「何、それ」
背後からかけられた低く不機嫌そうな声にビクリと肩を強張らせ、両手に抱えていた物を落としそうになる。別に隠しているわけではないが、声の主にとって好ましいものではないだろうと微かに感じていたので、図らずも怪しい動きになってしまったかもしれない。
「マスター、それ何」
夜も更け始め職員やサーヴァントたちの姿もほとんどない廊下に、彼――オベロンの声が冷ややかに響き渡る。観念しながら恐る恐る振り返ると、珍しくオベロンはいつもの王子様然とした姿ではなく、あの怨嗟を凝固させたような霞がかった姿で影が質量を持ったかの如く立っていた。
「えっと、これは」
刺さる彼の視線から逃れるように、自分が両手に抱えた青い林檎に目を向ける。命のように輝くそれは、廊下に取り付けられたライトの少ない光を鋭く反射させている。
「……」
「オベロン?」
何か一言二言浴びせかけられるかと思っていたが何も反応のない彼の顔を覗き込むようにして伺う。
少し体を傾けたからか、林檎の光がオベロンの顔にかかり彼は眩しそうに目を眇めた。鮮やかな青色が映るその瞳が美しいなと、頭の片隅でぼんやりと思う。
「ああ、本当に、」
奈落から這い上がってくるような声がする。
「吐き気がするほど――」
オベロンは深く息をついて、堪えるように瞼を閉じた。