埋まらないその傷口に愛を「あたしたちさ、やっぱり友達のままの距離感の方がよかったかもしんねぇよな」
*
「あ〜!フラれた!!」
ビールジョッキを片手に煽りながら机に叩きつける女の名前はクロネオロンジュ。先程の発言からわかる通りどうやら失恋を経験したようだった。
その傍らでは優雅にワインを煽る、言動から彼女より年上ではあろう雰囲気を醸し出しているものの容姿からは年齢を読み取ることの出来ない金髪碧眼の女性、クロネブランチェとビールジョッキにしこたま注がれている水と枝豆をつまみながらオロンジュを慰めるでもなく揶揄うでもなくどっちとも取れない様な態度で会話をしているメガネをかけた男性、クロネヴィヨレがいた。
「フラれた…ではなく貴女のことだからまた振ったんでしょう」
「僕も大概だけどロンちゃんも長続きしないよねぇ」
「うっせぇな。あ、だし巻きと生一つ下さい」
会話と注文を挟みながらクロネ一族の大人組による飲み会が開かれている。
「すまん、遅れた。」
「大丈夫、大丈夫〜さっきはじまったとこ〜」
「……こいつもう酔ってるのか?」
「ええ、ですからビールジョッキでお水をたらふく飲ませているところです。」
テーブルを囲んでいるものより明らか年の離れたようにみえる、長い黒髪を高い位置に結い上げた長身の男、クロネノワールが合流したところで今夜の飲み会のメンバーが揃った。本日の飲み会の開催目的はオロンジュの慰め会基親戚のプチ同窓会のようなものである。
4人の関係性は先程も述べた通り親戚──いとこ同士であり、この場にいない未成年を含めばあと4人はいる。本日は飲み会ということで残りのメンバーたちは元々頭数に入れられていないのだが呼ばなかった理由が他にもあった。
「それで?今回はどうして振ったんだい?」
「あんなのフラれたようなもんだろ……いつものパターンだよ」
「───もしかしてまた、彼が関係している?」
「…」
オロンジュの兄であるヴィヨレがそのワードを出した途端にオロンジュは口を噤んでしまう。どうやら図星のようであった。別に示し合わせた訳でもないが、各々が話すのをやめてしまった為か場が不自然なくらい静かになったところに店員の声が割り込んでくる。
『だし巻き玉子と生で〜す』
「……あざっす」
テーブルに着いたばかりの生をまた一気に半分ほど飲み干して口端についた泡を拭いながら彼女は机に頬杖をついた。その様子は半ば不貞腐れてるようにも見える。
「───そうだよ、あいつが……元カレがヴェルトのことを悪くいうから…、というかまあ付き合い始めたら急に束縛とか女々しくなったりだとか色々目を瞑ってたところはあったけどよ……」
「───お前も大概彼奴に甘いな。」
日本酒を煽りながらノワールが口を挟む。
「ノワールさんにはわかんないで───あ、すんません。」
オロンジュはまたもや口を噤んでしまう。自分より何歳も年下に言い寄られる気持ちがわかってたまるかという半ば八つ当たりのような口調で言いかけるも自分よりそれをより深く経験しているノワールに言ったところで意味が無いと悟ったからだ。男の背景を思い出して口だけの謝罪を述べた。
「いや、構わぬ。」
「そいや、今日ブルーちゃんは?連れてこなかったの?成人……してたっけ……」
「彼奴は19だ。それに、こんな場に連れてきたくはないな。俺ですらまだ彼奴が酒を浴びればどんな風になるか知らぬのだ。おいおい、連れてきても良さそうだと判断したその時に連れてくるとしよう。」
左手の薬指に光っている指輪を一撫でして1合瓶を空にする。
彼には結婚を約束した年下の彼女がいた。年の差は約20歳とオロンジュの悩みの種である彼女とヴェルトとの年齢差の約2倍は離れていた。ブルーと呼ばれたノワールの婚約者である彼女は結婚はできる年齢ではあるがまだ未成年だということで彼自身が彼女が成人を迎えたその日に籍を入れることを決めているという。婚約者という配偶者に最も近い立場ではあるものの、先述した通りの理由から本日は家で留守を任せているらしい。
