なしが引っ越す前のちょっとした話 障害者を受け入れる職場はそう多くない、私は人と意思疎通はできるが話すことが苦手な吃音症を幼い頃からもっている。
言葉がスムーズに出ない、そんな感じのもので、言葉が伸びたり、詰まったりする
だから話すのに時間がかかるし少し恥ずかしい、聞きなれない人からすると少し気持ち悪いところもあるかもしれない。それで常に嫌われてきた人生で、今もくすくすとされる事もある。
人前で話さないように障害者枠でアルバイトをいくつも受け持っている、障害者枠は安いものが多いが続かないよりはマシなのでできる限り働いていた。
【アルバイト先、内容 包装作業】
作業場担当「今日から新しく働くことになった田中 なしさんです、喋ることが少し苦手なだけで他は皆さんと同じなので、困ったら教えてあげてください」
なし「……よ、ろしく…おねがいし、します…っ」
できる限りの挨拶をして作業が始まる。田中は適当に書類に書いた
ここは心の病気などで来た人、生まれつきの発達障害などの人が多い職場なので私は特別浮くことは無かった。
・優しさ
汗っかきの男「田中さん、分からないことがあったら俺に聞いてね」
なし「?……はーい」
貴方以外にも聞くけれど……優しさで言ってくれたのだろう、とりあえず返事をしておいた
なし「………あ、あぁの」
汗っかきの男「ん?田中さんどうかした?」
なし「…お、わったので……手伝いっ…ます…」
私はこういう単純作業は得意だった、いくらやっても負担にはなることはそうそうないので他の職場でも嫌がられなければ手伝ったりしていた。嫌な人もいるから様子を伺いながら聞く
この人は同じ作業だが一つ一つ考える時間がいるみたいで大変そうだった
汗っかきの男「田中さんもう終わったの?すごいね〜!でも悪いよ、休憩してていいんだよ?」
なし「……っわ、私…」
私が話すのは時間がかかるしゆっくり聞いてくれているが作業をとめさせたいわけではない
急いでメモ帳に文字を書き筆談で見せた
なし(筆談)「汗男さんも長く休憩した方が良いと思ったので、宜しければお手伝いしたいです」
その文を読むと汗っかきの男は照れたように軽く声に出して笑い、ありがとう、と作業を分けてくれた。
あの日以来、汗男から必要以上に話しかけられるようになった。
汗っかきの男「田中さんいつもお洋服可愛いね」
汗っかきの男「田中さんは気が利くね、いつも俺なんかに気を使ってくれてありがとう」
汗っかきの男「田中さんって可愛いけど彼氏はいるの?」
汗っかきの男「田中さんは家この変なの?」
汗っかきの男「なしちゃんって呼んでもいいかな」
汗っかきの男「なしちゃん、今日もお洒落だね」
汗っかきの男「力仕事は変わるよ、困ったら俺に言ってね」
汗っかきの男「なしちゃん」
汗っかきの男「なしちゃん」
どこにでも着いてくるようになった、休憩に自販機に行ったりする時もとにかく近くにいる。
稀にそういう人はいるが飲み物など意味もなく物を渡してくるようになったり、なにより私は年上の男性が苦手だ。少し居心地の悪い気がしていた
・居心地の悪さ
真面目そうな女性「田中さん、ちょっといい?」
なし「?」コクリ
真面目そうな女性「あ、汗男くんは気にしないで休憩してて」
汗男以外の人と動くのは久しぶりで少し肩の重りが減ったような、空気が涼しい気がする。
女性に着いていくと他にも何人か女性が集まっていた。
虐められるような空気は感じられない。
高身長の女性「良かった田中さんだけ連れてこれたみたいね!」
真面目そうな女性「いや当たり前に着いてこようとしてたのよ??去り際とかすごい顔で私の事見てたし怖かったんだから…!」
金髪の女性「田中さん大丈夫?最近凄く辛そうだったから見ていられなくって…!」
何の話か全く分からないがこの方達は私の心配をしてくれていたようだった
聞くに、私が手伝ったあの日から仕事を辞めたがっていた汗男が私の話しかしなくなったらしい。
仕事もいつもやりきらずだらけて、愚痴ばかり吐いていたようだ
私が手伝った日以降、「田中さんは話すのが苦手だけど俺となら大丈夫みたい」
「田中さんって恋人いるのかな〜」「田中さんってほっとけないから着いてあげているんだよ」
「田中さんが俺がいないと不安みたいでさ〜」
みたいな事を広まるようにどこかしこでも話していたらしい。
変だと思ったんだ、移動もないし汗男のしつこい行動を注意する人もいないのは
私は一通り話を聞き心配してくれた事にお礼を言い、一連の汗男の話は誤解だと伝えた
優しい女性たちは「休憩とか困ったらここに来てね、追い払ってあげるからね!」
と言ってくれてとても嬉しかった。
