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    みなも

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    ちょっとだけですが……尻たたきように……
    あと一回で終わる!はず!

    2024.3.24 追記

    #うちよそ
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    #うちよそBL
    privateBl

    玖朗さんお誕生日SS・2023【後編・3日目】 ゆっくりと瞼を開けたその瞬間から、身体が鉛のように重く、熱を持っていることが分かった。たまにある現象だ。体温計で測るまでもなく、発熱していることを悟る。
    「ん……」
     起き上がろうとした身体は上手く動かず、喉から出た唸り声で、声がガラガラになっていることに追眠は気づいた。そういえば、引き攣るように喉も痛む。ようやっとのことで寝返りを打って横向きに上半身を起こすと、びりりと走った腰の鈍痛に追眠は顔を顰めた。ベッドサイドテーブルには、この状況を予期していたかのように蓋の開いたミネラルウォーターのペットボトルが置かれている。空咳をしてから水を含むと、睡眠を経てもなお疲れ切った身体に、水分が染みていった。
    「ふう……あ、ぁ……」
     試しに声を出してみようとしたが、長く伸ばそうとした声は途中で千切れ、おまけにかすかすで音にすらならない。声が出ないものは仕方がないと、追眠は溜息を漏らしてから、部屋を見渡して玖朗の姿を探した。だが、縦に長い玖朗の部屋のどこにも、その姿は見えない。ベッドから降りようと身体を動かすと、ほんの少し身じろぎしただけで、頭がくらくらした。加えて、足首が妙な力でくんと引っ張られる。
    「ん……?」
     ゆっくりと布団を捲ると、右足首に革製の輪っかが巻き付いていた。金属の金具から鎖が伸びている。その先は、どうやらこのベッドの脚に括りつけられているらしい。
     こんなことしなくたって、まともに起き上がれもしねェから逃げらんねェのに。
     呆れてしまい再び溜息をつく。仕方なしにベッドの背に寄りかかり、さてもう一度眠ってしまおうか、どうしようかと思案していたとき、向こうに見えるドアが開いた。
    「やぁ、猫。おはよう。調子はどう?」
    「…………」
     いつも通りに見える張り付けたような笑顔に、追眠はじろりと視線だけをやって答えた。盆を持った玖朗が近くまでやってくる。
    「ご機嫌ななめかな? ごめんね、昨日無理させ過ぎちゃったね、熱が出てる」
     かちゃりと茶器の乗った盆をサイドテーブルに置くと、玖朗は追眠の額に手をやった。ひんやりした手の平の心地よさに、追眠は目を細めた。
    「喉痛い?」
     気遣うような窺うような、少し小さな声で、玖朗が尋ねてくる。追眠はこくりと頷きだけを返した。
    「そっか。……これね、炎症を鎮める作用のあるお茶」
     玖朗はベッドの脇にあった椅子に腰を下ろしてから、サイドテーブルの盆の上に乗っている茶器を示した。
    「飲めそう?」
     頷くと、追眠のマグカップに茶を注いだ玖朗がそっとカップを手渡してくる。優しく香る湯気を少し吸い込んでから、追眠はカップの縁に口を付けた。こくりと飲み込む瞬間は喉が痛むが、じんわりとした茶の温かさが喉に染みわたり、痛みを癒してくれている気がする。
    「ごはんは?」
     続く問いかけに、追眠はふるふると首を振った。
    「少しだけでも、食べられない?」
    『たべたら、はきそう』
     口に出した声はほとんど吐息だった。けれど玖朗には通じたようで、そっか、と答えた後、玖朗は目を伏せた。是が非でも足の拘束については触れないつもりなのだろうか。追眠は小さく鼻を鳴らしてから、マグカップを傾けゆっくりと茶を飲み続けた。その間、玖朗はずっと無言で、追眠がマグカップを大きく傾けてカップの中の茶を飲み干す頃に「おかわりは?」とだけ尋ねてきた。そうして、追眠が差し出したカップに再び茶を注ぎ、それを追眠がまた飲んで、その間また黙り込む。
