【On the party On the party】 あぁ夜風とはなんと気持ちの良い事か
某月某日、夜十時過ぎ
ここは異常が日常の街、HL。の某所にあるレストランバー
今日は何か月かに一度、慰労と称して皆で飲んで食べて普段のストレスを発散するライブラ社員によるパーティが開かれていた。
各々、酒やジュースを手に持って誰かと喋ったり、流れるジャズに身を任せたり
そんなメンバーの様子を大きなガラス戸越しのバルコニーにてスティーブンは眺めながら
あぁ夜風とは
「スティーブンさーん見てみてくださいよー」
なんと気持ちの良い事か
「これぇすごくなーい?」
一人孤独な戦いを繰り広げていた。
【On the party On the party】
「これぇグラスの中に入ってるやつ光ってるやつすごくないですかぁ?氷みたいに冷たくてぇ飲み物がずっと冷えたまんま、でもぉ氷みたいに溶けないから薄まらない!そしてこの光はLOD!」
「LEDだな少年。もうお酒を飲むのはやめなさい」
バルコニーにある木製の長椅子に二人並ぶように座りながらレオナルドは緩み切った表情で己の持っているグラスをスティーブンの前に掲げた。
「これはぁリンゴジュースです」
「ジュースじゃないな。がっつりアルコール入ってるな」
「リンゴだからぁ」
どういう言い訳だよ。いや言い訳にもなってないよ
スティーブンは内心思いながら掲げられていたグラスをレオナルドの手から奪うと長椅子と同じ木で作られた円形のテーブルの上に置いた。
「まだ飲みますぅ」
「少し休憩だ」
「休憩?」
「そうだよ。せっかくのパーティなんだから飛ばしすぎは良くない」
「でも、スティーブンさんはずっとここにいたじゃないですか」
「ずっとじゃないよ。人の多さにあてられちゃって少し休んでただけ」
「邪魔しちゃいました?」
小首を傾げて不意にしおらしくそう問いかけてくるレオナルドにスティーブンは微笑みながら「いや、大丈夫」とシンプルに答えた。
持っていたグラスを奪われてしまったレオナルドはテーブルに置かれたグラスを見つめるが取りに行こうとする素振りは見せず、そのうち視線を隣に座っているスティーブンへと動かした。
「どうかしたかな?」
視線に気づいたスティーブンがそう尋ねるとへらりとした表情を見せて
「いやぁ椅子に座ってるだけでも絵になりますよねぇ」
「急にどうした」
「かっこいいなぁスティーブンさん」
「嬉しい事を言ってくれるね」
「えー?そんな事言ってぇスティーブンさんてば言われ慣れてるでしょ?」
ほっぺからぷすぷすという音が聞こえそうな表情で言いながらどこか楽し気に足を上下にばたばたと動かして
「背、高くていいなぁ」
「そうか」
「足だって、手だって、大きいしごつごつしててかっこいー」
「ははは…」
「体も鍛えてるんでしょ?あっ前ちらっと腹筋見えた時あったんっすけどちょっとむかつくくらい筋肉って感じで、いやぁホントかっこいーなー」
「ははは、そうかそうか」
少年、もうそれぐらいにしてくれ
それはスティーブンの心の叫びだった。
※
ライブラ結成から数年後のある日の出来事だった。
「神々の義眼?」
クラウスから聞かされた義眼を持つ青年と初めて会った時、これは青年というより少年じゃないかと単純に思い、そして、圧倒的な戦力外だと落胆した。
「レオナルド・ウォッチです」
ひょろりとした、これといって特徴の無い、街角にいたら気づかずにスルーしてしまいそうな
運動神経がさしていいわけでもなさそうだし、かといって頭脳明晰とも程遠い
義眼が無かったら、ライブラに、いや自分の視界に、
いない人間だと思っていた。
眼だけの存在価値―そんな風に思っていたスティーブンの気持ちに変化が訪れたのはいつだったか、正直スティーブン自身よく覚えておらず。ただ―
『僕は、諦めたりなんかしないッ!!』
決して後ろに下がらない。前に進み、それができなくても踏みとどまって耐える。
頭脳明晰でなくても元来持っているものなのか、本能的勘は鋭かったし、度胸もあった。
仲間を思い、異界のものとも分け隔てなく接する。
可能性の中にあった自分の視界にすら入らない存在だっただろうなんて考えはいつの間にか消え去って
「スティーブンさん」
自分の名前を呼ぶその声に感じる小さな喜び、ザップばかりとつるんでこちらに向けもしない視線を欲しがっているふとした瞬間、家に帰ってほんの少し気を緩めた時間を過ごしている中、明日は何をしているんだろうかと過る彼の事―
そんな己の行いや感情に、スティーブン・A・スターフェイズという人間は気が付かないわけがなかった。
これは恋だ。
僕は、スティーブン・A・スターフェイズはレオナルド・ウォッチに恋心を抱いている。
自覚を持って三日間は軽い頭痛と友達だった。少し現実逃避してみようと頑張った結果だった。
