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    sorano_yuume

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    sorano_yuume

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    プライベートゆるゆる女子と天然オカン月島さんの話①
    Pictsquair内で開催中オンラインイベント『いとしげラブ!』の書下ろしとして製作しました。
    出会い編。ヒロインがちょっとズボラですので、何でも許せる方向けです。

    圧倒的オカン属性月島さん①「お先に失礼します」
     定時を数分過ぎたオフィス。自分のデスクから立ち上がり、同僚先輩方ににこりと微笑みながらフロアを出る。本日の自分のノルマはもちろん、頼まれた仕事もある程度のサポートを終えている。今日もしっかり働けた充足感が身体を満たした。
    「あの子、ほんと優秀だよなぁ」
    「ね、仕事もそうだけど身だしなみが乱れてる所とか、疲れている所見たこと無いかも」
    「『完璧』って感じ。きっとプライベートも充実してるんだろうな~羨ましい」
     そんな声が聞こえてくるのも、慣れてしまった。…『完璧』なんて、この世には滅多に存在しない。それは私が一番理解している。

    「たっだいまーっと」
     職場から電車を乗り継いで1時間。都会の喧騒とかけ離れた、閑静な住宅街にあるマンション。知り合いに殆ど合わない場所を探してたどり着いたのがこの場所だった。靴を乱雑に脱ぎ、鞄をその場に投げ捨て、ジャケットを脱いでソファーにバサッとかけてブラウスのボタンを脱ぎ捨て、下着のホックを外した。
    「っはー!開放感!この瞬間に生きてるわ~!」
     身体の締め付けから開放されて伸びをする。すべての衣服を脱ぎ捨てて、着古したスウェットを片腕に引っ掛けた。洗濯するものを拾い上げながら洗面所に向かい、洗濯カゴにそれらを投げ入れてスウェットをその辺に置き、そのまま風呂場に向かい一日の疲れをシャワーで流す。
    「っ~、今日も疲れた~」
     熱めに溜めたお湯に身体を滑り込ませれば、なんともいえない声が漏れる。ジジくさい?そんなの分かってる。誰も聞いてないからいいじゃない。
    「『優秀』、『完璧』ね…んなわけないっての」
     オフィスを出るときに聞こえた言葉は、日々私を絡め取っていく。最初から何でも出来たわけじゃない。出世欲があるわけでもない。ただ仕事が好きなだけ。平等を謳う時代が来ても、女性が自立するのを良いと思う男性はまだまだ少なく、自分のやりたい事を十二分にやるには、自分の弱みを見せずに生きるしか方法が無かった。仕事上で、自分の思う『完璧な女性』を演じるようになってもう5年以上が経つ。
     託された仕事は完璧にこなし、人間関係にもつれもなく、飲みの席では裏方にまわりつつ出されたお酒は全部頂く。(酒に強い血筋で良かった)その他諸々を徹底して生きた結果、『外面だけが良い女』が完成したのだ。その反動か、ひとりでいられる場所では無頓着が極まった。元々ズボラな方だったから、外で完璧を貫く分、内でのズボラがさらに磨かれてしまったのだ。家に仕事は持ち込まず、ぐーたらに過ごすのが一番のストレス発散法。そこに美味しいつまみと酒があれば生きていける。恋人を作ろうという気はまったく起こらないが、ひとりが好きすぎて出会いを求める気が一切起きなかった。
    「プライベートも充実、ねぇ…」
     以前後輩から、『結婚を前提にした恋人が居るって聞きましたよ~!』と言われ、曖昧に笑ってかわしたのを思い出した。どうも周りは結婚を幸せと結びつける人が多いようだ。そうじゃない人種も居ると気づいて欲しい所だが…。はあぁ、と深く深く息を吐いて、湯船から上がった。

    「げっ、忘れてた…」
     身体を拭いてスゥエットを着て、ガシガシと雑に髪を乾かしながら部屋に戻る。投げ捨てた鞄からはみ出した支払い用紙を見つけてそっと摘む。通販の支払い、コンビニ払いにしてたのを今日やらなきゃと思っていたのにそのまま帰ってきちゃった…。
    「…行くかぁ」
     明日は土曜日、家から出ずに映画見てゴロゴロするので忙しい。今日明日のつまみとお菓子を買うついでに、さっさと支払ってしまおう。後回しにして忘れてしまった事は数え切れないほどある。乱雑にドライヤーをかけて水気をとばし、支払い用紙と財布と部屋の鍵を持ってコンビニへ向かった。すっぴんだろうと下がカップつきキャミソールだろうと、知り合いが皆無のこの付近なら何も怖くない。

