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    nmhm_genboku

    @nmhm_genboku

    ほぼほぼ現実逃避を出す場所

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    nmhm_genboku

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    マベリックあっくん!
    アッくん成り代わりです👏

    独りが楽だと思っていた雨の降る大通りで、男は笑う。
    背後には尻もちを着いたヒーロー、360度埋め尽くす暴走族。
    寺野サウス率いる“六波羅”
    無比の千咒率いる“梵”
    無敵のマイキー率いる“関東卍會”
    逃がしてくれそうなのはどこかな、と声を出しながら、男、千堂敦はベロリと唇を舐めた。

    「ほら、いつまで尻もち着いてんだよタケミチ」
    「あっ、あっ君~ッ!!!」

    助けてくれてありがとう!!と泣きながら言うこの男を見て、泣き虫な所は変わってないなぁ、と口にした。

    「個人的に東卍は安全地帯、梵はやや不穏、六波羅は潰すって思ってるけど、お前の意見は?」
    「逃げたい」
    「草」

    それじゃぁ、逃がしてやろうかね。そう言って緩やかに笑って身体を低く落とす。喉をぐるっ、と鳴らし、指先を地面に軽く触れた瞬間、獣が走り出した。

    過去の話をしよう。
    この経緯に至るまでの、俺の、俺とヒーローの話を。

    物心着いた時から一人だった。親はいるけれどあまり帰ってこず、気づいたら一人でいる生活に慣れていた。冷蔵庫の中にあった朝ごはんと晩御飯が、お金に変わったのはいつからだったか。
    手紙と一緒に置いてあった1000円札が、3万円だけが置かれるようになったのは、いつからだったか。

    家に帰っても一人ぼっちの生活だったから、夜中に外に出て寂しさを紛らわすために適当な奴らに喧嘩を売りまくった。だからだろうか。そんな日々を繰り返しているうちに、いつしか本当に1人になっていた。

    家に帰っても誰もいない部屋で、小さい頃に親に買ってもらったぬいぐるみを抱きしめて寝る日々。そんな日々が続いた時、何かが切れた。その時の俺は浮かれていたんだ。珍しく親が早く帰ってくると言っていたから、いつも会えない2人に会えると思っていたから。でも帰ってきた時にはひんやりとした空気と、机の上に置いてあった通帳と、新しい家の住所だけだった。それを見た瞬間、ひとりぼっちが苦しいと思うから、ダメなんだ、そう思った。

    「ごめんなさい、かぁ…」

    小さく書かれた母親らしき女の字が、最後だった。金は定期的に振り込まれた。ひとりじゃ使えきれないほどの、罪悪感にまみれた金。溜まっていくその金額を見ながら、もうなんかどうでも良くなった。
    鬱憤を晴らすように人を殴った。この感情の行き場を探すように手当り次第チームの連中を潰して、潰して、頂の上に置いてある椅子に座った瞬間、俺は俺の過去を思い出した。ひとりぼっちで死んだ、俺の過去を。唯一の救いだった漫画の最新話を歩きながら読んでいる時に背中を知らないやつに刺されて死んだ俺の記憶。
    ずっとひとりだった。誰の手も取らずに生きて来た俺の人生。それを今も体験している。そう理解してから、もう感情を出すのが面倒になった。結局、俺は生まれ変わってもひとりぼっちなんだと、神様から突きつけられた気がした。

    そうして時間だけがすぎる。小学の頃からひとりぼっちで負け無しの俺は、いつしか“マベリック”なんて呼ばれた。

    一匹狼の別称。俺にピッタリだな、なんて思わず笑った。それから中学にあがり、きゃらきゃらと輝かしい笑い声を背景に、俺はずっとひとりぼっちだった。

    出席する時もあれば、バックれる時もある。世間から不良と呼ばれる部類に立つ俺を怖がって誰も声なんてかけてこない。そう、その時はそう思っていた。

    転機があったのは入学してから初のプール開きの日。最初だけでも参加しないと文句を言われると思ったから参加した日に、俺のヒーローに出会った。
    キラキラとした顔で、腹筋すげえ!なんて声を上げて、後ろで怖いもの知らずかお前は!!なんて騒いでいる奴ら4人を視界に何気なく見れば、金髪の男が笑って友達になりたいと言った。
    花垣、武道。後に俺のヒーローとなる男との邂逅だった。

    美しい夏のような瞳でコッチを見て、楽しげに話しかける男に、最初は気まぐれに話しかけただけかと思えば、毎日毎日挨拶してくるわ、飯に誘ってくるわでイライラしてた。どうせお前も俺を置いてどっかに行くんだろ、そう思わずには居られなかった。けれど、そいつがある日言ったんだ。俺を置いてどこにも行かないと。

    秋晴れの空を背にまといながら、俺と友達になりたいからと。

    「…ほんとに、俺をひとりにしないか?」
    「うん!俺はあっ君と一緒にいるよ!」

    だから友達になって!
    ニッコリと笑ったその顔をみて、最後だと思った。こいつが裏切るまで、信じてやろうと、そう決めた。

    それから冬が来て、初めて友達と冬休みというのを体験した。ゲーセンに行ったり、ちいせぇ不良のチームに喧嘩売ったり。弱かった奴らも少しずつ強くなって、春頃になれば武道に背中を任せてもいいと思えるぐらいには強くさせた。

    「あっ君!」
    「ん?」

    中学2年に上がる際、クラス替えの表を見て、武道と一緒のクラスになれて少しだけ嬉しかった。そんな俺の顔をみて、あいつはあの夏空を彷彿とさせる瞳に涙をためながら、一緒のクラスだね!と笑った。その顔を見て、俺もそうだな、と声を出し、普段動かない表情筋が動いた気がした。

