監督生のセリフをわざと独白のような形にしています 訳も分からないまま不思議な世界の不思議な学校にやってきてしまって、訳も分からないままに色んな人たちと色んな出来事を体験しながら、早くも一年以上が過ぎてしまった。
はっきり言って、先生に逆らうことなんてほとんどない模範生――魔法は使えないにしてもね?――な私が、日々を慌ただしく過ごしているのは、周りに、主に相棒に巻き込まれるせいだと思う。そうじゃないとしても、頼りになる問題児たちと、言ってしまえばカモにされやすい魔法の使えない私。並べてしまえば、問題が起きた時に大騒ぎになりそうな面子だなあ、と今更ながらに頷ける。
で、今年からはその上――ほんとうの「オンボロ寮の監督生」になってしまったのだ。
元からそうだったけれど、なにを思ったのか学園長が、「今年からは共学を目指し、試験的に女子生徒の入学を、数名、許しています! もちろん名門である我がナイトレイヴンカレッジに相応しい魔力を秘めた方たちをね! で、女子生徒の寮生活に関してなんですが、グレートセブンに基づいて寮分け自体は行いますが、住まいは別です。寮に通ずる鏡はオンボロ寮に設置しますね。合言葉は女子と教師にのみ共有するということで。監督生さんは彼女たちの同性の先輩になり、オンボロ寮の先住民というわけですから、ぜひ、寮監としてもよろしくお願いします。ああ、あなたを思って女子生徒の入学を検討した私、なんて優しいんでしょう! それにしてもぺちゃくちゃ………(なにかを言っていたけれど、もはや記憶にない)」などと言った。そうしてその三日後には、鏡が設置されて、入学式が始まって、一つ年下のかわいい女の子たちが、後輩としてやってきたわけだ。
周りがみんな男性だった色濃い一年を過ごした身からは、女の子と接する機会をもらえたのは嬉しい。でも学園長がああいう時って、多分ほんとうに私のことを思ってじゃなくて、偶然の重なりを押しつけがましく言ってみせただけだろうなあ。
それに、女の子といっても、こっちは魔法を使えなくて、あっちは魔法を使える中でも、NRCに認められるくらい伸びしろがある女の子たち。
初めの頃は舐めた態度を取られたりした。そのせいで、その子たちと、最初から好意的な女の子と、あとはどうでもよさそうな女の子たちで勢力が三つに分かれて、一年近く味わっていなかった女の子の静かでじめっとバチバチな喧嘩を味わったり、エースを始めとした友だちが心配して助太刀に入ろうとして「女子ってコエーんだった思い出してしまった」「なぜか記憶がないが僕は一体」「力になれなくてすまねえ」「あったらにもおっかねえの初めで…」「な、なんなんだあの女たちは!!!」などなど怯えて帰っていったり。セベクの声が耳に入らなかったのには私もすこし恐怖した。え? そこまでヒートアップしてたの? 原因なのに蚊帳の外になりつつあったり。
最終的に、入学して最速のオーバーブロット状態になった一人の女の子を無事に助け出したあたりで、後輩である女の子たちはみんな私を認めてくれたらしい。いやもうこっちとしてはオーバーブロットをそんなに早く引き起こしてしまったその子が心配で、つい目をかけがちになったくらいなんだけど。リドル先輩とどっこいのストレス値なのでは?
ともあれ、私は後輩の女の子たちとも無事に仲良く、平穏…とは相変わらず、グリムたちのおかげで言い難いところなんだけど、過ごしていた。
でもいつも、問題が起きてから思い出すんだよね。
私、この不思議な世界で、「巻き込まれる運命の星の下」にいるんじゃないかなって。
ミアちゃん。ミア・グランツさん、ポムフィオーレ寮所属の女の子。もちろん住まいは我がオンボロ寮(から続く鏡の先の女子寮)だけど。
NRCの9割5分を占める男子生徒のだいたいが「清楚系でかわいい」「清楚できれい」「清らかすぎて近付けねえ」と評するミアちゃん。その通りに、飾りけがなくてすっきりしていて、だけどめちゃくちゃ可愛いのだ。「メイクはベースのみとは、顔の良さを理解しちゃってマァ~」だなんてイグニハイドに寮分けされた、めちゃくちゃ明るい美少女にからかわれて、顔を赤くしてたじたじになって、拗ねているような子。自分で模範生とか思ったりしたけど、ほんものはこちらです。ミアちゃんはとてもいい子です。ちょっと頼み事をしたときも、にこって微笑んで、分かりました、と言ってくれる。ミアちゃん、と呼びかけたときの、振り返った髪先からふんわり香る石鹸のかんじがすごい。
女子寮三分したときの「どうでもいいです派」だったり、無属性の魔法のボイド・ショットがまがまがしいものだったりするので、ただのいい子ではないのは知ってたけどね。
知ってたけど、まさかジェイド先輩を泣かすとはなあ。
たまげたなあ。
「いやたまげたじゃなくてさあ」
「ふなっ、ふなっ、ふにゃあ~~」
もにゅもにゅとグリムの頬をもみ回しながら、私に事の次第を教えてくれた――フロイド先輩が溜め息を吐いた。
「小エビちゃんなんにも知らなかったんだねえ」
ええ、まあ。オバブロ後輩を主によしよししたり、今ミアちゃんを呼びに行ってるあの子…入学当初から私に好意的で、かわいい後輩女子の中でも飛び抜けて美少女で、明るいイグニハイドの女の子と、けらけらしてたり。寮長の器じゃないんだなあと思い知る。なんか、アズール先輩とかならいち早く情報掴んでそうですよね。ひとをぼろ雑巾呼ばわりしたあの努力眼鏡を思い浮かべながら言ってみると、「アズールはジェイドを泣かせる『女』って事象に怯えてる」と返ってきた。いまの聞いてよかった話かな?