「随分とお幸せそうですね?兄様。年下に言い寄られながらも幸せを築いてる先駆者としてオロンジュに一言アドバイスしてあげてはいかがです?」
「───知らぬ。俺に聞くな。」
「───話の続きだけど、まだヴェルトくんからの告白、断ってるの?もう何年目だっけ?」
「……10年、いや13年くらいか?あいつが未就学児くらいの時からずっとだからな。そろそろ断るテンプレが尽きてきそうだ。」
「意地張ってないでOKしちゃえばいいのにね」
「他人事だと思いやがって───あたしの年齢考えろって、あ……すんません」
「───気にするな。」
先述通り、オロンジュは10も年下の従兄弟、クロネヴェルトから10年以上もの間熱烈なアプローチを受けている。ただそれをずっとあの手この手で躱し続けていた。
「最初はさあ、"おおきくなったら結婚したい"って年下の男の子らしい告白だったんだよ。だからもう少し大きくなったらな、なんて受け流してた訳だが、ヴェルトの奴……いやに素直だろ?あたしの言葉をそのまま受け入れて、それから毎月飽きずに告白してきてさ……」
「可愛らしいエピソードだよね〜甘酸っぱいねぇ そのままゴールインしちゃえばいいのに〜」
「眼鏡割るぞクソ兄貴」
「ひどい」
「ここ最近のヴェルトは目を見張る程には男性と言えるようになってきましたね。 そろそろ兄様と背が並ばれる頃では?」
ブランチェがワイングラスの縁を指先で弧を描くようになぞりながら呟く。少しだけ頬が桃色に染まっている彼女が何かを喋る度に周りの男性の視線がチラチラと向けられている。ブランチェの兄であるノワールがひと睨みすればその威圧感に身の危険を感じたのか向けられていた視線が外される。何事も無かったかのように会話を続けた。
「──ああ、そうだな。彼奴はまだデカくなると思う。」
「……はあ、次は成人したらってか?」
オロンジュが深いため息を吐きながら頭を机に伏せるくらいに低い位置で抱えては乱雑に髪を掻き乱す。
「───いい加減腹を括ったらどうだ?」
オロンジュ以外のこの場にいる面子は皆告白を受けることに肯定的である。というのも各々が年下の男女に気がある、もしくは言い寄られているという状況であるからだ。今のところ成就したのはノワールとブルーの二人のみであるが、ブランチェとヴィヨレもなにかきっかけがあればその距離は一気に縮まると言えよう。いとこ同士ではあるものの法律的に婚姻関係を結ぶことはなんら問題ない。あるとすれば、ヴェルトが淫行条例に引っかかる年齢ということくらいか。16歳である以上当人同士の同意さえあれば問題ないとはいえその関係性に嫌悪感を示す人間の方が多いわけで、この場にいるもの達は皆少数派であることに違いない。
「ノワールさん、ノワールさんには悪いですけどあたしは、あたしと付き合うことでヴェルトに根も葉もない噂が経つの耐えられないんですよ。彼奴は、ヴェルトは純粋だから周りに言われた意見はそのまま受け入れるやつだ。あんたやその嫁はそういう目気にしないと思いますけど……」
オロンジュはテーブルの上に置かれた枝豆をとっては皮越しに感じる豆の感触を指の腹で感じていた。食べるわけでもなくただひたすら手の中で弄んでいる。その様子をみて一同はオロンジュの心はヴェルトを受け入れることに傾きかけているのにも関わらず彼女の心の中で引っかかっている1点がどうしても気になって後ろ髪を引かれているようだと感じた。
「───そういえば以前兄様が妙な相談をしてきましたね?」
「おい、今話すことでもないだろう」
俯くオロンジュを後目に新たな話題をブランチェが振った。すかさずノワールがそれを食い止めようとするも当人間にしかわからないような伏せ方をするもんでオロンジュは急に何の話だ?と首を傾げている。
「ああ〜、ブルーちゃんが色気ありすぎて周りからの視線が集まって困っちゃう〜ってやつでしたっけ?」
