うたげの夜に
鈴鹿峠は、杉の木立の鬱蒼と茂る、昼なお暗い山路だった。
伊勢の国と、近江の国の境。
平安京の遷都に伴って開かれたこの峠道は、東国へ向かう都人、京へ上る旅人などが行き交うが、勾配の険しい坂が右へ左へ折れ曲がる、数ある街道の中でも屈指の難所である。
それに加えて、山賊の横行が[[rb:甚 > はなは]]だしく、人々を悩ませていた。
◇
しとしとと小雨降る或る日の夜半、鈴鹿の山に棲まう山賊の男が、雨宿りの場所を探して峠を駆けていた。
深山では、急な悪天候に見舞われる事も珍しくない。
初夏といえども、しんと冷えた夜気が肌を刺す。降り注ぐ雨が、少しずつ体の熱を奪う。
あちこちから囁きのように、木々の打ち震える音が聞こえる。
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