密会昼休みの屋上でガレージに来てほしいと司くんにお願いをした。「一体今回はどんな実験に付き合わせる気なんだ」と訝しげに引いた顔を隠さずにする彼の小指に自分の小指を重ねるように置いて軽く握ってみれば、サインに気が付いた彼の顔がほんのりと甘く崩れる。これは恋人同士のスキンシップの時間をゆっくりと過ごしたいというふたりの間で行うさりげないお誘いの合図のひとつだ。
「……分かった。付き合おうではないか!」
「フフ、ありがとう。助かるよ」
いつもの笑顔で司くんは笑った。僕はそのまま話題に出た実験をお願いしたい道具とその主な用途の想定へと話を移していく。
僕たちの恋人らしい時間やスキンシップは基本的に決まった場所で行われる。その時間として選ばれる場所で多いのが僕の部屋になるガレージだ。誰かに邪魔されることもほとんどないし、ある程度の大きな音は外へ響かないから、声の大きい司くんと性行為になった際に安心して実行しやすい。
困ったこととしてあえて挙げるとするならショーについての話し合いに発展しやすいことだけれど、僕らにとってそれは大きな問題としてあげることですらないだろう。
あらかじめ触れ合う時間をもらいたいと確かめ合って予定を組んで触れ合うことは僕らにとっては重要なことにあたった。何故なら恋人として成立している感情と、一緒にショーを作って過ごしていく中で溜まっていく感情の熱が、切っても切れないもので複雑に絡み合って出来上がっているらしいからだ。
この気持ちを溜め込みすぎてタイミング悪く爆発してしまったり、感情を持て余して外で暴走を起こすことがあるくらいなら、五分でも十分でも構わないから大切に分かち合える時間をなるべく作ろう。それが僕と司くんの約束事だった。
ソファーへ太もも同士がまだつかない程度の距離に一緒に座って向かい合い、固く緊張した雰囲気で期待をしている司くんの前髪、額、まぶた、鼻の頭と順番にキスを落として横の髪を撫でつける。熱っぽい目をした彼は我慢が出来ないとゆっくりと僕のことを抱き込んで、肩に額を擦りつけて甘えたような仕草をした。合わさった胸の鼓動の速くなっている心音を目を閉じながらゆっくり聴いて、相手を確かめ合いおわったら身体を一度離しあう。
熱い吐息を吐き合う中でゆっくりと彼を後ろへと押し倒す。自分もそのまま身体を倒して、唇同士が触れ合うだけのキスをした。ふにふにと合わせあったり、角度をかえて唇を食んだりして感触を楽しんで遊ぶ。緊張からこれに耐えるように固く目も口もへの字に結んだ司くんの顔がかわいくて思わず笑みがこぼれた。
もっと深いキスがしたくてペロリと唇を舐める。お願いと何度もペロペロと開けてほしいと舐めればパチリと司くんが目を開いて、じぃと僕の顔を見つめてきてから控えめに口を開けてくれたので優しくフタをするように口を被せて舌を潜り込ませた。
絡ませた舌の感触にまたまぶたをおとした彼の右手を自身の左手で絡めて繋いで空いている手で着ているネクタイを緩めて第二ボタンを外してしまう。口内では唾液を押しこむ動作をして、鎖骨から喉を通って顎下までをかたちを確かめるように撫で上げてあげれば司くんがかわいく震える。鼻を鳴らして一生懸命唾液を飲んでくれているであろうところを、上下する喉仏の周りを合わせて撫でてあげれば何かを訴えるような迫力のない唸り声をあげて身体をのけぞらせた。
跨っているから暴れられないだろうと、それには構わずに口内を舌で舐めて荒らしては彼の舌とも擦り合わせあって戯れる。繋いだ手には力がはいってソファーに押し付けるかたちになっていて、支配欲のまま夢中で唾液を飲ませては楽しくなって、また舌同士で絡んでかたちを確かめるために今度は顎下を愛撫した。
「お別れだよ」だなんて意味をこめて上顎を数回舐めて「ん、ん!」と喘ぎでの返事を聞くと共に口を離すと、熟れた果実のように真っ赤になった司くんがそこにいた。荒れた呼吸に飲み切れずにあふれてベチャベチャな口の周りの唾液は僕のものだ。そんな目の前の光景に心は満ちて喉が渇いた。
「るい、オレもキス。舌すいたい」
「うん、いいよ」
くってりとしてすでに出来上がっていそうな彼からの珍しいお願いを了承する。キスしたいはよくあるけど、吸いたいまで言うのははじめてだ。
意外かもしれないが彼は僕との行為には積極的なタイプだ。しかし普段の様子から性的なことが好きなのではなく、愛情を伝えることの出来るコミュニケーションが好きなのだろうと結論付けている。彼の家族はとても仲がいいから、愛する行為も愛される行為も忌避的感情が薄いのかもしれない。一緒に触り合ってくれるのは正直とても恥ずかしいけれど、一方的な行為にならないことが幸せで僕にはありがたかった。
