ホットチークキスワンダーステージで今日から夕方から夜の始まりにかけての間に行う初公演を予定していたショーは、無事に大成功でおわりをむかえることができた。
園からの帰りの最後まで楽しい思い出が出来た。これから夜のフェニックスワンダーランドをまわるのが楽しみだ。
そんな言葉たちがたくさんの笑顔の感情を溢れさせ、観客席から帰っていく人々から聞こえてきたのをえむ達と顔を見合わせ笑いあう。着ぐるみ達を含めて、今日も精一杯やりきったと。
人が捌けきってしまったのを確認して更衣室に足を進める。オレの前には類がいて、まだ興奮が冷めやらないのか普段から広い足の動きが心なしか普段より少し広く感じられる気がする。
そういう自分もショーの高揚感から上手くおりてこられず、まるで地に足がついてない浮きそうな気分で歩いている。汗もかくくらい暑くてしょうがないはずだが、全く気にならないのがまだ興奮にとらわれている証拠な気がした。
そんな気分で歩けばすぐに更衣室前までついてしまう。「また後で」と女子たちとは更衣室のドアの前で別れて、すぐさま男子部屋の方へ歩を進める。
先に部屋にはいった類は普段の楽しいと出てくるマシンガンのようなトークもなく、すぐさま自身のロッカーを開こうとしていた。
その余韻に余裕のない背中を視界ではぼんやりと、けれど頭でははっきりと彼をとらえて見つめながらゆっくりと、類のその背中から目線を逸らせずに後ろ手でドアを閉めていく。
半分くらい閉めただろうか。そのくらいに身体に溜まった熱を吐き出すように、一旦息を短く吸って大きくはいた。
類はオレがいつまでたってもロッカーにこないことにやっと気づいて、司くん?と小さく声を漏らしてこちらを振り向く。オレはというと、丁度更衣室のドアを閉め終えたくらいだった。
振り向いた類の顔はまだうっすらと白桃の色をしていて、汗でまだじんわり滲んだ肌に髪の毛が少し張り付いる。
そしてまなこはまだ先ほどの幸せなショーの夢を見ているように熱を孕んでいて、そこに水面に映ったような月が揺れていて一等目を惹いた。
それを認識した瞬間、ガン!と何かをぶつけた鈍い音がした。
オレが突進してロッカーに類を押し付けた音だった。
驚いた類の胴体をそのまま抱き締めて、勢いのまま顔を近づけて爆発しかけている興奮にまかせて顔をぶつけようと動かす。
キスをしようとしている。
瞬間的に過った予感に、咄嗟に自身の首をひねって顔をずらして、頬同士を擦り合わせる行為に軌道修正を行って事なきを得ることに成功した。
キスを免れた被害者の類は驚きのまま固まっているが、加害者になったオレも自分の突然の行動に理解が追い付かなかった。
数秒、いやもしかしたらたっぷり一分使ったかもしれない間のあとに類が「……よく我慢できたねえ」と呟いた瞬間。ようやく何をしたか頭でしっかりと理解して、羞恥が一気に降ってきて金魚になるしかなかった。
このオレとしたことが、ショーをした後の満たされた感覚に理性を飛ばすとは!!!!!
あまりに情けないぞ天馬司。
ショーをしたあとに類とこういった興奮状態になることは最近だとあまり珍しくはなかった。
が、ある日ショーがおわってからあまりにも自然に類へキスをしてしまったことがあったのだ。
自分達は所謂恋人同士で幸い舞台裏での出来事ながら目撃者はその時はいなかったので、騒ぎにはならずなんとかなったわけだが。
それからというものの、昼休みに屋上で演出の案を話し込んでいるときや、モールなんかで使えるものを楽しそうに探す姿などに、意識して温かくも激しい何かを抱えるようになっていた。
皆で作り上げた最高のショーに類が満たされているような、嬉しそうに笑っているのを見ていると、全身にかけてムズムズとした何かが駆け回る感覚に支配されてしまう。
この衝動について、外で欲求のまま動いてしまうと離れがたくなってしまいそのままになる。という困った事例が何度か発生している。
類もひどく嬉しそうにしながら抱き締め返してきたりするのものだから、オレはもう堪らなくてやってしまうのだ。
高ぶったまま溢れる気持ちでキスをした後、ずっと抱き合いながら体温のぬるま湯に浸った気分で互いの気持ちを口で伝え合う行為は気持ちはいいが、流石に行動不能になるのは問題だ。
そうならないように、外での唇同士でのキスは避けるようにしていた。
それが今、ショー終わりの高揚感と類の様子から破るところだったのだ!
自分で決めておきながら、なんて堪え性がない!
この数十秒であっただろう出来事の不甲斐なさにウンウンと唸っていると、類が抱き締め返してきて、オレの頬と類の左頬をぺったりとゆっくり重ね合わせてきた。
あれからそこそこの時間がたっていると思われるのにまだあたたかい類の頬と体温に、今度は全身がカッと羞恥ではない別の意味でまた熱くなる。
またもや突然のことに身体がガチガチに固まってしまってすっかり駄目になったオレに向かって、類は今日のショーへの感情と、先ほどの不躾な行為についてを幸せとして噛み締めるように言葉を溢した。
「今日も大成功だったね。みんな笑顔だった、嬉しいな……」
「……ああ、そうだな」
「フフ…………ねえ、僕はここでしてしまってもいいよ」
「う、そのまま浸ってしまうから駄目だ!……後片付けも残っているんだぞ」
「そうだね、えむくん達に迷惑をかけてしまうからね」
そういうと類は何でもないようにしながらオレから身体を離していく。
名残惜しい体温と左頬の湿った感触、類の汗の混じったにおいが瞑った目蓋の裏にさっきまでの舞台の上からの光景と仲間の顔、そして類の表情を思い出させて、またじんわりと胸の内から熱がにじみだしてきそうだった。
その光景を上手く処理するように、興奮の行き先を落ち着いた幸せにへと形を一旦おさめるように努める。
そうやって深呼吸をしていると、先に練習着へと着替えを終えた類がやってきて「待ってるね」ともう一度、頬を合わせて更衣室を出ていった。
そうして本当に座長として情けないことに、このあと大分時間を使ってしまってから後片付けに入ることになるが、えむには笑顔で、寧々には酷く呆れられた顔でみられることになってしまった。