泡と化すずっと孤独だった。誰からも理解されず後ろ指を刺されてきた僕にとって司くんは正に光だった。
彼が僕の手を取ってくれたあの日から僕の世界は色づき始めた。
司くんは舞台に立つ度にどんどん輝きを増してゆく。
ああ、この純粋で真っ直ぐで綺麗な人を僕だけのものにしたいと思った。
僕はこの時に初めて彼に恋をしているのだと気づいた。
恋を自覚した所で告白する勇気なんてあるはずもなく、もし僕の思いを伝えたとしても今の関係を壊すだけだと思ったら伝えられなかった。
司くんとショーをするのが、えむくんと寧々と4人でショーをする日々がこんなにも楽しいのにこの幸せな日々を壊したくない。
僕はこの気持ちを胸にそっと秘めておこうと決意した。想うだけならタダだしね。
屋上でいつもの様に昼食を2人で食べている時に「すきだなぁ」と心の奥に仕舞っていた筈の想いが溢れて口から零れおちた。
普段の僕なら「ああ、以前見たショーがとってもよくてね。思い出したら見たくなってきた、司くんも一緒にどうだい?」なんて白々しくごまかすことが出来るのに、その日は3日程寝てなくて意識が朦朧としていたからかすぐに反応することが出来なかった。
「類は、オレのことが好きなのか?」
「え、あ、うん…」
「そうか、実はオレも前から類のことが好きだったんだ。オレたち両想いだったんだな!!」
「…へ?」
夢を見ているんじゃないかと思った。だって、両想いなんてそんな漫画の様な出来事が僕に起こるはずなんてないと思っていたから。
「類、オレとお付き合いしてくれないだろうか?」
「ほ、本当に僕なんかでいいのかい?」
「オレはお前がいいんだ!!」
「〜っ!よろしくお願いします!」
その時の彼の心の底から嬉しそうにはにかんだ笑みを僕は一生忘れないだろう。
あの奇跡から1年の月日が流れた。
僕にとってこの1年間は本当にあっという間だった。司くんと過ごした日々はすべて宝物のようにきらきらと輝いていた。
世の恋人達は付き合った日を記念日として祝うそうだ。僕も司くんに何かプレゼントをしたいと思ってネットでいいものがないかと調べてみたところ綺麗な夜景がふと目に入った。
夜景の綺麗な場所でディナーって何だかクサいなとは思うけれど、司くんなら何でも喜んでくれそうだ。
僕は、すぐにクルージングディナーの予約を入れた。
「おぉ!!とてもきれいだな類!!」
「フフ、司くんが喜んでくれてよかったよ」
司くんは僕が思った以上の反応を見せてくれた。琥珀色の瞳をキラキラと輝かせて満面の笑みを僕に向けてくる。
そんな彼が本当に愛おしくて堪らない。
僕は、思わず司くんをぎゅうっと強く抱きしめた。
「おわっ!?苦しいぞ類…」
「ごめんよ。司くんと出会えて本当に良かったなぁって思ったら感極まってしまってね」
「オレも類と出会えて本当に良かった。これからも類の隣にいさせてくれるか?」
「…っ!!勿論だよ!!」
嬉しすぎてまたぎゅうっと思い切り抱きしめると司くんから「だから苦しいと言っているだろう…!」と怒られてしまった。
思わず笑うと司くんも笑ってくれた。恋人と過ごす時間がこんなにも楽しいなんて司くんと出逢わなければ僕は一生知ることもなかっただろう。
そのままどちらからともなく唇を重ね合わせる。そっと触れ合うだけのキスをした。
下唇をちろっと舐めると司くんは軽く僕の肩を押し返す。
「これ以上は我慢できなくなるから、だめだ…」
「そんな顔をされてしまったらますます我慢できなくなってしまうよ…」
瞳を潤ませながらだめという彼は、本気でそう思っているようには到底見えない。寧ろ「もっと」という声すら聞こえてきそうだ。
これ以上したら本当に歯止めが効かなくなりそうなのでぐっと我慢する。
自分からクルージングに行こうだなんて誘っておきながら早く着かないかななんて思ってしまう自分が可笑しくてついつい笑ってしまう。
早く目の前で美味しそうに色付いている彼を食らってしまいたい。
「すまん、ちょっとトイレに行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
そう言って10分程経つが司くんは中々戻ってこない。
僕は心配になってトイレの様子を見てみる事にした。トイレに行ってみるとそこには誰も入っていなかった。
元にいた場所が分からなくなったのかな?でも彼はそんなに方向音痴だっただろうか?