「口を開けてくれ」とお願いをされて彼が吸いやすいように舌を軽く浮かすように突き出す。雰囲気に合わせて目を閉じて待っていると、両頬をがっしりと勢いよく包むように捕まれて頭を引っ張られて口付けされた。開けた目を白黒させているうちに口内に熱い舌がニュルリと入り込んできて絡めとられたかと思えば、舌が強く痺れて背骨から骨盤に駆け下りていくような震えが走る。
「ん!?ン、ン……!」
「んぶ、ぢゅっ、ふぅ」
痺れの正体は司くんが僕の舌を思いっきり吸ってきたからだった。さっきのキスの分の唾液のあふれ具合が手伝ってジュルジュルと下品な音をたてながら彼側の火照った口内に招かれている。頬を鷲掴みにしていた熱い手のひらから指がまるで舐めるように首へと下がってきて、吸われているのとは別の感覚にたまらずに喉が震えて音が出てしまった。
こちらの口内の水分を飲み干すかのように何度も舌を吸われる。肩まで下がっていた手はまた僕の顎下辺りにまで戻ってきていて、後頭部よりは前のあたりの髪の毛を生え際からかきあげつつも耳の裏を指でくすぐってきてゾワゾワして変な気分にさせられる。それに合わせるように何度も顔の角度を変えながら、短く舌を唇で挟むように吸われたら堪らなくて目に水膜がはって熱くなってきた。
今までされたことのない彼に主導権のあるキスに頭がついていかず、思わず目の前の司くんを睨むように見てしまった。焦点を合わせて見つめてみた彼はというと、僕のことを見ているのか見ていないのか分からないような、幸福と杏を煮詰めて作ったジャムのような溶けた眼をして恍惚としていた。そのあまりにも劣情を誘う表情に驚いて目を見開いて固まっていると、いつの間にかまた舌が侵入してきていて、口内をゆっくりと舐められる感触が気持ちよくてとうとう涙が出てきてしまった。
もうここまで来たら楽しもう。好き勝手に蹂躙しかえされていることに逆に燃えてきて、僕からも彼の頬に手をそえた。手の感触にこちらに気がむいたのか、今度ははっきりと視線が合う。すると彼はキスしたままの口元と目元をゆるりと崩して「類」と確かに微笑んできたのだ。
衝撃的だった。目の前の光景に頭の中を撃ち抜かれたと錯覚してしまった。頭蓋骨のてっぺんまでジンとして心臓が張り裂けそうだ。目の前の相手のことで頭がいっぱいで熱に浮かされてます。とわからされてしまって、僕はどうしようもない気持ちにかられた。
僕たちのこの気持ちはやっぱりショーを抜きにして語れないものだ。少なくとも僕はそうだと思っている。ショーと関わった中で見つけた君との仲だから、愛されているのは演出家を含めた僕だと常に考えている。
だから司くん、僕は君にそんなに愛しいんだなんて求められたら嬉しくてどうにかなってしまいそうだよ。
これで理性を保っていろと言われる方が無理だろう。興奮を抑えないままの彼から主導のキスがしたいという司くんのお願いなんかもう守れない。
勢いのまま口内を荒らし返す。急な僕からの反撃にもかかわらず彼は気持ちよさそうにその刺激にないていた。執拗に何度も何度もなめまわして、息が苦しくなったところでやっと互いの口同士を解放してあげることができた。
「んぅ、ン!ふ、ふ、ぷぁ!」
「……ッハ!はあ、はあ、ッ」
勢いよく離した互いの口の中から銀の糸がトロリと伸びて切れた。キス以外も手伝った興奮のせいで呼吸もままならない。ゼエゼエと恐らく涙と涎で酷いことになった僕の顔を、いつのまにか同じく酷いことになった司くんがぼーっとしたような顔で見つめていた。
何とか目線を合わせて見つめる僕に司くんの手が伸びてきて、僕の左耳の耳たぶと、右耳のピアスを掴んできた。
ふにふにとそのままの顔で転がされて、呼吸を整えながら頭の上に疑問符を浮かべる。
何度かそのまま転がしたかと思うと彼が微笑みかけてきた。よくわからずに首を傾げることで返事をかえすと「るい、かわいいなぁ」などと言ってきたのだ。
その言葉に酸素も理性もとんだ思考回路がカッとなる。何を言っているんだ。可愛いのは君だ、と。きっと彼は微塵もそんなつもりはないのだろうが。
今日は心を鬼にしよう。そう決めた。何を言われても最後までやめない。
そもそも今日ガレージに君を呼んだのは元々想いを重ねあう為なのだから、ここにきた時点で合意なようなものだ。こんなにも僕のことをどうにかしてしまう彼のことを、もっと貪欲ではしたなくなってしまうくらいには優しく暴きたおして注いで好きだと伝えてあげよう。