Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    💤💤💤

    @issui_1013

    センシティブソーコ
    ※工口は公開後2〜3日でフォロ限

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji ⚽ 🏆 💒 💯
    POIPOI 54

    💤💤💤

    ☆quiet follow

    『KickingHorse Endroll(キッキングホース・エンドロール)』(文庫/36P/¥200-)
    12/30発行予定のモクチェズ小説新刊(コピー誌)です。ヴ愛前の時間軸の話。
    モクチェズの当て馬になるモブ視点のお話…? 割と「こんなエピソードもあったら良いな…」的な話なので何でも許せる人向けです。
    話の雰囲気がわかるところまで…と思ったら短い話なのでサンプル半分になりました…↓

    ##モクチェズ
    #モクチェズ
    moctez

    KickingHorse Endroll(キッキングホース・エンドロール)◇◇◇
     深呼吸一つ、吸って吐いて——私は改めてドアに向き直った。張り紙には『ニンジャジャンショー控え室』と書かれている。カバンに台本が入ってるか5回は確認したし、挨拶の練習は10回以上した。
    (…………落ち着け)
    また深呼吸をする。それでも緊張は全く解けない——仕方がないことではあるけれど。
     平凡な会社員生活に嫌気が差していた時期に誘われて飛び込んだこの世界は、まさに非日常の連続だった。現場は多岐に渡ったし、トラブルだってザラ。それでもこの仕事を続けてこられたのは、会社員生活では味わえないようなとびきりの刺激があったからだ——例えば、憧れの人に会える、とか。
    (…………ニンジャジャン……)
    毎日会社と家を往復していた時期にハマってたニンジャジャンに、まさかこんな形で出会う機会が得られるとは思ってもみなかった。例えひと時の話だとしても、足繁く通ったニンジャジャンショーの舞台に関わることができるのなら、と二つ返事で引き受けた。たとえ公私混同と言われようと、このたった一度のチャンスを必ずモノにして、絶対に絶対にニンジャジャンと繋がりを作って——
    「そこのお嬢さん、ちょいと良いかな」
    「!」
    後ろからかかった声に私は飛び上がりそうになった。通い詰めていた時期に舞台から聞こえてきたのと同じ声音だ、間違いようがない。今、私の後ろにニンジャジャンの中の人——モクマ・エンドウがいるのだ!
    (素敵な声……)
    年月の厚みを感じさせる、深みのあるトーン。振り向けばきっと(顔写真だけだけれど)見たことのある、渋いおじさまが立っているに違いな——
    「もしも〜し、お嬢さん? ドア開けるの手伝ってくんないかな? いやあ、ちょいと買いすぎちゃって」
    期待に満ちた私の目に飛び込んできたのは——両手いっぱいに食べ物を抱えた、間抜けな感のあるオジサンだった。



    ◇◇◇
    「いや~、美味かった。買い込みすぎたかと思ったけど全然食べれたなぁ。後であいつにもお土産買って帰らないと」
    「…………」
    意気消沈した私に返せる言葉はなかった。何かの間違いかと思いたかったけれど、風貌については一致する——一致してしまう。

    『ニンジャジャン役の方ですか……?』
    『あぁ、うん。おじさん、モクマ・エンドウって言うの。ピンチヒッターで来てくれた代役の子かな? フォローはするからよろしくね』

     そんなやり取りはあった——けれど、昔見た舞台や写真のキリッとした姿とはまるで似ても似つかない。
    「あちゃ〜、ソース溢れてる……このままじゃどやされちまう」
    何せ口を開けばこの調子で、おおよそ格好良いと思える瞬間が欠片もないのだ。食事一つ静かにできないのだろうか。
    (…………憂鬱だわ)
    私はため息をついた。何故か控え室には私とオジサン以外誰も来ない——本来なら好機だと思うところだけれど、全然やる気が湧かなかった。
    「何か不安なとこある?」
    ため息を勘違いしたのかオジサンが聞いてくる。
    「い、いえ……特には」
    私は答えた。別に不安はない——不満はあるけれど。この世界に飛び込んでから数ヶ月は経つし、それなりに度胸だってついてきた。単純に気が乗らないだけなのだ。何せ相手はこのオジサンだし。
    「ここのステージ古くてちょいと設備にガタが来てたりするから、気ぃつけてね。まぁ良いとこなんだけどさ。外の屋台もだけど、何気にお茶も美味いの何の」
    「は、はぁ……」
    そんなに言うなら、と私は差し出されたコップを受け取った。湯気の立つお茶を一口飲んでみる——別に悪くはない。でも素朴でやさしい味というだけでとびきりのものとは感じなかった。
    (…………何よ)
    結局期待させておいてこれだ、目の前で笑ってるオジサンと同じように。



