うちよそ第2話【第3幕】 再び黒服に見送られ、まだ人の行き来の少ない昼下がりの歓楽街を一度抜けた後、追眠は路地裏を抜けた先の萎びた窮屈な雀荘に入り込む。擦り切れ古ぼけた麻雀台のうち、一席が空いている台を探すと五百円玉を台に置く。隣に座る老人が黙って金を回収すると、ゲームが始まった。
ほんの数百円を賭けるだけの麻雀は、考え事をするのにちょうどいい。並ぶ自分の牌を目で追うと、追眠の指先はほとんど自動的に不要な牌を切り、新たな牌を引いていく。
劉仁の件は、そのうち芙蓉か玖朗に繋いでもらおう。それよりもまず、芙蓉の言っていた男の話だ。芙蓉は、中華街において芸能人的存在であり、その身請け話はビッグニュースで誰もが知るところである。当然獏乱だとか名乗っているその男の耳にも入っているに違いない。盗難騒ぎ以来さらに警備の厳しくなっている仁華楼に侵入することは至難の業だろうが、例えば芙蓉が必ず姿を現すことになる身請けの当日に何か仕掛けようなどと画策している可能性は十分にある。いずれにしてもなるべく早く捕まえて、芙蓉がこの街を去る前に報告してやりたい。
「リーチ」
宣言して程なく、捨てられた牌にロンを宣言して最短の八局で試合を終えると、小銭が差し出される。老人がにやりと笑った。
「坊主強ェな」
「どーも。また相手してくれ」
2000円分の小銭を得て表通りに戻る頃には、中華街の古びたビルの向こうに夕日が燦燦と輝いていた。夜の世界はぼちぼち開店準備といったところだろうか。追眠はあてもなく、ぶらぶらと街を闊歩していく。
とても広い虎仁帮の網に引っかからないということは、男は姿を隠しているということだろう。だが、未だに何事も口伝えに広がっていく中華街で芙蓉の情報を得ようとすれば、ただ潜伏しているわけにもいかない。夜の中華街ではほとんどの店でかの組織の名前を聞くが、比較的関わりが少ない店々を挙げるとすれば、個人で経営しているところも多い酒場や飲食店辺りだろう。これらの店は人の往来が多いため姿を隠しやすく、しかも様々な情報が行き来する。よって虎仁帮に見つからずに芙蓉の情報を得られる可能性が高くなる。
芙蓉から獏乱の外見的特徴も聞いてはいるが、当然変装している可能性もある。例えば、髪を染める、髪型を変える、服装で人相を分かりづらくする等々。それなら、見た目の情報はあまり絞り込んで探さない方がいいだろう。
「んー……」
早めに片付けたいんなら、やっぱみんなの力を借りた方がいいかもな。
そう結論付けた追眠は、屋台の並ぶ隅、仲間たちの溜まり場で足を止めた。こちらに気づいた何人かが手を上げる。彼らに応えてから、追眠は告げた。
「なぁ、探し物があるんだ。……あ、今回は危ねェからチビたちへの伝達はナシで」
「ねぇねぇ、風猫が探し物してるんだって」
「でっかい男」
「探し人だよ」
「目つきが悪い」
「隈の深い目」
「おっちゃん、見かけたら声掛けてな! 風猫のお願いなんだって!」
「おう! 分かったよ」
「がっしりしてる、元傭兵?」
「兄ちゃん、風猫がね……」
「って、なんでお前知ってんだ。今回のやつ、子どもはナシでって話だろ!」
「いいじゃーん。きっとどこかからみんな聞き出すよ。だってみんな知ってるんだもん!」
「風猫がね」
「俺は明明から聞いたんだけど――」
「酒飲み」
「でっかいやつだって!」
「英語も喋れる」
「見たって」
「見た見た?」
「そうかもしれない」
「酒場」
「『ネオンブルー』」
「風猫哥哥!」
20時過ぎ、煌びやかに輝く夜の中華街。あちらこちらで夜の蝶たちがしなを作り、客引きの男たちが愛想のいい笑顔で捕まえた客を店へ引き込んでいく。そのどれにも捕まらないよう隙間をすり抜けるように歩いていた追眠は、呼び止める声に振り返った。
「えへへっ、あたしが一番乗り?」
悪戯な笑みを浮かべるのは、ゆるゆるとカールがかった柔らかな茶色の髪を長く伸ばした少女だった。キャスケットを被っており、半袖のロングTシャツの下、丈の短いデニムスカートが揺れている。
「梨花……例の件か。随分早かったんだな」
「そりゃあ、久しぶりの風猫哥哥からのお願いだもん! みんな張り切ってたよ〜」
たたたっと軽やかな足取りで駆けてきた梨花は、くるりとした睫毛が愛らしい瞳をきらきらさせて楽しげに囁いた。
「ネオンブルーで見たって」
