眠りに落ちた眠り姫「ポップ…頼みがあるのだが…」
いきなり現れた長兄であるヒュンケルが、また突拍子も無いことを言ってきた。
まあ、二人は恋人関係にあるのだから、いつかはするんだろうなあ、と思っていた事でもあるから、ポップは、二つ返事で引き受けた。
それは、膝枕である。
男であるポップの足なのだから、柔らかくはないし多分硬いはずだから寝心地は良くはないだろう。だが、ヒュンケルは、頑なに「膝枕を」「膝枕してくれ」と最後には懇願するようになり、ポップも段々と、引き気味に引き受けたのは内緒だ。
「とりあえず、部屋ん中入れよ、入口に突っ立ってないでよ」
「ああ…そうさせてもらおう」
とりあえず、部屋の中へとヒュンケルを招き入れ、椅子に座らせた。その間に、中へと引っ込んでいたポップは、温かい飲み物でも、と用意してあったとあるお茶を入れてヒュンケルの前にカップをおいた。
「、ハーブティーか」
「そ、お前好みにブレンドしてやったやつあんだろ?気に入ってたみたいだから、また作ってみた」
「そうか…ありがとうポップ…」
「いいって、気にすんな」
カップを手に取り口に含むと、ふわりと香るその香りに、ヒュンケルは、ふぅ、と息をついた。疲れが溜まったのか、とポップは思いながら、ヒュンケルの眉間にあるシワに、トン、と指を当てる。そうすると、ヒュンケルは驚いてポップを見やる。
「よっぽど仕事が忙しいのか?」
「いや、仕事はさほど忙しくはない…だが、何故か、疲れが溜まっているようなんだ」
「んー?とりあえず、回復呪文でもかけるか?」
「いや、それには及ばない、ポップが膝枕してくれたら元気になる」
忘れてなかったんだな。
思わずポップは内心でそう思ってしまった。
「まあ、減るもんでもないしなあ」
「ならば、今してくれないか」
「いまあ??」
思わず出た声に、ヒュンケルは至極真面目な顔で見つめてくる。ヒュンケルの顔が好きな部分の一部でもあるから、ポップはその願いに抗うことが出来ない。
あー、だとかうー、だとか言いながらも、ポップはヒュンケルの手を引き、ベッドへと座らせる。
そうして、横並びに座る男二人という何ともよく分からないこの状態に、ポップは、仕方がない、と意気込むと、隣のヒュンケルを見上げる。
「ほら、膝枕してやるから、頭乗せろよ」
「ありがとう、ポップ…!!」
「わあああ!抱きつくな苦しいキスも!するなって!いいから頭を乗せろっての!」
「……わかった」
ポップの言葉に若干しょんぼりとしながらも、ヒュンケルはゆっくりと身体を横たえ、ポップの膝へと頭を乗せた。そうすると、ヒュンケルはゆっくりと息を吐いて、力を抜いてくる。その頭をゆっくりとポップは手で撫で、髪をすいてやる。優しく優しく、眠りを誘うように、ゆっくりと。
「オレのポップの膝枕…」
「ちょっと黙ってくれませんかねぇ」
「いや、嬉しすぎて…堪らなくなる…!」
「お前、そんな事言うならやめてやってもいいんだぞ」
「それは困る!」
「即答かよ」
ベッドの横にある窓は開けていて、カーテンが外からの風をふわり、と運んではためいている。確かに昼寝には心地いい陽気ではあるな、とポップも噛み締めた欠伸をする。
なんだかんだと言いながらも、ずっとポップはヒュンケルの頭を撫で続けていて、真下にあるヒュンケルの顔をのぞきこんだ。キラキラと輝く瞳は閉じられていて、見ることは出来ない事は残念だと思うが、きづいたらヒュンケルは眠りに入り込んでいたようで、ポップは起こさないように、ヒュンケルの身体を、とんとん、と一定のリズムで軽く叩いてやる。
いつだったか、心音と同じようなリズムで身体を叩かれると、眠りやすくなると聞いたことがあったから、実践してみたが、思っていた以上に効果はあったようだ。
眠りについたヒュンケルを起こさないように、ひらりと舞い込んだ、精霊にポップはしー、と手でジェスチャーをする。それを見た精霊は、ふわりと舞い上がり、キラキラとした輝きながらヒュンケルの頭の上で、踊るようにくるくると回ると、そのまま窓から外へ行ってしまった。
んん、とすこしぐずるような声が聞こえて、焦るが、精霊がしたのはきっと幸せな夢を見れるおまじないのようなものだろう。
「寝てると、案外可愛く見えるんな、お前」
そう、囁くようにポップが口にするが、ヒュンケルが起きる気配はないままだ。
いつも、こうして安らかに眠ってくれていたらどんなにいいか、とポップは思う。ヒュンケルの中では、まだ、何かしらの自己犠牲の念があるのだろうか。
それを、ポップ自身が取り除いてやれれば、とそう何度も思ってきたが、ポップには、ヒュンケルの内面はまだ分からないことばかりだから仕方がない。
「まあ、こんなことでこんな安らかに眠れるなら、いつでもおれんとこに来いよ……?」
ヒュンケルが起きている時には、絶対言わないような優しく慈愛に満ちた声で囁くと、サラリとヒュンケルの前髪をはらい、そっと額に口付けを落とした。
願わくば、
この最愛の彼に
幸せが訪れんことを祈る。