夜明けの晩に非想亭に次女が産まれたが祝いには来なくていいと一言着いた知らせが届いた。
この日、髪は金よりも薄く、瞳はオレンジの産まれるはずのない色をした子が非想亭夫妻の間に生まれた
噂はすぐに広まり妻の椿が浮気をしその相手との子供なのではないかと囁かれるようになった。
椿は浮気などしておらずとても心を痛めた、夫の昭秀は噂や椿の精神を気にし巫女の仕事から遠ざけたが不安定な状態で巫女の仕事を下ろされてしまった事により椿は次女の事を酷く嫌いになってしまい気持ち悪がる様になった。
次女はとても謙虚で優しい子だった、体か弱いならがも笑顔で決して空気を崩さないようにと咳を我慢したり強がるような子だった。
浮気でできた子供だと噂は次第に薄れていった、次女は容姿を褒められるようになり花のように扱われた。
だがやはり親族の集まりには次女は呼ばれない。
椿が嫌がるからだ。そして椿がいると次女は咳が酷く出てそれを我慢するのだ、とても苦しく我慢している姿にも鬱陶しさを感じる椿は一言も次女に声をかけない。見向きもしなかった
次女が10歳の頃
彼女は数年前からいつも病院にいた。白い部屋の中、咳を我慢すると喉の奥が血のような味がして痒かった。
体を崩しては入院退院を繰り返していた、そんな自分に情けなさを感じた。
友達もできない、運動もしてはいけない、私はただニコニコとしているだけ、いつまでそうなのかと情けなくて、体育の授業はいつも保健室で眠っていた。
みんなと走りたい、いいなぁって思ってた。
中学はもっと孤立した、非想亭の娘と広まったからだ
今更だったけれど、関わるのが怖いし面倒くさそうと言われていたけど、良くわからなかった。
私はみんなとお話がしたかったよ。でも嫌なら話さないでおくね。
高校生になったらすぐに舞のお稽古が始まった、学校から帰ってきたらお稽古の毎日
そして雑用、生け花の道具を揃えたり待合室の掃除、挙式の準備、様々な雑用に目を回す日々
社務所の手水の準備や授与所の掃除……体のことなんて気にしていられないほど忙しかった
そして巫女さんからのプレッシャーもあった気がする。役に立たないと…
姉も弟も何度も心配してくれた、でも私は今まで何一つ成し遂げていなかった。これだけでも役に立ちたい、2人にも心配を掛けたくなくて平気な顔で毎日過ごしていた。
恋人もできた、好きだと告白をしてきてくれた人
私もその人を優しいなと思っていたのでお付き合いを受けいれた。
それからは稽古、彼に会いにいく、稽古、彼に会いにいくの隙間のない日々をすごしていた
会えないと言うと彼が悲しむ、稽古に行かなきゃ巫女さん達に失礼だし、休みの日がひとつもなかったと思う。稽古に行かなきゃ、私は役に立たなくちゃ、彼にも会わないと好きと言ってくれた人に嫌われたくないの、ひとつも頑張ってこなかった人生だ、頑張らないと。私は。なにかできないと。
彼に会いにいくと彼はよく寝ていて外で2時間ほど待たされたり、会えたと思えばごめんね、と傷付いている。私は傷付けたいから待っていたわけじゃないのに、全部私が悪いから謝らないで、大丈夫。会えてよかったよ、ありがとう。そう言ったらなぜか段々心臓が痛くなって、これがずっと続いた。
痛い時もある、恋愛ってそういうものだと聞いたから、きっと私が耐えればいい事、受け入れればいい事。私が悪い、謝らせたのは私が。
でも、体を交わす度ゴムをつけない彼がすごく怖くて、でもそれに喜ぶ私じゃないといけなくて、じゃないと傷付いてしまうから
悲しそうな彼を見るのは辛いの、だから全部私が受け入れて…
彼が…彼が……私は………どこにいるのだろうか。
稽古の日々はただただプレッシャーに耐え、真剣にやっていた、舞も楽しいし覚えれば小さな所まで調整をして永遠と同じことを繰り返しては私なりに努力をした。
嫌がりながらも沢山教えてくれる巫女さんに感謝をし毎日体が痛くなるまでした。
彼に謝った後にする稽古は酷く疲れるものだった。両方私を縛る紐のようで縛られた場所がとても痛かった。
私は稽古をしなければ、でも彼は傷付いたように了承して、私をその悲しみで縛る。ごめんね、私が悪いから謝らないで…ごめんね…