何だか妙に胸騒ぎがする。
「〜♪〜♪♪」
どこからか綺麗な歌声が聴こえてきた。寧々の歌も勿論魅力的だけれどまたこの歌声には違った魅力がある。
本能で引き寄せられてしまう様なそんな歌声。
一体どこから聴こえて来るのだろうと耳を傾けていれば突然ガクンと船が揺れた。
きゃあぁ!!と他の乗船客達も悲鳴を上げている。
一体何が起こっているのか状況が理解できなかったが、どうやら船が障害物にぶつかってしまったみたいだった。
さっきから司くんが見当たらない。
ぐるりと辺りを見渡すと柵に手があるのを見つける。
すぐさま駆け寄って下を見てみると、ぶつかった衝撃で身体を放り投げられたのか柵を掴んで、今にも落ちそうな彼が居た。
僕の方からは手は届かず、司くんが手を伸ばせばぎりぎり届きそうな感じだった。
「司くんっ!!」
「く…るい…っ!?」
「早く僕に捕まって…!!」
中々彼は僕の手を取ろうとしない。早くつかまらなければ落ちてしまうというのに。
「類、愛してるぞ」
心の底から愛おしそうに僕に向かって彼は微笑んで暗い海の中に落ちていった。まるでスローモーションで見ている様だった。
嘘だ。嫌だ、そんな事って…
目の前の光景が受け入れられなくて頭が真っ白になる。
「司くんっ…うぁあぁ…」
少したって冷静になってみると今の季節は夏だからまだ司くんは無事かもしれない。きっと彼なら生きているとそう信じていよう。
そう前向きに考える事が出来たのも束の間、衝突した船がどんどん傾いていく。まずいこのままだと沈没してしまう。
僕はすぐに救命胴衣を着た。僕は生きて司くんを待たなければならないんだ。
その後何とか僕は生き残ることが出来た。
でも、司くんがまだ見つかっていない。
僕はただ、彼が無事でいることを願うしか出来なかった。
司くんが見つからないまま10日間経過した。
珍しく僕は母屋の方にいて、朝食を食べようとしていた時に電話がかかってきた。
両親は海外旅行中で留守にしている為僕しか電話に出る人は居ない。めんどうだななんて思いながら電話に出ると司くんの妹、咲希くんからの様だった。
「お兄ちゃんの事、類さんには伝えておこうと思って…」
彼女の声はいつもより元気がない。
「一体どうしたんだい?あ、もしかして司くんが見つかったのかい!?」
「今日警察から連絡が来て、捜索はもう出来ないって…」
「そう、なんだ…ありがとう僕にも教えてくれて」
「いえ、類さんには知っていて欲しいと思って…お兄ちゃんきっとどこかでぴんぴんしてますよ!だから信じて待ちましょう!」
「うん、そうだね。また何かあれば連絡して欲しいな」
電話を切った後僕の中でだんだんと嫌な予感がしてくる。司くんはもう…
いや、僕が彼を信じなくてどうするんだ。きっと司くんの事だからひょっこりと顔を出して「はーっはっはっ!!類、心配かけたな!!」なんて言って帰ってきてくれるに違いない。
咲希くんだってそう言ってたじゃないか。
僕には司くんを信じて待つことしか出来ないんだから…
学校でも司くんの話題が所々で出ていた。全校集会でも司くんの話が出てきたけれど教師達はまるで司くんはもう死んでしまったかの様な口ぶりで話す。僕はそれにずっとイライラしていた。