     言い出す勇気がないのか、自分からは触れたくないのか。追眠はぼんやりと考えながら黙って茶を飲み進める。ちょうど二杯目を飲み終わる頃、体調不良のとき特有のぞくぞくするような悪寒が走って、ぶるっと身体が震えた。
    「寒い? 空調が効きすぎてるかな」
     きょろきょろと辺りを見回し始めた玖朗は、エアコンの温度を調節するためのリモコンを探しているらしい。玖朗が立ち上がる前に追眠はコップを左手で握りなおし、空いた手を伸ばして、玖朗の指先をそっと握った。
    「……なぁに? 猫」
     いつも通りの柔和な笑みは、いつになく緊張している。玖朗はきっと、追眠が足の拘束について尋ねるのだと思っているのだろう。追眠が再び空っぽになったカップを差し出すと、玖朗はそれを受け取ってから尋ねてくる。
    「もう一回、おかわり?」
     追眠はふるふると首を振る。それから、あ、と声を出しかけて、声が出ないことを思い出す。仕方ない。追眠は両手を身体の前について、ぎりぎりまで玖朗に近づいた。体勢を変えた追眠の動きに合わせて、ちゃり、と微かに足首から繋がる鎖が存在を主張するように音を立てる。すると、玖朗の表情がさらに強張っていく。凍り付いたように微動だにしない玖朗の耳元の近くで両手を口に当て、追眠は内緒話でもするように吐息だけで呟いた。
    『……いっしょにねて』
     呟いてから玖朗の顔を覗き込むと、予想外だったらしくぽかんとしていた。一体どんな言葉を掛けられると思っていたのか。我に返った玖朗はすぐに、顔を歪めて言った。
    「猫は、俺が怖くないの? ……足のそれ、気づいてるんでしょ」
     そんな顔をするくらいなら、こんなことしなければいいのに。
     普段は他人を手の平で転がすくらいの勢いなのに、こういうことになると途端に不器用に、突拍子もなくなるのが追眠の恋人なのだ。呆れつつもそれすら愛おしいと思う追眠も、きっとどうかしている。思わず苦い笑みを浮かべながら、追眠は膝立ちになって玖朗の肩に両手を回して抱きしめた。
    「猫……」
     涙声の小さな呟きにぽんぽんと頭を撫でてから、追眠はもう一度吐息で囁いた。

    『いっしょにねて。ひとりは、さむい』





     隣で眠る風猫の頭を撫でる。先に起きた玖朗は一度ベッドを降りて起きだしたが、寒がっていた風猫をなるべく一人にしなくていいように、最低限の家事だけをさっと済ませた後はこうしてずっと寄り添っていた。すうと髪を梳いてまた頭を撫でていると、風猫が微かに身じろぎをする。ゆっくりと瞼を開くと同時に、小さく欠伸をした。
    「おはよう。……具合はどう?」
    「んー……それ……なり……?」
     寝ぼけ眼の風猫がむにゃむにゃと言う。その様子が微笑ましくて愛おしくて、思わず笑みが零れる。目を細めながら玖朗は言った。
    「俺はお茶でも淹れなおそうかな。猫はまだ寝る?」
     ベッドから起き上がりつつ問うと、ベッドから立ち上がりかけた玖朗の服が背後から引っ張られる。振り返ると、風猫が起こせと言わんばかりに両手を伸ばしていた。目を瞬かせた玖朗は微笑む。
    「おや、今日の猫は随分と甘えただね」
     そんなことを言いつつも玖朗は風猫の身体を抱き上げた。軽い身体をベッドヘッドにもたれるように起こしてやると、まだぼんやりとしている緑色の眼が開け放たれた窓をぼうっと見つめている。穏やかな午後の風がふうわりとカーテンを揺らめかせていた。
    「午後は、珍しく過ごしやすい気温だったから窓を開けたよ。空気の入れ替えも必要だしね」
     やんわりと告げながら、玖朗は風猫の額に手を当てた。
    「熱は……まだあるね。必要ならすぐに空調入れるよ」
