そうしてネジが一本ダメになる意識が浮上する。普段のベッドは違ってちょっと狭くて固いが、だからといって珍しくもなく心当たりのあるマットの感覚に、これが類のガレージのソファーであることを思い出す。そうだ、オレは昨晩類と愛をじっくりと確かめ合って一緒に眠ったのだった。
けれど今、この寝床と化したソファーの上に熱を分かち合った相手はどうやらいない。何か近くから金属のような音がするから、作業でもしているのだろう。
まだ少し眠気のある目を開けてみれば、紫色の頭とカッターシャツの背中がすぐ近くにいるのが見える。気づかれないように身体を少し起こして覗くように頭を傾けば、床に座ってソファーに背を預ける体勢で小さなドライバーを何かの機械へ回しているらしいのがわかった。類はオレが起きたのにも覗いたのにも気付かずに、真剣にネジをはめている。
これは何の装置を組み立てているのだろうか。類のことだからきっと素晴らしい演出に使われるということには間違いない。内容を想像をしてショーへ使われるワクワクと、実験で使用されることについての恐怖でぶるりと震えがでる。
たった鳥肌に二の腕を擦る。さすさすと音がでるが、それでも類はオレが起きたことには気付かない。どこまでしたら気付くのだろうかと、ちょっとした好奇心で大胆に横顔を見てみても、全くだ。よくみる柔らかな笑顔はなりを潜めて真顔で、ずっと作業へと没頭していた。
そのままじっと横顔を見つめる。うむ、かっこいい。
オレは類のこの、演出にかけて真摯な態度で向き合っている顔が好きだった。顔のパーツはこのオレから見ても綺麗で、所謂イケメンの部類だろう。だがオレにとってはそうじゃあないのである。同じショーを愛するものだからこその表情だから、今この時間の類の顔が愛おしく感じれた。
だから、一度見るといくらでもじっくりと眺めていられそうだった。今まさにそうである。眺めていた類に対して、胸の辺りが暖かくなって幸せな気分にひとつ笑みがこぼれる。ああ、類のことが好きだなあ、と。
そうして無意識にふわふわとした気持ちに支配されて、思わず頬にキスをしていた。
チュッ、とリップ音がたつ。
その瞬間、ばっと類がオレからのキスに反応して、こちらへものすごいはやさで振り向いてきた。その手元からはがちん!と大きな酷い金属音が響いて床にドライバーが落ちる。
「えっ?!」
「うわっ」
耳から首までまさかの真っ赤だ。その反応はオレも予想外で驚いてしまった。
「あ、おはよう、司くん。起きていたんだね。」
「おはよう。それからその、すまん。こんなに驚かせるつもりはなかった。」
衝動的すぎた行動に謝罪を送る。集中していた類だって、急に頬に唇を感じたらビックリもするだろう。あれだけ真っ赤になったのも状況の判断ができなかったからだろうか。この反応はとても可愛かったが、オレとしたことが配慮が足りず不用心すぎた。
「いや、いいんだ。寧ろこれからもしてくれていいんだよ。」
類が落としたドライバーを拾い上げる。どうやら先ほどキスをオレからされたときに力加減を謝って、ネジを回すのを失敗したのがあの金属音だったらしかった。
もう一度しめなおそうとドライバーを構えて、ピタリととまる。
「……ネジ穴、潰しちゃった。」
見てみれば確かにネジ穴が見事に潰れていた。物凄く力をいれてしまったのがよく伝わる削れたようなそれに、オレはまさかキスひとつで一本ネジをダメにしてしまうとは思わず、申し訳なくなった。