「ネオンブルー……なるほど、アタリだな。謝謝」
キャスケット越しに追眠がぽんぽんと頭を撫でると、梨花は飛び上がって喜んだ。
「やった! ほんとに私が一番! みんなに自慢しよーっと!」
「ハハッ、自慢になるのか? それ」
「なるよ! みんなが一番に風猫哥哥に伝えたいって競ってるんだよ!」
「そりゃありがてぇ。けどな、だからってこんな時間まで一人でうろうろすんな。危ねェだろ」
「ここらへんはまだ大丈夫だよ。虎仁帮が目を光らせてるところで、変なことはできないでしょ」
「人の目は絶対じゃない。またあんなことになったら心配すんだろ。丈も、俺もみんなも」
「ごめんなさぁーい……」
梨花はキャスケットを両手で掴んで目深にすると、しゅんと唇を窄ませた。
「あのときのことは、莉莉もあたしも、ホントに反省してるよ。風猫哥哥も怪我しちゃったし……」
「俺はいいんだよ。ただな、こないだはなんとかなったけど、次もなんとかなるとは限んねェだろ?」
追眠が言うと、梨花はむぅと唇を尖らせる。
「わかったよぉ、なるべく夜はうろうろしない。でも、どーしてもの時は、風猫哥哥が付き合ってよね!」
「はいはい」
「って言いながら、全然捕まらないんだもん、風猫哥哥はぁ〜」
ぶつぶつ呟きながら、梨花はじゃらじゃらとたくさんのキーホルダーを纏ったスマートフォンを振って示す。
「ねぇ、スマホ買えばいーじゃん! 使い方、あたしが教えてあげるよ」
「やだよ。高けェし、走る時ジャマ」
「え〜〜!!」
「ほら、帰るぞ。送ってやるから」
「もう~~!!」
それから30分後。繁華街を抜けるところまで梨花を送った追眠はそのまま道を戻り、バー・ネオンブルーのカウンター席に腰掛けていた。
「やぁ風猫!」
栗色に染めた髪をワックスで整えた優男が、カウンターの向こうからにこにこと笑みを浮かべて近づいてきた。ネオンブルーには二人のバーテンがいる。寡黙なオーナーと、柔和でお喋りな息子——どうやら今日は息子の日らしい。
「……しー」
追眠は人差し指を立ててみせた。
「久しぶりだな、梓。今日は、ちょっと仕事中でさ」
追眠がちらりと視線を投げた先で、大柄な男が一人、広いテーブル席に陣取り酒を煽っていた。入店したときに見目を確認したが、店内の客の中であの男が最も「獏乱」に近い。変装の一環なのか、薄い金だと聞いていた髪色は青みの強いブルーアッシュで、短く切り揃えられている。店内にいる知り合いは皆彼を指して追眠に目配せをしていた。皆が探し当てたのは、この男で間違いないだろう。
「なるほど、あれが獲物かい?」
「多分な」
カウンターに向きなおると、頼んでいないのにグラスが用意されていた。梓がにこりと微笑む。
「何も呑んでないと却って怪しまれるよ? 俺のオススメ、もちろんちゃんとノンアルコール」
「どうも」
ここからは男が「獏乱」なのかそうでないのか、見極めていかなければいけない。ただ、男は一人で呑んでいるため、男の声や会話の内容をを聞くことは現状叶わない。追眠はひとまず、華奢なカクテルグラスに注がれた、鮮やかなトロピカルオレンジのカクテルを一口含んで目を丸くした。
「……うま」
「ふふ、ありがと」
梓は満面の笑みで答えた後に、ひっそりと呟いた。
「ちなみに彼は、来店してから1時間も経ってないよ。その間ジン・トニックだけを5杯。まったく、もう少し味わって呑んでほしいもんだ」
「ふぅん……」
「それから多分、母国語は英語。でもどうやら、中国語も話せるみたいだね」
「さっきから、客の情報喋りすぎじゃね?」
「風猫の信用が篤いだけさ」
にこりと微笑んでみせた梓は、バーテンとしての技術は師匠のオーナー曰く「まだ青二歳」らしいが、流暢に五カ国語を操る秀才だ。おかげで追眠とも問題なく会話ができるし、訳者として間に立ってもらったことも幾度もある。ちなみに、五カ国語については以前聞いたはずなのだが、どの言語だったのか追眠はもう忘れてしまっている。ともあれひとまず、日本語と中国語が話せることは間違いない。
「これ、なんてやつ?」
「『シンデレラ』だよ。午前零時までに決着がつくといいね」
ぱちんとウインクを向けられて、追眠は首を傾げる。
「時間なんてろくに気にしねェから考えたこともなかった」
それから追眠は、ポケットから五千円札を抜き取ってカウンターに置いた。男が「支払い」と低い声で唸るのが聞こえたからだ。ウェイターが男のもとへ慌てて駆けていく。