    「大丈夫、そこまでしんどくねーし……あー、声、出る、ようになった。ひりひりするけど。やっぱアンタの薬は覿面に効くな」
     こんこん、と咳き込んだ風猫が言う。確かに薬は効いた。だが、元はと言えばこんなことになったのは、こうなると分かっていながら風猫を追い詰めた自分のせいだ。身勝手な欲望をまともに制御できず、それを脆い風猫にぶつけるなど。
     主治医どころか、恋人失格だよね。
     心中で呟くと、己の情けなさに笑みが自然と力ないものになってしまう。その表情の変化に気づいたのか、風猫は眉根を寄せた。
    「何だよ?」
     問われても上手く言葉にできない気がして、玖朗は口を噤んだ。けれど、いつまでも黙っているわけにはいかない。なにせあの足枷は、風猫の足首に嵌ったままなのだから。それでも、知られたくない気持ちを告げるのはやはり恐ろしくて、玖朗は愛しい恋人にそっと顔を近づけた。風猫が避けようとしないのを確認してから、祈るような気持ちで額を合わせる。
    「ねぇ猫。監禁ごっこが、この3日間で終わりじゃなかったらどうする?」
    「ん?」
    「もしも、猫の世界が……この部屋と、俺だけになったら、嫌?」
     嫌が応でも、声が震えた。馬鹿な問いだと思う。足枷を外す機会だっていくらでもあった。けれど玖朗は、それを外さなかった。己の中に確かに存在している執着から目を離せなかったのだ。唇に、自然と己を嘲る笑みが浮かぶ。
    「訊くまでもないよね、こんなこと。でも、俺は怖いんだよ、いつか俺の知らないところで、猫が……考えるだけで、どうにかなりそう」
     今となっては、己の命が危険に晒されるよりもその方が余程堪えるのだ。だから、どこかで風猫を喪うくらいなら、ここでずっと守り慈しみたい。でも。
     でもそれは、俺の気持ちの押し付けでしかない。
     それも、痛いほど玖朗は理解していた。だから、これまで風猫には何も言わずにきた。気持ちに蓋をして、それでも染み出してくる不安から生まれる仄暗い願いを、見つめないようにしてきた。けれど今、風猫からの答えが恐ろしいと同時に、問わずにはいられなかった。
     情けないくらい揺れる己の声が午後の微睡んだ空気の中に溶け落ちてから、しばらく沈黙が下りる。一秒一秒がひどく長く、重い。やがて、風猫が小さくため息をついた。心臓がばくばくと鳴る。嫌われたくない。拒絶されたくない。けれど、こんな気持ちを受け入れてくれるはずもない。どれほど苛烈な拒絶でも罵詈雑言でも受け止めるつもりだった。
    「だから、ここに捕まえとくことにしたってか? ったく……こんなんいつ買ったんだよ」
     風猫が放ったのは、呆れ混じりではあるものの、想像よりもずっと柔らかい口調の問いだった。至近距離の上目遣いでちろりと見上げてくる緑の瞳が可愛らしくて、こんな時でも恐怖と一緒に胸が高鳴る。どこまでも自分が、価値観も年齢も何もかもが違う彼に陥落しているのを自覚する。ひと呼吸置いてから玖朗は素直に答えた。
    「実は、結構前からあったんだ。猫に見つからない場所に隠しておいた。邪な俺の気持ちと一緒にね」
    「ふーん……」
     風猫は何か考え込むように視線を下げた。その表情から心情を推し量ることができない。沈黙を恐れ戦慄いた唇が、勝手に言葉を紡いだ。
    「……俺、自由で強くてカッコいい猫が好きだよ。でもね、本当はずっと、俺以外誰も猫に会えないように猫を閉じ込めてしまいたいって、時々思ってた」
     はくと唇が震える。やめろ、止まれ。これ以上、みっともない気持ちを曝け出すな。せっかく今まで、隠し通してきたのに。心中の声とは裏腹に、押し殺してきたはずの思いが後から後から堰を切って溢れ出てきて、止まらない。
    「強い猫が好きだって言いながら、本当はどこかで、猫が俺なしじゃ生きていられないくらい弱くなってくれればいいのにって思ってる……猫を喪うのが怖い。猫がいつか、他の誰かのところに行ってしまうのも怖い。ごめんね、こんな卑怯な恋人で……」
