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    wamanaua

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    wamanaua

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    ラウグエラウ
    ※捏造幼少期、一人称僕、鶏の食肉加工

    ちぬま はじめて落としたのは鶏の首。びくびくと跳ね回る体から噴き出る血が足を汚し、真っ白な靴下と真っ白な靴が赤く、黒くなる。生暖かく不快なそれを僕は多分忘れないが、だから黒い靴下を履いているということはいつか思い出せなくなる。あれは子供のちょっとした背伸びだった。
     にいさんと僕は、同時期に僕たちを産んだ母たちが、また同時期に癇癪を起こして死んで、それを思うとむしゃくしゃしてたまらない父にほっぽられたのだ。子供が住むには良いとされる……クソ田舎の……娯楽だか療養だかのコロニーに預けられ、そこでほとぼりが冷めるまで過ごすことになった。
     僕は母が近々死ぬことに変な確信を持っていたのであまりショックではなかったが、兄は年相応に(その通りだ、僕たちはまだ手を繋いで寝ていたぐらいの年だ)悲しんでいたと思う。よく癇癪を起こし、物を投げたり壊したりするのは僕で、にいさんはどちらかといえばそんな僕を宥めすかす役だったが、あの頃は立場が逆転していた。夜になると泣いて起きるにいさんを撫でて共に寝、朝は起きるのが怖いというにいさんをくすぐって起こした。昼は人工太陽を見るのも嫌だというにいさんを引っ張って、いつもそこらの原っぱを転げ回っていた。
     僕は正直いうと、死んでこんな機会をくれてありがとう……と母に感謝したいぐらいだったが、兄がそう思っていないことぐらい明白だったので、決して態度には出さなかった。
     でも変に元気にだったろうし、メイドたちには実際相当狂って見えたらしく、よく気遣われた。僕のことはいいからにいさんを見てあげて……なんて言うと、できた子だと褒められた。奴らが裏で妾のクソ坊主だと罵っているのを知っている。それでも僕はいい子でいようとした。そうすれば陰でお菓子でもおもちゃでも軽くなら工面してもらえて、それを自分からにいさんに渡すことができるのだ。全部にいさんのためだった。にいさんはもうずっと泣いていたから。
     そう、ずっと泣いていた。にいさんにとって母がどのぐらい良い母だったのか僕は知らない(全然接点がなかった)のだけれど、それにしても立ち直らなかった。僕はだんだん、頑張っているに見向きもしないにいさんに苛立ちすら覚え、とうとうある日、起き上がってこないにいさんを置いて、外に出かけたのだ。
     麗らかな陽気だった。全てが調整されている昼下がりだった。声をかけてくるメイドに散歩だ、にいさんは寝てると返事をして出かけた。このコロニーはジェターク社が抱え込んでおり異様に治安が良かったので、自分のような子供が一人で遊んでいても問題はなかった。
     それはそれとして一人で遊んで楽しいようなことなどない。兄がいれば人工川がきらきらしてるだの、人工森がわさわさしてるだの言い合えるが、そんなもん僕だけで見てどうするのか。いつものところはすぐに退屈してしまい、あまり行ったことのない方へ出かけることにした。それは大人たちが住んでいるところだった。あまり近づくな、といわれていた。
     しかし行ってみれば特に何が問題とかはなかった。なんか綺麗な坊ちゃんが来たねぇ、なんて扱い。でもはやめに帰りなと皆がいう。何があるわけでもないけれど、こんなところ何も楽しくないからね……。追い出したいのだろう、子供は邪魔だから。そんな態度が子供だからこそ腹が立って仕方がなく、奥の方へと足を向けさせた。
     そして牧場にたどり着いた。小規模ではあったが、鶏や羊がほっつき歩いていて、それが僕にとっては新鮮だった。よく見ようと近づいて、有刺鉄線の下をくぐり抜けて敷地内に入った。
     もちろん、それを見つけた大人に怒られる。だが、それは思ったような怒号ではなかった。危ないでしょう……と、優しく声をかけてくれたおじさんは、この牧場を管理している人だと言った。
     近くに遊びに来ている坊やでしょう、話は聞いていますよ、どうしたんですかこんなところへ……。
     僕は、この人はなんだか他の大人とは違うぞ、と感じ取ってしまい、懐いてやってもいいなと思った。そして、牧場が気になるから見せてほしい、と改めてお願いをした。そんで正式な客になった。
     鶏や羊が鳴いたり臭かったりしているなかをコロコロと走り回る。汚いという気持ちは生き物の腹に触れた温かさに絆されて消えた。羊のごわついた毛と、舐めてくる舌のべたつきが僕は好きになってしまった。
     この毛をにいさんも好きになってくれるだろうか……。そうしたら、朝もしっかり起きて僕と一緒に遊びに出掛けてくれるだろうか……。僕は、また遊びに来てもいい? とおじさんに聞いた。快く許可してくれたおじさんを僕はまた好きになった。
     おじさんは、まだ仕事があるから、君もある程度したら帰りなさい、きっと大人たちが心配されているから……と言った。そう言われても思った以上に不快ではなかった。子供を追いやる言い方ではなかった気がするから。でもその時の僕は思い上がっていたので、その仕事が見てみたいとお願いした。
     おじさんはちょっと考えたけれど、僕を連れて行ってくれた。
     おじさんは牧場で走る鶏を一匹捕まえて、ちょっと離れた小屋に僕を連れて入った。汚い場所ではなかったけれど、壁には黒いしみがついていた。これまでとは違う臭いが漂っていて、僕はちょっと躊躇したけど、入り口付近で立ち止まらず、おじさんの後ろをついて行った。
     明日の食卓に出すため、鶏を殺すのだという。
     おじさんはそう説明し、嫌だろうから外に行っていなさい、と僕に言った。
     僕は、それは僕たちが食べる物なの? と聞いた。そうだよ、とおじさんは答えた。
     僕は、それは僕がやってもいいものなの? と聞いた。
     おじさんは僕に斧を持たせた。
     それでおじさんが抑えた鶏を、軽いとはいえない斧を振り上げて殺した。悲鳴といっていい鳴き声があたりをつんざいてなお、僕は一発でその首を落とすことができた。筋がいい、と褒められた。
     首が落ちた鶏は死体というよりは肉だった。血抜きはこうやって、羽の処理はこうで、それで……と説明を受けたし、やってみせた。情操教育にしては過激で、そもそも早すぎる気がするが、僕はそれをしっかりと聞いた。ただ、あの一度だけだったので、今やれと言われてもうまくできないと思う。でも僕は覚えている、全部。
     まぁこんなことをさせた、ということがバレたら大変である。おじさんは僕に秘密にしているように言いふくめた。次に遊びにくるときは羊や鶏を触るだけだよとも。手伝っちゃいけないのかと聞けば、お兄さんもくる時はダメだと。
     これを僕にさせたのは、僕が妾の子供だったからだ。
     でも僕は、それが別に嫌じゃなかった。だってそれは当たり前のことだったから。
     こそこそと帰りながら僕は、川に映った姿を見てギョッとした。足が血だらけである。もちろんこれは鶏の血で自分のものではないけれど、少し痛いような気もして、川に足をつけて洗うことにした。突き刺すような冷たさが、興奮していたらしい体には心地いいぐらいだった。それでも靴下や靴が微妙に赤かったので、僕は水と地面でぬかるみを作って、それに塗れて帰ることにした。
     メイドたちはそんな僕を見てびっくり仰天していたが、おてんばですこと……と笑ってくれた。お菓子もくれた。お風呂に入ってきてしまいなさい、と僕を促して連れていく。
     僕は、靴と靴下が汚れてしまってごめんなさい、と謝った。
     メイドは、いいんですよ捨ててしまいますから、と答えた。
     すっかりと体を清めても鼻の奥に残った血の臭いが消えなかった。着替えさせられ、ちょっと居間でぼうっとして、そしてようやく兄のことをメイドに聞いた。そうしたら、まだ部屋にいるという。
     僕は慌てて兄に会いに行った。部屋のベッドは布団がこんもりとしていて、その中で兄はまだ、泣いていた。
    「にいさん」
     声をかけると、にいさんは、
    「どうしておいていったの」
     と、ますます泣いた。
     僕は、溶けるような目と赤く腫れた頬を舌で拭い、涙を啜り、その塩辛さにあの鶏の死んだ姿を思い出した。血も涙も、同じ潮であると。
    「にいさん、もうおいてかないよ、ずっと一緒だよ、だからにいさんもう泣かないで、僕だけはずっと一緒だ、僕だけはもう、ずっと……」
     泣くにいさんにつられて、母が亡くなってから初めて声をあげて泣いた。何に泣いているのかよく分からなかった、多分全てに対してだと思う。しゃくりあげて息のできない僕の背を、兄は泣くのをやめて撫でてくれていた。もしかしたら僕はもうずっと悲しかったのかもしれない。
     僕たちはそれから泥のように寝てしまった。起きたらその泥に悪いもの全てを持っていってもらったようで、なんだか気分爽快で元気がありあまり、まだ眠る兄の頬にキスなんてして起こしてやった。
     その日はじめて、泣かない兄と昼を過ごした。いつもの原っぱへ遊びに行って駆け回って転げ回った。あんなに笑ったのは久々だったと思う。
     夜、ディナーに鶏のソテーが出た。兄はそれにナイフを入れ、細かく切り、自分の口にフォークで持っていき、咀嚼し、呑んだ。一連の動作を見つめてから自分でも食べた。特に何の変わりもない鶏だった。
     僕は将来、武器を使うなら斧にしようと思った。それで、なんでも首を跳ね飛ばしてしまおうと思った。殺せばそれは兄のためになる。現に鶏は兄の血肉となったのだ。殺すことには意味があるのだと、僕は得心したのだ。
     それから父が迎えを寄越すまで僕たちはコロニーで大いに遊んだ。
     だが、二度と牧場へは行かなかった。
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    Replies from the creator

