小李になる日目が覚めたら白くて眩しい部屋だった。
青いガラス張りのタンクが沢山並んであって電気が着いているのは自分の入っている一つだけだった。初めてかけられた言葉は
「おはよう、言葉はわかるか?」だった
外は暗くて昼も夜も感じないような荒れた地で、灰色で青白くて何もない。寂しい場所だ。
一般兵の訓練が終わる時間に流れる適当なクラシックのピアノの音が好きだった。
音楽の事は知らなかったけど今まで聞いた音の中で1番綺麗だった。安くて音の割れるずさんなスピーカーからの音が世界でいちばんきれいだと思った。
重い銃声に耳が慣れて、静かに規則的に流れる電子音に耳が慣れて、全部何も感じなかった。
赤くて飛び散る血液も、べちゃべちゃとなる臓物も、青臭くて黒くなった人の体も、全部灰色みたいに何も感じなかったのに
あの音楽が聞こえると、不思議と当たり前のように生きている事を感じた。
少し大きい飴玉サイズのブロック型のご飯をひとつ食べて、点滴で水分をとって
訓練の後に体を改造される日々、それが普通だったはずなのにスピーカーの音楽を聴くと明日も生きていると思ってしまう。今も生きているなんて感じた事がないのに、明日がやって来ると思うと感じたことの無い怖いような感覚に襲われた。
いつかに来る大虐殺の日、兵器として出されるのは李福
その日のために作られ、簡単に処分される消耗品で生きることを感じないようにしていたありふれた日々
そうして今日にくる大虐殺の日、これが終わったら今日で全部が終わる。薄暗く灰色の天気で雨が降っていた
船が出た時、あのスピーカーから音が鳴った、いつも聞くあの音が遠ざかっていくととても不思議で、今日でこの音ともサヨナラで、明日はないんだと考えもしていなかった。
雨の音の中聞こえるあの音、唯一の人間らしさをくれた音楽が明日には終わる命をとても大切に感じさせてしまった。
生きたい理由はない、ただ逃げてみようって
この感情がなんなのか分からないけれど
李福は初めて自分の判断で逃げ出した。陸に上がると車には乗らず雨の中でも目立つ金色の髪を暗い色のコートで隠して、誰よりも早くなった足で逃げた
小さい体は拳銃から的を上手く外れ雨の中李福は身を消すことが出来た。
初めて1人になったのは10歳の時だった。
11歳、逃げてから1ヶ月が経つ。
知らない世界に1人で追われる毎日、遠くに逃げても追っ手がいる
まともに食べていない日々が続いたが李福は太陽が昇るととても安心をした。
生きる理由は何もないけど、何も知らないまま終わるよりはずっといいと思った。
知らない世界に来れて、そしてこのまま餓死したっていい。
よかったんだ、幸せだと、雨の降る汚い路地の地面に座って感じた。初めての気持ちに初めて涙を流した
自由の怖さを感じ、あの場所じゃないところで死ねるのかと、喜びでいっぱいだ。ゆっくり眠れるといいな、初めてあの音を聞いた日みたいで生きていることを感じこれが最後なのだと感じ、目をつぶろうとした時だった
「 」
誰かが李福の前で足を止めた。体にあたる雨が遮られて話しかけられている。
言語がこっちの人のだ…と感じたが話せるほどの体力は残っていなかった。
放っておいていい、後味は悪いかもしれないけど答えられないから。声の綺麗な人、姿ももう見えないけれど雨から守ってくれてありがとう
綺麗な声を聞かせてくれてありがとう。
ゆっくり意識を落とした。これが最後で、もう目が覚めることは無いと思っていた。
目が覚めたら暖かい布団の中だった。
窓には静かな色のカーテンがしてあって、部屋は暖かく鮮明な色をしていた。
聞き慣れた電子音が隣で鳴っていて、でも暖かい服を着ていて
違う場所にいる。どうしてかは覚えていない
呆然としていると扉が開いた
「目が覚めたみたいでよかった」
目が覚めたみたいでよかった、と最初に言った。
夢の中の綺麗な声の人がベッドの隣の椅子に腰をかける
「李福、隣国の殺戮兵器の実験体…」
名前を言われると体が冷えたような感じがした。見たこと無い人が自分の与えられた名を言った
知らない人が自分を李福だとわかって助けた、戻されてしまうのではないだろうかと点滴を剥がし逃げる体制をとる
「あぁ、警戒することはない、無理やり引き渡したりしないさ
言葉はわかるか?話せないか?」
戸惑ったり困ったりせず声も顔も綺麗な人は柔らかく笑顔を向ける
子供だと安心させようとしているのが分かる、そしてそういうのが李福には意味ないとわかっていてやっているのも分かる
「ことば、わかる…はなすことも、できる…」
「知識もあるんだな、うん。なるほど…
あんた、俺の組織に来ないか?」
「……え」
何を言っているんだと思った。
ぼくのような厄介者がいていい事なんてないだろう
隣国の生命の実験はぼくがいることで証明されてしまうだろうから必ず命を狙ってくる。それに巻き込まれる可能性だってある。
「あんたが逃げたって聞いて探してたんだ。
「あの日」に備えるのも大変だったし探すのも苦労したよ」
「……どういうつもり…、「あの日」のこともしってるなら、ここでぼくを「ころす」のがふつうだと思う。」
「あんたを驚異として備えてたんだ、それを迎え入れることは悪くないだろ?
それに面白い」
ずっと意味がわからなかった。何かしらあの大虐殺の日の計画に関わっていたのはわかるけれど、迎え入れるリスクが高すぎると自分でも感じる。
それがわからないような人とは思えないし、なにより本当に面白いと言っていそうで気味が悪くも感じた。
「「へいき」がほしいってこと?」
簡単に捨てられて壁になるような、壁だけじゃなく地雷にもなりそうな兵器が欲しいのかと。
子どもの姿の兵器で遊びたいだけなのかと
「そうだな、あんたを兵器として扱うなら俺の方が上手く使えると思ってるんだ。
それに、長く活かしてやれる」
活かしてくれる、それは李福には長く生きてていいという意味であり、そう言ってくれた人は初めてだった。
こんなにも素性のわからない人で兵器だと否定しない変な人で
面白いという理由で引き入れようとしてくるこの人が、李福にはなぜだか安心を感じさせた。
人扱いを変にせず、だが簡単には捨てないという言葉が、今までの感じていた生きる事への否定の感情が少し薄まって、李福は小さく頷いた。
「小李、今日からおまえが名乗る名だ」
「……はい、ボス」
初めて兵器が人として頭に触れられた日だった。