     言葉と一緒に涙が出てきそうになって、必死に唇を噛み締めた。鼻の奥がつんとする。恥の上塗りもいい加減にしろ。自分を叱咤して、ぎりぎりのところで堪える。ふと視線を上げそうになった風猫と目を合わせるのが怖くて、玖朗は風猫の細い身体を抱きしめた。もぞもぞと風猫が身じろぎをする。突き飛ばされるかと思いきや、伸ばされた風猫の手は玖朗の頭をそっと撫でた。
    「卑怯だなんて、思わねェよ。まぁ、ちょっと驚きはしたけど」
    「はは、相変わらずお人好しが過ぎるね……慰めなくていい、ほんとのこと言っていいんだよ、猫。覚悟はできてる」
    「覚悟だ? 別れ話でもするつもりかよ」
    「……猫が、そうしたいなら。俺には引き留める権利がない」
    「あのなぁ……アンタさ、賢いけど、時々すげェ馬鹿になるよな」
     ぎゅう、と風猫が抱きしめ返してくれる。本当は、覚悟なんてまるでない。抱きしめてくれる風猫が、狂おしいほど愛しい。堪え切れず涙が滲んできて、それが情けなくて、尚のこと泣けてきた。嗚咽を漏らさないように、必死で言葉を継ぐ。
    「ねぇ、善人が過ぎるよ……俺の気が変わらないうちに、終わりにしてよ。離したくなくなるから……」
    「……俺、別れたいなんて一言も言ってねェけど。アンタ、俺と別れたいの」
     別れたいわけがない。けれど、その本心を素直に伝えることを、誰より玖朗自身が許せなかった。風猫には見えないと分かっていて、玖朗は笑みを取り繕う。
    「……このまま俺と一緒にいたら、猫、本当に監禁まっしぐらだよ? 今度は“ごっこ”なんかじゃない。そんなの嫌でしょ」
    「いいよ。それがアンタの望みなら」
    「……は……」
     迷いも躊躇いもなく、さらりと告げられた言葉に、息が止まった。聞き間違いかと思う。次の瞬間我に返った。
    「……嘘だよね?」
    「ばっか、この状況で嘘なんか吐かねーよ」
     腕の中の風猫を見ると、不満げに唇を尖らせている。そんな表情も可愛い。もし、もし、万が一にもその言葉が本当なら。もしそうなら、この子をここで、ずっと。昏い欲望がゆらゆらと揺れる。玖朗はそれを振り払うように慌てて首を振った。
    「やめてよ。本気にしたくない」
    「俺、本気だけど」
     まっすぐ見上げてくる風猫の瞳が、玖朗の心中を全て見透かしてしまいそうな明るい緑が、じっとこちらを見つめてくる。目を逸らせない。風猫は嬉しそうに微笑んだ。
    「やっとこっち見た」
    「……や……ちょっと、待って、猫……俺、追いつけないから……」
    「じゃあ、もっかい言ってやる。アンタがそうしたいなら、俺を監禁すればいい。この先、俺が死ぬまで、ずっと」
    「……言葉の意味分かってる? 二度と、中華街にも、中華街の外の世界にも行けないんだよ? 俺以外の誰にも会えないんだよ?」
    「分かってる」
     風猫は深く頷いてみせてから、首を傾げる。
    「うーん……まぁそりゃあ、そのうち街のみんなのことが気になってくるかもしれねェ。ちびたち元気にしてるかなとか、行きつけの料理屋のメシ食いてーなとか、ダチと話してェとか、龍にぃどうしてるかなとか」
    「……そうでしょ? おいそれと——」
    「だから、俺のこと、逃げらんないようにしていいよ」
     監禁していいよ、なんて、言うもんじゃない。続けようとした玖朗は、発言を遮って告げられた風猫の言葉にまたも硬直してしまう。
    「何言ってるの……?」
    「俺をここに閉じ込めとこうと思うなら、こんなんで足りるわけない。そうだろ」
    鎖を持ち上げた風猫はにやっと笑う。
    「これじゃ精々一日が限度だぞ。鍵増やすとか、窓に鉄格子嵌めるとか、扉にかんぬき付けるとか……もっと隙のないように頑張れよ。そういうの、得意分野だろ?」
    「えっ……?」
    「それとも、そんなんじゃ足りないか? そうだな……なら、目ェ見えなくする、とか」
