷めた大典太は、素早く猪口を卓上に置くと身支度を始めた。今、鬼丸に何を返されてもろくなことを口に出せる気がしなかった。一刻も早くこの場から離れたい。その一心で立ち去ろうと動いた大典太であったが、それは鬼丸に身体を引き寄せられたことで叶わなくなってしまった。
「……っ!?おい、おに……」
「すまなかった」
引き寄せられた身体は鬼丸の腕の中に収められ、鬼丸と名を呼ぼうとしたが、不自然なところで途切れさせてしまう。耳に届いた謝罪の言葉に、大典太は鬼丸に全身を預ける形で固まり、至近距離で対面することとなったせいで大典太の心音は様々な意味で早まっていった。
「おれはあまり正直に口に出すことも行動に起こすこともしてこなかった。その自覚はおれにもある。口に出せばお前に引かれはしないかと……だが、それがお前を悩ませることになっていたとは思ってもいなかった」
鬼丸の、大典太を抱く腕に力が込められる。ぎゅうぎゅうという擬音が相応しいほどに力を入れられているのに、それは痛みが伴うことなく、ただただ大典太に安心と想いの強さを主張していた。
「おれはお前に想いを告げられる前から、いや、人の身を得る以前、足利での縁を得たときから……」
恐る恐ると大典太が、鬼丸の胸元から顔を上げると、二振りの視線がぴたりと交わった。
「好きだ、大典太。お前をいっとう好いている…この気持ちは決して偽りのものではない。………おれを、信じてくれ」
それは、ある種の誓願であり、大典太の不安を慰めるには充分すぎるもので。
「…………ずるいやつめ」
長い時間をかけその言葉を咀嚼した大典太は、ゆっくりと両腕を鬼丸の背中に回し、抱き返した。
言葉少なで不器用で、愛を伝える術に疎い二振りにとって、この行為は充分すぎる意味を持っていた。
「……ずるい、本当にあんたはいつもずるいやつだ」
「………すまん」
「……別に………俺も同じ気持ちだ」
「…!!」