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    takihi

    @t_hokanko

    供養する場所

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    takihi

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    六いの例のお兄ちゃん回見ました。想像以上だったので過去に書いた六い供養。

    寒暁の誘い 意識が急上昇する。深い海の底から一気に掬い上げられるような、あるいは、空高くへ押し上げられるような。覚醒は急速であったが、それに反して瞼はゆっくりと持ち上がる。今日もまたいつものように、潮江文次郎は目を覚ました。
     ぼんやりと見える天井は潮江にとってこの六年間で見飽きたもので、鼻孔に流れ込むのは張り詰めた冬の空気である。慣れを通り越して馴染んだ高さの枕の上で首だけをぐるりと回す。まだ陽は顔を出していないのだろう。ほんの僅か開いた障子の隙間から、部屋の闇を裂くように夜明けを待つ淡い光が射し込んでいた。
     はあ、とひとつ息を吐くと、それは瞬く間に白くなる。昨夜しっかりと閉めたはずなのだが、と思いつつ隣を見ると、そこに敷かれたもう一組の布団はすでに空になっていた。静かに体を起こす。
    「仙蔵?」
     そこに居ない級友の名を呼ぶ。暗い部屋に忍び込む光を頼りに辺りを見渡すが、潮江一人しかここにはいなかった。いつもは自分のほうが早いのに、と珍しく思いながら上体を倒して腕を伸ばし、光射す障子を静かに開ける。布団から立ち上がらなかったのは、少し、布団から出てしまうことが、ほんの少し、もったいない気がしたからだ。
     目に飛び込んできたのは白だった。眩しくて、目を瞑る。頬を撫でる冬の風を感じながら再びゆっくりと目を開けると、障子の向こう側は一面うっすらと積もった雪だった。
     その直中に一人、立花は立っていた。
    「今日はやけに早いな」
     潮江はいつもの調子で雪中の彼の背中に向かって声をかけたのだが、その声は微かに擦れていた。
     立花がゆっくりと振り返る。
     そこに色はなく、ただモノの輪郭を墨で縁取ったような淡泊な世界だった。鳥の声も、木々の揺れる音も、己の息遣いも、彼の心の音も、すべて雪に吸い込まれてゆくように。
    「なあ文次郎」
     瞬間それを潮江は、美しい、と思ったのだ。

    「私と、一緒に死んでくれ」

     そう言ったら、お前はどうする?
     スルリと滑り込んできた立花の言葉に、潮江は目を細める。それは、苦痛も快楽も不幸も幸福も、すべて投げ捨てた無の地からの甘い誘いだと思った。刹那、潮江と立花の視線が合致する。六年間。それだけの時間を費やして積み上げられた二人の間にあるものが、級友へ返す言葉によって瓦解するかもしれないと潮江は理解する。脳の奥がドロリと溶け出すような感覚がした。

    「ああ。いいぞ――」

     震える空気が凍てつくような静寂の朝だ。けれどまだ肌に触れている布団は、凛とこちらを見据える立花とは真逆に温かい。潮江は知っているのだ。その温かさを心地よいと感じてしまう己がいるということを。
    「――と俺が答えたら、お前は満足するのか? バカたれ。まっぴら御免だな」
     潮江の返答に、立花は満足げに破顔し呵々と笑う。
    「情緒がないなあ、お前は」
    「そうだな」
     さっきまで合わせていた視線をずらし、ぶっきらぼうに潮江は答える。
     己に情緒なんてものはなくていい。ずっと一緒に、死ぬまで、死んでも共に。そう言ったところで面倒な性格をした級友は満足しないだろうし、実のところ、そもそもそんなことさえこれっぽっちも思っていないのだろう。深い意味などなく相手を試すようなことをする。結局はどちらも互いに救いようのない阿呆なのだ。
     そして、戯事の終わりを告げるように陽が昇る。
     先ほどまでの雪の表面を撫でるかのようなものではない。目を射るように光が伸びる。水墨画のようだった眼前の景色に、色が満ちる。いずれそれは、積もる雪を解かすだろう。
    「もうすぐ、春が来るな」
     光を浴びた立花の口から出たのは、ただの挨拶のような声色だった。
     春が来る。
     それは、ここでの六年間の生活が終わるということと同義だ。どんな時も友と呼べる奴らがいた。けれど、別れの春はもうすぐだ。あの門を出たあと、おそらく、何事もなくそれぞれの道に分かれて生きてゆくのだろう。共に死のうと、そのような契りなどなく至極自然に。それが、この場所で六年間生きた者にとっての当たり前なのだ。
    「さあ。腹が減ったな。飯を食おうじゃないか」
     立花の声に、逸らしていた視線を上げる。そこには血の通う人間がいた。力強く地を踏みしめて立っていた。いつもの彼が、そこに生きていた。
     留まることなく陽は昇る。空が赤、黄、青と焼けてゆく。朝が来た。また今日が始まり、また今日を共に生きる。
     潮江は名残惜しむことなく布団の温かさを剥いで立ち上がる。
    「今日もまた、騒がしくなるぞ」
     起床の時を告げる鐘が鳴り、さあ行こうと友が誘う。
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