「…」
ノワールが額に手をあてて眉間にしわをこさえながら深くため息をつく。確かに度々話題にあがるクロネブルーという女は歳の割には妙に大人びた印象をもっているが色気というほどか?とさらに首を傾げてみる。寧ろ色気を纏ってるのは……とオロンジュは目線だけでノワールを見つめた。
クロネノワールという男は齢39に見えないほどのある意味いい老け方をした所謂イケおじに分類される男だった。年子である妹のブランチェも年齢相応の顔では無いため随分年の離れた兄妹だなと周りから勘違いされることも多々ある。そんな男が19歳の明らかに若い女と街を歩いていたら視線を集めるのも無理ないだろう。どこからどう見てもそういう関係にしかみえない。
「まあよい、見られているのはあいつだけでなく俺もということがわかったのだから……確かに事実俺達には年齢差もあるし見た目年齢であればさらに離れているかのように見えよう、だが──」
「……?なんです」
「大人の俺が……俺達が守ってやればいいだけのことだ。無論手の届く範囲でしかならん自己満足のようなものだがな。あいつらにはそれで十分だろう。」
無骨で何考えているのか分からない頑固そうな男というのがオロンジュにとってのクロネノワールの評価だった。いつも我関せずという出で立ちをしているのに、その男の口から守るなんて言葉が出てきて思わず目を丸くする。たった一つの出会いがここまで人を変えるもんなのかと感心した所でオロンジュはまた言葉を濁した。
「は〜……なるほどね……まあ、あたしには出来そうにもないですけど。」
「すみませ〜ん、枝豆とカシスオレ───」
「枝豆とお水をまたジョッキでくださる?」
「……飲んじゃダメですか?」
「ダメです。」
頭を項垂れてる兄貴を後目にだし巻き卵を一切れつまんだ。
(やっぱり白黒はっきりつけなきゃいけないよな……あたしも。)
「すんません、生もう一杯」
**
「〜……調子に乗って飲みすぎたかな……くっそ、足元覚束ねえ……兄貴のこと馬鹿に出来ねぇな。」
飲み会がお開きになって文字通り千鳥足になっている足を引きずりながら帰宅したオロンジュは敷きっぱなしにしていた布団に身を填めた。
「風呂、化粧……落として……あー、もう明日でいっか……」
徐々に瞼が重くなり視界が霞んでいく。足の浮遊感を感じながらその日は泥のように眠った。
*
暗闇の中で声が聞こえた。どこか聞きなれたその声はヴェルトのものだとわかる。場面が転換して目には肌色が飛び込んできた。服を着ている感触はあったのに生まれたままの姿でいると頭が認識している。何故か羞恥心はなかった。目の前には同じように肌色をまとったヴェルトが立っている。
これは夢だと、所謂明晰夢というやつだとわかっているのにも関わらず体の自由はきかない。二人の手が触れ合ったかと思えば溶け合うかのように融合して一つの人間になったところで────
「───はッ」
布団から慌てて身を起こしたオロンジュは肩で息をしている。額には冷や汗が浮かんでいてまるで悪夢を見たかのような形相だった。休みだからと前日しこたま飲んだのが良くなかったらしい。枕元に置かれた時計に目をやると11時を過ぎたところだった。
「……はあー、頭いてぇ……」
オロンジュはふらふらとした足取りで軋む頭を抑えながら水道の蛇口を捻りコップに水を一杯汲んでそれを一気に飲み干した。喉元を冷たい感触が通り過ぎていくのを感じて、ようやく頭がクリアになった。
ふと目線を送った部屋にはそれまでそこに何かが置いてあったかのような空間ができている。今度こそは、なんて同棲をしたのがよくなかったか。距離を急激に縮めすぎたのが今回の敗因だろう。ぽっかり虚しく空いてるそのスペースはオロンジュの心を表しているようだった。
「今のあたしに必要なのはヴェルトだったりすんのかな……」