寧々とえむくんにはこの事をもう話してある。
司くんがいつでも戻ってこられるように3人で頑張ろうと僕達は励ましあった。
でも、司くんの居ないワンダーランズ×ショウタイムはやっぱりなんだか物足りなくて味気なかった。
そんな僕達の気持ちを映し出すかのように観客もだんだんと減っていった。
先頭となって僕たちを元気づけてくれていたえむくんも「やっぱり司くんが居なきゃ…4人じゃなきゃワンダーランズ×ショウタイムじゃないよ…」と泣いてしまった。
寧々もずっと我慢していたのか「わたしも司が居ないワンダショなんて耐えられない…」と泣き出した。
僕も司くんは生きていると思いたかった、でも司くんがいなくなって1年という月日が流れたという事実が僕達の心を締め付けた。
その日はみんなで泣いた。泣いて泣いて泣きまくって、もう終わりにしようと3人で話し合った。
昌介さん達にも話をした所「…分かった。今までよく頑張ったな」とみんなの頭を撫でてくれた。
きっと僕達のこと陰ながら見守ってくれてたのだろう。
僕の卒業を機に、ワンダーランズ×ショウタイムは解散した。
僕達もお世話になったから是非来て欲しいとお葬式に参列させて貰えることになった。
やっぱり本人の居ないお葬式はあまり司くんが死んだという実感は湧かなかった。
…海まで魅了してしまうだなんてやっぱり司くんは本物のスターだね。
あれから数年後、僕は結構有名な演出家になった。やっぱり演出家になるという夢だけは捨てられなかった。
これを捨ててしまったら何となく司くんに怒られてしまう様な気がしたから。
ある日有名な劇団の演出をつけて欲しいと連絡が来た。
試行錯誤しながら何とか監督に演出案を送り付けたあとに安心したのか急激に睡魔が僕の体を襲う。
ベッドにダイブするとすぐ様僕の意識は深い眠りに落ちていった。
目を覚ますとばしゃん、とお風呂場から音がした。この家には僕しか住んでいないというのにだ。
まさか、泥棒が家に入ってきたのだろうか。
そう思って辺りを見渡すけれどどこにも荒らされた形跡はない。
とにかくお風呂場に行ってみるしかない。僕は細心の注意を払ってお風呂場へ向かった。
脱衣室を見てみても犯人の脱いだ服とかも見当たらない。でも、ぱしゃぱしゃと水の音が聞こえてきて僕は尚更分からなくなった。
僕の頭の中に1つの説が浮かぶ。お風呂場にいるのは果たして人間なのだろうか。
…馬鹿馬鹿しい、SF映画じゃあるまいしそんな訳ないかとその説を打ち消す。とりあえず自分の目で確かめなければ安心して家の中に居ることも出来ない。
僕はポケットに忍ばせていた果物ナイフを手に持つと勢いよくお風呂場のドアを開けた。
「そこを動くなっ!!…って、え?」
僕の目に飛び込んできたのは金髪にピンクがかったグラデーションの特徴的なさらさらの髪に琥珀色の綺麗な瞳の青年で、僕はその顔をよく知っている。
僕の目の前には数年前に居なくなったはずの恋人、司くんが居た。
いや、これが司くんな筈はない。だって彼はもう死んでしまったのだから。
それによく見てみると尾びれが付いているし…
うん?尾びれ?