高校卒業すると直ぐに1ヶ月間大きな祭事、大祓の舞に選ばれ練習することになった。人数は4人でベテランの巫女さんの間に入る私
とても緊張していた。初めて出る祭事がこれではとてもプレッシャーだった、私につとまるのかなしっかりやらないと…
恐らく見世物として出すのだろうと噂が立っていたがそうなんだろうか、分からないくらい手先が冷えていて私は酷く怖がっていた。
できないは許されない、今までやってきたものとは特別感が違う、大切なお祭りだから、私は精一杯頑張ろう…この1ヶ月、たくさん練習をしよう。震える指先をぎゅっと抑えて深く息を吸った
「すみません山松さん、本日お時間がありましたら大祓の舞を教えていただきたいのですがよろしいでしょうか」
「うん、いいよー、昼休憩終わった後に集合でいい?お稽古場だよね」
「はい」
「ん、よろしくねー」
「失礼致します」
「すみません池田さん……」
先輩たちに迷惑をかけないよう必死に練習してアドバイスをもらっては毎日居残りをした
4人舞はとても楽しくて息が合うと先輩たちの中に入っているけれどすごく気持ちがよかった。
1人だけ新人なのはすごくプレッシャーだったけれど、大先輩たちに囲まれて私もできるんじゃないかと安心していた。
体はいつもギリギリで帰りは凄くゆっくり帰る。心臓がバクバクしてて体が寒くて、指先が凍ってるみたいに冷たくて痛くて、緊張なのかな、がんばらないと、こんなに緊張してたらダメだ……そう思う日々が続いた
「今日来れる?」彼からの連絡だった
「ごめんね、しばらく休みないんだ…」今はできることに集中したかったから、ごめんねって。そしたらわかった。だけ届いた。
なんだかそれが怖くて、でもやらなきゃいけないからその日はグルグルしたまま眠りについた。何も考えないでいれるから眠るのが好きだ、大丈夫。大丈夫。
「よし、練習通りやれば大丈夫だよ、非想亭すごいよかったし」
「は、はい!」
「緊張してる?大丈夫?顔色悪くない?」
「が、頑張ります…!緊張してるけど、沢山やってきたので…!」
「ん!よし!頑張ろうね!」
「はい…!」
すごく天気のいい日、今日が大祓の日。たくさんの人が来ている、人の前でやるのは通常ご祈祷で多少慣れたし大丈夫、緊張はしてるけどやれる。と思ってた
ずっと寒い、足が震えていて息が上手くできていない、目の前がたまに白くなる
こんな時に、緊張なんて、大丈夫やれる。やらなきゃいけない
列に並んで祝詞を聞く、この後、恐らくこの後だ。
心臓がバクバクいってる、なんだかクラクラしてきてる、たっているのが限界かもしれない
大丈夫大丈夫、できる、練習通りにやればできる。大丈夫、大丈夫…?かな、できるよね、やるぞ、やるぞ〜…っ………
頭が痛くなってきた、ずっと頭が痛い、体が冷たい、寒い、すごく寒い、指先が麻痺してる、痺れて感覚がない、変な汗も出てる、怖い、どうしよう落ち着かないと、落ち着いて落ち着いて、落ち着いて、大丈夫…落ち着いてよ…どうしよう、どうしよう私もう本番なのにもうなのに、今日この日のためにやってきたのに、完璧だって褒められてできるはずなのに、できる、やれるのに…なんでなんで……怖くない、怖い怖くないできるよ、なんで……またダメなの…何も出来ない私……
全然体はやりたい、頑張りたいと言う気持ちと裏腹に悪くなっていきもう膝が笑い始めていた。立っていられない、倒れてしまう……
「あ、あの……具合が、悪くて……すみません…出ます…」
「えっうそ…」
私は一声かけ礼をすると裏の待合室の床に倒れた。丸くなるように倒れた
もう意識がグラグラしていて寒くて怖くて、悔しくてもうダメだった
私を追って巫女の先輩たちがすぐに駆けつけてきた
「非想亭無理だね?無理そうだね、わかった。」
直ぐにほかの先輩を呼び駆けつけてくれた先輩に着ていた羽織りと大祓用の花を渡した。
「すみません…」私は顔を上げることも出来ずか細い声で謝った
「いや大丈夫だよいいタイミングで無理って言ってくれてよかったからさ、とりあえず私たち行くね」
「すみません…っ」
体の震えが止まらない、もう私の出番はなくなったというのにずっと痛い、心臓も頭も