ぽつりと零しては壁に頭をうちつける。最低な発言をした自分に自戒の意を込めて。
「自分でヴェルトは純粋だ、なんて評価しておきながらその気持ちを利用しようとするなんてあたし最低かよ」
よくないってわかっているものの男で失った穴は同じもので埋めるしかないのかなんて考えてしまう自分の頭を小突いた。
「暫くヴェルトと会わねーようにしないとな。」
**
日課であるジムでトレーニングをしていたオロンジュは、インターバルの最中にふと外の景色に目を奪われた。長身の若い男がジムが入っているビルの入口に立っている。
慌ててジムの壁に貼り付けてあるカレンダーの日付をみて頭を抱えてしまう。
今日はヴェルトがオロンジュに愛の告白をする日だった。ヴェルトは昔から同じ日に告白をしていた。
最初のうちは会う度であったが、それがいつしか毎週になり遂には"もっと大きくなってからな"なんて告白を断る常套句に過ぎないオロンジュのその言葉を鵜呑みにして、毎月同じ日に告白をしてくるようになった。
クロネヴェルトという男は純粋であるが故に1度決めたことは曲げないことからこれを欠かしたことはない。
若さ故の過ちというべきか好意の対象であるオロンジュしか見えていないのか、例えオロンジュが誰といようとも構わず告白をしてくる。親の前、親戚の前、友人の前───そして当時の彼氏の前であってもだ。
デート中に告白をされてきっぱりと断らなかったこともあってか、それをよく思わなかったオロンジュの元カレがヴェルトを貶しはじめたのが今回の破局理由であった。
オロンジュからすればきっぱりと断らない自分も状況を鑑みてないヴェルトも悪いとは思うものの、それ以上に自分という存在がいながら年下の男に告白されてそっちに行ってしまうのではないかなんてオロンジュ自身を一切信頼してないその考えにいきついた元カレもどうかしていると、誰か一人だけに責任転嫁するという訳でなく関与した全員が悪いし誰一人として悪くないと、ただそれぞれが噛み合わない、錆びた歯車であっただけだと考えるようにしていた。そう考えていたかったのだが──
「あたしたちさ、やっぱり友達のままの距離感の方がよかったかもしんねぇよな」
何もかも疲れ果ててしまって気づいた時にはオロンジュは別れを切り出していた。
結果論別れを切り出したのはオロンジュ自身でもそのきっかけをつくったのは自身の行動が要因でもあるからフラれたも同然だとオロンジュは考えている。
そうして自ら開けた穴を塞ぐためにヴェルトを利用すること、それだけはどうしても許せないことだと、人としてやってはいけないことだと頭の中で理解しているからこそ会いたくなかったのに彼と会わざるを得ない状況に立たされているわけで。
ビルの出入口はヴェルトにより塞がれている。家に帰るためにもどうしても避けては通れない。閉館時間ギリギリまで時間を潰してどうにかヴェルトが諦めて帰ってくれないかとオロンジュは窓の外を時折見ては帰る気配のないその影にため息をついた。
ヴェルトでなければストーカー規制法で通報しているところだ。それをしないのはヴェルトにそういう邪な、決して自分を困らせる為にしている行動では無いことを知っていたから。
閉館時間になって外に目をやるといつの間にかヴェルトの姿は見えなくなっていて、帰るのは今しかないと急いで着替えて下に降りたところで───
「オロンジュ。」
聞きなれた声に思わず肩を揺らしてしまう。
振り返ると───
肉まんを頬張っているヴェルトがいた。
「……なんで、肉まん?」
「おなふぁふぁふいたはら?」
「あ、……そう。」
「ん。」
「なに?」
「オロンジュと一緒に食べようと思って買ったんだ。ご飯はまだ食べていないだろう?」
ヴェルトはその手に持っていたビニール袋をオロンジュの胸の前に差し出した。突然の行動に呆然としていたオロンジュは袋の中を覗き見た。中には暖かいお茶やミルクティー、肉まんなどのホットスナックが入っている。全てオロンジュが昔好きだと言っていたものだった。喉元からきゅう……と小さな音がなったのか、はたまた胸が高鳴った音なのかは分からなかったが締め付けられるような感覚がした。
