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    Hyiot_kbuch

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    門南門。ナチュラルに同棲してる。

    夏と花火と 都内某所、見晴らしのいい川沿いのビルの屋上。オレンジから紫へと変わる空は鮮やかなグラデーションを描き、いくつか等級の高い星々が見え始めている。日中の蒸し蒸しとした熱さを僅かに残し吹き抜ける風に門倉は少し目を細めながらそこに立っていた。
     目につくのは屋上と考えればあってもおかしくはないが、これから賭けが行われるという場所というには不似合いなビーチチェア二つ。賭けを行う二人がそれぞれ優雅に腰かけている。和気藹々といった雰囲気は本当に立会いに呼ばれたのかと疑いたくなる程だ。
    「本日の賭けはこれから行われる花火大会を対象とする……で間違いがないでしょうか」
    「ああ。花火大会の最初の花火とそれから五分毎に上がった花火の色が何色を互いに言って当たった数が多い方が勝ちというルールで頼むよ」
     会員だという男が得意げに言う。自分が提案するまでもなくルールは決まっているようだ。もう一人の若い男の方にも門倉は確認を取る。
    「お相手の方もそれで?」
    「はい。それでまとまったので立会人を呼んだんです」
     快諾する男を見下ろし門倉は値踏みした。一見普通の青年に見えるが小物がいちいちブランド品だ。擬態するのであればもう少しこのあたりに気を使うだろうがなっていない。擬態するのであればもっと、ととある島で専属についた凡庸に見える青年を思い出す。所詮は育ちのいいボンボンか。
    「それでお二方。一体何を賭けるのでしょうか」
    「それはもちろん会員権ですよ」
     門倉がそう聞くと待ってましたとばかりに青年が口を開く。四十八席しかない賭郎の会員権というものを知って欲しくなったのであろう。会員の男の方を確認すると鷹揚にひとつ頷いた。
     門倉はその様子を見て内心舌打ちしたくなった。この賭けははずれだ。自分が立ち会うまでもなくもう勝負が決まっている。しかし、そんな考えをおくびにも出さず進行を行う。
    「会員権を賭けるということですね。では貴方は一体何をこのテーブルへと乗せるのでしょう。会員権ですから生半可なものでは釣り合いませんよ」
    「そうですね。現金……では面白味がないですよね?」
    「ああ、そうだな。会員権を得るためになにか用意はしているのだろう?」
    「いえ、僕に用意できるものなんて健康な身体くらいですよ」
     その言葉を聞いた会員が声を上げて笑った。
    「そうか。それならその身体を貰おう。一応確認するが、立会人相場はいくらだ」
    「成人男性であれば一人二百万から換金できますが会員権には釣り合わないかと」
    「一人じゃなきゃいいんでしょう?」
     門倉の言葉に被せるように青年が口を出した。どういう意味だと門倉が目でさらなる言葉を促せば青年はつらつらと語る。
    「僕にはちょっとした伝手がありまして。健康な身体であればいくらでも用意できるのです」
    「君の身体は賭けないのか?」
    「ご冗談を」
     その答えに会員は僅かに眉を顰めた。そして大きく溜息をつくと顔を反らす。
    「ならばこの賭けはなしだ」
     その答えに焦ったのは青年だった。少し目を彷徨わせたあと、門倉の方をちらりと見てまた考えに耽る。そうして何か決意したような表情を決めるとようやく頷いた。
    「……分かりました。僕の身体も賭けましょう」
    「そうかそうか。ならば賭けは成立だ。そして賭けるのは君の身体だけでいい。それで行おう」
     随分安いレートで決まった賭け。これは茶番だ。勝負は決まりきっているし、最初から狙っていたのは賭けを行う青年の身柄ひとつだろう。だけどそれに突っ込むような野暮はしない。
    「話し合いが成立したようでなによりです。ルールについてはお二人で話し合われた内容。賭けるものについては会員権とそちらの方の身体。この弐號立会人門倉がしっかりと立ち会わせて頂きます。それではあと五分程で花火が打ちあがりますので、最初の予想を」



     賭けが終わってみれば、会員の男の勝利だった。門倉の予想通り呼ばれる前に花火師やら運営やらの買収の駆け引きはとうに済んでいた。既に決している勝負の結果確認でしかない賭けは駆け引きもなにもあったものではなく退屈なものだった。
     ほぼ互角と見せかけたマネーゲーム、悲喜交々の一進一退の回答。だけど、門倉の匂いの見える視界は外しても微塵も焦っていない会員の姿が丸わかりだった。あえてこういった状況を演出するために相手の買収をいくらか見逃したのであろう。その事に相手の青年はまったく気付いていないのだから大した狸だ。
    「ありがとう。君のおかげでスムーズにこの男が手に入ったよ」
    「いえ、私は立ち会っただけですので」
     そうはいうものの敗北が決まった途端逃亡しようとした青年を止めたのは門倉とその舎弟の黒服達だ。取立てまでしっかりと行ってこその立会い。門倉なりの立会人としての矜持を押し通しただけに過ぎない。青年がこのあとどのように扱われるのかまでは関与することではない。
     たしかあの会員は警察組織のOBではなかっただろうか。もしかしたらあいつなら何か知っているかもな、と同棲している男の顔を思い浮かべる。今日はこの花火大会の陣頭指揮をしているなどといっていたことを思い出し、勝負の途中で舎弟経由で連絡を入れていた。
     案の定買収のせいで駆り出されていたようで、賭郎絡みということで有耶無耶にするため奔走していると、先ほどプライベートの端末に文句が来ていた。門倉も賭けの内容は今日知ったのだ。責められるいわれなはい。しかし、この様子だと帰れても日付は変わっているだろう。