    途端に真っ赤な顔を見せながら、美人すぎない!?と叫ばれたせいでスンッ、と表情を戻したが、それ以降武道とだけは笑えるようになった。彼が、武道がいれば世界が滅ぼうと、どうでもよかった。

    「あっ君…」
    「武道…?どうした?」

    だから、こいつが傷つく理由がなんであれ、許せなかった。俺のヒーローを泣かせるなんて、許せなかったんだ。

    武道の従兄弟、マサルくんが喧嘩賭博のファイターになったと聞いたのは、その当日だった。なかなか連絡なんて来ない従兄弟が、震える声で今日の事を話してくれたのには、武道達が1部の界隈で有名だったからだ。マベリックと名のついた一匹狼が、彼らと共に過ごしている。まるで狩りの仕方を教えるように、彼らを強くしていると聞いて、マサルは恥を忍んで武道に連絡を入れた。助けて欲しい、と。
    その連絡をうけ、武道は自分の従兄弟を助けるために、千堂へと声をかけた。

    そうして彼らは出会う。
    ひとりを好んだ狼と、その狼の心を掴んだ男と、彼らを欲する人達と。

    「マサルくん!!!」
    「たっ、武道!」

    ザワつく会場を置き去りにして、千堂はゆっくりとその場所を見下ろした。

    「あれが武道の従兄弟?」
    「うん。ねぇ、あっ君…」
    「ん?」

    俺と一緒に、最強に弓引く覚悟、ある?震える声でそういった武道に、千堂はゆっくりと、あるよ、と笑った。美しい程の笑みをみせ、神聖な誓のように、千堂は武道の手を取る。あるよ、お前が俺と一緒にひとりぼっちの地獄に落ちてくれるなら。

    「なんだ?お前ら。俺らが東卍だと知ってて喧嘩売ってんのかァ?あぁ!?」
    「死ねば諸共。ひとりじゃないよ」
    「そうだな…」

    2人きりの世界のように、そう言って笑って、一気に下へと降りる。奇襲のようなそれは、彼らの心を乱すにはあまりにも十分すぎる行動だった。

    目の前の男の顔を陥没させ、飛ぶ。ズザッ、と階段下の地面に着地して、ゆっくりと、千堂は身体を低く落とした。マベリック。一匹狼の狩りの時間を意味するように、階段の踊り場で奮闘する武道を横目に、千堂は喉をグルッと1度だけ鳴らして、飛びだした。一瞬だ。一瞬で10人もの人間を噛み砕いた千堂のその姿に、周りから悲鳴が起きる。無表情の、その冷たい視線が捉えたやつらから意識を失っていく。階段にいた50の人間は、あっという間に倒れ伏し、そこには無傷の千堂と武道、ファイターだったマサルと、この賭場の主催であるキヨマサしか立っていなかった。

    「ほら、早く来いよ」

    ゆっくりと階段下の道で視線を向けながらそう呟いた千堂に、ヒッ、と声を上げたキヨマサを見て、今度はすいっ、と視線を後ろに向けた。

    「あれ?ここで喧嘩賭博してるって聞いたんだけど、何?お前らが潰したの?」
    「えっ、あっ、すみません。その、従兄弟が…出るって聞いて…」
    「あー、なるほど。その制服溝中のだよね?じゃぁ、お前らがマベリックとリカオン?」
    「…リカ?」
    「………何しにここに?」

    こつ、と武道の前に出ながら、そう尋ねる千堂を見て、マイキーはあいつがマベリックか、と理解した。無表情のその顔を見ながら、喧嘩賭博を潰しに。そういった彼の顔をじっと見て、嘘ではないと判断して、そうですか、と声を上げた千堂の後ろで、キヨマサが叫び声を上げながら襲撃しようとして、マイキー達はしまったと思った。獲物から目を離させるようなことをしてしまった、と。されど、そんな行動すら予測していたかのように、千堂からは回し蹴りを、武道からは裏拳を同時に浴びせられ、キヨマサはあえなく意識を飛ばした。

    「あっ、えっと、すみませんでした!!!ほんとに喧嘩とか売るつもりじゃなくて!!!」
    「落ち着け。今のはあいつが悪いだろ」
    「いや、でもその…」

    俺らは何も悪いことなんてしてねぇよ。そう言う千堂を見て、マイキーはお前ら名前は?と尋ねた。興味が湧いたのだ。あの一匹狼を手懐けた男に、一人で生きているような男に。

    「…花垣武道です」
    「千堂敦」
    「じゃぁ、タケミっちに、あっちん!」
    「「は?/え?」」
    「マイキーがそう言うんだからそうなんだろ、タケミっち、あっちん」
    「お前ら今日から俺のダチ、な♡」

    ニッコリと笑うその顔に、千堂はきゅう、と眉間に皺を寄せた。信じられなかったからでは無い。この先全てにおいて彼を信じてついて行くなんて、きっと自分は出来ないと、そういう確証めいた心がある。自分の大事な物を取り上げられる。せっかく手に入れたひとりぼっちじゃない世界が、崩れてしまう。そんな感覚。

    「マイキーくん」
    「ん?なに?」
    「あっ君と、本当に友達になれますか?」
    「は?なに、どういうこと?」

    訝しげに問いただす顔をしかと見ながら、武道は、言う。あっ君を裏切らないと誓ってくれますか、と。

    「武道、いい。お前が傍にいてくれるなら、大丈夫だから」
    「ッ…!だって!」
    「本当に、大丈夫だから」

    友達なんて、そんな簡単に出来ないのは分かっている。自分が受け入れるまで少し時間を要するだけ。裏切らないと確信するまで、遠くで見るぐらいどうってことは無い。武道さえいてくれれば、武道の周りに、アイツらがいてくれれば、それでいい。静かにそう言って千堂はマイキー達に、今は知り合い程度に収めてくれると嬉しいですと声をだし、その場を去った。