     …はずだったのに。今私は絶体絶命状態だ。コンビニであれこれ調達して支払いも済ませ、鼻歌まじりにマンションに戻りエレベーターに乗った。閉じかけたエレベーターに小走りで向かうと、先に乗っていた人が扉を開けなおしてくれたので滑り込んだ。
    「ありがとうございま…す…」
    「いえ」
     ちらりと見て御礼を言い、横の回数ボタンで自室の階を押し、慌てて男性の後ろの角に立った。目を合わせないでくれて助かった…疲れた様子でエレベーターの前の方に立っている男性は、見知ったどころか過去に私がとある企画でお世話になった大企業の営業…月島さんだったのだ。ばくばくと心臓が脈打つ。まさかこんな所で、こんな格好で出くわすなんて思わなかった。もしや月島さん、このマンションの住人なんだろうか。自分と同じ会社の人が居ないのは分かっていたけれど、まさかお世話になってる企業の人が居るのは予想していなかった。
     いやまて落ち着け、月島さんにお世話になったのは3ヶ月は前のことで、それ以降彼は営業から異動になったらしく連絡をする機会はなかった。忙しい人だし私の事なんて忘れてるだろう。それにこっちのこの見た目じゃ同一人物なんて思うわけがない。毎朝1時間かけて作りこんでる顔面と今のすっぴんが同じと思われることはないだろう。あとは今後エレベーターで出くわさないようにこっちが意識してればすれ違う事なんてほぼないはず。今まで気づかなかったくらいだもの…せめて彼が先に下りるか後に降りるかだけ覚えておこう…とちらりと月島さんごしにエレベーターのボタンを見たけれど、屈強な身体で隠れて何階が押されてるか分からなかった。ポン、と音を立ててエレベーターが止まったのは、私が降りる階だった。ということは月島さんは私よりも上の階に住んでる…?と考えながら歩き出そうとした瞬間、彼も動いてエレベーターから降りてしまった。

     同じ階かよ…!

     内心で項垂れる。勘弁して欲しい。いつからここに住んでいたのか全く分からないが、同じ階に知り合いが居る事に気づけていなかった自分に絶望した。防犯上隣人と関わることは無いし、朝は通勤時間も長いので早めに家を出ていたから同じマンションの人とすれ違うことは殆どなかった。必要以上に人と関わりあいたくなかったからラッキー、と思っていたがこの様だ。とりあえず、彼がどの部屋なのかは把握して今後すれ違わないようにしよう…と数歩後ろを歩いた。
     私の部屋はエレベーターを降りて2部屋先。月島さんはひとつ目の部屋をすっと通り過ぎたので、私の部屋よりも奥の部屋だ。この階には4部屋あるので、隣か、その奥…月島さんが立ち止まったのは、みっつめの部屋だった。

     おとなりかぁぁぁ…!