「おや、とっといて、にしては少し金額が大きいね?」
「あぁ、次回の分まで含めての代金にしといてくれないか。それ、美味かった。今度はゆっくり飲みに来る」
「風猫なら大歓迎だよ! 気を付けてね、見るからにやばそう」
「謝謝」
くすりと笑いながら、男が立ち上がったのを横目に追眠は音もなく席を立った。
男は度数の強い酒を何杯も煽ったにも関わらず、まったく揺らがない足取りでずんずんと歩いていく。大股で早足のため、速さに自信のある追眠であっても悟られぬよう気を付けながら後を追うのはなかなか骨が折れた。煌びやかな夜の街、人の波にそのままぶつかるように進んでいく男を、いかつい容姿に気圧されたのか周囲が自然と避けていく。そのまま男は、人気のない路地裏へと足を進めていった。
「……おい、出てこい」
薄暗い路地裏。喧噪もやや遠くなりつつある頃、突然立ち止まった男は振り向きもせず無感情な声で呟いた。
「ついてきてるのは分かってる」
バレてんな。
追眠は壁に引っ付いたまま心中で呟いた。繁華街の外れの入り組んだ路地。男がこんなところに足を向けた時点で、もしや尾行に気づいているのではないかと追眠は内心思っていたのだった。それに、仮にこの男が「獏乱」だとして、芙蓉が聞いた傭兵あがりという言葉が事実なら、傭兵として専門的な訓練や経験を積んできた人間ということになる。気づかれてもおかしくはない。
追眠は身を翻すと壁影からゆっくりと歩を進め、男と相対する。無地のTシャツに迷彩柄のパンツ。引き締まった筋肉質な体型は、より実践的な戦闘経験を積んできたもののそれだ。落ち窪んだ目に、濃い隈。十分聞き取れるがどこか発音に違和感のある中国語は、母国語がそれ以外であることを示していた。男は低い声で笑う。
「チビのガキ一人か。助けを呼ばなくてよかったのか」
そういえば、芙蓉に「一人でどうにかしようとしないで」と言われていたんだった。見失わないようにすることにすっかり夢中になってしまって、頭から抜け落ちていた。
「……忘れてた」
「あ?」
「こっちの話」
「フン。お前を知ってる、風猫とか呼ばれてるガキだろう……なぜ俺を追ってきた?」
「大体勘づいてるんじゃないのか、アンタ」
追眠は不敵に微笑んで、首を傾げてみせた。男の眉が微かに歪む。
「……あの店に出入りするお前を見た。だが、お前みたいなクソガキが、あんな高級店に出入りできるはずもない。一体どういうことだ」
「ノーコメント」
のらりくらりと問いを躱す追眠に、男の表情はだんだんと歪み、苛立ちが滲み始める。
「まぁいい。お前の死体でもあの店に投げ込んでやれば、あの女への脅しになるか。次はお前だ、ってな」
低く、何かが引っかかったようなガラガラした声。これも芙蓉が語った男の特徴と一致する。そもそも追眠が芙蓉の名前も仁華楼のことも出していないのに、男は“あの高級店”、“あの女”と自ら話した。
あぁ、こいつで決まりだな。
追眠は胡乱げに目を細め、最終確認として鎌をかける。
「そんな大それたマネがお前みたいな男にできるのか? 好いた女のものを盗んだ挙句、結局金に困って売り飛ばすなんてな、馬鹿馬鹿しくて反吐が出る」
途端、逆鱗に触れたのか、男は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「うるせェ! 弱者は弱者らしく、黙って言うことを聞いてりゃいいんだよ!! 俺はな、向こうで山ほど人を殺してきたんだ。女子どもをな! 今更ガキ一人殺すことくらい造作もない」
「ハッ、腐った自己紹介どうも。獏乱だっけ? センスねェ偽名だな」
追眠は忍ばせていたナイフをするすると右手に握りなおした。
「アンタじゃ俺を殺せない。自分より弱い奴を狙って殺してきた屑に負けるかよ」
「そりゃどうだろうな」
すちゃっ、と男が追眠に向けてきたのは——真っ黒な拳銃だった。
マジか。
日本の保安検査は優秀だ。ヤクザの一員ならともかく、個人で動いていると思われるこの男が銃火器を持ち込めるはずがないと踏んでいたが、ここは魑魅魍魎が巣食う中華街。武器商人だかヤクザだかとつるんで、手に入れたのかもしれない。
「っ……」
狭い路地、これほどの至近距離で発砲されるとなると避けるのは至難の業だが、やるしかない。
「確かお前、速くて有名なんだったなぁ」