    奪われたくない。幸せだと言えるこの空間を、絶対に。だから千堂は彼らに心を許さない。けれど、そんな誓なんて、ヒーローの前ではあっさりと崩れ落ちるのだ。キラキラとした顔で、楽しげに笑う夏空を埋め込んだ瞳に、千堂はあっさりと陥落する。

    大事なものが増える度、護りたいと願う度、彼はどんなに逆境だろうと立ち向かうのだ。


    これは、ひとりぼっちの狭い世界に生きる千堂敦が、ヒーローの手によって広い世界を知る、ひとつの物語である。

    千堂敦に成り代わった男

    一匹狼のあっ君
    タケミっちだけには現在心を許しているので綺麗な顔で笑うけど他に対しては真顔。
    頑張って声の抑揚を出そうとするけど無意味である。頑張れ!!
    後々タケミっち→溝中→壱番隊って感じで仲良くなるし、感情も出せるようになる(予定)
    2つ名は“マベリック”

    ☆☆☆

    ぷか、と白煙が過ぎ去って、肺を汚した煙が二酸化炭素と結合する。ゆっくりと吐き出しながら、夜の街を闊歩する獣が、橋の下でボコられている男とレイプされそうな女を見ながら、イタズラしてる悪い子だァれ?と声を上げた。

    「俺のナワバリで一丁前に強姦かぁ、やるなぁ」
    「あ?誰だお前」
    「ここをナワバリにしてる男だよ」

    コツ、とつま先を叩きながら、ゆっくりと彼らを見やる。愛美愛主の特服だと確認して、ふぅん?と声を出した。

    「獲物を横取りされるのは好きじゃねぇんだよなぁ…」
    「あ?ンだよお前もコイツら狙ってたのか?」
    「良かったなぁ!顔の良い奴が相手してくれるってよォ!」

    ギャハハッ!と下品な笑いをみせながらそういった彼らに、コツ、ともう一度つま先を叩き、喉奥をぐるっ、と鳴らした。

    日本の首都、東京のとある場所で争いをしてはいけないというルールがある。渋谷や六本木、原宿などを仕切る暴走族の奴らが交わる不明瞭な場所から約1キロ内は各自の縄張りの緩衝地帯であり、そこは千堂敦の“ナワバリ”だった。そのナワバリについて誰も咎めることは無い。なぜなら、その緩衝区域ではその場所を仕切っている奴らであろうと関係なく潰されるほどの腕前を、千堂は持っていたから。千堂が自分の場所として認定している世田谷は、比較的安全地帯であることは有名で、あまり抗争を好まない連中が千堂のお膝元でやんちゃしているだけという比較的温厚な場所として他のチームに広がっている。
    閑話休題(それはさておき)
    今現在、この場にいる愛美愛主の連中は、千堂のナワバリである緩衝区域を荒らしたこととなる。自分のナワバリを荒らされて怒らない獣などいるはずもなく。ゆら、と気だるげに彼らの顔を見て、千堂ははぁ、とため息を吐いた。

    「ソイツらをこちらに寄越すなら、見逃す。もし断るなら、お前らのパックごと潰す」
    「あ?何言ってんの?お前。こいつらはァ、東卍のガキ共潰すために襲ってんだよ、バァカ!てめぇの許しなんていんねぇんだよ!!」

    そう返答を聞いて、千堂はため息混じりに面倒な奴らは一掃したはずなんだけどなぁ、と声を出した。そう、この緩衝地帯というのは、ひとりぼっちの千堂の為に作られたものだ。今では世田谷に拠点を置いている為、そこをナワバリにしている千堂であるが、引っ越す前までは渋谷と新宿を徘徊していたせいで 、この区画の半径1キロ全てマベリック…千堂敦のナワバリだと言われていた。それは長内が8代目へと就任するときも、先代…7代目からは口を酸っぱくさせるほど言われていた話でもあり、愛美愛主の総長も、渋谷を拠点とする東卍も認知していた事だった。
    1、2年ほど姿を見せないだけでこんなにも面倒な奴らが増えるとは。千堂はそうぼんやりと思いながら、まぁ仕方ないか、と諦めを付けた。

    「弱いやつほどよく吠えるとはこのことかな…。ほら、来いよ。俺はついこの間東卍に接触したいい鴨だぜ?」
    「あ?マジかよwwおいお前ら!鴨が葱を背負って来たみたいだぜ!!」

    っしゃあ!そう言って威嚇する愛美愛主の彼らを千堂は適度に沈め、ボロボロの男と、震える女に警察呼んだから、事情話しなよ、と言って面倒な事になる前に立ち去った。まぁ、まさかこれで佐野くん達に呼び出しくらうとは思わなかったけれど。

    「あっちん!こっち!!!」
    「…こんばんは」

    こつ、と夜に武道から呼び出されて武蔵神社へとやってきた俺を歓迎するように笑う佐野くんを横目に、ボロボロの武道を見て、なにしてんの、と声を上げた。

    「いや、ちょっとハプニングで…」
    「タケミチはトラブルメーカーだなぁ…」

    ふっ、と小さく笑って手を差し出し、ありがと、と照れながらも手を取る武道に、なんで呼び出されたのか聞こうとすれば、自分の名を呼ぶ佐野くんの声でスッ、と表情筋が止まる。どうしましたか?と尋ねれば、むっ、とした顔で、自分にもタケミチのように笑ってみせてよと言われて笑ってますが、と答えれば、訝しげな顔をされたのでどうしようもないと思った。

    「あまり動かないんですよ。タケミチの前だと普段より笑えるだけで、俺と佐野くん、そんなに仲良いってわけじゃないでしょ?」
    「は…はぁ!?ダチじゃん!!!」
    「それとこれとはちょっと違いますよ」

