『新しい1ページ』「『温故知新ふたたび 秋の3時間スペシャル』は、明日19時からです」
「皆に観て貰えると嬉しい」
「はいっ、今日のゲストは聖川真斗さん、一ノ瀬トキヤさんでした!本日はありがとうございました!それではまた、来週~!」
スタッフから“はい、OKです!”の声がスタジオに響く。
真斗はトキヤで二人でやっている旅番組の宣伝に情報番組へゲスト出演していた。無事に出番を終えてレギュラー出演者やスタッフらに挨拶をしながらスタジオを後にする。
こうした番組に一緒に出演をすると、楽屋へ戻る間に真斗は出演した番組の感想をトキヤに話してきたりするのだが、今日はいつもと様子が違った。
スタジオを出るなり、若干急ぎ足で楽屋へと向かい始めたのだ。
無言ではあったが、別に怒っている様子はない。次の仕事も同じく番宣でトキヤと一緒に別番組へ向けてのVTR撮影で、急ぎで個人の仕事があるわけでもない。
どうしたのだろうか、トキヤはそんなことを考えてながら歩いているうちに声を掛けることも出来ないまま楽屋へと到着してしまった。
扉を開けて部屋の中に入ると今まで黙っていた真斗が声をようやく掛けてきた。
「急がせてしまっただろうか……すまない。だが、一ノ瀬の顔色が良くない事が気になってな。体調が悪いのではないか?」
収録中にトキヤの顔色が良くない事に気が付いたが、生放送の朝の番組で休憩を申し出る訳にもいかない。収録が終わったら早く楽屋で休んで欲しかったのだと言う。
普段通りに振る舞い、メイクもワントーン明るいものを使用してうまく隠せていたと思っていたトキヤは、真斗が自分の体調の不良に気が付いたことに驚いた。
周囲をよく見ている真斗だから気が付いたのかもしれない。
「気に掛けてくださってありがとうございます。……聖川さんは、すごいですね」
真斗は自分の何がすごいのかいまいちピンときていないようだったが、トキヤは敢えて触れずに楽屋の椅子に腰掛けた。
***
「実は朝から頭痛があったのですが、収録中に痛みが強くなってしまって……うまく隠せていたと思っていたのですけど、逆に心配をお掛けしてしまったようで、すみませんでした」
体調の変化に気が付いてくれたことは嬉しかったが、それは逆を返せば心配を掛けてしまったということ。眉を下げて申し訳なさそうに謝るトキヤに真斗は静かに首を横に振った。
「何も謝る必要はない。しかし、あまり無理はするなよ?幸い、次の仕事まで少し間が空いている。少し休むといい」
“ありがとうございます”と再びお礼を言うと自分のバッグから薬とペットボトルの水を取り出した。規定量の薬を飲み、ちらりと窓の外を見て小さく息を吐く。
窓の外はまだ昼前だというのに薄暗く、朝は降っていなかった雨が今はざぁざぁと降っていた。
「……雨は苦手ですね」
「苦手?」
ぽつりと漏らした言葉に首を傾げる真斗。
トキヤは、気候や気圧の変化などで頭痛が起きてしまうのだと教えると自分にはない体質の為か、真斗は真剣に聞いてくれた。
「なるほど。それは辛いものだな……俺はそういった体調の変化などに影響がない所為かもしれぬが、雨の日も悪いことだけではないぞ」
真斗はそう言うと椅子から立ち上がり、窓際まで歩いていくと窓を数センチ開けてトキヤに目を瞑るように促した。
ザ……ザザァ……
ポタッ……ポタ……
ーーバシャッ!
部屋と外を隔てるガラス一枚を無くし、視界を遮った世界には先ほどまで聞こえなかった音が聴こえてくる。
「こうしていると様々な音が聴こえてくるだろう?雨の降る音は勿論、風で濡れた葉が揺れる音、水滴が落ちる音、水溜まりの上に車が通った音……だろうか。沢山の音があって、まるで」
「雨のコンサートの様ですね」
自分の言おう思っていたことを先に言葉にされて、少し驚いて目を開けるとトキヤが微笑んで真斗を見ていた。
真斗は見開いた瞳をすぐに細めて、“ああ”と短く返事を返すと開けた窓を静かに閉める。
「幼い頃、雨の日に部屋で一人、聴こえてくる様々な音に耳を澄ましていたものだ。まるで音楽のようだと思い、ピアノも弾いたりな」
懐かしむようにそう話す声色にはほんの少し、寂しさを滲ませていた。
そんな真斗を見ながら、トキヤも口を開く。
「……聖川さんの話を聞いて似たような経験を思い出しました」
そう切り出したトキヤは泣いている灰色の空を見上げながら続けた。
「幼い頃に木から落ちて、傘に当たる雨粒の不規則な音がレコードを掛けたときの音のようだと思ったことがありました。全然似ていませんが、当時はそう思ってわざと木の下を歩いたりしました」
ふふ、と小さく笑ったその表情は先ほどの辛そうなものとは違い、楽しそうだった。
「雨上がりには、夜空を見て星と星を繋げて自分だけの新しい星座を作ったりもしましたね」
トキヤもまた、懐かしむように話し、瞳をそっと閉じた。
「俺たちは本当に似た者同士、だな」
真斗の声に再び瞳を開いて柔らかく、“そのようですね”と頷きながら笑顔で返した。
「聖川さん。今度、一緒に新しい星座を作りにいきませんか?」
「先に言われてしまったな」
本当に気が合うとお互いにまた笑い合う。
雨が奏でるコンサート聴くことも、自分だけの星座を作ることも、今度は一人の思い出ではなく、二人一緒の楽しいものとなり、新しい1ページとして記憶に刻まれることだろう。