     撤収作業を素早く終えて門倉が帰宅する途中、運転する舎弟に頼み最寄りのコンビニで降ろして貰う。舎弟のためのコーヒーと自分の夕食を購入する最中、レジ前のコーナーに置かれた手持ち花火が目に入った。自分と違って碌に花火も見れていないであろう男のことを考えてファミリーパックをひとつ手に取るとレジへと向かう。自宅マンションのルーフバルコニーでやるつもりだ。
     買い物を終えて舎弟と別れ、コンビニから歩いて自宅へと帰る。オートロックを抜けて部屋にたどり着くとバルコニーへと続く窓を開けた。夏の蒸し暑さを残してはいるが日中と比べるとだいぶ涼しい。掃除はろくにしたつもりはなかったが、南方がやっていたようでゴミも特に溜まっていない。せっかくだからここで夕飯を食べるかと、干してあったバスタオルを適当に取って尻に敷き缶ビールを開ける。夜風がどこか心地いい。
     コンビニで温めて貰った弁当を取り出し箸を付ける。普段と違う場所で食べているというだけでどこか美味しく感じるのだから不思議なものだ。都会と言えどそれなりに星も見える。
     そうして門倉がゆったりとした食事を終える頃、ガチャンと玄関から大きな物音がした。
    「ただいまー、って門倉帰っとったんか」
     音の主は同居人の南方だった。バルコニーにいる門倉を見つけるとなんでそこにいるんだといった顔でこちらを見てくる。
    「今日花火やったけぇなんとなく?」
    「なんで疑問形なん。にしても花火の件助かったわ。花火の色の指定だけとかいうあまりに怪しい買収だったから資金洗浄が疑われとってな」
     やはりいろいろと大変だったらしい。しかし原因が分かったからよかったなんて上機嫌に笑って門倉の元までやってくる。今度はそれを揉み消すために動かなければならなかっただろうに。そう思った門倉はほんの少しだけ南方を労わってやることにする。
    「まぁそっちもいろいろ大変やったじゃろ。ほら」
    「ありがとう」
     門倉が飲みかけの二本目の缶ビールを差し出せば南方は素直に受け取り口を付けた。日中より涼しいと言えど常温に置かれたビールはすっかり汗をかいて温くなっている。
    「たまには外で飲むんも悪うないな」
     喉の渇きを満たすように一気に飲んだ南方がそんなことをほざいてきた。
    「そうかもね」
     先ほどまで自分も同じようなことを思っていたなんてなんとなく言いたくなく、門倉は曖昧に肯定した。それでも肯定の言葉が返って来たのに気をよくしたのか、南方はせっかくだし今度テーブルや椅子でも買おうかなんて話している。門倉は好き勝手に話す南方を無視して尋ねてみた。
    「なぁ、南方。今日の花火見た?」
    「いんや、忙しゅうて全く見れんかったわ」
     予想通りの答えだ。あまりにも予想通りで声を上げて笑いそうになる。そんな門倉を不思議そうに南方が見るが気にしない。
    「ほいじゃあ今からせん?」
    「せん?ってなにをじゃ」
     ここまで言っても南方は分かっていないらしい。仕方ないなとコンビニの袋に手を突っ込む。
    「花火」
     そして弐ィと笑ってコンビニで買ったファミリーパックの花火を見せた。



    「花火なんてすんのいつぶりじゃ」
     門倉が持つ花火にライターで火を付けながら南方がいう。初めはバルコニーで花火なんてと言っていたが、門倉があまりに楽しそうに笑うもんだから最終的には折れた。そもそも二人が同棲する物件は門倉が所有するマンションなのだからルール的にも何の問題もない、というより門倉がルールだ。
    「最後にやったんは中学かの?」
    「わしも」
     先端の紙が燃えたかと思うとすぐに飛び出す火花を南方が慌てて避けている。門倉はそれを見てけらけらと笑いながら自身が持つ花火を南方が持っている花火に火を移すようにむけた。意図を察した南方も火を貰うように先端を付けてくる。すぐに火が移り火花が二つに増える。
    「久しぶりの花火もええもんやね」
     先端を離し門倉が花火を振り回し始めると南方がそう声を掛けてきた。門倉は夜空に火で絵を描きながら答える。
    「おん、買うてきてよかった」
     その答えに南方はにっと笑うと対抗するように花火を振り回した。その火花が僅かに門倉の方へ飛んで来たことによってよりヒートアップしていく。どちらがより綺麗に見えるかと遊ぶうちに二本三本と次々と花火に火をつける。そうして遊んでいるうちに線香花火を残すのみとなった。


     最後に残った線香花火に火をつけた。二人してしゃがみ込んでパチパチとなる花火を眺める。どちらともなく言葉少なになる中、口を開いたのは南方だった。
    「ずっとこんな時間じゃったらええのに」
     決してできないと分かっているだろうに。南方の言葉にはどこかもの寂しそうな響きを含んでいた。しかし門倉はそれを鼻で笑い飛ばす。
    「阿呆、ワシもおどれもこがいなとこで燻っていられる質でもないじゃろ」
    「確かにな」
     ひとつ頷くと先ほどまでの感傷はなりを顰めて笑い出した。
    「ほんと、たまにはこういうのもええな。明日からも頑張れそうじゃ」
    「おん、歯車には頑張って治安を守ってもらわんと」
     そういって門倉が口角を上げれば、今度は声を上げて笑ったのだった。

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