    俺はタケミチが居れば他は要りませんけど、佐野くんが居てもどうでもいいので。そうあっさりと答えた事に、ショックを隠しきれないまま、龍宮寺くんへあっちんが酷い!と声を出した。まぁ、彼の味方にはならなかったけれど。

    「あっ君もう少し発言には気をつけなよ…」
    「面倒」

    それに今日の俺はそういうの許されるンだよ。カチンッ。そう言ってタバコの煙をくゆらせる千堂に、武道は首を傾げるだけだった。

    千堂敦の存在は、渋谷をまとめる東卍の耳にも届いていた。渋谷と、新宿を結ぶ境目から1キロ圏内は不可侵領域としてマベリックのナワバリだと兄の真一郎からも言われているため、そこに入ればどんなに仲の悪い奴らでさえ喧嘩をしてはいけないと認識していた。だからなるべくそこでは喧嘩をするなと下の人間には言ってあったし、破れば除名だけでは済まされないことも認識させていた。それを破ったのは愛美愛主であろうとも、事件を起こす原因となったのは自分たちの責任である。なるべく穏便に済ませるためにはこうした場所に彼を呼び出すしか方法がなかった。

    「なんであっ君は許されるの?」
    「ん?んー…今回は俺のナワバリで起きた事件だから、かな。でもまぁ普通なら今回の首謀者の愛美愛主が頭下げないと意味ねぇけど」

    東卍サンは律儀だなぁ、そう言ってポケット灰皿へと吸殻を投げ入れ、胸元へと隠した千堂を、武道は首を傾げて見るしか無かった。

    「「「「お疲れ様です!総長!!!!」」」」
    「圧巻だなぁ」
    「言ってる場合!?」

    怖いんだけど、なんて小声で言う武道を他所に、俺が居るだろって言えば、あっ君一人で闘わせる訳にはいかないから!!と怒られたのでそういう所なんだよなぁ、と。

    「まず今日の集会を始める前に、パー!!あっちん!!!」
    「ん?」
    「両者前に!!」

    なんで?なんであっ君呼ばれたの!?って聞かれたけど、まぁ、色々したからって言えばジト目で見られた。ごめんて。ただ徘徊してただけなんだって。

    「俺は東卍の参番隊、林田春樹」
    「千堂敦。マベリックと覚えてくれれば」

    そう言葉を吐いた瞬間、ザワリと声が震える。それを咎めるように佐野くんが彼らを見て、止めるが、まぁ騒ぎ立てるのは分かっていたのでそのままスルーさせてもらうわ。

    「それで?俺に何か?」
    「…俺のダチと、ダチの嫁を助けてくれてありがとうございました!!!」

    バッ、とそう言って頭を下げた彼に、お前が礼を言うのはちがうんじゃねぇの?って言ってしまったけれど、相手の男はそういえば病院だったな、と。すっかり忘れてたわ。

    「東卍の名前勝手に使ったからおあいこデショ。頭上げて下さい」
    「それじゃ俺が納得出来ねぇ!俺はアイツが殴られている時になんもしてやれなかった!!」
    「いや、なんも出来ねぇのは当然ですって。あそこは俺のナワバリで、あんたらは近づけられねぇでしょ」
    「それでも!!!」
    「拉致があかねぇ…」

    んー、となるべく声色を変えながら面倒だな、と言うのを見せながら、彼、林田くんを見る。別に俺のナワバリでのイザコザをお前らが気にしなくてもいいと思うんだけどなぁ…。そうも言ってられないのか。そうぼんやりと思いながら、じゃぁさぁ、と声を出して彼をストン、と座らせる。立ってるのしんどい。

    「ッ!!?」
    「どーしたいの」
    「は…」
    「アンタは、どうしてぇのかって聞いてんの」

    別に今回の件でアンタの礼を受け取って、俺はそれで終わりってしてもいいけれど、アンタは納得いかねぇんでしょ?
    ゆっくりと相手の耳に残るように抑揚をつけて、動かない表情筋を駆使しながら相手に言葉を投げる。まぁ、後で武道から怖かったって言われてしょぼんしたけど。

    「俺は…」
    「ん?」
    「俺は、長内のヤローをぶっ殺してやりてぇよ!!でもアンタのナワバリで起きたことだ!!俺らみてぇな一隊員が、アンタの獲物ぶんどるなんて出来ねぇよ!!」
    「じゃぁ、約束しろよ」
    「は…」
    「約束しろ」

    すくっ、と座り込む彼をそのままに立ち上がり、手を伸ばす。千堂敦がマベリックとして名を広めたのは、彼が見せる強さでも、獲物に対する無慈悲さでもなく、被害にあった人間に対しての慈悲である。
    殺したい相手、報復したい相手、弱者を陥れた相手全てに対して、マベリックは牙を剥く。殺すことはしなくとも、報復をしなくとも、彼は、彼の用いる力を持って、相手を潰す。臆病者じゃなくてもいい。力があろうがなかろうがどうでもいい。救いを求める人間全て、彼のその手をとる権利がある。

    「俺はあんたに、東卍サンに、俺の獲物を渡す。ならそれに見合ったメリットを俺に渡すべきだ」
    「めり…」
    「言わば交換だ。俺はアンタが長内を潰そうがどうしようがどうでもいい。けれど、武器は使うな」
    「ッ…」
    「殺すことは罪じゃねぇよ。それは感情の問題で、それほど相手を恨んでる証拠だと俺は思うよ。でも、それをしていいのは、お前じゃなくて、被害を受けた男だ」

    じっと見つめる光のないファイヤーオパールの瞳が、林田…パーちんを見やる。伸ばされた手を取るか取らないかなんて、本人次第だ。ここで手を取らないとしても、別に千堂としてはどうでもいい。長内が彼らにやられようとも、自分のナワバリから抜けていれば、それは横取りされても仕方ないこと。けれど、ここで手を取れば、千堂のナワバリ内で倒したとしても、咎められることは無い。だって約束だから。