見間違いだと思って思わず何度も目を擦って見てみるけど、僕の目の前にいるのは人魚で何度見ても司くんにしか見えない。
「…キミは司くんなのかい?」
僕がそう聞くと彼はにっこり微笑んで返事をする様に尾びれを揺らした。
彼の姿は高校の時のままだった。着ている服も制服で、それが余計に月日の流れを感じさせて胸が苦しくなった。
どうして司くんは今頃になって僕の前に現れたのだろうか。それも人魚の姿で。
部屋には司くんと初めてデートした時に撮った写真が今でも飾ってある。
僕は毎日写真に向かって話しかけていた。
そう、僕は一時も司くんの事を忘れたことはなかった。なんなら、夢でもいいから出てきてくれないかなと思う程にはずっと彼に会いたかった。
…毎日祈っていたから僕の願いが通じたのだろうか?
まあ今はそんな事はどうでもいいや。どんな形であれども司くんと再会出来たことに変わりないんだから。
「司くん、僕の所に来てくれてありがとう。またこうしてキミに会えてとても嬉しいよ」
そう言うと彼はまた嬉しそうに尾びれを揺らしていた。
てっきりいつもの大きな声で「オレも嬉しいぞ!!」と言ってくれると思っていたけれどさっきから司くんが声を発する事はなかった。
「もしかして、声が出せないの?」
彼は何も言わずに悲しそうな顔をするだけだった。
「そうだ!少し待ってて!」
僕は急いで作業している部屋に行き、紙とペンと適当にそこらへんにあった本を持ってきて司くんに渡した。
「筆談なら出来そうかな?」
彼はぱぁっと顔を輝かせてまた嬉しそうに尾びれを揺らす。何だか犬が尻尾を振っているみたいでとても可愛い。
『オレも類に会えて嬉しいぞ!!ずっと願い続けていた甲斐があったな!!』
いかにも司くんらしい文章でついつい笑みが零れる。大きくハキハキとした字を見て本当に司くんなんだと実感した。
「司くんは、何を願い続けていたの?」
僕は気になって司くんに問いかけてみた。
『まさか死ぬなんて思っていなかったからあれがオレの最後なんて思い残す事大ありだろう。それに、類の夢が叶う瞬間を見届けたくてどんな形でもいいから類に会いたいと毎日願い続けていたんだ。そしたらなぜか人魚になってたという訳だ!!残念ながら声は出せないみたいだが…』
人魚になっていたのは司くんが海で死んでしまったからなのだろうなと、何となく僕はそう思った。
彼のあの少し甘いテノールが聞けないのは寂しいけれど、僕はこうして彼に出逢えた事ですごく満足している。司くんが死んだ時は神を呪ったが、今は神に感謝を伝えたい位だ。
「声が出なくても司くんが傍に居てくれるだけで僕は本当に嬉しいよ。実は僕も毎日キミの写真に向かって話しかけていたんだ。もしかしたら僕たちの想いが通じたのかもしれないね」
『本当にお前にはすまない事をしてしまったな…あの時は類を危険な目に合わせられないとかっこつけて手を離したのはいいが足をつってしまってそのまま溺れ死んでしまうなんてな』
彼は申し訳なさそうな顔をしていた。
足をつって命を落としてしまうという事故はそう珍しいことでは無い。いくら普段から身体を鍛えていたって仕方のないことだった。
「そうだったんだね、でもあの日なんで司くんは外にいたんだい?」
『実はあの日トイレに行くと嘘をついていたんだ。あの日は1年付き合った記念日でお前にプレゼントを渡すのに変に緊張してしまって気分転換に外の景色を見ていたら綺麗な歌声が聴こえて、それを聴いていたら船がぶつかって身体が放り投げられた訳だ』
司くんが僕にプレゼントを渡そうとしてくれていたなんて感激だ。
確かにあの日司くんは何だかそわそわしている様に見えたな。
彼が僕にプレゼントをしようとしてくれていたという気持ちだけでもとても嬉しい。
贅沢を言えばそのプレゼントが僕の手に渡っていて、司くんが生きていれば最高だったんだけどな…