     本当に、何で今まで気づかなかったのか…溜息を吐きそうになるのを何とか堪えて部屋の鍵を取り出した。月島さんに気づかれる前にさっさと部屋に入ってしまおう。そして飲もう。とりあえず飲んで忘れよう。あと近いうちに引っ越そう。そんなことを考えながらドアノブに鍵を刺した。
    「あ」
     ガチャリ、と鍵を開けてドアノブをひねった所で月島さんが何か呟いた。ちらりと目をやってしまう。ぱっと顔をあげた月島さんは、こちらに顔を向け、近づいてきた。え、え、何!?
    「すみません、502号室、ってそちらのお部屋ですよね」
    「へ!?え、えぇ…」
    「郵便が混ざっていたようで…」
    「あ、あらぁ、すみません~」
     申し訳なさそうに声をかけて来た月島さん。隣人とはいえ女性に声をかけるのを戸惑ったんだろう。けれど声を出し、こちらが気付いた以上言わないわけに行かない、と思ったんだろうな…少しの間とはいえ、律儀で丁寧だった彼の対応を思い出して予想した。差し出されたはがきを受け取ろうと掴んで引く。けれど、ぐっと掴まれたそれは取れることはない。そっと見上げると、こちらをじっと見つめる月島さんと目が合った。
    「…あの…」
    「あーすみません…もしかして、ヒジカタ企画の…」
    「!」
     うちの会社名を出してきた時点で身体が強張った。なるべく顔を見られないように俯いた。
    「すみません、何方かとお間違えかと…」
    「……」
     いつもより高い声を出してごまかす。けど無駄な足掻きだと2秒で気付いた。月島さんがとんとん、と指差した先のはがきには、私の名前がはっきりと載っている。
    「お久しぶりですね」
    「……ご無沙汰しておりますぅ」
     前と変わらない様子で話しかけてくる月島さん。こっちが必死に知らない振りしていたのも気付いてるはずなのに、優しい人だ…と申し訳なくなる。
    「まさか隣の部屋が知り合いとは思いませんでした」
    「……」
    「最近越してきたんですが、あなたは…」
    「あの!すいません!」
    「はい?」
    「話したいのは山々ですが、こんな格好で立ち話したくないんで……とりあえず、中入ってもらえませんか」
    「は、いや女性の部屋に入るのは…」
    「隣人でしょう、ここまできたらそう変わりませんよ」
     もうだめだ、隠し通すのは諦めよう。けどこのまま解散するのはまずい。せめて口止めしてからにしなければ…と扉を開けて自分が入り、ほらどうぞ、と月島さんを促した。一瞬戸惑った月島さんだが、はがきも持ったままなのに気付いたのか、諦めて中に入ってきた。そのまま靴を脱いで玄関からリビングに向かう。
    「え、ちょっと…」
    「かぎ掛けてこっちまでどうぞ。何のお構いもできませんけど~」
     戸惑ってる月島さんはほうっておいて、ソファに投げっぱなしだったスーツのジャケットを取って寝室に放り投げる。その他乱雑においていた雑誌をまとめてそれも寝室に。それ以外見せられないものがないかざっと確認した。今日がごみの日だったから、まとめて捨てておいてよかった…。
    「……おじゃまします」
    「適当に座ってください、お茶でいいですか」
    「お構いなく…」
     リビングに恐る恐る入ってきた月島さんにソファを勧め、キッチンに向かう。グラスをふたつ出し、今買ったばかりのウーロン茶を注ぐ。買ったばかりでぬるいし氷も入れるか…と製氷スペースから適当に氷を取ってカランと入れる。
    「どーぞ」
    「どうも…」
     ソファに姿勢正しく座る月島さんの前にウーロン茶を置き、ソファの斜め前に座る。気まずそうな目でちらりと私をみて、グラスを持った月島さんがぐるりと部屋を見渡したのがわかった。ひと口お茶を飲んで、もう一度私を見る。
    「…なんです?」
    「いや…シンプルな部屋に住まれてるんだなと思って」
     随分遠まわしな表現をしてくれたな、と思う。シンプルといえばそうだが、要は華がないのだ。必要最低限の家具は量産ものの変哲ない色味だし、ラグもカーテンも無地。おしゃれな小物やらぬいぐるみの類は一切ない。リビングはソファとローテーブルとテレビだけ、寝室は見せられたものじゃない。『外面』の私だけを知っていれば、年相応に着飾っているあの姿とこの部屋は結びつかないだろう。
    「色気のない部屋でしょう?」
    「いや、そういう意味では…」
    「元々派手なのは好きじゃないんですよ。社会を生き抜くために着飾りますけど、しなくていいなら化粧もおしゃれも必要最低限に済ませたいんです」
    「……」
    「仕事は楽しいのでどんなこともやりたいんですけどね…女が生き抜くのには色々工夫が必要で。…幻滅しました?普段との差に」
    「いや…」
     仕事で月島さんと関わったときは、もう少し柔らかい話し方をしていただろう。普段の姿を見られた以上、猫をかぶる必要はない。淡々とそう月島さんに言えば、口元に手を当てて何かを考えているようだった。
    「…あまり差を感じてない、といいますか」
    「はい?」
    「今のあなたと、前にお会いした時の違いが自分にはわかりません」
    「1時間かけて化粧した姿とどすっぴんの違いが分からないと言われるのは何か屈辱なんですが??」
     月島さんの返答に思わず突っ込んでしまった。間髪なく突っ込まれたことに目を見開いた彼は、はは、と小さく笑った。
    「すみません、女性のあれこれには疎くて…はがきで名前を見るまでどんな方だったか思い出せてませんでしたが、その…目が」
    「目?」
    「どんなときもまっすぐな目が、あの時のままだったので。思い出しました」