    「…長内は殺さねぇ。けど、罪を償わせてぇ。俺は馬鹿だから、分かんねぇけど、出来んのか?」
    「出来んぜ?俺なら」

    じゃぁ、寄越せ。そう言って千堂の手を取るパーちんに、再度千堂は武器を使うな、と声を出す。

    「刺し殺してでも倒そうとするな。お前がそう行動した瞬間、俺との約束を破ったとして、俺はお前の居場所を潰す」
    「…マイキー」
    「いいよ、パー。俺らだって、長内潰さねぇと腹の虫が収まんねぇし!」
    「それじゃぁ、交渉成立」

    ちゃんとダチの病院に見舞い行ってやってくださいね。そう言って手を離し、武道の方へと戻る千堂を見て、マイキーはパーを見て、次に傘下の奴らを見てニッと笑う。

    「今のでビビってる奴いっかぁ!?パーのダチやられてんのに、迷惑って思った奴いる!?」

    空気を変える天才だな、とその時俺は何故かそう思った。彼のせいで自分たちのチームが潰されるかもしれないという不安すら捨て去って、愛美愛主を倒すために一致団結している。

    「愛美愛主潰すぞ!!!」

    あぁ、なんと眩しい光だろうか。思わず目を細める俺を見て、武道があっ君マイキーくん好きそうだよねと言われて思わずスンッ、と表情と感情が全部消えた。なんて?

    「いっ…いきなり真顔になんなよォ…」
    「いや、タケミチの前では個性豊かに動くだけでさっきまで真顔だっただろ」
    「そうだっけ?」

    まぁ、でもいつものあっ君じゃないから怖かったけど。そう言われてちょっとショックを受けたのは内緒である。

    ごめんね、表情筋動かせなくて!!!





    「は?知らんやつに唆されそうになった?」
    「そー。パーちん、あっちんとの約束があるからって言ってちゃんと断ったらしいんだけど、それ無かったら長内刺し殺そうとしたらしいよ?」
    「ふーん。それで長内は?」
    「今ムショん中」

    カランッ、と氷の擦れる音を聞きながら男、千堂はやっぱり接触したか、と息を吐いた。学校サボってファミレスにタバコを吸うために入ってしばらく。後ろの方に座った誰かが、そういえば、と声を出したのを聞いて思わず後ろを振り返れば、ニッ、と笑った彼らがいて、びっくりした。顔には出さないけれど、なんでここにって感じ。その後は場所が場所なだけに背中併せで会話をする様にしたが、冒頭の内容を言われてふむ、と声を出すしかなかった。

    「(稀咲が接触したということは、既に半間が傍にいるということか…)あ?何ですか?」

    後ろで会話をしていたはずなのに、目の前に座ってきたマイキーに千堂は首を傾げれば、じっとこちらを見つめて、マイキーはんー、と声を上げながら千堂と同じく首を傾げた。

    「あっちんなんかあった?」
    「?、特に何も…いや、ありましたね、そういえば」

    ガリッ、とファミレス特有の氷を含み噛み砕きながら、話は変わりますけれど、と会話の矛先を無理やり変えた千堂に、マイキーはまだ話してくれないかー、と落胆しながら、なぁに?と声を出した。

    「リカオンってなんですか?」

    そう尋ねた千堂に、マイキーはタケミっちのあだ名じゃん、と言葉を吐いた。

    「なんでリカオン?」
    「あっちんがタケミっち達に狩りを教えてるみたいなもんじゃん?」
    「んんん?」

    それとそのあだ名となんの関係が?と思わず思ったけれど、そういえばリカオンは狼に属する獣だったな、と。半年ほどで狩りに参加すると言われているから、多分その部分も含めて当てられた可能性がある。

    「俺からしてみたら、あっちんがマベリックって言われてるのがびっくりした」
    「ふーん?」
    「あ、興味ねぇ感じ?」
    「自分のことはそんなに」

    そう言ってくありと欠伸をもらす千堂を見ながら、マイキーはゆるゆると目を細めた。噂よりも随分と人らしい。あの時、パーちんに武器を使うなと言った言葉がなければ、恐らくあの時パーちんは長内を殺していたと思う。そう思うと、どうしても彼が抱える何かを一緒に共有したくなって、マイキーはねぇ、と声を上げた。

    「あっちん」
    「はい?」
    「俺らと同盟組もうよ」

    ゆるり。そう笑って言ったマイキーの顔を見ながらそうですねぇ、と思わず千堂は声を出した。深く考えなくても彼らと一緒に遊べたら楽しいだろう。まぁ、それが自分ではなくタケミチの感覚で物事を考えるなら、だけれど。

    「世田谷が欲しい感じですか?」
    「んー、そこは別に?」
    「なんだ。拡大のための声掛けじゃないんですね」

    より面倒だな、と思いながらそうですねぇ、ともう一度声を上げる。ここで拡大のためだと言われれば、断れたのに。そう思いながら、タバコに火をつけてそうだなぁ、と考える。

    「別に今のままでもいいと思うんですが」
    「んー、俺もそう思ったけど、あっちんって俺ら以上に色々と考えてるじゃん?」
    「まぁ、それなりに」
    「俺相手でも萎縮しねぇし、自分貫いてる所すげぇ好感持てる!」
    「でもそれ佐野くんの意見ですよね?俺の後ろ見てくださいよ。何言ってんだお前って顔されてるじゃないっすか」