考えても仕方のないことだって頭では分かっているんだけどどうしてもあの日の事を思い出すと諦めれない。
あの日クルージングに僕が誘わなければだとか、司くんとずっと一緒にいたら良かったとか色々と考えてしまって…
『類、ごめんな、本当にごめん』
僕が今にも泣き出しそうな顔をしていたからか司くんも凄く辛そうな顔で僕を見ていた。
じわりと彼の琥珀が透明な膜を纏う。
ああ、本当はキミにそんな顔をさせたい訳じゃないのにな…
思わずぎゅうっと彼を抱きしめると彼の体温はなかった。それでもこうして司くんに触れられることがとても嬉しかった。
司くんをずっとお風呂場に居させる訳にもいけないだろうと思い、彼には僕のベッドに居てもらうことにした。
僕が作業をしている間彼はソファで過ごして、寝る時は抱き合って眠った。
すやすやと眠る彼の姿は本当に幼く見える。さらさらの髪を撫でると気持ちよさそうな表情をする。その顔がとても可愛くて愛しくて堪らない。
もし司くんが生きていれば僕達は同棲して毎日とはいかずともこうして抱き合って眠ったり、朝食を一緒に食べて他愛のない話をしたりなんていう未来もあったのかな。
今それを叶える事が出来ているので、僕は本当に幸せだ。ずっとこの日々が続いてくれればいいのに…
僕はそう願いながら眠りについた。
毎日幸せな日々を過ごしていたら普通悪い知らせがくるものだと思っていたが案外その予想はいい意味で裏切られた。
前回演出を依頼された監督が僕の演出を絶賛してくれて、なんと僕の目標としていた劇団の演出を付けられることになったのだ。
すぐに司くんに伝えると『凄いじゃないか!!流石類だな!!』と凄く喜んでくれた。
それから僕は作業に没頭した。徹夜しがちな僕の健康管理は司くんがしてくれた。
やっぱり野菜も食べろと言われたが無理だと言うと仕方ないと言った顔をしてマルチサプリを飲むようにと勧められた。流石は美意識の高い司くんだ。
僕の考えが詰まった時は彼も一緒に案を出してくれて、とてもいいものに仕上がったと思う。
後は打ち合わせをする為に出かけなければならない。だけど、司くんを1人にしておくのがとても心配だ。
『オレは大丈夫だから安心して行ってこい!!』
そんな僕の気持ちを見透かした様に司くんは僕の背中をばしっと叩いて見送ってくれた。
「行ってきます、何かあれば僕にすぐ連絡してね」
彼はこくこくと頷いて手を振って僕を送り出してくれた。いいなこれ、なんだか新婚さんみたいだ。
浮き足立ちながらも何とか僕は指定された場所に行くことが出来た。
出来れば早く終わらせて司くんと僕の家に帰りたい。僕はそう思って沢山意見を出していった。それでも流石は僕の目標としていた劇団ともあって話し合いはすごく慎重だった。
帰る頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。打ち合わせが終わった後に稽古まで見ていたらこんな時間だった。
早く司くんに会いたくていつもより早足で歩く。
「ただいま〜!」
リビングに行っても司くんが居ない、寝てるのかなと思い寝室を見てみても居ない、作業部屋、浴室どこを見ても彼の姿は見当たらない。
…だから嫌だったんだ、1人にしておくとキミはすぐにどこかに行ってしまいそうな気がして。
さっきまでは司くんを探すことに夢中で気づかなかったがリビングに戻ると机の上に紙が置いてあった。
紙には類へと大きくて綺麗な字が書かれていて誰が書いたか一目瞭然だった。
開いて見てみるとそこにはこう書かれていた。
類へ
本当は類の夢が叶ってから消えようかと思っていたんだが、あまりにここが居心地が良すぎてこれ以上一緒に居たらオレの気持ちが揺らいでしまうと思ったんだ。
どうか許してくれ。