    ◇◇◇
     ガタンと大きな音が響いたのを、一瞬遅れで認識した。何が起こったのかは咄嗟には分からなかった——目の前には厚みを感じさせる体かあって、庇われて抱えられていることに気づく。
    「……っ」
    舞台に駆けてくるスタッフと大きくなっていく騒ぎに、ようやく状況を認識した私は身震いした。リハーサル中だって言うのに舞台の端が一部だけ薄暗くなっているのは、照明が落下したからだ。けして大きなものではないけれど、直撃していたらただでは済まない重さであることは傷ついた床が物語っている。
    「…………あ、」
    ただ瞬きを繰り返していると、遅れて背筋がゾッとした。もし、あれが私の上に——そんな風に考えて身震いしたところで、不意に体が宙に浮く感覚がする。
    (…………え、)
    私を抱きかかえた状態でニンジャジャン——オジサンはふわりと舞台から跳び下りていた。
    「すみません、緊急の点検をしますので……」
    慌てて駆け寄ってきたスタッフが申し訳なさそうに話しかけてくる。オジサンは一つ頷いて、落ち着いた声で言った。
    「分かった。まぁリハーサルで良かったよ。……立てるかい?」
    最後に私に向けて言った言葉は、優しい口調だった。徐々に思考が追いついてきて、そこでオジサンの頬に切り傷がついているのに気づく。私は慌ててポケットに入れていたハンカチを差し出した。
    「あ、あのこれ!」
    「あ〜、大丈夫大丈夫。大した怪我じゃないよ」
    首を振ったオジサンは、ゆっくりと私を地面に立たせてくれた。少しぐらついて咄嗟に腕を掴んでしまったけれど、びくともしないくらいにしっかりとしている。
    (…………ニンジャジャンだ)
    不意にそう思った。舞台で見たニンジャジャンの筋書きにそっくりだ。ワルサムライこそ出てこないけれど、こうして行く先々で人々をピンチから軽々と救っていくのは私の知ってるニンジャジャンそのものだ。
     オジサンは慌ただしく動いている通りがかりのスタッフを捕まえて一言二言話すと、こっちを振り向いた。
    「今日のショーは中止だってさ。救護室案内するから、休んだら無理せず帰りな」
    「あ、」
    くるりと背を向けて先導しようとするオジサンの背中を見てようやく気づく。こんなところではいさようなら、なんて話になってしまったら——
    「どしたの?」
    突っ立ったままの私にオジサンが聞いてくる。私は頭をフルに回転させながら言葉を繋いだ。
    「あ、あのっ……」
    「ん?」
    「こっ、これからお時間ありますか!」
    私は思い切ってそう聞いた。オジサンは瞬きをして私を見返してくる。
    「そりゃショーも中止だしないことはないけども」
    「あの、それなら……お礼にお茶でもどうですか?」
    下手なナンパみたいになりながら、私はそう聞いた。けれどオジサンは首を振る。
    「いや、礼なんて良いよ。おじさん、大したことしてないし」
    「でも、あの……命の恩人ですから!」
    「いんや、そんな大袈裟な」
    「で、でも……」
    我ながら必死だな、と思うけれど、この機会を逃すわけにはいかない。必死に食い下がると、オジサンは少し考え込む素振りをした後、困ったように聞いてきた。
    「そこまで言うなら……少し待っててくれる?」
    「! はい!」
    オジサンは少し離れたところで電話をかけ始めた。ちょっと遅くなるかも、みたいな話をしてる——相手は一緒に住んでる人なんだろうか。既婚者ではなかったはずだけれど。
    (……その辺りもちゃんと探らなくちゃ)
    思っていると、オジサンがこっちに向き直る。
    「夕飯大丈夫って言っといたから。ピンチヒッターなんだし、この辺知らんでしょ。おじさんのオススメの店で良いかな?」
    私は一瞬迷った——こっちはこっちで予定してたお店があったからだ。けれどこの様子だと流れに任せてしまった方が良いかもしれない。
    「じゃあ、せめてご馳走させて下さい!」
    言うと、オジサンは肯定も否定もせずに、すぐ近くだから、とだけ答えた。



    ◇◇◇
    「…………んでね、あいつがあんまりきれいだから、……」
    横でむにゃむにゃ言っているオジサンに私は深々とため息をついた。もう同じ話を5回は聞いたし、別の話をせがんでもオジサンの口から出てくるのは『あいつ』のことばかりだ。
    曰くとびきりの美人で、手に負えないくらいに元気で、かと思えば一途でひたむきでいじらしい——オジサンの言葉の端々には『あいつ』に対する気持ちがダダ漏れていた。

    『でね、おじさんがこれ美味しいよ、って言ったらさ。その時は一口しか食べてくれなかったんだけど、一週間ぐらいしてから、ほんと寸分違わないおんなじ料理出してきてさ。警戒して一口しか食べなかったんじゃなくて、自分の手で作ったものでおじさんにおいしいって言わせたかったんだって……可愛いよね』
    『飲めない癖にさ、俺が飲んでる酒の匂い横から嗅いで、これぐらいならって少し貰ってって次の日後悔してるのよ。酔っ払ったあいつも可愛いんだけど、記憶失くすのは好きじゃないだろうし、こっちで量ちゃんと見極めてやらなきゃダメなんだけど、こっそりやろうとしてもあいつそういうのすぐ気づくから……』

     ——好きなんだろうな、っていう。それはもう、恋なんだろうな、っていう。
    (…………何これ)
    少なくとも私はオジサンの惚気を聞きに来たわけじゃない。ちょっと良いなと思い直した相手からこんな話を聞かされたら、また気持ちも萎えるというものだ。
    「…………はぁ」
    私はため息をついた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💕☺☺☺👍👍👍💘💘💘💘💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works