槍と槌朦朧とした意識の中で、鈍い痛みが広がる。頭を強く殴打したのか、記憶がぶつ切りだ。
視界を奪われた眼球があらぬ方向に揺れ、手探りで宝飾を探す。体中がひどく痺れているのか感覚がない。脈。指先が脈に合わせて震えている。鼓膜が切れたかのような静寂と頭蓋を叩く耳鳴り。口の中がやけに渇き、汗で張り付いた紙が不快だ。意識が覚醒しているのに身体は鉛のように鈍い。
一拍の呼吸をおいて角を肥大化させる。青く拡張する自分の骨が冷ややかな空気に触れた。牙の神経を指す痛みはまるで変貌を拒んでいるようで滑稽だった。
薄ら笑う。何を恐れることがあるのか、誰もいやしないのに。
「ウィスプ」
その問いに応えはなく、ただぼんやりと光が浮かぶ。
「手元が見えないんだ、手伝ってくれ」
小さな光の群衆に意思は感じられない。風に流されているかのようでいて、しかし或る一点を示す。探し物はこれかと問いかけるように。
「そう、そこにあったのか」
やはり応答などなかったが、風が僅かに耳元を掠めた気がした。彼らが確かに在るのなら、羽音か鱗粉が散ったのだ、きっと。手に馴染んだコルバンの重みを確かめるために一度持ち上げておろした。かつん、という金属音が反響して空間の広がりを伝える。随分と広い。ウィルオーウィスプたちは周囲を漂うばかり。
反対側を見遣った。不自然に積み上げられた土砂と岩。
ダンジョン内部の崩壊に巻き込まれたか。
土砂を除去すれば誰かと合流できるのだろうが、あまり建設的に思えなかった。幸いにもこの洞窟はそれほど広いとは聞いていない。すでに冒険者の手によって調査され尽くしていたが、魔物が大量発生したという報せで駆り出されただけだ。
壁伝いに進み始める。方向は何となく覚えているが似たような景色が続くとそれも信用できない。一度通った道はわかるように印をつけて歩いているのに、ぐるぐると同じ場所を回っている気がする。
「——……」
わずかに、今、血の匂いがした。
血の匂いを運ぶ風。金属が擦れる甲高い音が耳を刺したとき、それは確信へと変わる。音が反響して詳しい様子が伺えないが、確かに分かる。コルバンを引きずるように先を急いだ。狭い天井が急に開け、巨大な空洞部へと続く。ウィスプの僅かな光では全体を把握することはできない。巌穴の口から身を乗り出して崖下に目を向ける。岩壁に沿って幾つもの同じような穴。それよりもっと下——目を凝らしてもよく見えないが、様子がおかしい。鋭い金属音が立て続けに三度。何者かの足が地を滑る。渾身の一振りだろうが、空を切った。足取りが重いのは重装備の所為か。微かに鎧が擦れる音。おかしい。何と戦っている？
先ほどからずっと足音が一人分しかない。
「ウィスプ、まだ離脱するな。目が欲しい」
利き腕で火の礫を撃ち出す。流矢の如く放たれたそれは地面に直撃したその一瞬、火種が弾けて闇を退けた。両者の影が浮き彫りになる。
錫色の神と巨大な体躯を震わせる蛇を。
突然の閃光に目が眩んだせいか、奴が柄を握り損ね武器を叩き落とされる。守るものはない、守れるものがない。
「”下がれ”」
コルバンを頭上に墜とした。

*
——下がれ、とは？
嫌がらせのような火の粉に一瞬目が潰れ、槍を叩き落とされた直後だった。
困惑とは裏腹に体は滑らかに動く。半歩退いたその瞬間、上から鈍器が降ってくる。地にヒビが入るほどの重量。寸分違わず頭があった場所に落ちてきた。こんなもの、安易に落とされたら堪ったものじゃないだろう。
空気を震撼させるその一撃に大蛇は怯む。その一瞬を刈り取るように大蛇の後ろから槍が飛び出す。むろん、虚空を裂いただけだったが。彼は追撃の手を持っている。懐から飛びｄ刺す炎の礫。暗闇で目を灼く光は蛇をさらに下がらせる。なおも彼は槍を振るった。それは、俺が持つべき槍であったが。
目の前に沈黙する武器を見る。重心が極端に偏った偏屈な鈍器を。自然と手がその柄に伸び、——思いっきり殴った。

見様見真似の不格好なままで。