にやりと昏い笑みを浮かべた獏乱は追眠へと向けた銃口を微かに動かし、狙いを定める。
「だったら、ご自慢のその脚、先に撃ち抜いてやろうか」
当然ながら、銃弾よりも早く動くことなど流石にできない。発砲のタイミングを見計らって、右か左か、どちらかに動いて躱すしかない。かちりと微かな音を立て、男の人差し指がトリガーにかかる。躱すチャンスは一瞬だけだ。追眠は薄暗い路地裏で目を細め、その一瞬に全神経を集中させた。
「ガッ……!」
だから、パン、という存外軽やかな音とともに獏乱が突然崩れ落ちたとき、何が起こったのか瞬間には理解できなかった。
「——この街から去れと、そう言ったはずだが?」
低い声が後ろから近づいてきて、思わず反射的に振り返る。
「アンタ……」
隙なく拳銃を構えたまま、厳しい表情で現れたのは王劉仁だった。
「くそッ、どいつもこいつも!!!! いいか、こっちは高い金を払ってんだ!! 商品をどう扱おうと自由だろうがッ!! 番付一番だか何だか知らねェが、売女ごときがガタガタ言ってんじゃねェ!!!!」
拳銃を弾き飛ばされ、銃弾が掠ったらしい右手を庇いながらも男は激昂した。
「……なんだと?」
びりっと空気が張り詰める。賭場でプレッシャーを掛けられることに慣れている追眠でも、一瞬たじろぐ威圧感。
「貴様のような人間に、一度でもうちの店の敷居を跨がせた己が許せない」
男の顔がさっと青褪めたのが分かった。追眠の後ろに立つ男が恐ろしいのだ。それはそうだ、追眠ですら振り向きたくないと思ってしまったのだから。
「彼女らは道具ではない。意志を持った人間であり、尊重されるべきうちの大事な従業員だ。それを愚弄する輩を、野放しにはしておけない」
「く……くそォっ!!!!」
劉仁の気迫に押されたのか、男は拳銃を拾いなおすこともなく駆け出した。すかさず発砲音が響く。劉仁が少しの躊躇いもなく逃げる男に発砲したのだ。だが銃弾は男を捕らえなかったようで、命からがら獏乱は走り去っていく。
「やっべ、逃げた」
追眠は転がっていた拳銃に駆け寄るとさっと拾い上げる。
「命拾いしたわ、謝謝」
「えっ、なッ」
劉仁に押し付けるようにしてそれを渡し、慌てて受け取られるのを目にしたのと同時に走り出す。
「追眠!」
おやと思った。声が追ってくる。自分とは違う、硬い革靴の駆ける音。ちらと後ろに目をやると、劉仁が走ってついてきていた。
「なぜ奴を追っている?」
「芙蓉に頼まれたんだよ。そっちこそ、なんでこんなとこに」
獏乱の背を視界の中に捉え直しながら、追眠は尋ねる。
「街を見回りしていたら、追眠が路地裏に入るのが見えたんだ。確証はなかったが、その髪色は目立つから、もしやと……」
虎仁帮日本支部の頂点に君臨する男が、自ら見回りをしていたというのか。ほとほと変わった男だと追眠は思った。眼前に迫ってきていた室外機に跳び箱の要領で片手をつき、半分飛び越えるようにして走り抜けながら追眠はさらに問う。
「で、今は?」
「ん?」
「あんな端役をなんで虎仁帮の頭領が追いかけてんだよ、部下に任せときゃいいだろ」
バタバタと路地裏を駆け抜けながらも、隣に並んだ劉仁は心底不思議だと言わんばかりの表情を浮かべた。
「何を言う? 逆だ。我がボスだからだ。我を見て部下は動くからな」
「……へぇ。マフィアのボスなんてテッペンで踏ん反り返ってるだけかと思ってたが、アンタはどうも違うらしいな」
にやっと笑ってから、追眠は前を行く獏乱の背中を見つめる。
「このままだと見失うな。先に行く」
そのまま追眠はぐんと速度を上げた。足が回転する。さらに速度が上がる。路地裏には室外機をはじめ、大きなゴミ箱だの、空の酒瓶だのがあちこちに立ち塞がっている。だが、室外機やゴミ箱の位置は把握しているし、酒瓶が転がっていそうな場所も大体予想できる。記憶を頼りに早めにそれらを視認して、スピードを落とさずにすり抜けるにはどうしたらいいかを瞬時に判断し、ある時は飛び越え、ある時は踏み台にし、ある時はすり抜けて走り抜ける。追いかける相手が躊躇して速度が落ちる、そこをいかにスピードを落とさずに走り抜けられるかどうかが、逃走する相手を捕まえる鍵だ。これは長年中華街に身を置く追眠が身につけた、一つの技術だった。
「は……速いな……」
後方で目を丸くした劉仁の声は、既に遠ざかりつつある追眠に追いつかないままだった。