    すっ、と後ろを指刺せば、佐野くんはえー、あれは照れ隠しだよ!と言ったけれど、無理がある。

    「でもそうですね…。俺のお願い聞いてくれたら良いですよ」
    「お願い?」

    ゆるり。怖がらせまいと今度は千堂が目を細めながら吐いたその言葉に、マイキーは是、とも否、とも返事を返せなかった。簡単なお願いの様でそうではない。自分の心に芽吹く黒々とした感情に蓋なんてマイキーには出来なくて、思わず黙り込んでしまった。そんな返答の出来ないマイキーの姿に話はここで終わりだな、と早々に見切りをつけ、千堂は決まったら教えてください、と言って立ち去った。立ち去る前、俺は否と即答すると思ったんですがね、と小さくぼやいた千堂の姿を見送りながら、なぜかマイキーは笑ってしまった。

    「あー…」
    「マイキー…」
    「うん、大丈夫…」

    彼はそうだ。世田谷を拠点にする前は、色んなところに姿を出していたんだ。
    “どんな事があろうとも、俺とタケミチの自由を約束してくれるなら”
    彼は1人の世界を好む一匹狼。例え、今マイキー達の前に現れていようと、小さな奇跡が重なって出来た邂逅で、そこに縛りなんてつかない。

    見透かされた気分だ。
    彼を、彼らを手放すことが出来ない自分ごと、見透かされた気分だった。

    「自由ってなんだろ」
    「あ?」
    「あっちんが望む自由って、なんだと思う?」

    じっと彼らを見て、灰皿の中に捨てられたタバコをつまみ、それをひろう。
    何本も吸って、体に悪いなぁ、と思いながら、それを口にしないのは、タバコを吸ってる千堂の姿が、そこら辺の奴らよりも美しく見えるから。綺麗だと、思ったから。

    「つーかマイキー、マジで言ってんの?」
    「三ツ谷はあっちんのこと嫌い?」
    「嫌いじゃねぇよ。ただ、あのマベリックだぜ?今はいいとしても、後から何してくっか分かんねぇダロ。実際、アイツの理不尽で潰されたチームなんて数え切れねぇよ」
    「んー、まぁそうだけど」

    でも、あっちんはきっと理由があったと、思うよ。そう言ってポトッと灰皿の中へと吸殻を落とすマイキーの言葉を聞いて、全員がじっと彼を見る。何故そこまで彼を欲するのか、分からなかったから。けれど、それは“彼を仲間にしたくない”というよりも、“得体の知れない人間を入れたくない”という彼らの根本的な、人間の率直な感想から来る拒絶だ。彼らは、千堂敦という人間をよく知らない。

    タケミチの前では人間らしく生きているだけで、あの、獰猛さを本当に消せるかと問われれば、恐らく無理だ。

    「今はまだ様子見。それじゃダメか?」
    「…んー、別にいいけど、あっちんを最初に見つけたのは俺だかンね?」

    じっとこちらを見つめるマイキーの言葉に全員が首を傾げながら、ハイハイ、と軽く声を出した。

    その翌日、彼らは見てしまった。あの、無機質な瞳を見せる千堂敦では無い、綺麗なものを大事にする様な、美しいものを美しいと言うような顔で笑う、タケミチ達2人の姿を。あんな顔、できるのか。思わず声を出したバジに弾かれ、ドラケン達はマイキーの方を見れば、ゆっくりと笑って俺のだからね?と声を出す彼の姿に、なるほど、と頭を抱えたくなった。この顔を知っているから、マイキーは千堂があの恐れられ続ける存在ではないと気づいてしまったのだろう。綺麗なものを大事に抱え込む彼の存在に小さく笑いながら、そうか、となんともあっさりと全員がかの存在を認めてしまった。得体の知れない存在から、普通の、それこそダチを大事にしている“人間”へと、認知してしまった。

    「あっ!マイキーくん達じゃないですか!お久しぶりです!」
    「やっほー!タケミっち!あっちん!!」
    「昨日ぶりです」

    スッ、と消えた表情に、心を許されていないという事にこうも簡単に気づいてしまえば、もうなんかダメだった。お前知ってたなら教えろよ、なんて。

    「あっちん」
    「はい?」
    「多分、俺あっちんのお願い聞けねぇや」
    「ははっ…。でしょうね」

    知ってますよ、そう表情を変えずに言った彼を見ながら、でもさ、と声を上げたマイキーに、全員が視線を向ける。

    「諦めねぇよ、俺」
    「んー、強敵」

    そう言ってぐっ、と眉間に指を置いて、ため息を吐き出した千堂に、何話してたのと平然と尋ねるタケミチに、同盟組もってハナシ、と平坦な声色で答えた。

    「同盟」
    「俺今世田谷拠点にしてるから」
    「そういえばナワバリって言ってたあれ何?」
    「後で話す」

    面倒。
    そうありありと顔に書いている千堂を見て、タケミチは分かった、と答えるしかなかった。まぁ、どうせ後でちゃんと説明してもらえるからいいか、的な。

    「ん?でも同盟組んだらどうなんの?」
    「お互いがピンチの時には助けるとか、不可侵協定を結ぶとか色々あるけど…そういや同盟ってなんで思ったんスか?」
    「え?ダチ継続したかったから?」
    「安直っすね」
    「あっ君!!!」

    思わず零れた言葉を出せば、タケミチに怒られたのですみませんと謝る。いやでもある意味俺と佐野くん対等だしな、なんて言わないけれど、そう思いながらゴキッ、と首を鳴らす。

    「と、いうより昨日の今日で変わりすぎじゃないですか?あれだけ警戒していたのに」
    「んふふ、タケミっちのおかげ!」
    「えっ、俺っすか?」

    なんかしたかな、なんて悩むタケミチを横目に見て、ちら、と彼らを見やる。こんなに直ぐに心変わりなんてするか?もしかして昨日あの後喧嘩なんかしたか?と勘ぐってみたが、彼らにそんな素振りがないのでこれは自分じゃ分からない感情の変化であると千堂は結論づけた。

    また面倒な事が増えたな、なんて思いながら深くため息を吐いて、そういえば今日はどのような要件で?と尋ねれば、遊びに誘いに来た!と笑って言われたのでそっとタケミチを生贄にした。