真っ暗な待合室で演奏の音が聞こえた、その時本当に、できるのに、なんで…と情けなくて、床に這いつくばって私は何をしてきたんだろう、何一つできない自分に怒りと悲しみで訳が分からなくなって呼吸がどんどん浅くなっていった
もうだいぶ視界が暗くなっていてただ音だけが聞こえる、何度も聞いた音が…
「大丈夫ですか、聞こえますか?」
「……だ、れ…」
「かなり冷たい…脈も早い……」
「…………」
私はその人の声を聞きながら意識を落としてしまった。男性だったろうか、声しかもう聞こえていなかった…
目が覚めたら私は休憩室の畳のところにいた。起きた時には4人舞は終わっていて私は何しにここにいるのか分からなくなった、迷惑かけて、邪魔だけして…最悪だ、あんなに頑張ってできないんじゃもう何も出来ないんじゃないか、ずっと自分を責めてしまう考えが止まらなくて声を抑えて泣いた
「…」
「……っあ、すみません…」
目を覚ますのを待ってくれていたのか男の人が黙ってそばにいた事に気がついた
「…あの、…貴方は…お医者さん…ですか?」
「うーん、まぁそんな感じ。非想亭さんは病院に行った方がいいかも、過労とパニックを起こしてたからゆっくり帰って休んで、病院に通ってください」
「あ、ありがとうございます…」
そう言って若いお医者さんは祈祷受付の方に挨拶に行って颯爽と帰ってしまった
パニック…か、何してるの私…こんな所で………やりたかったなぁ…ちゃんと…
消えてなくなりたい、いつも何も出来ない私…
「先日は大祓の最中倒れてご迷惑をおかけしてしまいすみませんでした…」
「いいよ全然、体大丈夫だった?」
「は、はい…すみません、頑張ります」
「無理しないようにね」
昨日は早退をして直ぐに病院に行った、過労だねって言われて適当な薬をもらって終わった。
どんな顔して来るべきかと思ったけれどたくさん先輩方が励ましてくれてもう一度頑張ろうって、壊れそうな気持ちに言い聞かせてまだやれるって思った。その日はお稽古と授与所で、祈祷番ではなかった。昨日のこともあるからだろう、気遣いが嬉しかった。まだ頑張れる、て思えた
やらないと、もっと頑張らないと
その日は普通にゆっくりと終わった、通りかかる神主さん達にも励まされてすみません、すみませんと頭を下げた、その度に本当に申し訳なくて情けなさに泣きそうになった。頑張ります、もっともっと頑張ります。
帰り、着替えが終わると巫女長が声をかけてくれた
「昨日ほんとに大丈夫だった?」
「あ、…本当にすみませんでした…あんなにお稽古に付き合っていただいたのに私…できなくて…」
「いいいい、大丈夫だって、緊張でよくあるよ大丈夫だって
そんな落ち込まないで」
私は優しさでまた泣きそうだった。
「でも…あんなにいっぱい見てくださったのに…」
「次やれればいいんだよ、貴方が無事ならそれでいいからさ」
「…っ…はい…すみませんでした…」
そんなに謝んないでよ、と優しく声をかけてくれて頑張りたいって思えた。足を引っ張らないように…
でも次の日、すぐにそれは崩れてしまう
閉門後に別室に呼ばれた、私1人、私の1年上の先輩たちが7人で囲うような形で。
「あのね、今から先輩たちから言われた事とか代わりにうちらが言うから、それ聞いて反省して欲しい」
「え…?」
突然先輩たちは携帯を取り出して私を囲んで楽しそうに「これも、これもじゃない?ウケる」
とニヤニヤとしていた
「えっとまず調子に乗ってる感じするよ、下っ端なんだからお稽古の時本当に笑うのやめてくれない?ニコニコしないで欲しいんだよね、ウチらからしたらヘラヘラしてるように見えるからさ先輩たちも嫌がってたよ?」
「……はい、すみません。」
「あ、あとさぁ祈祷受付の掃除遅いんだけど出来ないならできないって言ってくれない?あれ待ってるのもイライラしたわ」
「はい…すみません。」
「これもじゃん?」「そそこれも、
あとさぁ〜〜、舞の時とか場所考えて欲しいかも1番奥でやるのも当然なんだけど一言も喋んないでほしいわ、はい以外声に出さないで」
「はい。すみません。」