ぜぇぜぇと息を継ぎ、壁に片手をついた男が呟く。
「こッ、ここまで来れば……」
「ここまで来れば、なんだ?」
はっと目を上げた男と目が合う。古ぼけたビルの、ガラスがなくなり窓枠だけになった窓を挟んで、追眠は獏乱へひらひらと手を振ってから、窓枠に飛び乗った。
「なぁ、俺から逃げ切れると思ったか? ウスノロ」
建物の高さ分、今は追眠の方が目線が高い。路地裏に微かに差し込んだ街の明かりに、茫然とした男の表情が浮かび上がった。
「この街は俺の庭。で、俺より早い奴なんていない。つまり俺から逃げるなんて無理な話なんだよ。虎仁帮の王劉仁も後を追ってきてる。もうすぐここに来るだろうな」
「ぐっ……」
男がぎりっと歯軋りする音が聞こえた。今頃中華街では夜の街が最高潮とばかりに、昼間の太陽よりも明るい人工灯を煌めかせていることだろう。だがその喧騒はこの薄暗い路地までは届かない。
「……このままで終わってたまるか」
男が低く呟いた直後だった。暗闇から、男がむんずと何かを引き摺り出した。
「やぁぁぁぁあッ!!!!」
「なんっ……」
その太い腕に抱え上げられたのは、小さな少年だった。年齢は5つか6つか。バタバタと暴れて、男の腕の中でもがく腕はあまりにも細く小さい。
「なんでこんなとこに……」
「陰に隠れてやがったんだよ。気づかれちまって残念だったなぁ」
「ふ、風猫にいちゃぁん……」
「……ッ、くそ」
「びーびーうるさい。あぁこれだからガキは」
ぐっと男が力を込めると、泣いていた子どもがひっと息を漏らし、気道を圧迫された苦しみにもがき始める。
「やめろ……」
「銃器がなくても、ガキなんて捻り潰せばすぐに死ぬ。このまま俺を見逃してもらうぞ」
「阿瑶を置いてけ」
「そうは行くか。こいつは人質だ」
一瞬だけ気を逸らせれば——あと少し、もう少し。会話を引き延ばそうと追眠が口を開きかけたとき、待ち望んでいた足音が近づいてきた。暗闇から浮かび上がるように現れる真っ黒なスーツに薄茶の髪、劉仁だ。
「貴様ァ!」
咆哮するような一喝に、獏乱の意識が猛然と迫ってくる劉仁に向いた。それで十分だった。追眠は、窓枠を蹴って飛びかかる。男の頭に向かって、跳んだ衝撃そのままに蹴りを入れた。
「ぐえッ……」
獏乱がぐらつく。着地するや否や、男の腕の中からするりと抜けた阿瑶の身体を抱き抱えると、追眠はすぐさま距離を取った。
「はぐァっ」
振り返ると、男の悲鳴が上がっていた。劉仁だ。拳で一発入れたらしい。
「子どもを盾にするなど! 恥ずかしくはないのか! 下衆がッ」
「やめろッ、クソが、クソが……ぐぁぁあアっ!! なんで俺が出禁なんだ、俺はッ、人の上に立ってる人間でぇ……ッ」
「黙れ!」
倒れ込んだ男を、劉仁がさらに捻りあげる。あちらは任せてよさそうだ。
腕の中に抱き込んでいた少年の目線に合わせてしゃがみ込むと、追眠は阿瑶の顔をそっと覗き込んだ。真っ赤に染まった幼い顔は、恐怖と安堵から涙でぐしゃぐしゃだった。
「災難だったな、もう大丈夫だから」
「風猫にぃちゃぁぁあ……!」
そのまま追眠に抱きついて、阿瑶はわんわんと泣き出した。はいはい、と追眠はその背を撫でる。
「阿瑶、夜にこの辺りをふらふらすんなっつったろ?」
「い、い、言ったぁ……っ」
「伸駿にーちゃんもそう言ってただろ」
「言った、ッ……」
「にーちゃんの言うことはちゃんときけ。いいな?」
「わか、わかった……」
「よーし」
追眠は阿瑶を抱きかかえて立ち上がる。とんとんと背を撫でてやると、だんだんと嗚咽が落ち着いていった。途端、ばたばたと駆ける足音が近づいてくる。はっと警戒をにじませた劉仁に大丈夫だと追眠が手を振ると同時に、路地裏の影から十五、六歳の少年の顔が覗いた。
「風猫!」
「よぉ、伸駿」
よほど懸命に走り回っていたのだろう、伸駿ははぁはぁと息を切らしていた。劉仁と、劉仁に捻り上げられ完全に意識が落ちている獏乱に気づきぎょっとした表情を浮かべたが、追眠が頷いてみせるとそのままそばまで駆け寄ってくる。
「ごめん、阿瑶が迷惑掛けちゃって……」
「いや。止められなかったんだろ? そーゆーもんだよ、俺もやってた」
俯く伸駿の頭をわしゃわしゃと撫でて、追眠はにやっと笑ってみせる。
「伸駿哥哥……」
追眠の首に抱きついたまま小さく呟いた阿瑶に、伸駿は眉を吊り上げた。