一回り年下、男、部下、いろいろなしがらみを自分自身につけてみる。
されど恋心はそんなものは関係ないねッと粉々にしていって
「スティーブンさん」
あぁ、可愛い、好きだ。
「何かな少年?」
平然と答えているように君には思えるだろう?その実心臓はドッキドキなんだぜ。なんて
しかしスティーブンは自分の恋心をレオナルドに伝えようとは思わなかった。
一回り年上、男、上司である自分から好きだと言われて戸惑わないわけがない。困らないわけがない。
好きな子が困ってしまうのは嫌だ。なんて体のいい事を思いながら
奥底の感情では今の関係が自分の言葉で壊れてしまう事に怯えているだけだった。
※
だいたい、言わずにいればずっと好きでいられる。
少なくとも少年に嫌われる事も無いし、うん、大丈夫。
ティーンのような恋心を持ったけど、僕は理性を持っている大人なのだから―
なーんてこっちが思っている事なんて、君は何にも知らないんだものね。
「あ~スティーブンさぁんって本当色男ッ好きだなぁッ」
「ははは、そうかそうか」
「あーなんですかぁそのうっすい反応、ちゃんと聞いてます?スティーブンさんッ」
「聞いてる聞いてる」
かつてこれほど生気を無くした目をしたスティーブン・A・スターフェイズを見た事があるだろうか、自分は理性を持った大人だからと思っていたあの日が、何もかも懐かしい―
レオナルドはどこでスイッチが入ったのかわからないが事あるごとにスティーブンに対して好きだ好きだと言い出して
最初は流すようにしていたスティーブンだったが、程度も過ぎればそれは拷問のようであった。
悲しいかな、そこには己が置かれた苦行からなんとか逃れようと虚無の境地に入ろうとしている男の姿があった。
「僕、スティーブンさん好きなんですよ」
「それはさっき聞いたよ少年」
「何回でも言いたいんですぅ」
「そうか、それは嬉しい事だが少し、そうだな、休憩しよう」
俺の心臓がもたないから
「えー、今この状況が休憩じゃないんですか?スティーブンさんさっきそう言ってたじゃないですか」
酒入ってるくせにそういうとこ記憶力なッ!!
「それにこんな風に二人でいられるのなかなかないから、大好きなスティーブンさんと今二人っきり」
「んんッ!!」
思わず自分の心臓を押さえたスティーブンにレオナルドは「どっしました?」ときょとんとした表情で問いかけた。
「なんでもない、気にするな」
「苦しそう」
「はは、飲みすぎたかな?君同様に」
「僕は飲みすぎてないですよ」
「酔っ払いはえてしてそう言うものさ」
「本当ですよぉまだ飲み足りないくらい!」
そう言って胸を張るレオナルドにスティーブンは呆れたように顔を覆って
「だったら僕にどういうつもりで好きだなんて言ってるんだか」
「え?」
思わず出ていたその言葉はグラスに勢いよく注がれたシャンパンの飛沫のようだった。
※
「スティーブンさん?」
手のひらで覆った顔は焦りと動揺の様をしていたが
「そういう事は軽はずみに言っちゃいけないよ少年」
すぐにそれを隠して小さく笑みを浮かべ上司の顔をして見せる。
「人間も異界の者も隔てなく思いやる君のそれは素敵なものだが、だからといって誰彼関係なく好きだと言っていたらその気持ちを曲解する者も出てくるかもしれない。自分の発言にはもう少し自覚と責任を持つことだ」
上司として注意するようにしながら心が叫ぶ、自分の知らない所で自分以外のやつにそんな風に言ったりしないでと、本当はそう思っているんだろう。酔っぱらいに何真面目なふりして説教じみた事を言っているんだ。
「…特別な意味があるって言ったらスティーブンさんは困りますか?」
不意に聞こえた言葉にスティーブンは何を言われたのか一瞬理解できず、それが先程自分が言ったどういうつもりで僕に好きだなんて言っているのかという答えなのではないかと気づいた時「は?」とそれでもまだ理解が追い付かずな言葉がスティーブンの口から出た。
だって、どうして真っ赤な顔をしている?アルコールか酒か?いやでもさっきまでとは違って耳まで真っ赤に―
それに、特別って
「少ね―」
「スティーブンさんが時々名前で呼んでくれるの、オレ好きです…好きなんです。スティーブンさん」
「……勘違いするぞ」
「してくれるんですか?」
「明日、二日酔いで何も覚えてないって言ったら泣くぞ」
「え、泣くスティーブンさんちょっと見たい」
「おい」
「冗談です…でもッ好きなのは本当です」
そう言って自分をまっすぐに見るレオナルドにスティーブンは言うなら今だと口を開けたが唇が震えて
「僕も、すき…です」
もっとちゃんと、かっこよく言いたかったのにそう言うのが精いっぱいで
「へへ…うれしい…」
なのに心底、それが本音だというような表情でこぼしたレオナルドの言葉に
スティーブンは再び胸を押さえて、現実を噛み締めるのであった。