『シュガーコート・パラディーゾ』後書き&ボーナストラック【後書き】
・タイトルについて
"シュガーコート"
お菓子の糖衣以外に難しいことを噛み砕いて話す、みたいな意味合いもあるそうで、モクマさんとチェズレイがお互い価値観違いながらも分かり合えること(を目指すようになったら)それ自体が一つのゴールなんかな…みたいな気持ちで使いました。単純に響きが好きってとこもあります、シュガーコート
"パラディーゾ"
パラダイスより響きが好きなんで使いたかった…がほぼ全てですが、言語が違う2つの言葉を組み合わせる=ギャップのある2人、みたいなお気持ちで採用しようとする自分の後押しをしました
”君にプロポーズを”
the pillowsの『プロポーズ』の一部フレーズが個人的にモクチェズソングの1つでして…歌詞の一部からタイトルいただきました(表記は変えてますが…)。
https://j-lyric.net/artist/a0006c3/l00f914.html
"常識を追い越して 強がりと踊るつもり
僕の事 引き受けてくれよ ずっと 枕並べて"
「引き受けてくれよ」ってものすごくモクマさんっぽいし、チェズレイを「引き受ける」ことができるのも自分だけだなと思ってそうなので。
・愛し合ってても価値観の同化はできないということ
今回の本のテーマ、価値観のすり合わせの話。
モクマさんとチェズレイが一緒に生きていくにあたって、この人たち多分一生分かり合えない部分もあるんだろうな〜と私は思っており、そこにどう折り合いつけてくかが生活(同道)よな〜という話をしたかった感じです
あと私、モクマさんは実の親より寧ろタンバさまに許しをもらう形(報告する形)で結婚するやろ、みたいな妄想があり…それもぶち込みました
何にせよ、モクチェズには末長く幸せに暮らしてほしいものだと思っています
以下ボーナストラックです。
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【モクチェズ】加速する脈拍
スイートルームと言うだけあって、案内された部屋は最上階を全部使った広々とした作りだった。置かれている調度品は一目見ただけでそれなり以上のものだと分かるし、窓ガラス越しには煌びやかな宝石を散りばめたような夜景が広がっている。
「はぁ〜、すごい眺めだねぇ」
モクマさんが感嘆したようにため息をついた。
「ご自分で予約したんでしょうに」
私が言うと、モクマさんは、そうだけどさ、と頭を掻く。先程から上辺は軽い会話を続けられていたものの、その実、全く身が入ってないのは確かだった。その証拠に、部屋の広さだの夜景だの当たり障りのないことを話しつつ、お互いその一点——部屋の端に鎮座している、私たち二人が寝転んでもなお広々と使えるだろうベッドには触れられていない。
(…………)
本懐かもしれない、とは思ったものの、心の準備ができているわけではなかった。寧ろ長年温め続けているだけになっていた気持ちに急に展開が追いついてしまったのもあって、酷く浮き足立ってしまっているのが自分でも分かる。
(………………)
今から、ここで、この人と。
私は密やかにモクマさんの方を見た。四十路を越えてなお雄々しさを保っていることが、背中だけでも分かる体つきをしている。
(………………)
この人とセックスをするのか、と思う。あの節張った大きな手に触れられて、あちこちに傷跡の残る厚い体と抱き合って——想像しただけで脈拍が早くなる。果たして彼についていけるのだろうか。別に貧弱なつもりはないものの、体の強度は明らかにモクマさんの方が上だ。それに、こちらはずっと覚悟をしてきたけれど、モクマさんは剥き出しの私を見てどう思うのか。
(…………あ、)
そこで私は見下ろした自分の服がやや汚れているのに気がついた。結局山道を登る羽目にはならなかったものの、(少なくともこちらは)意図していなかった"長旅"になったのもあって、普段以上に汗もかいている。
(…………何より、)
少しだけで良いから、一人になって、心の準備がしたい。否、心だけではない、体の準備も——
「シャワーを浴びても、」
「ルームサービスでも、」
言い出したのは同時だった。言い出した内容の違いに私は瞬きをする——あぁ、何て馬鹿な発言をしてしまったのだろう。時刻はまだ7時、夕食もとっていないというのに。
私の方を向いて、モクマさんは目を丸くした。
「……お前さんがそう言うなら、おじさんの方はその、……今からでも吝かじゃないんだけど」
どうする、と言わんばかりにモクマさんはベッドの方に目配せする。飽くまでこちらを尊重すると言わんばかりのその態度は、優しさにも思えるけれど、余裕を見せられたようで少し悔しい。
「……吝かでなければ、どうなさるんです?」
努めて冷静に聞くと、モクマさんは考えを巡らせるような仕草を見せた後、やがて少し遠慮がちに口を開いた。
「お前さんは……その、……誰かと寝たことあるの?」
探るような目つき——私はごく普通に聞き返した。
「トップの話ですか、ボトムの話ですか?」
「えっと……、」
言葉使いの問題か、モクマさんが少し首を傾げる。
「平たく言えば、男役女役という話ですよ」
「…………」
じわり、とモクマさんから滲み出る雰囲気が変わる。手慣れたように言い返したことで、モクマさんは一瞬でも意識したのだろう——私に、過去にそういった経験があったのかもしれない、と。
(あぁ…………)
モクマさんに嘘をつく気はない——けれど、努めて人に寛容であろうとするこの人が、過去にすら嫉妬するくらいに私を愛してるのだと思うと、また一つ脈拍が加速する。
「……安心してください、こう見えてどちらも未経験です」
私がそう答えると、俯いたモクマさんがピクリと反応した。
「性行為は初めてですので、やさしくし、」
最後まで言葉を言わせてもらえなかった。軽い動作で足を掬われて、訳が分からないうちに所謂"お姫様抱っこ"で——私はベッドに下ろされていた。
「あ、の……」
ただ無言でこちらを見下ろしてくるモクマさんに、少し気圧されそうになる。
「モクマ、さん……」
静かに手を伸ばされて、さらりと髪を梳かれる。それは私を愛おしむ行動にも、自身を落ち着かせる行動にも思えた。モクマさんはしばらくそうしていた後、ゆっくりと口を開く。
「あのさ、」
「はい」
「やさしく抱いてほしいなら、人を試すような物言いは止めといた方が良いよ」