「阿瑶! お前おれがどんだけ探したと思ってんだ!」
「ご、ご、ごめんなさいー……」
「まーまー、もう怒ってやんなよ。反省してるみたいだし」
阿瑶の身体を伸駿の方へそっと差し出すと、阿瑶は兄の肩に縋りつき、伸駿もまた伸ばされた腕を受け止めて弟を抱きしめた。
「对不起……」
「……もうすんなよこんなこと」
「伸駿も大変だったな。よく阿瑶を見つけた」
「お、おれは別に……! こいつのにーちゃんだし!」
そう言いつつも伸駿は誇らしげに胸を張った。その様子に少しだけ笑みを漏らしつつ、追眠は二人に「ちょっと待っててくれ」と告げ、劉仁のそばへ近寄った。劉仁は完全に伸びている獏乱をさらに厳重に縛り上げていた。組に連絡していたのだろう、手にスマートフォンを握っている。
「そいつ、あとは任せてもいいか」
「あぁ。協力感謝する」
頭を下げた劉仁に、追眠は何と口火を切ったものか迷って、視線を彷徨わせた。ぐしゃぐしゃと髪を片手で掻き回していると、劉仁に「追眠」と名を呼ばれて手を止める。
「お前は強いな。……誰かを守れるほどの強さがある」
伸駿と阿瑶を見遣る劉仁の表情は、つい先ほどの大の男も震え上がる鬼の剣幕からは想像もつかないほど、柔らかく優しいものだった。
「……そらどーも」
「だが、我からすれば庇護下に置かれるべき存在だ。あぁ、弱いと言う意味じゃないぞ。だが、困ったときは人を頼れ。我はいつでも力になろう」
「なんか、アンタ……」
「うん?」
「……俺が知ってるマフィアじゃない」
「そうなのか?」
劉仁は不思議そうに首を傾げる。やっぱり変わっていると、追眠は思った。
「我は、我のあるべき志に従っているだけだ。それに、我の組に関する事で追眠に何かあったら、医生にも叱られてしまうからな」
続けられた言葉に、追眠ははたと動きを止めた。
「は? なんでそこで玖朗が出てくんだよ」
追眠が言うと、劉仁ははっとした表情で急にそわそわとし始めた。
「あぁ……その、誤解しないでほしい。医生は、お前のことを心配してるんだ。心配しているから……昔の追眠の事情を、話してくれた」
馬鹿正直に告げられた言葉に、あぁ、と追眠は腑に落ちる。
「なるほど。なら大体は聞いてるのか、俺とアイツのくそみてーな因縁を」
追眠が鼻で笑ってみせると、劉仁はぐっと言葉に詰まった。どうもポーカーフェイスは苦手らしい。
「小さな子どもに未来の殺害予告など……あり得ない……」
「おー、それ以上は言ってくれるな」
追眠は自分の背後を暗に示した。羅甚仁が生きていようと死んでいようと背後に何某かを企む第三者がいようと、余計な心配は掛けたくないし、これ以上誰かを、ましてや子どもを巻き込むなんて絶対にごめんだ。劉仁は追眠の思いを汲んでくれたようで、渋い顔で黙り込んだ。追眠は肩を竦めてみせる。
「まぁ、聞いてんなら話は早い。そういうわけだから、俺はあの名前が出てくると黙ってられねェんだよ。例の件……奴本人でなかったとしても、誰が何のためにあの名前を出したのか知りたい。それに、アンタのことは信用できると思った。その……一度不躾に断っておいて、今更こんなこと言われんのは不愉快かもしんないけど、協力させてもらえねーか。頼む」
ぐっと頭を下げると、すぐにぽんぽんと肩を叩かれる。
「勿論だ。こちらこそ、ぜひ助力を頼みたい」
顔を上げると、嬉しそうに微笑む劉仁と目が合った。暗闇でも目を惹く明るい空色の瞳。一瞬うっかり見入ってから——追眠は困惑する。
劉仁の両手いっぱいに、透明な袋に小分けされた色とりどりの飴玉が乗せられていた。そしてそれはなぜか、追眠へ向かって差し出されている。
「えっ……なに」
「友好の印だ! もらってくれ」
「いや、あー……気持ちだけで……」
「なんでだ!?」
「いやなんでって言われても」
「足りなかったか!? たくさんあるぞ!」
そう言った劉仁は、今度は大袋ごと取り出して追眠に手渡そうとする。ヤクザ然とした真っ黒なスーツの内部に、こんなにファンシーなものが大量にしまわれているとは誰も思うまい。
「えーっと……俺はいいからあいつらに」
「む!?」
突然劉仁の視線を受けた兄弟はきょとんとしていたが、追眠は二人を後ろから押すようにして半ば強引に、自分の代わりに大量の飴を受け取らせた。
「伸駿にーちゃん、あめ! いっぱい!」
「お、おう……」
