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    No.3 《 瑠璃の花は茨に咲く》

    血ハロ後、精神的不調に悩む場地と、千冬の話。
    ※ふゆばじ

    #3 Post Traumatic Stress Disorder────場地さん、場地さんッ!

    ハッと、目が覚めた。周囲を見渡したところで、その声の主はどこにも見当たらない。退院し、家に帰ってきてから一週間近く経つ。入院しているときはなんともなかったのに、この部屋に戻った途端、不思議な声や、気配のようなものがたまに現れては消えていく、といった現象が続いていた。
    それは夜によく現れて、いささか睡眠の邪魔をしてくるせいで、オレはまだ調子が戻らず中学校に復帰できずにいた。あの日以来、意識があるうちは何かじっとりとした重荷が全身に降りかかっているような気がして苦しいし、寝ようと思ってもこの奇妙な現象のせいで目覚めが悪い。リハビリで戻り始めていた体力が、どんどん削られているように感じる。
    はあ、と溜息をついた。溜息は幸せを逃すというけれど、今のオレの中のどこを探しても幸せの欠片すら見当たらないだろう。全て、あの瞬間に捨てたはずだった。
    今でも刃物を見るとあの時の感触を思い出して吐き気がする。かーちゃんはオレの前で料理をしなくなった。タバコの匂いも、好きだったガソリン臭も、全て嫌な思い出として上書きされてしまった。
    親友であった千冬に、一方的に傷を付けた。彼が抵抗しないことを分かっていて、容赦なく拳を落としたのだ。
    オレは許されない罪を、生きているだけでいくつも重ねてしまう。あの場で死ぬはずだったのに、どうして今のうのうと生きているのだ。
    「……ッは、ぁ、ぅ」
    己の罪を思い出すたびに、自分で刺した腹の傷がじくじくと痛んだ。これは戒めの証だ。この傷の痛みに苦しんでいる今のうちはまだいい。もしこの傷が完治してしまったら、と考えると、怖くて仕方がなかった。この痛みに慣れてはいけない。自分の過ちを、忘れることは許されない。唇をぐっと噛み締めるとじわりと血の味がして、また記憶がフラッシュバックして頭が痛くなる。こんなにも弱っちくなってしまったオレを、誰にも見せずに死ねたなら、どんなに楽だろうか。刃物を握ることすらできなくなってしまったオレは、それすらも許されなかった。



    「…………さん、場地さんっ!」
    「あ、……悪ぃ、なに?」
    最近場地さんが変だ。さいきん、っていうか、学校にまた通えるようになってからも、どうも調子が戻っていないようだった。無理もない。しばらくの入院生活で鈍った身体じゃ、座って授業を受け続けることすら疲れてしまうのだろう。屋上は寒いから、と見つけた空き教室で、二人でお弁当をつついていても、場地さんはどこか上の空。ぼーっとしている時間が増えたし、いつも眠そうにしていて見てるこっちが危なっかしさに心配になる。
    「場地さん、きついなら休んだ方がいいんじゃないですか?無理して身体壊したら大変です。今からでも保健室に、」
    「別に、無理してねぇ」
    「……なら、いいっすけど」
    嘘だ。オレは場地さんの考えていることなら何でもわかる。でも嘘をつくってことは、場地さんの中で何かしらの理由があるんだってことも、分かる。オフクロさんを悲しませたくないとか、もしかしたらオレと一緒に卒業したいから、とか。場地さんがひた隠しにしようとするのは、いつも優しい感情だ。でも一言に優しさと言っても、その基準は当然人によって違う。考えていることが分かったとしても、オレが場地さんだったらどうするか、というのと、場地さんの立場になって考える、というのは、似ているようで全く別のものなのだと実感した。
    だからこそ、場地さんとオレとの距離は確実に離れていっている。埋めたくても、場地さんが何を求めているのかが分からずに、踏み込むことができなくなった。
    ひびの入ったガラスを壊してしまわないように、慎重に、向き合っていこうと、そう思っていたのに。
    「ッ…………う、」
    「場地さん?」
    突然、場地さんが腹の辺りを押さえて呻き声をあげ始める。そこは、自らナイフで刺して大きな傷を作った場所だ。完治したから、退院したんだと思っていたのに。
    「ちょ、大丈夫ですか!?」
    「っは、……ッ」
    唇を噛み締めて、それでも漏れ出す苦しそうな声が助けをオレに求めているように感じた。腹を抱えて前傾姿勢になる場地さんの肩を抱いて必死に呼びかける。
    「場地さん、場地さん!」
    ひたすら名前を呼んでみても、場地さんの様子は落ち着くどころか呼吸はどんどん荒くなっていった。ひゅ、と過呼吸のような症状まで出始めて、オレはとうとうどうしたらいいか分からなくなる。
    「っは、、ち、ふゆ、ちふゆぅ……ッ」
    「ッはい、場地さん、オレはここにいますよ」
    「ち、ふゆぅ、……ごめ、……、ぅう゛……!」
    場地さんが、縋るように肩にしがみついてくる。涙を落として顔をぐちゃぐちゃにしながら、必死に何かを懇願するような表情に息を呑んだ。こんな顔、初めて見た。
    「ば、場地さん……?」
    「ちふゆ、ごめ、ん……ッごめん、……なさ、……」
    オレの名前と、謝罪の言葉をいくつも繰り返しながら、場地さんはぱたりと、眠ってしまった。顔を埋めていた肩口が涙でいっぱいに濡れている。オレはしばらく放心していた。発作のように突然起こった今の出来事は、いったい何だったんだろう。初めて聞いた場地さんの悲痛な叫びが耳にこだまして、まだ心臓がどくどくと高鳴っている。
    場地さんはまだ本調子どころか、あの日に囚われ続けているのかもしれない。そして、その苦しみの原因の中にはオレの存在がある、ってことだ。
    場地さんを守りきれなかったどころか、オレは知らないうちに、場地さんのしこりの一部になっていた。肩の上で寝息を立てる場地さんの髪を撫でる。こんなに近いところにいるのに、オレは場地さんの心に触れられない。触れさせてくれない。
    「……ごめんね、場地さん」
    あなたの、苦しみの一部になっているのだとしたら、離れてしまうのがお互いに最善だ。それでもきっと、オレは場地さんを見捨てることはできない。場地さんが苦しむことを分かっていて一緒にいることを選ぶなら、オレも同罪だ。苦しみも、全部半分にしてオレに背負わせてください。と、伝える代わりに彼の身体をぎゅうっと抱きしめた。
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