    「!」
    「それ以外は正直思い出せません…すいません」
     月島さんの言葉に、何もいえなくなってしまう。見た目にこだわっているのは自分だけだという恥ずかしさと、予想外の部分で覚えられていた事にこそばゆさを覚えた。…彼に対して、突っぱね続けるのは無駄な気がしてきた。
    「…すみません、見た目にこだわってるのは私の都合で、月島さんには関係なかったですね…」
    「いえ…時として、女性が男性とは別の努力をする必要があるのは理解しています…その、気付けないのは俺が鈍いせいだと思うので。実際うちの男性陣であなたを高く評価している奴らは多かったですよ」
    「はは…そうですか」
     今言われても特段嬉しくはないが、きちんと猫がかぶれているのなら何よりだと思っておこう。
    「まぁ、月島さんはお気づきにならなかったとはいえ、私としては仕事とプライベートは180度違う状態で過ごしている、というのだけ分かって欲しいと言いますか…」
    「なるほど…あなたのあの仕事ぶりを考えれば、それは正しいことかと」
    「へ」
    「仕事に対する意欲も、こちらへの迅速な対応も、計画が変わった時の順応性の高さも…今まで関わった相手の中でずば抜けていましたから、あなたは」
     思わぬ褒め言葉にぱっと顔をあげた。あまりこちらを見ないようにしてくれているのか、両手を組んで、その指先をじっと見つめている月島さんが、ちらりと目線だけこっちに向けた。
    「あの当時も相当な量の案件を抱えているように見えましたが、それをこなすためにはプライベートは重要視すべきでしょう。今の状態があなたの一番楽な状態なのだとすれば、それを誰かが咎めるなんて事はすべきじゃない」
    「……」
    「…あぁ、俺が他のやつに言いふらす、というのを懸念してるのであれば、そういうのは好まないので安心してください。不安なら一筆書くとかしますけど」
    「…ふっ」
     真剣な表情でそんな事を言うものだから、思わず笑ってしまう。そうだった。月島さんというのはどこまでも真面目な人だった。
    「そこまでする必要はないですよ…分かってもらえたなら何よりです。すみません、変なことに巻き込むような事をしてしまって」
    「いえ、仕事で関わった人間がマンションの隣人なんて、混乱して当然だと思うので…」
    「あぁ、そういえば最近越してきたって、さっき…」
    「えぇ、2週間前に。車通勤にしたので、道路状況を考えるとこの近辺が一番会社に行くのに楽なんです」
    「なるほど…」
    「あなたの会社だと、ここからは大分かかるのでは」
    「そうですね、電車だと1時間ほど…でも、知り合いに会うよりましなので」
    「そうですか」
     他愛無い会話を交わし、グラスに残ったウーロン茶を月島さんが飲み干した。
    「長居するのは失礼だと思うので、俺はそろそろ帰ります」
    「すみません、無理言って引き止めてしまって…」
    「いえ、あなたなりの事情があるのは分かりましたから。まぁ、何かあれば声かけてください。全く知らない男ではないですから、力になれることがあれば」
    「ありがとうございます…」
     どこまでも優しい人だ、とほっと息を吐いた。ばれたのが月島さんでよかったかもしれない。玄関に向かう月島さんを見送ろうと立ち上がり、後ろをついていく。
    「……あの、大変言いにくい事なんですが」
    「はい?」
    「防犯上外に干さないでおくのは大変良いかと思いますが、来客があるときは回収したほうがいいです、あれ」
    「え…!」
     あれ、と月島さんが指差したのはリビング。ふと指の先を見ようと振り向いて、部屋干ししていた下着に漸く目がいった。すっかり忘れてた…!
    「すみませんお目汚しを…!」
    「いや目は汚れてませんが、格好どうこうよりさすがに気になってしまって…まぁ次お邪魔することはないと思いますが。それじゃあおやすみなさい、ちゃんと暖かくして寝てくださいね」
     目をそらしたままそう言った月島さんは、ぺこりと頭を下げて部屋を出て行った。彼が部屋で落ち着かないようすだったのはアレのせいだったのか…と頭を抱えた。投げ捨ててた衣服に意識が向いていてすっかり気付けずに居た数分前の自分をどつきたい。リビングに戻り、飲み干されたグラスをキッチンで洗いながら、月島さんが最後に呟いた言葉を思い出す。
    「…オカンか…」
     恐らく、焦った私を気遣うつもりで言ったんだろうけれど、男性が言うにはあまりにも母親みの強い言葉に、今更笑いがこみ上げてきた。やっぱり彼は、真面目な人だ。くつくつと笑いながら洗い物を終え、本来するはずだった晩酌をするべく冷蔵庫を開け…そのまま閉じた。
    「今日はもう寝るか…」
     月島さんの言葉が頭によぎり、晩酌をする気がうせてしまった。たまには早く寝る週末も悪くない。コンビニに行ったとき、帰りに中華まんを食べながら歩いたからそこまでお腹も減っていない。洗面所に向かい歯磨きをして、寝支度を整えて寝室に向かう。リビングの数倍乱れた寝室に溜息を吐いた。この様子を彼に見られなくて良かった…。
     ひんやりと冷えた布団に身体を滑らせる。月島さんが隣と知って引越しが頭によぎっていたけれど、あの様子なら急ぐ必要はなさそうだ。思わぬ事態に加え、見たくも無いものを見せてしまった申し訳なさがじわじわとこみ上げてきた。とりあえず…。
    「…来週、何かお詫びの品買って渡そ…」
     うとうととした思考の中それだけ呟いて、私は考えるのをやめて夢の中に沈んだ。
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