・怖かったから
仕事を終えタイムカードを切って職場を出たすぐのところで汗男に話しかけられた。
汗っかきの男「なしちゃん、最近あの人たちと何話してるの?」
最近はお昼のお誘いなのであの女性たちとご一緒させてもらう事が少しづつ増えていた。
あの人たちといると汗男は門前払いされる、一緒にいれない事に腹が立っているように見えた。
なし「と、くに…」
汗っかきの男「そ、そうだよね!なしちゃん話せないし…変なこと吹き込まれてないか心配だなぁ…て
誤解があっても言えないからあの人たちといるの不安だよ、なしちゃん可愛いから意地悪されてないかとか……」
男は不自然な、無理に作ったような気味の悪い愛想笑いをした
なし「………ご、かい…」
なし「誤解、をまねい、たのは……あ、ぁあなた、の方」
汗っかきの男「は?」
私はあの人たちを意地悪するような人だと言ったことが嫌で誤解を広めたのはお前だと軽く口にした
その場は少し静かになって男はまた気味の悪い愛想笑いをして話す
汗っかきの男「えぇ〜?なしちゃん今、なんて言ったのかはっきり聞こえなかったや、はは、ごめんね俺疲れてるのかな?」
汗っかきの男「聞き間違いかも、なしちゃんがそんな事言うわけないもんね」
汗っかきの男「はは!あはは!」
なし「…」
汗っかきの男「……はぁ…」
汗っかきの男「何か言われた?」
なし「………」
私は適当に首を横に振りお疲れ様でしたと言い家の方へ足を進めた
背中から小さな声で「そんなわけないだろ」と言っていたのが確かに聞こえた。
汗男は明らかに何かを焦った顔をしていた、質問をしてきた時落ち着かない様子でタイムカードの角を曲げたりしていたし笑い声もとても大きく正常な状態ではない気がした。
私はわざと遠回りして街頭の少ない山の近くに向かって歩く
民家の数も少なくなっていくと隠れる場所がなくなり後ろを着いてきた汗男が話しかけてきた。
汗っかきの男「なしちゃん、気づいてたの?」
私にストーキングするのは今回が初めてだろうがストーカー気質のようだ。私以外にも何度がしている様な、変に冷静で不気味だ。
さっきの目を赤くして汗をかいていた男とは違いのっぺりとした作られた笑顔で冷静な口調で喋る
汗っかきの男「なしちゃんは違うよね?アイツらとは違うよね?」
汗っかきの男「優しくしてくれた、俺に頼ってくれた、俺と一緒にいてくれた」
汗っかきの男「なしちゃんは俺をバカにしないよね?」
ゆらゆらと汗男が近づいてくる、足元は少し震えて靴を地面に擦るようにして
汗っかきの男「どうして何も言ってくれないんだよ……」
汗っかきの男「俺が怖いの?」
俯いていた汗男は顔を上げさっきとは違う不安げな表情をして私の顔を見た、するとさっきのように俯いて咳みたいな詰まった笑い声を出した
汗っかきの男「はっ、はは…!バカに、してるだろ…まともに喋れない癖に……!」
汗っかきの男「俺みたいな奴は怖くもないって?!あーそう!!!そうなんだぁ!!!!!!!」
大きな声を上げながら怒りなのか、汗男はその場にしゃがむ
息は荒く泣いているような嗚咽のような声がして肩を上下に動かしている
彼はもうダメそうだ、こういうことになった時、冷静に会話はできないとわかっていた。
だから
汗っかきの男「うっ……ううっ…オエッ、うぅーー…!!」
なし「……」
ザクッ
俯いていた事で暗闇でもわかりやすく出ていた汗男の首に包丁を戸惑いなく貫通するように刺した
「グぅッ……ガッ…!ァ、ォッ」
何が起きたのか分からず痛みでその場に倒れ、声を出そうとする度に空気と混ざったような血液の音がなっている
深く刺さった包丁を抜き、もう一度、今度は臓器に届くように脂肪の少ない背中から包丁を横にして暴れる男を踏みながら刺した
ザクッ、グッグッ
押し込むようにして刺した
男は痛みで体を震わしていたが少しづつ静かになっていった。
なし「……はぁ…」
疲れた、帰って綺麗にしないと…
今日は何だかそんな予感がしていたから包丁を持ち歩いていた。
怖い予感はよく当たる、そういう予感はこういう結果にたどり着く。
私も悪いが、これは仕方の無いことだろう。この人もこうなる結果だったろうし、その結果が早くなっただけだ。
……私、あの仕事続けられなくなっちゃった…
仕事も少ないし家賃も苦しい、また服が汚れてしまったし…
これからどうしようか…
あの男が何に苦しんでいたから分からないけれど、私のせいで泣いていたんだろうか、そうだったら可哀想だしごめんなさい。
生きたままじゃ助けてあげられなかった、この結果は彼のためになったと思う事にしよう。
それに怖かったから、仕方がない。