「……ああ、さんきゅーな」
*
大きな池のある公園のベンチに座ってヴェルトが買ってくれたホットスナックを口にした。
常日頃からトレーニーとして身体を鍛えていたオロンジュは1日のカロリー摂取量を決めて毎日取り組んでいた訳だが、今日ばかりはいいかなどと頭から数字をとっぱらってかぶりついた。歯を立てる度に熱い油が染み出してくる。目尻に涙が浮かんだ。それが火傷をしたからなのかそれとも、穴の空いた彼女の心にヴェルトの無垢な優しさが沁みたからなのか彼女にはわからなかった。
「うッ……」
「オロンジュ……?」
「なん、なんだよ……ほんとにお前はさぁ……どうしてッ」
「オロンジュ?どうして泣いているんだ?火傷したのか?それとも何かあったのか?」
突然涙を零して泣き崩れるオロンジュをみてヴェルトは動揺している。オロンジュは不本意ながらこういう時自分の兄なら頭を撫でたり、年上のノワールさんなら不器用ながらも抱きしめたりとかするんだろうなと目の前で慌てふためいているだけの年相応の男と空想上の身近な男を比べていた。
「……餌付けでもしたらあたしがお前の告白に応じるとか思った?」
「もう10年以上も振り続けてんだぞ。いい加減諦めてくれよ 振り続けるこっちの身にもなってくれ……」
「どうしてあたしに執着するんだよ。もっとヴェルトには相応しい相手がいるだろ あたしじゃなくていいだろ 若いし、顔もいいんだからさ!こんなどこにでもいるアラサーのおばさんに構ってないで若くて可愛い子と付き合えばいいのに、なんであたしなんだよ なんでお前なんだよ なんで……なんでッ、あたしとお前は10も歳が離れてんだよ……なんで、いとこ同士、なんだよ……」
どれかひとつでも違っていれば頭の中で囁くやけに理性的な自分を言いくるめてヴェルトと付き合ってた未来があったかもしれないなんて叶わぬ思考で満たしては心の奥底にしまいこんでいた。ヴェルトが告白する度に何回も、何十回も、何百回も、何千回も、オロンジュはそれを繰り返していた。
自分にはノワールのような度量もブルーのような多少強引な手を使ってでも自分のものにする勇気もない、ただ後回し先送りにして現実から耳を塞ぐことしかしてこなかった。向き合うということをしなかった。逃げ続けてきたからこそ現状に打ち拉がられていた。
感情をぶちまけたのにも関わらず目の前でずっと何を返すわけでもなく黙りこくっているヴェルトの顔を見るために下げていた頭をあげて横目で見つめた。
その顔はまるで、鳩が豆鉄砲をくらったような拍子抜けする顔だった。鮮やかなグリーンの瞳をまん丸にしてぽかんとした表情でオロンジュを見つめていた。状況が掴めていないような、そんな顔だ。
「……告白?餌付け?一体何の話だ?」
「はぁ?だって、ヴェルト、お前いつもこの日に告白するじゃん。今日だって出待ちしてたわけだろ!?あたしに告白するために」
「……そうか、失念していた」
ヴェルトはスマホのロック画面の日付を確認してぽんと手を鳴らした。そうしてオロンジュを見つめて告白をした方がいいのか?なんて呑気に聞いている。
「いや、告白しても無駄だって……あたしさっきいって……ていうか、告白目的じゃないなら一体なんで……」
「ああ。ヴィヨレから"ロンちゃんが落ち込んでるみたいだから慰めてあげて"と連絡があったんだ。とりあえず元気づけようと思って、以前オロンジュが好きだと言っていたものを買ってきた次第だ。美味しいものを食べれば元気になると思ってだな。」
オロンジュもまたヴェルトの行動の理由に面食らってしまい目を丸めている。ますます気の抜けた声が口から漏れ出てしまう。
「な……んだよそれ、あたし、てっきり……今日また告白されるのかと……勘違いとか……はっず……」