    wamanaua

    DOODLEオルグエ。
    お題「記憶喪失になった恋人に、何も伝えず関係をリセットするべきか悩む話」
    バチクソ人間不信でラウぴとかにすこぶる冷たく当たるグエぴがいます。
    花霞 あなたはいったい誰なのですか? と真顔で聞かれるのはさすがにこたえる。
     オルコットが負傷した。パーティー中、整備不良か恨みか何か、天井から照明が落ちてきて、それから俺を庇ったせいだった。普段ならケガをしようがピンシャンしている男だったが、あたりどころが悪かったらしい。俺に覆い被さって動かなくなったオルコットの背をさすりながら、彼の死んだ息子や妻に祈っていた。どうか彼を救ってください。そして彼を連れて行かないでください、と。
     幸い命は助かった。ただ記憶が無事ではなかった。病院で目を覚ました彼を見て思わず流れた涙は、俺のことなんぞちっとも覚えていません、という態度にすぐ引っ込んでしまった。
     まるでフィクションのような記憶喪失だ。自分のことは覚えていない。過去もよく分からない。ただ身に染み付いた動作がある。フォークは持てる。トイレには行ける。モビルスーツは知らない。ガンドは知らない。ジェタークも知らない。俺のことなんかさっぱり。地球も、テロも、亡くした家族のことも……。
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