こたつみかん※様々な時系列は気にしないでください
年柄年中温暖な気候に包まれているコロニーでも、一応季節行事というものはある。
ジェターク寮にとってはこたつ解禁が一番大きな行事だ。いやそんなことはないかもしれない。でも相当ビッグ。
昔いた学生が「俺こたつが好きで……」と持ち込んでそれが大ブームを引き起こし、ロビーや談話室が無許可こたつまみれになり、生徒達の自室も一人用こたつなんかが生えて、それはまぁ大変だったのだという。こたつに飲まれて全てをこたつで叶えようとし、もうサバイバル訓練もオンライン授業でよくないっすか? とか言い出す不届きものも出る始末。こたつ禁止派の教員と繰り広げられた攻防は第一次こたつ戦線として語り継がれているとか……なんだそりゃ。
色々と交渉がなされ、この日からこの日までは寮内でこたつを出してもいい、しかし節度を持て、というルールが定められた。かくして世界に平和がもどった。
俺たちもその恩恵に預かり、解禁日の昨日から、もう、一日中こたつの中にいる。
この俺グエル・ジェタークも、学園に来てからこたつの魅力に取り憑かれた一人だ。1年の時、先輩達が「もうすぐこたつだぜ」とソワソワし始めて不審にすら思ったが、入ってみればよくわかった。足をじんわりと包み込むなんか……なんかのヒーターの熱が、なんか、すげーいい。備品とかいわれた半纏を体にかけ、ネオエヒメコロニー特産のスペースみかんを食べ、ネオシズオカコロニー特産のスペースオチャーを飲み、ちょっと寝落ち。悪魔の器具だと思う。もしかしたら拷問かもしれない。こたつから出るのとか凄い苦痛だし。
もうぶっちゃけ授業とかどうでもいいよな、と思い始めると、先輩方が「飲まれるな! 死ぬぞ!」と後輩を追い出しにくる。そして寒さに震える俺たちを尻目にこたつにいそいそと入ってしまう。あとから聞いたらこたつが温かくなるまで後輩を入れて、こたつがいい感じになったら追い出してるらしい。獄卒か?
まぁそんなことをされていたのも遠い昔。俺は3年になり先輩となった。自分がやられたようなマネはしない。後輩達は後輩達でこたつにぎゅうぎゅうに詰めて、俺たちもこたつにぎゅうぎゅうに詰まる。みんなこたつだ。俺たちはこたつで大勢であり、また一つである。こたつレギオンだ。
今日も授業内容が過酷だったため、俺は足をあっためてしまうともう何も出来ない。溶けるだけだ。手も動かせない。だからみかんを剥くのは、弟の仕事だ。
ラウダはみかんを剥くのが好きなのか(これをフェルシーやペトラに言ったらうわ……て顔をされた)(俺も気づかないふりをしてるんだよ)こたつに入ってみかんを見つけたらすぐに剥き始める。今日のみかんは小粒で美味しそうだ。めりめりと皮を剥いて、白い筋をとって(その筋は栄養価満点なのに)俺に渡してくる。
「にいさん、みかんだよ」
「ああ、悪いな。お前も食えよ」
「うん、にいさんが飽きたらそうしようかな」
にいさんが飽きたらそうしようかな。
なんだかよく分からない言葉だ。どうしてみかんを食えよ、と言っているのに、俺が飽きたらなんだ。
答えは明白だ。こいつはみかん無限剥きマシーンだからだ。本当になんとかして欲しい。
ともかくみかんを剥く。剥いて俺にそれを渡してくる。しかもスピードが尋常じゃない。俺が飲み込むと次弾が来る。美味しいみかんがだんだんよく分からない味になるまで続く。食いすぎると生臭く感じるんだよな。それで俺が飽きたら、ラウダが余ったみかんを食うのだ、無表情で。
何度かやめろといった。指が黄色くなってるじゃないか。俺の舌も黄色いんだよ。そんな処理みたいに、不味そうにみかんを食うなとも言った。でもラウダはみかんを剥き続ける。もうこれ俺のためじゃないだろ。みかんを剥きたいんだろこいつ。俺が代わりに剥いてやるっていったら烈火の如く怒ったし。なんでなんだよ。
だから俺はちょっとした意地悪をしてやろうと思った。
「ラウダ、そういやお前にプレゼントがあるんだよ」
「えっ、みかんを剥き終わってからでもいい?」
「その時には俺何も話せなくなってる。ほら、これだ」
こたつの中から(そうこたつの中だ。こたつの中にはなんでもある)とりだしたのは、『みかんの皮剥き方辞典』だ。
「えっにいさん……こんな無駄遣いを……?」
「お前のせいだよ! お前の!」
これは子供向けの図書で、みかんの皮を面白く剥く方法がたくさん載っている。パンダとかクリスマスツリーとかカーリングとか。MSっぽく剥く方法も載っている。ともかく妙な剥き方をさせることで剥くスピードを遅くさせることが狙いだった。
「まぁやってみろよ、見ててやるから」