「よし、もらったな。劉仁ありがとな。二人とも行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、この二人も勿論だが、我は追眠に……おい! 追眠! 待ってくれ!!」
うわ、こいついい奴みたいだけど、なんか。
「追眠! 次は受け取ってくれ!! 種類も数も増やしてくるから!!」
大分、変なやつだ。
「風猫、はやいぃッ!」
「風猫にーちゃ、待ってよぉ!」
追眠はちょっと珍しいくらいの全速力で、その場を後にした。
「……ってことが」
話を最後まで聞き終わらないうちに、玖朗は笑い転げて椅子から崩れ落ちていた。最近こいつよく笑ってるな、と思う。こんなに笑いの沸点が低かっただろうか。目を瞬かせつつ、薄く縁の広がった品よい茶器をことりと持ち上げると、烏龍茶の湯気がふわふわと立ち登った。
今年の初夏は、夕方から夜にかけていつまでも冷える。茶の暖かさと香ばしい香りが身に沁みた。流石に商売で扱っているだけあり、いい茶葉を目を利かせて選んでいるらしい。普段は茶の味など気にもしない追眠だが、ここでありつける飲茶は気に入っていた。
日曜の夜。日が長くなってきたとはいえ、外はもう薄暗い19時過ぎ。夕方から適当な世間話を挟みつつ、追眠は玖朗を相手にだらだらと麻雀を打ち続けている。
きっかけは、玖朗に麻雀の指南を頼まれたことだった。なんでも知り合いのヤクザと話の流れで打たなければならなくなったらしい。玖朗がそんな厄介で面倒で金にもならないことを断りきれなかったのは不思議だ。どうにかこうにか、よく回るその口で回避しそうなものだが。
まぁ、事情はさておき、結局のところは追眠の心持ちの問題だった。
自分が打つことはあっても、指南なんかしたことがない。友人が打っているのを冷やかし混じりに助言したことがあるくらいだ。そう伝えると、それでもいいのだと玖朗は言った。
なんでも玖朗は、表の仕事は月曜休み、裏の仕事は土日休みで回しているらしい。つまり、まるまる休みの日は基本的に存在しない。
医者の仕事だけで食うにこと足りそうなのに、なぜわざわざ休みを削ってまで表の店を開けるのかと尋ねると、いけしゃあしゃあと「勿論、土日の方が稼げるからだよ。客入りが見込めるでしょ? たまに観光客がたくさんお金落としてくれるし」などと宣った。時間に縛られるのが嫌いな追眠にはいまいち理解のできない主張だが、玖朗にとっては金があることこそが自由、ということらしい。まぁ、まったく分からないでもない。金がないとできないこともたくさんある。要は、何に重きを置くかの違いなのだろう。
ともあれ店を閉めた後、普通に寝られる貴重な土日の夜にも、どこに出かけることもなく大抵は家にいるらしく、気が向いたらでいいから相手をしてくれと言う。
まぁ気が向いたときでいいのなら。軽い気持ちで追眠は玖朗の頼みを引き受け、土日の夕方、表の店が閉まる頃に玖朗のもとを訪れるようになった。
「アッハハ……飴玉、もらってあげたらよかったのに」
「いつまで笑ってんだよ。人からなんかもらうのって……なんか落ち着かねーから、やだ」
「おや。俺からの飲茶はいつもこうして奢られてる癖に」
「これは報酬のうちだろ」
「ふふ、まぁそういうことにしておこうか」
ぱちりと牌を並べてから、玖朗は肘掛に片肘をついた。
「なにはともあれ無事和解できたみたいでよかったよ。劉仁、猫に嫌われたってものすごく落ち込んでたから」
「ハァ……」
こう言ってはなんだが、今となっては肩を落として落ち込んでいる様子が目に浮かぶ。牌を一枚捨ててから、追眠は向かいの席で愉快そうに微笑む男を見遣った。
理由や意味を考えることを止めた今でも、追眠はたまにふと思う。玖朗とのこの繋がりは、実に妙なものだと。友達というほど身近で軽々しい関係ではない。けれど、ただの利害の一致では片付けられない。
でも、思いの外この時間は悪くなくて、土日は結構な頻度でここに足を運び、長い時を過ごしている。この男が何を考えているのかはやはりよく分からないが、こうやってふらふらと立ち寄るようになって分かったこともいくつかあった。例えば、そこそこ麻雀の腕が立つこと。医学以外にも様々な知識が豊富であること。それは追眠の興味の向くのジャンルにも及んでいるため、意外と話していて退屈しないこと。あとは——こういうときの玖朗はいつもより素が出ている、ような気がする。
「なぁに?」
