もう散歩じゃない トン、トン、トン。
ピンクのプレートを中にえがかれた模様にそって彫っていく。つまようじで線をなぞって、そこから内側のラムネを壊してしまわないよう気を付けながら。
背面にはごった返した人々と夏の暑さとは違う明るい熱気が流れている。
そう、オレは今類と夏祭りにふたりで来てカタヌキをしている。
「やあ司くん。日が落ちた後の散歩に興味はあるかな?神社で数日間お祭りがあるそうだから、良ければ一緒に見まわり運動ついでにどうだい」
そんな台詞を一週間前くらいに校内で言われた。要は類のいつもの若干遠回しな夏祭りへのお誘いだった。
それならばえむと寧々も呼ぼうと提案をすれば「初回の一回は散歩ルートや屋台、イベントの下見ということでふたりで行きたいんだだからえむくんと寧々に話すのはその後にしよう。そうすればはぐれてもスムーズに合流できるしいきたい場所への道のりに迷って困ることもなくていいだろう」といつもの強い笑顔だがしかし圧の強い態度で早口に捲し立てられた。
類にしては演出の話や興味のあること、または嫌いな野菜への言い訳以外でこうなるのは珍しく、あまりにも迫真だったためにオレは気を押されて一言同意するだけの返事をした。
あいつが二人のことを誘わない。そのあまりの口振りに何かあるのかと身構えていたのだが、当日蓋を開けてみると類はただ本当に祭りの中を目的もなく楽しそうにぶらつき始めただけだった。それを見たオレはこれがようやくデートの誘いだったのだと気づいたのだ。
類のあの時の口の回りようが、オレだけと夏祭りへ行きたいがために必死だった故の行動だと。そう思うと可愛くて仕方ないのと、そのことに気づけなかった自身への鈍感さに情けなくなり顔に熱が集まる。
「どうしたんだい?暑いのかい」
かき氷でも買いに行こうか。善意からの提案を大丈夫だと流して、オレはこの上下別に高ぶった気持ちを鎮めながら類の隣へとならんで歩いた。
「こうやって祭りにくるのは、子供のころ以来だ」
ウサギの形をしたカタを慎重に抜きながら話す。そうなんだ。と相づちをうつ類は鼻歌でも歌い出しそうな機嫌で、オレよりも早い手つきでおそらく飛行機?のカタをテキパキと抜いている。
「そういえばお前は海は全くだったらしいが、祭りはそうでもなかったのか?」
「うーん、親とは同じく来たことないかなあ。でも中
学の時とかひとりでぶらつくことはあったよ。演出で扱う空気感を掴むためにね」
それにここは眺めているだけで楽しいから。そう言う類の横顔は懐かしそうだった。
オレには祭りは家族のように誰かとくるものだったから、その楽しさがあまり想像がつかない。眺めて楽しいという類の好きなものといえば他人の笑顔なので、それが溢れているのが良い。というところなのだろうか。
パッと昔の記憶にある咲希の顔が浮かぶ。オレの隣でわたあめを買ってもらって嬉しそうに食べている笑顔が今でもくっきりと思い出せて、ひどく懐かしくなるのと同時に胸が暖かくなった。
なるほど、類らしいな。こういうことなら楽しいというのなら確かにそうだ。それならばここは人が笑顔になれる大きなショー会場みたいなものだろう。
類の言った言葉に頭を回して手を止めている間、当の本人はカタを綺麗に抜きおわっていた。立派な飛行機のようなものが板の上に鎮座していて見事だ。
流石だな類。だがオレも負けてられない。
思考から戻り再びカタヌキへと神経を戻してオレはウサギの耳の付け根につまようじを差し込む。細かく回りのカタを処理してから、ぐ、と力をいれて外側へと引っ張り枠を取り外そうとした。
「あ」
するとぱき!と音をたてて、一気にウサギの耳まで巻き込んでカタは割れてしまった。しまった、力みすぎて外さなくていいところまで巻き込んでしまったか。
「ぬおぉ……!やってしまった……!」
「兄ちゃん、やっちまったなあ」
屋台の親父さんが覗き込んできて、ドンマイと肩を叩いて慰めてくれる。類は「見事に耳を折ってしまったね」なんて、膝に肘をついて眺めながらも悲しそうな声を作って悲惨な空気を出している。
ううすまない、カタヌキのウサギよ。オレの手先が不甲斐ないばかりにお前の立派な耳の片方を無惨にも破壊してしまった。
せめてもう片方の耳と身体をしっかりと無事に抜いてやり親父さんへと提出する。オレは参加賞のガムだったが、類には見事に抜けた景品として大きなお菓子の詰め合わせが贈られていた。
一時作業中の間食には困らないとニコニコして大事そうに抱え込んだアイツはオレへと向き合うと、じっと見つめてきた後ふんわりと笑いなおして目を細める。
「楽しいね、司くん」
オレをわざわざ見つめてくるその様子からこの言葉が指すことがデートのことだと、今度はさすがに理解ができた。祭りを照らすライトと人の密集したことで発生した熱気で染まったわけではなさそうな薄桃色の頬の笑顔が、心を熱く満たす。
「ああ、そうだな」
つられて自然と微笑みが出てきて合わせて肯定の言葉を返す。周りからは楽しそうな子供の声や他の学生の笑い声、それから老夫婦が穏やかに会話する様子も聞こえているのに、今このときだけは目の前の類の笑顔が何よりも目が離せなくて、周りの様子がぼやけて分からないくらいに見つめた。
オレは他の客には見えないように類を屋台側に追いやってから、景品を持っていない手の小指とオレ自身の小指を絡めて繋ぐ。突然の行為に驚いた類がいいのかと小声で問うてきたので、身体を人の邪魔にならないように避けるふりをしてわざと類へと寄せてから耳元で話した。
「この人混みの中なら多分、分からん。それにどうせ殆どの者は屋台や来た相手に夢中だろう」
だからいい。そう意思を強く伝えると類の方の小指にも力が入った。大胆な自分自身の行動に上昇した体温に汗が滲んできたのがわかる。自分より高い正面を顔を見つめれば先程よりも赤みが増していて、相手も同じだと分かればドクドクとした心音も心地がどこか良いものになった。
「そう。じゃあ……今度はどこへ行こうか」
類が顔を逸らさないまま小指をくいっと優しく引っ張り、それを合図に共に並んで歩きだす。
せっかくのデートへのお誘いなのだ。えむや寧々がいる前では流石に気恥ずかしいし憚られるが、今はふたりきりなんだからこのくらい大胆にしたって構わない。オレだってこうした場で類と恋人として戯れたい気持ちはちゃんとあるのだ。
金魚すくいで親子かカップルか分からないふたりがはしゃいでいる。今のオレたちだってそんなもんだろうきっと。そう思いながらふたりで人混みの中へ流れるようにして紛れた。