     ひたりと、風猫が自分の瞼に触れる。ざっと、身体から血の気が引く心地がした。
    「は……」
    「それとも、歩けないようにするとか……腱切ったら、歩けなくなんだっけ」
    「ちょっと……ちょっと、待って、何の話してるの」
    「だから、アンタが俺を監禁するっつー話。そんくらいしたら、アンタも安心できるかなって」
     先ほどとは全く違う意味で、声が喉に張り付いてしまって出てこなかった。混乱で脳内が真っ白になり、言葉を継げなくなってしまった玖朗に、風猫は柔らかに微笑んでみせる。
    「あのさ。伝わってねェようだから言うけど、アンタのためなら、俺は案外なんだってできるんだ。それでアンタが安心できるなら、さ」
     風猫がそっと、手を伸ばして玖朗の頬に触れた。不穏な言葉にあまりにも似合わない穏やかな表情で、風猫は玖朗を見上げてくる。緑の瞳はしんと澄んでいた。それは決して、悲壮な覚悟などではない。ただ玖朗のためにという一心だけで、己の不利益や命や人生など全く顧みていない、無邪気で残酷な選択だった。そしてその事実は、監禁しかけたことに対する風猫のどんな拒絶より非難よりも強く、玖朗を打ちのめした。
    「……やめてよ。ほんとにやめて、猫……頼むから、もっと自分を大切にして」
     そう言っても、風猫はきょとんとした瞳で目を瞬かせるばかりだ。彼の、自分自身をひどく軽く扱う性質にはこれまでも散々振り回され、その度に諭したり、怒ったり叱ったりしてきた。けれど境遇ゆえに培われてしまったらしいそれを変えることはなかなかできず——だがまさか、こんなことになるとは。崩れ落ちてしまいそうな手を風猫の肩に置いて、掠れた声で玖朗は言う。
    「ねぇ、俺がおんなじこと言ったらどう思う? 猫のために目を抉るなんて言われて、猫は嬉しいの?」
    「それは……違うけど、でも、俺——」
    「もういい加減にしてよ」
     頬を涙が伝っていくのが分かった。驚いた風猫の顔がぼやけていく。
    「だから、嫌なんだよ……だから俺は、猫を監禁したいなんて思うんだよ……!?」
    「していいって言ってんのに……」
    「よくない! ねぇ、どうしたら伝わるの……どうしたら、俺は……猫を守れるの……?」
    「ばか、十分過ぎるくらいカホゴに大事にしてもらってるっての」
     そう囁いた風猫の声は柔らかで優しい。けれど、玖朗の伝えたいことは恐らく、全く伝わっていない。泣いている場合ではなかった。必死になって言葉を継ぐ。
    「守るよ。守らせてよ、俺じゃ頼りないかもしれないけど……他の連中から、それから、猫自身から」
    「俺?」
    「いいよ、今は分からなくても……でも、いつか理解してもらえるように頑張るから、俺に……」
     言葉を続けるのを躊躇った。嗚咽が漏れそうなのを我慢して、乱暴に目を拭う。
    「俺に、猫を愛せる権利を、これからもくれる……?」
     緑の瞳が、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。そうして、やんわりと風猫は微笑んだ。
    「別れるの、ナシ?」
    「なし。前言撤回で悪いけど……」
    「そっか」
     一言だけ呟いてから、風猫は玖朗にさっと顔を寄せる。それから、ネコよろしくぺろ、と玖朗の頬を伝っていく涙を舐めた。
    「な……」
    「しょっぱい」
    「そりゃナトリウム入ってるから……じゃなくて、汚いでしょ! ぺってして!」
    「汚くないし」
    「なんで舐めちゃったの……」
    「や、あんまり綺麗だから、どんな味するのか気になって」
    「本当に、猫って……」
    「ん、よく分かんないけど、よかった」
     あどけない表情でほっとしたように笑って、風猫は玖朗の背に両手を回して抱きしめて、ぽんぽんと背を撫でてくれた。


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