ソラ飛ぶ相合傘先生方の都合で放課後に開催がズレ込んだ学級委長の集会がおわり、廊下走りにならない早歩きで校内を進んでいく。今日は類と放課後に気になっていた映画を一緒に見に行く約束をしていた。時間にはかなり余裕があるが別の用件としてショーの話もしたかったため、自身の組の教室で待ってくれているであろう類のもとへ早く行きたくて歩幅を大きく動かす。
階段を下りて角を曲がると、B組の教室の廊下側の窓の奥に類がたっている様子が見えた。類がいるのは教卓よりも前側で随分と珍しい場所に立っている。どうやら板書用のホワイトボードをじっと見ているようだった。
てっきりショーに使うものを作っているか、演出を考えているのかと思っていたが。なにか気になることでも書いてあるのだろうか。
「すまん類!待たせたな」
中途半端に開いていた教室の前側のドアを全て開けて声をかける。中は類以外誰もいないようだ。特に熱心に見ていたわけではなかったようで、すぐにこちらに気づいて「委員会お疲れ様」と少し口角の上がっただけの笑みを作った。
いつものアヒル口のすみが伸びたような笑いではない、ぎこちない固さを含んだ表情にオレは首を傾げた。そういえば何を見ていたのだろう。教室の敷居をまたいで類が見ていた場所にオレも寄って視線を向ける。
「なんだこれは?」
長く書かれた一筆書きの上向きの矢印。その中心棒を軸に左に神代類、右には天馬司と書かれていた。ご丁寧に矢印の指し示す頂点にハートマークが書かれているこれは、誰がどこからどうみても「相合傘」というやつだった。
そう、黒板での落書きで特に女子が好きな人と並べて書いているのを見かける、アレだ。なるほど、類はこれを見ていたのか。確かにこれを自分ではない誰かに書かれていれば気になるだろう。
……いや、何故オレと類の名前で書かれている?!
「……少し席を外して帰ってきたらあったのさ。これがね」
「何故だ??」
「さあね」
困惑するオレの隣で類が肩をすくめる。表情はずっと笑ったままだ。
「理由はおおかた、僕らが普段からセット扱いだから書いたものじゃないかな」
「変人という括りは不本意だがな!オレは至って常識的だ!」
「確かに君には礼儀はあるけれど、常識的かと言われればそれこそこの世が新時代を迎えるだろうね?」
「それはどういう意味だ!?」
そろそろ出ないかい?新しい演出の話もしたいからね。
ボード消しを手にとって、誰かの落書きを跡形もなくなるように消す類は早く行きたいという態度を隠さずに、下校の提案を持ちかけてくる。確かにここでこの相合傘について話し込んでいては、ショーについて話す時間も少なくなっていくだろう。映画をみてしまえばそちらの感想で頭がいっぱいになって、今日は外ではもうその事しか話さなくなることは明白だ。
オレも類の提案には賛成だった。だが先程から類の、普段とは微妙に挙動の違う表情が心に引っかかり気になって仕方ない。本人はうまく誤魔化しているつもりなのか。
いや類のことだ、自分の感情に鈍いところがあるゆえ、自覚がないのかもしれないまである。会話のテンポもいつも通りだ。早く行きたいというのも本音ではあるだろうが、話題を変えたい。ここから出ていきたい。という気持ちも混じっているように感じた。そのくらい、あの相合傘に思うことがあったのだろう。
ああいった相合傘を書く行為について、妹から「自分と好きな人と並べて書いて恋愛の気分に浸る」「付き合えますようにというおまじないのようなもの」という話は昔に聞いたことがあった。実際に小中のクラスでも流行っていたことはあって、主に女子が花を咲かせていたことは記憶の片隅に残っている。
しかしこれには他にも用途があることを知っている。それは他人をからかったり、悪意的に扱うというものだ。おそらくここに書かれてあったものは後者の部類だろうか。
堂々と仲が良いことをいじられるのはその通りなので構わないが、こうしてコソコソと見せつけるように書くというのは意図的な行為だろう。どういう心理なのかは正直理解もしたくもない。
きっと類もこれが好意的なものではない。そう感じたから様子がおかしいのか。
黒のペンをとって蓋をあける。返事を待っていた類が首をかしげてこちらを見つめているなかでオレは先程ホワイトボードに書かれていたものと同じ、上向き矢印を書いてみせる。
「なあ類、相合傘ってなんだかロケットみたいじゃないか?」
「え?」
怪訝な反応をされながら左にオレの名前を、右に類の名前をフルネームで書き込む。訳がわからないと目線で訴えをあげた類をよそに、オレは話を続けた。
「昔な、咲希が相合傘の説明にオレの名前と咲希の名前を書いて手本として見せてくれたことがあってな。その時に思いついたんだ。
上向きの矢印の下の中に2人の名前ということは、その中にいるということだろう?それがそのまま上に向かって進んだら、かたち的にそれはもうロケットなんじゃないか、って」
「…………」
そうして傘の上にハートをつける。類はオレの話を黙って聞いている。
「飛んだ先につくのがハート、幸せだ。これがロケットなら、咲希と乗って宇宙を旅をした先につくのはここであればいいと。そう思ったんだ」
ハートのなかみを満たすように塗りつぶす。類はオレの書いた相合傘を食い入るように見ていて、その瞳は何かを思うように揺れていた。そうして少しして、息を短くもらしながらいつものように笑いはじめた。
「……ふ、フフ。ロケット、か。そんな風に考えたことすらなかったよ。とても素敵だね」
「そうだろう!」
ロケット、ロケットかあ。
そうクスクスと楽しそうに笑うその姿は、もうすっかりいつもの類だった。オレは嬉しくなってつられて笑顔になる。心が温かい何かで満たされていく。
「なあ類。オレとロケットに乗って旅をするのは、楽しいぞ!保証しよう!どうだ?手始めに一緒に月で二泊三日の旅行でもしてみようじゃないか」
「…!それは、喜んで、行かせてもらうよ」
君とならきっと、どんな辺境でも星でも、楽しいだろうからね。
オレの言葉に返事をする類の顔は、ひどく嬉しそうで、それでいて瞳が涙で濡れて崩れて溢れてしまいそうだった。