この数日間とても幸せだった。オレが生きていればこうしてお前と一緒に過ごせたのかななんて思って少し辛くなったりもしたが本当に幸せだった。
類が毎日写真に向かって話しかけているものだから心配で成仏出来ずにずっとお前の事を見守っていた。
いつかオレの後を追うんじゃないかって心配で、でもそんなのは杞憂だったみたいだな。
類、オレの事を忘れないでずっと想い続けてくれてありがとな。オレは世界一の幸せ者だ。
オレは一足先に星になるが、お前達の事を空から見守っているぞ!!︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎天馬司より
手紙を読み終わると僕の目から涙が零れ落ちた。ぽたり、ぽたりと落ちて折角彼が書いてくれた手紙が濡れてしまう。
どうして神様は僕から2度も彼を奪ってゆくのだろう。
あの幸せを知ってしまったらもう二度と彼の居なかった日々には戻ることは出来ない。
僕は決意した、この仕事を最後まで終えたら彼を追いかけると。
司くんには申し訳ないけれどやっぱり僕はもう1人は耐えられないんだ。
キミに出会う前までなら1人でも全然平気だったのにね。
よく晴れた日の朝、僕は列車に乗って海の近くの旅館に行くことにした。勿論泊まる道具なんて用意していない。
夜になるまでの時間つぶしに旅館を予約しただけだ。
荷物の中には司くんと僕の2人で撮った毎日僕が話しかけていた思い入れのある写真と、彼のくれた最後の手紙が入っている。それとこの花束はお供えに。
どうせ死ぬなら彼との思い出達と一緒に死にたいと思って持ってきた。死ぬのが怖くないと言えば嘘になる。でも、ここ数日の彼の居ない生活の方が僕には耐えられなかった。
始発の電車に乗ったからかこの車両には僕だけしか居ない。静かでとても落ち着く。
目的地に着く頃には乗客達もまばらに乗っていた。
駅から20分程歩くと海が見えてくる。
海水浴が禁止されている海なので人はあまり居なくて、散歩する人達が歩いている位だった。
誰も居なくなったのを確認して僕は花束を海に散らした。黄色の花びらが海に揺られて綺麗だ。
司くんが居る時にプレゼントしてあげられたら良かったなぁ。
僕は砂浜に腰掛けて揺れる花びらを見ながらそう思った。
お腹が空いたので旅館に移動すると豪華なご飯が既に用意されていた。死ぬ前の贅沢位許されるだろう。
美味しい料理をお腹いっぱい食べて、そういえば遺書を書くのを忘れたと思った。でも、遺書なんて書いてもなぁと思って書くのを辞めた。
僕は、誰からも知られずに死にたい。
その後は夜までゆっくり旅館で休む事にした。
夕食も堪能して、海の見える温泉まで入って普通ならとても贅沢な旅行だろう。
でも僕はここに疲れを癒しに来たんじゃない。
さぁ行こうか。司くんの元へ。
普段なら夜の海は不気味だと感じるのに今日は全然そんな風には感じなかった。ここは殆ど灯りが少ないからか東京では見られない星がきらきらと幾つも輝いていた。
こんなに沢山の星に歓迎されながら死ねるなんて僕は幸せだ。
足を海にちゃぷんとつけると夏とはいえ、少し冷たい。僕は躊躇いなくどんどんと海の中へと身体を沈めてゆく。足もつかなくなった頃にわざと息を吸う。
潮水が口や鼻に入って苦しい、でもこれでやっと司くんの元へといけると思ったらとても嬉しかった。
意識もだんだんと薄れてきて彼と過した日々が走馬灯の様に駆け巡ってゆく。
意識が今にも落ちそうな時にまた人魚の姿をした彼が僕の目の前に現れた。彼は『バカ類』と言っていたがとても嬉しそうな顔をしていた。
…司くんもやっぱり一人は寂しかったんだね。
最後に彼は僕に口付けを落とすと泡になって消えてしまった。
僕の意識もそこから途切れた。
静かな海でセイレーンの綺麗な歌声が響いていた。