『帰る場所』カチ、コチ……
入浴を終えてソファーに腰かけた真斗は、秒針の音がやけに大きく聞こえる気がして何気なく時計に視線をやる。
時刻はもうすぐ22時になるところだった。
予定よりも帰りが遅いトキヤのことが気になり、メッセージでも送ってみようかとローテーブルに置いてあるスマートフォンに手を伸ばすとすでに点滅していることに気が付いた。
慌てて確認するとそれは入浴中にきたトキヤからのメッセージを知らせるものだった。
「なるほど、撮影が押してしまったのか」
返信をしてからもう一度、時間を確認する。
このメッセージを送ってから身支度を整えて帰ってくるのであれば、もうすぐ着くだろうと真斗はお湯を沸かしにキッチンへと向かった。
程なくしてドアを開ける音がして真斗は出迎える為に玄関へ急ぐ。
「ただいま帰りました」
「おかえり、一ノ瀬」
冷たい空気を纏って帰宅したトキヤは、寒さで表情も固まっていたが出迎えてくれた真斗の顔を見るやいなや、解けたように微笑んだ。
疲れているのかトキヤは甘えるように真斗に身体を寄せるとどちらからともなく軽くハグをする。
恋人の体温に触れてほっとしたのか、トキヤが身体を離すとふわりとシャンプーとは違う柑橘系の香りを微か纏う真斗に気が付く。
トキヤは好んで入浴剤をよく使うが、真斗は自分からはあまり使わない。嫌いではないが、習慣がないので先に入るときはそのままの事が多い。
少し珍しいと思ったが、特に気に求めずに部屋へ入った。
コートを脱いで、洗面所で手洗い等を済ませたトキヤが戻ると真斗がお茶を淹れていてくれた。
ありがとうございますとお礼を言ってから、ソファーに掛けてお茶を一口飲み、ほぅと息を吐く。
「落ち着いたら風呂に入ってくると良い。…ところで夕飯はどうする?」
「すみません。今日は夕方にケータリングを頂きました。時間も遅いですし、お風呂だけにしておきます」
いつも交わすような普通の会話なのだが、今日は真斗の様子が少しだけ違った。
「……そう、か。わかった。風邪を引かぬようよく温まるのだぞ」
ほんの一瞬、残念そうな表情をしたように見えたがすぐにいつも穏やかなものになっており、トキヤは声を掛けるタイミングを失ってしまった。
(……何か、変なことを言ってしまったのでしょうか……ん?)
考えながらバスルームの扉を開けたトキヤは、真斗からした香りと先ほどの表情。全てのことに合点がいった。
「さすがは聖川さんといったところでしょうか」
小さく呟いて浴槽の蓋を開けるとそこに揺蕩うものをつついた。
「柚子、いい香りでした。温まりますね」
ソファーで舞台の台本を読んでいた真斗が顔をあげて、瞳を細めた。
「そうか、よかった」
トキヤが真斗の横に座るとあたたかい空気と柚子の香りがふわりと広がる。
「それで、ゆっくりと湯船に浸かっていたら……お恥ずかしいのですが、少しお腹が減ってしまって。何か夕飯の残りがあれば頂いても?」
夜に何かを食べたいなどどいうトキヤからの珍しい発言に真斗はたいそう驚いたが、心なしか嬉しそうにキッチンへ向かった。
「カボチャの煮付けでもよいだろうか?」
小鉢に盛られたカボチャの煮付けはきちんと面取りまでしてあるのでに煮崩れておらず、美味しそうだ。
「柚子湯にカボチャ。今日は冬至だったのですね」
「ああ、かぼちゃを食べて栄養を付け、柚子で身体を温める。最近、急に寒くなったからな。風邪などひかぬようにと用意してみた」
真斗は、食べて貰えて嬉しいと嬉しそうに笑みを溢す。その気遣いが嬉しくて、トキヤも自然と笑顔となる。
ふいにお互いに手が触れて、指が絡み、顔を近づけ唇を重ねた。
あたたかい帰る場所に、体温を分け合える愛しい恋人。
冬の寒さも悪くはないのかもしれない。