聞くだに、なんていうか、ジェイド先輩がミアちゃんにうざ絡みを繰り返して繰り返して繰り返して、喧嘩になったらしい。
ていうか二人に接点があったことすら驚きだなあ。オクタヴィネル寮はとっても癖が強いので、きちんと予防線を引いて接するんだよって歓迎会のとき言っておいたんだけど。
「へぇ。いっつも優しく遊んでやってんのに、酷いんだぁ、小エビちゃん」
おっと声が不穏だ。グリムが怯えるから過去の出来事を言ったまでですよ! 言ったらグリムの「ふなぁ」が「ぶにゃっぁ!?」になってしまった。かわいそうに…。
フロイド先輩の不気味な笑みと顔を合わせないようにして、私はミアちゃんが女子寮からオンボロ寮のリビングになるべく早く来てくれることを祈る。いやでも、フロイド先輩の目的如何によっては、彼女をポムフィオーレに逃がしてやらなければならないのだった。目的を聞いておかなければならない。
「ちなみにジェイドの好きな子はぁ、サイエンス部。きのこのなんかしてるときに会ったりするらしいよ」
そんな接点が。
って今好きな子って言いました!? そうだろうなと思ってたけどはっきり言っちゃうんだなあ。プライバシーの精神が死んでいる。
ところでフロイド先輩は、ミアちゃんに会ってなにをするためにここに? そう聞くと、きょとんとして瞬いたあとに、「ン~」と首を傾げる。「ふなあっ。オ、オレ様、エースのとこに行ってくるんだゾ~!」脱出できたグリムがドップラー効果を発揮しながら去っていく。まってまってか弱い魔力なしの相棒を置いていくことに定評がありすぎるんだぞ。
「それはねえ」
そう口を開いたところに、「ユウちゃん先輩~」という呼びかけとノック音、続いて「開けていい?」という明るい声。
「いいよ」
先輩はユウちゃんではなくフロイドさんですよね? まあいいんだけどもと思って、どうぞ、と答えると、「つれてきたよ」と「なにか用でもありましたか?」の二つの呼びかけ。男子生徒のかわいいランキングTOP1・2がやってきた。エース調べ。私はみんなかわいいです。ハーレムの中心みたいだなってカリム先輩が笑顔で言ってきたこと、忘れない。
ミアちゃんは部屋に入ってフロイド先輩を見た瞬間、ぱちと一つ瞬きをしたけど、なんにもなかったみたいに視線を私に合わせて微笑んでいる。弩級の美少女の方は当然みたいな顔をして私の隣に座るのがかわいいんだよね。「ミア早く座りなよ」って私の隣を占拠したうえで言うから、ミアちゃんが苦笑いして、余った対面の席に座る。
フロイド先輩? 私のもう片方の隣。いつでも絞められるね。恐ろしいね。足が長いから、ちょっと膝を開けるだけでものすごく場所を使っている。そんなところに入ってきちゃった後輩がいるものだから、私一人がぎゅうぎゅうになっているんだけど、両隣のどちらも配慮してくれない。フロイド先輩を警戒しているのか、魔法の使えない私を守るつもりで引っ付いてくれているのも知ってるので、なにも言うまい。グリムが敵前逃亡をしてしまったから、ありがたい限りなのだ。
「で~…お前、ジェイドといつまで喧嘩するの?」
ミアちゃんは気だるげなフロイド先輩に視線を合わせて微笑んだ。
「わたし、喧嘩なんてしていませんよ」
「はあ? 面倒くさ…」
眉を歪めたフロイド先輩は、はああと大きく息を吐いて頭を掻いてみせる。
「じゃあ、ジェイドのこと無視すんのやめてくんない?」
「…いやです」
きゅっと口を引き結んで、緊張したような、それでも挑むような眼をしてミアちゃんは拒んだ。フロイド先輩に怯えているんだ。
実際にフロイド先輩は目を細めて、低い声でぼそっと…だけど全員に聞こえるくらいの音量で、「うざってぇな」と吐き捨てた。
なにがあったの? そう聞くと、ミアちゃんは目を伏せて真顔になった。