オロンジュは両手で顔を塞ぎ込んでしゃがみこむ様に上体を曲げた。あまりにも自意識過剰な態度をとってしまったことにいたたまれなくなってしまったからだ。10数年も同じことを繰り返されていれば自然とそのような考えになっても致し方がないはずなのだが、それを差し引いても今の状況はかなりオロンジュに堪えた。
「それで、オロンジュ……どうして落ち込んでいたんだ?」
「ああ!?フラれたんだよ!!彼氏に!!あんたとあたしとあたしの元カレのせいで!!!!」
恥ずかしさのあまり10も年下の男に逆ギレを噴射してしまう。夜の公園でアラサー女が学生に絡んでいるその姿は見る人が見れば通報待ったナシ、そんな状況だった。
「オロンジュ、別れたのか?というか、私はなにかしてしまったのだろうか……?」
「あんたさぁ、ほんと……もう少し周り見るなりしろよ。あたししか見えてないのはわかったから」
先日別れた彼氏とのそうなった理由を掻い摘んで説明すると見るからに申し訳なさそうな顔で落ち込む。
「すまない、知らなかったとはいえ、自分の幸せのためにオロンジュを私は不幸にしてしまっていたのだな……」
耳としっぽが重力に負けるかのようにダランと垂らして体全体で申し訳なさを表現する姿は許しを乞う犬のようであった。こういうところがあるから強く断れないんだとオロンジュは緩みそうな口を噛み締めてなんとか平静を保とうとする。
「───だから、あたし今傷心中でヴェルトのそういうピュアな気持ちに漬け込みたくないから、暫く告白とかやめてくれると嬉しいんだけッ───ど!?」
落ち込んでいたかと思えば顔を勢いよくあげたヴェルトによって両手首を掴まれた。ヴェルトの自分のより一回り以上も大きい手のひらの感触は年下とか関係なく男であることを感じてしまう。急に腕を掴まれたことに驚いたのかそれとも、ヴェルト自身に異性の意識を感じてしまったことに驚いたのかはわからない。ただ心臓がうるさいくらい高鳴っていることが真実だった。
「オロンジュに今彼氏がいないのであれば私にもチャンスはある、と捉えていいのだろうか」
「はあ!?あんた人の話聞いてなかったのかよ!!漬け込みたくないって言って───」
「漬け込んでもらって構わない。利用されてもいい。オロンジュと付き合いたいんだ。オロンジュに他にいい人ができたその時は潔く身を引くことを約束する。その時がきたら私はオロンジュを諦めてオロンジュの言う通り自分の年齢と近い相手を探そう。」
「な……なに、いって……それじゃあ、あたしが、本当にただただ酷い女じゃねーかよ……」
「オロンジュと付き合えるなら私はそれでも構わない。例え世間一般から酷いと称されていても私はそれも含めてオロンジュを好きになったんだ。」
「好きなんだ。オロンジュ。私と付き合って欲しい。」
両手を包まれたままヴェルトに真っ直ぐ目を見据えられ直球ドストレートな告白をオロンジュは逃げることも隠れることも許されず真正面から受け止めざるほかなかった。痛いくらいに握りしめられた手からはヴェルトの本気がひしひしと伝わってくる。
「……ッ、ヴェルトから見たあたしがどう写ってるのかは知んねーけどさ、中古な上に保証だって切れかかってる。」
「……?」
「だから……クーリングオフは受け付けねーかんな。」
手首を掴まれたまま掌で包むようにヴェルトの肌に触れた。
「ああ……!ああ……!!勿論だ!!」
*
「結婚式はいつにしようか。」
「や、それはまだ早いっていうか……」
「ブルーは結婚したぞ?」
「まずはお前が18にならねーとできねーだろ」
「ふむ、2年後か……意外とすぐだな!次の告白が楽しみだ。」
「いやさすがに2年後はしねーよ!?早まるな!?」
「2年後以降ならしてくれるのだな?」
「言葉のあやだろ……忘れろよ」
「私はオロンジュから言われたことを忘れたことはないぞ」
「……否定できない実績があるのがなんとも言えないな。」