    そういうのはちょっと…。

    「…すみません、あっ君団体行動苦手で…」
    「んー、まぁ、何となくわかってたからいっかな~」

    サッとタケミチを盾にして用事があると言って帰って行った千堂を見送った後、困った顔でそう言ったタケミチに、マイキーはいつか遊びに行ければいいよ、と答えた。

    「てかあっちんタケミっちの前では結構笑うけど、どうやったの?」
    「えっ?えー…実は俺も分かってなくて…」

    すみません。そう困ったように答えたタケミチに、マイキーはうーん、と悩みながら、なんかしたと思うんだよなぁ、と声を上げた。

    「タケミっちって結構人誑しじゃん」
    「…えっ!?」
    「あっちんから言われない?」
    「いや、その…言われますね…」

    今日も言われました。そう困ったような顔で言ったタケミチに、だよなぁ、と全員が納得する。実際何の変哲もない人間が、あのマベリックと仲良くなるなんて出来はしない。裏も表も見透かすようなあの瞳の前で、取り繕った言葉を出すことは出来ないし、彼はそういったことに機敏で嘘を付けばすぐにバレるだろう。
    忘れているだけで、きっと何かある。マイキーはそう疑わずにはいられなかった。そんな彼をおいて、ウンウン唸っていたタケミチはそう言えば、とあの日、あの秋と冬を行き来した季節の境目に、彼から言われたあの言葉を思い出す。

    「あ、でもあっ君から聞かれたことはあります」
    「えっ!なになに??」
    「“ひとりにしないか”って」

    でもこれが起点じゃないと思うんですよねぇ、と答えるタケミチを見ながら、マイキーは目を大きく見開いた。自分は、きっと今も一匹狼の彼の表側しか見ていなかった。なぜかそう思って仕方なかった。

    「…タケミっちはそれになんて答えたんだ?」

    ふと、後ろで会話を聞いていた三ツ谷が尋ねる。それに、タケミチは首を傾げながら、どこにも置いて行かないよ、と答えたと言った。その言葉にどんな意味が含まれているか分からない。けれど、きっと彼の優しい心のどこかに触れたのだろう。いいな、となぜかそう思わずには居られなかった。

    「きっとマイキーくんたちのことも気に入ってくれると思ってます!あっ君、ちょっと人見知りなので…」
    「ふぅん?」

    でもそれで拒絶されたら俺泣いちゃう。しくしく、と泣き真似をするマイキーを見て、慌てて、大丈夫ですよ!とタケミチは声を上げた。

    「あっ君ほんとに嫌いならボコってるんで」
    「既に何回か見たみたいな声で言うじゃん。笑うんだけど」

    まぁ、何回か…。そう疲れたような顔色で言ったタケミチに、お前も苦労してんだな、なんてマイキー以外全員が思った。

    「でもあっ君は本当に優しいですよ!それに…」

    ゆるり。放たれた言葉に、今度は全員が息を止め、タケミチを見た。
    “あっ君は道を外さなければ、いつも味方でいてくれるので”
    だから、彼は優しい。そう言ったタケミチに、マイキー達はなぜか無性にあの一匹狼の男に会いたくなった。

    ☆☆☆

    「初めまして、というべきかな?稀咲鉄太」
    「ま、べりっく…」
    「な、なんでてめぇがここにッ!?」

    稀咲にとって、少しだけ予想外なことが一件ある。そのたった一件のせいで、この祭りの日までずっと得体のしれない違和感が喉元にまとわりついている。それはあのパーちんと呼ばれる東卍の参番隊の男が発した言葉。
    “悪ぃけど、約束あっから無理だわ”
    その答えがずっと稀咲の喉元を締め付けていた。それが何か、なのかはわからないけれど、“それ”を放置していても良いか、と聞かれれば、微妙なところ。けれど軽視は出来ないと思っていた。

    そんな折。稀咲は自分の目的のために、とキヨマサへと声をかけた。そう、ドラケンの殺害を目論む駒を手に入れなければならなかったからだ。やるなら徹底的にやりましょう、とそう声をかけようとした、その時だ。その時に、先ほどの声が聞こえた。ゾワリとその平坦な声を聞いた瞬間から、稀咲は身震いが止まらなかった。傍に仕えさせていた半間も、交渉しようとしたキヨマサも、男の姿を見て、冷汗を流す。
    見られた。
    それだけが、この場にいる全員を焦らせていた。

    「俺の“ナワバリ”で取引かぁ」

    肝座ってんね。そう言って壁に寄りかかりながらこちらを見つめる千堂に、三人のうちの誰かがゴクリと固唾を飲んだ。
    キヨマサは取引現場を見られたことにしまったという顔を千堂に見せ。半間は自分と稀咲が繋がっている証拠を見られたことに舌を打ち、稀咲は、男…千堂が名を呼んだ時点であのまとわりついていた嫌な予感を確信に変えた。

    「俺をここ最近監視していたのはお前か」
    「よくお分かりで。と、言っても君が今回の件から手を引くつもりなら見逃す予定だったんだけれど…」

    そう言うつもりでもないようだから。そう言って、壁から離れ、コツ、コツ、とわざとらしくゆっくりとした靴音を立てて、彼らに歩み寄る。

    「まずは名前を、と言いたいところだけれどさ」

    そう言うの関係なしに死んでくれねぇかな。冷え切った声色でそう言った千堂に向かって半間は飛び出した。今ここで彼を倒せれば、自分たちに有利だ、とわかっているから。その行動を読んでいたとでも言うように、ため息を短絡的に吐き出して、ぐるっと喉元を鳴らした。

