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    takihi

    @t_hokanko

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    takihi

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    目を見れば分かる馬琴先生
    FGO/馬琴と北斎

     馬琴はいまだ見慣れぬ自室の白い天井を見上げ、手にした煙管を玩びながら思案する。
     人生とは戯作の如く奇なるものである。寄り集めれば出雲の注連縄にも匹敵する数々の縁をたどって、ここカルデアに召喚され幾月かの時が過ぎた。あちらを見れば物語で読んだままに猛々しい豪傑たちが、こちらを見れば絵で見たよりも生々しく艶やかな仙女が我が物顔で闊歩し、戯作の種には事欠かない。再び路と共に筆を取ったことも、忌々しながら必然と言えるだろう。
     しかし、だ。
     くるりと煙管を回す。
    「ええい、テツゾウめ……」
     契り深く太くどこまでも絡みついてくる悪縁とはこのことか。夢に見た英雄たちと肩を並べて、現に引き戻す見慣れた悪友までここにはいたのだ。戯作に挿絵、右に左、水に油、犬に蛸、何の因果か面妖な姿となりながらも、その娘と共に今なお筆を取る画工葛飾北斎が。

     ――何度言ったらわかるのだテツゾウ!
     ――いいや何度言われても譲れ無ぇな倉蔵!

     先ほどまで馬琴の自室で『サバフェス2』なる催しのための戯作について弁を交わしていたのだが、まったくもって話がまとまらない。挙句、偏屈犬ジジイの頭が冷えるまでヤメだヤメだ、などとのたまいこの部屋を出てゆく始末であった。
     馬琴は一連のやり取りを思い出して苛々しながらガシガシと頭を掻くが、この身体は路のものだったと思い出し乱れた髪を丁寧に撫でつける。するとそこに小気味良い音を立てて部屋の戸が滑り開いた。
    「チョイといいかい、馬琴の旦那」
    「なんだお栄か」
     開いた戸の外に立っていたのは悪友の娘だった。人の良さそうな笑みを浮かべ、失礼するヨとこちらの承諾も待たずに部屋へ入ってくる。このあたりが父娘の似たところだと呆れながらも馬琴は空いている場所へ座るようにすすめる。
    「またとと様とやりあったらしいじゃないか。ハハッ、よくもマア飽きないもんだ御両人」
     腰を下ろした娘はいつものように朗らかに笑う。飽きるも何も奴が、と馬琴が口を開きかけたところに、ズイと紙の包を差し出された。なんだこれはと見ると、娘は詫びの品だと言う。アビゲイルという子どものサーヴァントから分けてもらったものらしい。
    「マア、勘弁しとくんナ。とと様もああ見えて喜んでんのサ。旦那が来てくれたこと」
     様子をうかがうように馬琴を覗き込む娘の眼に、一瞬、焼け付くほどの眩しさを覚える。
     嗚呼、この光は。
    「……おぬし、」
    「ナンだい旦那」
     帰ってくるのは気の強そうな娘の声だ。馬琴は静かに眼を瞑り、細く息を吐く。
    「テツゾウだな」
     シン、と空気が沈黙した。馬琴はゆっくりと薄く眼を開き、目の前に座る人物の眼を真正面から伺う。奇怪な格好ではなくいつもの着物を纏い、いつもの顔で、いつもの声で、いつもの娘がそこにいる。
    「あっはっはっ、そりゃ俺もいっちょ前に“北斎”を名乗って描かせてもらったこたァあるが、いくらなんでも……」
     目の前の娘は弾けたように笑うが、馬琴は何も言わずにその眼を見つめ続ける。
     ギラギラと、脳を焦がすほどに星が瞬く。
    「わしを、馬鹿にするでないぞ。テツゾウ」
     馬琴は持っていた煙管でコンと灰を盆へ叩く。その音に、はたと娘は動きを止める。一転、快活に開けていた口は憎たらしく歪み、優し気な目尻も冷たく変わり、重りを乗せたように声は沈む。

    「この姿でも俺が動けるこたァ、ますたあ殿しか気付いて無ぇんだがナ」

     そこに座っているのは、娘の姿を借りた悪友以外の何者でもなかった。
    「阿呆、眼を見ればおぬしだとわかるわ」
    「そりゃ熱烈だナァ」
     悪友は先ほどの娘の形を真似たものではなく、自身の形に眼を歪め楽し気に笑う。
     馬琴はその視線から逃れるように差し出された紙の包に眼をやる。半紙で雑に包まれたそれはいつだったか、とある阿呆が好んで食べていたボソボソとした饅頭で、もっと艶やかな菓子に慣れ親しんだ子どもが到底好んで食べるようなものではなかった。
    「……先の言葉はおぬしの本心か?」
     馬琴は路の細い指で摘み上げた饅頭を半分に割り、片方をとある阿呆へと差し出す。
     ――ああ見えて喜んでんのサ。旦那が来てくれたこと。
     路の手から、胼胝の目立つお栄の手が饅頭を摘み取る。
    「サア、どうだと思う?」
     照れた様子を微塵も見せずに、悪友はしたり顔で笑った。その顔が悔しくて、馬琴は手にしたもう片方の饅頭を一口で頬張る。
    「おぬしも熱烈なことで」
     ひどく甘く、ひどく喉が渇き、馬琴はそう言葉にするだけで精いっぱいであった。
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