視線を感じたのか、玖朗が目を上げた。鮮やかな瞳は、今はサングラスの奥に隠されている。
「なんでもねー」
追眠は首を竦めた。
「ところで、初めて会ったときも思ったけど、劉仁のあの瞳……すごいな」
人の瞳は、美しい。玖朗の瞳を見せてもらうようになってから、そう思うようになった。賭け事の場でも思惑を読み取る手段として見てきたが、そうではなく鑑賞物として、宝石を眺めるときと同じような心地で見つめると、これがなかなか面白くて美しい。
「なんか……変なやつだけど、頼んだら近くで見せてくれるかな……」
劉仁の瞳はどこまでも澄んだ空色。例えるなら、色彩が濃く澄み切ったスイスブルートパーズの輝きだ。汚れることなど決してないと語るような、力強く、果てのない空のような瞳——どうにもこうにも、覗き込んでみたくなる。
「どう思う、玖朗」
ふと玖朗に目を向けると、いつの間にかその顔から笑みが消えている。
「それってさ」
「は?」
「劉仁にも、見せてって頼むの? 俺に頼むときみたいに」
「『俺に頼むとき』って、なんだそれ? てかなに、なんで怒ってんの」
「怒ってないよ」
腕組みをした玖朗はあからさまに嘘っぽくにっこりと微笑む。
「ただ、俺の眼じゃ不満なのかな~って」
「ハァ? そんなこと一言も言ってないだろ」
なにがどうしてそんなに気に障るというのだ。そもそも劉仁を紹介したのも玖朗だろうに。
「猫」
玖朗は風猫を呼ぶのと一緒に、サングラスを外した。覗く紫の瞳に自然と目が吸い寄せられる。向かいの席から立ち上がった玖朗は麻雀台から身を乗り出してきた。
「たまには猫の瞳も見せてよ」
上からじっと覗き込まれる。瞳に誘われるように視線を合わせると、サンストーンみたいな煌めきが紫の中で踊る。でもそれは宝石だからではなくて、それが人の——玖朗の瞳だからだった。
「綺麗だね」
手が降りてきて、追眠の眦を親指がゆっくりとなぞった。
「緑色が濃くなったり薄くなったり。黄緑色に見えることもあれば、青が混じった緑の時も、森みたいに深い緑に見えることもある。光の加減なのかな……いつも見てるとね、猫の瞳は一つの宝石で例えるのが難しくなる」
そう言って玖朗は、宝石の名前を列挙していく。
ペリドット。
スフェーン。
クリソベリル。
エメラルド。
クロムダイオプサイド。
グリーンガーネット。
「どう? 俺もなかなか勉強してるでしょ」
片眉を上げてみせる玖朗の瞳と表情にまだ微かな苛立ちが混じっているのが見て取れて、追眠は小さく溜息を漏らした。
「何が気にいらねェのか知らないけど」
自由にさせていた、頬をなぞる指先をぱしんと掴む。
「アンタはトクベツ」
ちろと視線を投げると、玖朗はぽかんとした表情で固まった。
「え……」
「はい終わり。もっと見たいって言うんなら、対価を払えよ。俺みたいにな」
ぱっと手を離して、追眠は椅子に深く座りなおした。
「まって……特別? ……俺が?」
「馬鹿か。そうじゃなきゃ、専属なんてめんどくさいの引き受けるかよ。そもそも俺は、どうでもいいやつに気に入ってる石を預けたりしない」
腕を組んで言い放つと、返事が返ってこなかった。怪訝に思って手牌から視線を上げると、いつもぺらぺら回っている口はぴたりと閉じて、玖朗は黙り込んだまま立ち尽くしていた。変なやつだ。
「ツモった」
引いた牌を側に置いて手牌を倒す。七対子。
「えっ? あっ」
「ツメが甘いんだよアンタは。俺の勝ちな」
そこまで言ってから、追眠は背伸びをした。
「帰るわ」
勝手口から出て行こうとすると、玖朗の声が追いかけてくる。
「泊まっていかないの?」
そう言った玖朗はなんだかもじもじとして、物言いたげな表情をしていた。思わず追眠はふはっと笑いを漏らす。
「なんだよアンタ、引き留めてるみたいに聞こえんぞ」
「そういうわけじゃないけど……もう夜も更けてきたからさ」
「むしろここからが活動時間だっての」
と言いつつ、今日は打つ気にならない。なんだか、気持ちが和んで丸くなってしまった。どうも勝負勘が冴えない気がする。
「今日はアンタも仕事がないからベッドが空かないだろ。土日の夜くらい普通に寝ろよ、じゃーな」
後ろで玖朗がもごもごと何か言葉を呟いていたが、それを聞き取ろうとすることもなく、追眠は適当に手を振って、夜の街に繰り出していった。
「なに……とくべつって、なに……?」