    「俺はね、タケミチが幸せな未来ならそれでいいんだわ」

    平坦な声色が彼らの鼓膜を包む。感情の纏うことないその顔が、半間は無性に崩したくなる顔だと思った。苦痛の表情でも、悲観した表情でもなんでもいい。ただただ、その無表情を見せる顔を壊してやりたかった。抑揚のないその声色に熱を這わせてやりたかった。まぁ、そんな半間の願望なんて、千堂からしてみたらどうでもいいことなので。

    繰り出された拳を躱し、彼の顎下目掛けて足を振り上げる。かぱんっ!と軽やかな音を聞き、ぐらりと脳が揺れて倒れた半間を見て、稀咲は舌を打った。油断しすぎだ、と叫びたかった。あの“マベリック”が相手なのだ。野生の鳥を捕まえるよりも難しく、どの人間よりも扱いが難しい獣。一匹狼のその名に相応しく、彼が狩りをするときは一人で動くと知ったのは、気に入らないからと言う理由で潰されたチームの連中が悪態を着きながらも振りまいた噂を聞いたときだった。マベリック1人で全て倒した、そう聞かされて、誰もがその存在に恐れ、慄いたに違いない。

    「一匹狼のお前が、何故あいつと一緒に行動している?」
    「それを答えたところで、なんになる?」

    くだらない質問だな、と表情を変えずに嘲笑うような声を上げる彼に、稀咲は舌を打った。目の前の男が、邪魔だと感じた。けれど、今の自分にはあまりにも分が悪い。己が駒である半間を瞬時に倒され、喧嘩賭博で威張っているだけのキヨマサと、力も弱い自分の2人。彼が本気を出せば秒で終わるほどの最弱さ。遊んでくれたとしても1分も要らないだろう。

    「…目的次第では手を引きましょう」
    「あぁ、なに?お前まだ自分に主導権があると思ってんの?」

    存外馬鹿なんだな。
    ハッ、と鼻で笑うように見下しながら、そう呟いて、ゆる、と千堂は目を細めた。熱を帯びないファイヤーオパールの瞳に2人をうつして、1歩、1歩と足を進める。

    「悪いけど、お前がいるとタケミチが幸せになんねぇからさ」

    早々にリタイアしてくんね?
    抑揚のない声が、彼の鼓膜を震わせる。1歩後ろへと逃げようとした身体は、強ばるせいで地面を掠め、稀咲は重心の変動についていけずに尻もちを着いた。

    「お前がこの先、俺らの前に現れようと躍起になるなら、俺もお前らの前に立ち塞がるために今日以上の脅しをしてやるよ」

    お前が折れるか、俺が飽きるか。勝負しようぜ。サラりと見下ろしながら傾けた顔を滑るように落ちる赤毛の髪の毛から覗くその光のない瞳から目が離せないまま、稀咲ははくり、と息を吐くしか出来なかった。

    そうしてなんともまぁあっさりと愛美愛主から稀咲は手を引いた。指揮官も、代理で立てた総長も居なくなった彼らは、そこら辺に掃いて捨てるほど存在しているヤンキーぐらいの統率力しかなく、抗争するにはあまりにもお粗末すぎてつまんなかったと後からマイキー達から聞きながら、千堂はくありと欠伸を漏らした。

    「まぁ、頭を無くした群衆なんてそんなもんですよ」

    肺を汚す煙を吸いながらそう答える千堂を見て、マイキーはそうだけどさー、と気だるそうに声を上げた。まぁ彼ら、芭流覇羅宣言すら聞いていないらしいので、半間と稀咲が今どこにいるのか分からず終い。だがまぁどうせ調べれば直ぐに分かることだろうから、今はまだ泳がせておこうかなー、なんて思っていれば、タケミチから少し強ばったような声で呼ばれ、んー?と声を上げる。

    「無茶してないよね?」

    まるで全てを見透かすような夏の空を彷彿とさせる瞳を見ながら、してないよ、と、ゆるっ、と口角を上げてそう答えれば、ならいいんだけれど、と困ったようにタケミチは答えた。そんな彼を横目に、千堂はゆっくりと煙を吐き出した。
    まぁ、邪魔するにしても次までは見逃してやろうかな、なんて。そう思いながら、くっ、と喉奥で笑ってタケミチは心配性だなぁ、と声を上げた。




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    PAST風間トオルがデレないと出れない部屋

    ⚠️アテンション
    ・未来パロ(17歳、高2)
    ・しん風
    ・中学から付き合ってるしん風
    ・以前高1の頃○○しないと出れない部屋にて初体験は終えている。(いつか書くし描く)
    ・部屋は意志を持ってます
    ・部屋目線メイン
    ・ほぼ会話文

    ・過去にTwitterにて投稿済のもの+α
    『風間トオルがデレないと出れない部屋』

    kz「...」
    sn「...oh......寒っ...」
    kz「...お前、ダジャレって思ったろ...」
    sn「ヤレヤレ...ほんとセンスの塊もないですなぁ」
    kz「それを言うなら、センスの欠片もない、だろ!」
    sn「そーともゆーハウアーユ〜」
    kz「はぁ...前の部屋は最悪な課題だったけど、今回のは簡単だな、さっさと出よう...」

    sn「.........え???;」

    kz「なんだよその目は(睨✧︎)」

    sn「風間くんがデレるなんて、ベンチがひっくり返ってもありえないゾ...」
    kz「それを言うなら、天地がひっくり返ってもありえない!...って、そんなわけないだろ!!ボクだってな!やればできるんだよ!」

    sn「えぇ...;」

    kz「(ボクがどれだけアニメで知識を得てると思ってんだ...(ボソッ))」
    kz「...セリフ考える。そこにベッドがあるし座って待ってろよ...、ん?ベッド?」
    sn「ホウホウ、やることはひとつですな」
    kz「やらない」
    sn「オラ何とまでは言ってないゾ?」
    kz「やらない」
    sn「そう言わず〜」
    kz「やら 2442