「それとこの前倒れたじゃん?あぁいうの迷惑だし本当にうちらも困ったわけよ、先輩たちも大変だったと思うしお稽古足りてないんじゃない?って思うよ、あたしたちの時ってさ〜…」
「はい、すみません。」
「はい、すみません…」
途中から頭の奥がのぼせたみたいにぼーっとして、ただ楽しそうに携帯を見て傷付くことを面白そうにしているのしか入ってこなかった。
私はメモをして言われた通りのことをしている。私語も話しかけられた時しか返していない。それなのに話すなとか、なんだとか…訳分からなくて…
ただ謝っていた。
先輩たち、みんなそう思ってた、のかな。私…頑張ろうとか、思ってバカみたい…
お話が終わったようでひとつ上の先輩たちは満足そうにスキップまでして出て行った。
そして大きな声で
「私より下手のくせになんでアイツばっかりいきなり大祓とかに立てるわけ?変じゃない?」
「最悪だよね、今まで真面目にやってきたのにさ〜」
「つかアイツがウチらに聞きに来る時めっちゃウザくない?教えたくないんだけど」
「てか無理なら言えよ邪魔すぎきも〜」
「バカじゃん?よくあんな迷惑かけたのに来たよねむり〜」
「………………」
そんな声について行く、ドアを開けるのは下っ端の役目だからたくさん言われても先輩たちのドアを開ける
ただ、それをやるしかない。今は
今は
巫女室に戻ってきてもその言葉は続いていた
「早く居なくなんねぇかなマジできしょいわ」
「宮司さんもなんで菊乃さんじゃなくてこっちにしたのか意味わかんない椿さんがいなくなって期待してたのにさ〜」
「厄介祓いじゃない?雑用やらせようって魂胆でしょ
ウケる」
「……………」
誰の顔も見れない、この狭い巫女室の今この私だけが邪魔者で、馬鹿で間抜けで…恥ずかしい、なんで頑張ろうなんて思ったんだろうあんな事したのに、もう邪魔者なのに……
私は直ぐに着替えて巫女室の迎えのトイレに閉じこもった。
1人になれてようやく息が吸えた気がした、怖い、怖くてもうダメだった、頭がパンク状態でただただ怖くて戻れないと思った。
あまりの恐怖で吐いてしまいその情けなさに泣いてしまった
信じていたから、優しい巫女長の言葉とか先輩たちのフォローとか、また次頑張ろうって
全部嘘だったのかな、全部私が悪いからごめんなさい、信じてしまったから、次はないですよね。甘えててごめんなさいみんな大変なのに体が弱いとか全部甘えですよね、もう、もう無理……
私はそんな風に考えてトイレに2時間ほどこもった。巫女全員が帰るように待った。
真っ暗になった中、私の狭いロッカーのものを片付けて全部物を持ってフラフラとした足取りで社務所を出た。真っ暗で神主さんはもう誰もいなかった
このまま誰も知らないうちに消えてなくなりたい、そう思いながらただゆっくりと家に帰った。
次の日からモモは部屋から出てこなくなった。
どうしたの?と聞いても返事がなかった
菊乃は神宮で何かあったんだと分かり直ぐに巫女内でいじめがあったか確認を始めた
明らかにいじめのような仕事量だった、体も壊してしまうのも当たり前の量をやらされていた。
モモは7人分の仕事を1人で片していたようで毎日バタバタとしていたらしい。
どうして気がついて上げれなかったんだろう…
菊乃はモモの部屋の前に立ちドアをノックする
返事はない。
こんなに落ち込んだモモは初めてで菫も菊乃もとても心配になりドア越しから声をかける
「モモ、何かご飯食べよ〜?」
「ご飯できてるよー」
やはり返答はない
すると3人のグループLINEに「ごめんね、心配かけて」とモモから
「私、一人暮らしする事になったから、出ていくね」
と続けて連絡が入る
2人は酷く驚きモモを1人にするのは無理だとすぐに親に言いに行った。
すると場所は二人が勝手に決めていいことになった
両親はもうモモのことをどうでもいいと思っているのがすぐにわかった、そういう親だ、昔からモモに対しては適当で役に立たなかったらすぐに捨てる。世間体を気にして無駄に関わったりして、菫は酷くガッカリしたし菊乃はこれがこの人達だと目をつぶった。
「菫、モモが安心して過ごせる場所、探そう」
「うん……ここにいるよりはいい場所を探してあげたいよ」
おわり