「にいさんこういうのが好きだったの?」
「いや俺が好きっていうか……いや、見たい、すげー見たい、ラウダに作ってもらいたい」
「まぁ……そういうなら……僕やるよ」
そしてラウダはみかんを剥き始めた。とりあえずといって始めたのがナスカの地上絵型。こいつどうかしてんじゃないのか。なんでもっと簡単なのから剥かないんだ。ああっほら首部分が千切れてる……。
「……新しいので再挑戦するね」
「あっお前、いいんだよそんな、別にそれが完璧に見たいってわけじゃなくてだな」
「にいさん」
僕はね、にいさんが見たいっていうなら、やるんだよ。
そしてラウダは剥き始めた。
もうね! 俺がね! 馬鹿! 見通しが悪かった! そうラウダはこういうやつだ。俺に期待されるとそれをできるまでやる。やり続ける。そしてそれがともかく……尋常ではない。
ラウダは高速でみかんを剥く。もっとこう、ちょっと簡単なのをゆっくりゆっくり剥かせようと思っていたのに。地上絵が失敗するたびにみかんを剥く。俺が食う。めちゃくちゃな地上絵がこたつの天板に増えていく。もうここはペルーだ。ナスカ文明だ。ちなみにネオペルーコロニーにはネオ地上絵がある。あれは風情がなくて俺は嫌い。
「フェルシー、ペトラー……」
「なんですかグエル先輩……うわぁ」
「どうして……そんなにみかんが……」
MYこたつを引きずってやってきた二人も、この惨状を見て引いていた。そして、俺の目を見て分かった……とみかんにてをのばしたのだ。
途端、顔をしかめて威嚇するラウダ。怖い。
「おい! これはにいさんに剥いたんだよ! 手を出すなよ!」
「いっいやラウダ先輩それは無茶っすよー……」
「こんなにいっぱいのみかんはみんなで食べないと……」
「にいさんなら食べられる!」
「いや……ほら、グエル先輩の顔黄色くなってるじゃないっすか。まっきっきっす」
「食べすぎです、どう考えても」
そんなに俺の顔色は黄色いのだろうか。柑皮症って手のひらとかに出るんじゃなかったか。
「ラウダ、」
「にいさんはみかんで生きていけるもんね!?」
「人間は……プロテインも必要なんだよ」
「にいさん……!?」
「グエル先輩妙な言い方すんのやめた方がいいっすマジで」
「だから弟さんが壊れちゃうんですよ」
とにかく、俺はもうみかんは食えないし、地上絵はいいから、みかんを食べなさい、はやく。
ラウダは俺の言い分に渋々(渋々だ……)従い、みかんを食べ始めた。フェルシーやペトラ、周りにいた寮生にもみかんを配った。何事も適量が一番美味しいのだ。
俺も自分の取り分をのんびりと食べる。まだ食える。うん、うまい。
ラウダは、少ししょんぼりとしていた。俺は弟がそういう顔をしていると、どうしても声をかけてしまう。
「ラウダ、お前、どうしてそんなにみかんを剥くんだ」
「……にいさんが……みかんが好きだから……」
「好きだが、限度がある、限度が」
「……限度って、なに……?」
「そんな壊れたアンドロイドみたいな言い方するのはよせ」
ふと、思い出してしまった。1年の時、初めてこたつとみかんという組み合わせを知った俺たちは、狂ったようにみかんを食っていた。
最初は俺も剥いていたが、ある日ラウダが今日のように、俺にみかんを剥いてくれたのだ。多分俺が親父に叱られたりしてしょぼくれていた時だったと思う。まだ剥き慣れておらずちょっと手間取って、皮もポロポロみかんのふさに残っていた。でもそれがとても嬉しくて、ラウダに、
「お前の剥いてくれたみかんならずっと食ってられそうだな」
なんて、言ってしまったような気がする。
そうだ、あの日からラウダは俺にみかんを剥くようになったのだ。ああ全部俺のせいだ……。
「ラウダ、お前が剥いてくれたみかんは好きだけどよ、お前と一緒に食うのが一番うまいと思うんだ」
「にいさん……」
「ほら、な? そんな顔をするなよ。たまには俺にもやらせてくれ」
「……ありがと」
久々に剥いたら皮がぽろぽろになった。ラウダは笑って、俺が差し出したみかんを食べた。兄弟にはこういう思いやりが必要だと、俺は思う。
その後のラウダは少し落ち着いて、食べる分量を考えて剥くようになった。本当に良かった。たまにナスカの地上絵に挑戦しては失敗している。なんでそれにこだわるんだ? と聞いたら、一番難しいのを制すれば他のもイケるからとか返ってきた。こいつちょっと雑なんだよな。俺はパンダ剥きができるようになった。カミルには、食べ物で遊ぶなと怒られた。ジェターク寮はもう空前のみかんアートブームである。
こたつを出していい期間のちょっとした出来事。卒業すれば、全部いい思い出だとまとめられるんだろうか。