誰ぞ彼 お目覚めですか、黄昏さん。
ボクですね、フォージャー家がとても大切なものなんです。
だから、任務だと言ってボクの邪魔をする黄昏さんが、憎くて憎くて仕方がないんです。なのに貴方はボクを殺そうとした。
ボクが黄昏さんが憧れ続けて夢みていた「家族を幸せに」しているんですよ?でも邪魔をしようとする。
だから黄昏さんには死んでもらおうと思っているんですよ。
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ボクたちが肉体を共有するんじゃなくて、黄昏さん自身を殺せば貴方にボクの幸せを邪魔されることなく、ボクが望んでいるー■■■が憧れ続け夢みた光景であるーこの家族を幸せに出来るんです。
だから大人しくボクに殺されてください。
* * *
最近、意識がない時間があることに気づいた。
だが、生活はできている。
その意識のない時間は、フォージャー家でロイドとしている時間だと気づいて愕然とする。
ロイド・フォージャは黄昏が演じる役だ。
潜入任務につく諜報員にとって数年単位で演じ続けるのは常で、今回の任務も黄昏が誰かとなって生活するなど今までの任務と変わりないというのに、ロイドという役が暴走し始めた。
黄昏の仕事に支障はない。黄昏が必要だとなると目が覚めたかのように切り替わるが、ロイドが居るのが分かる。黄昏が必要だから渋々と使わせてくれているといった感覚で、ロイドが重くのしかかり、黄昏が必要でなくなると押しつぶされる。
ただ、ロイドは破堤を恐れているのか、ロイドが独占した記憶は全てではないだろうか破堤しない程度には解放してくる。
ロイドー役ーに振り回されている。
ドブネズミみたいな生活の中、上手く生きるには知恵を働かせるしか無かった。その中で、誰かになりすまして相手を欺くことを覚えた。その時にもあった、なりすましている人物に飲まれかけること。
だが、ロイドのあの執拗な拘束は、経験のないものだ。
WISEの資料にそういったものがないか調べて分析する必要がある。
手に負えないと判断したら、ロイドを殺すしかない。
記憶が途絶えるのは、家に入る時。
何がトリガーか分からないが、鍵ではなくブザーを鳴らし家族にドアを開けてもらう方法で家に入った。
* * *
「お目覚めですか、黄昏さん」
どう拘束されているのか判断がつかないが、ロイドの前に転がされているのは分かる。
「色々、考えたんですね。でも、ボクは貴方ですから全て筒抜けです」
人当たりのいい笑顔。見慣れた自分のその表情に苛立ちを覚える。
「黄昏さんはこういうこと信じなさそうだけど、今は夢の中です。だからこうやって話せる」
人当たりのいい笑顔だが、自分の顔でもあるせいか、苛立ちはますます大きくなる。
「ボクですね、フォージャー家がとても大切なものなんです。だから、任務だと言ってボクの邪魔をする黄昏さんが、憎くて憎くて仕方がないんです。なのに貴方はボクを殺そうとした」
ロイドが言った通りに自分の情報は筒抜けだった。どうしてそれを考えつかなかったのか。
「ボクが黄昏さんが憧れ続けて夢みていた「家族を幸せに」しているんですよ?でも邪魔をしようとする。だから黄昏さんには死んでもらおうと思っているんですよ」
「何を馬鹿なことを言っている!お前は!オペレーション・梟に必要なことだから、ロイド・フォージャーとして生活しているだけだ!ただの役でしかないお前が……」
精神科医のロイド・フォージャーは、まるで患者を検分するかのような目つきでこちらを見下ろしている。自分で自分の顔を、表情を見るのはこんなに虫唾が走るものかと、出来ることならその顔に一発、拳を見舞ってやりたい。
「?」
不思議そうな顔をするロイドに、冷静でいられる訳もなく怒りが込み上げてくる。
「ボクたちが肉体を共有するんじゃなくて、黄昏さん自身を殺せば貴方にボクの幸せを邪魔されることなく、■■■が憧れ続け夢みた光景であるーボクが望んでいるーこの家族を幸せに出来るんです」
ロイドは知らないはずの、もう誰も呼ぶことのない捨てた名前を出され、動揺する。それを見て、ロイドは黄昏が裏切り者を始末する時に見せる歪んだ笑みを見せた。
その禍々しさに、今まで殺してきた者達が感じたであろう絶望が押し寄せ、黄昏であったはずが黄昏である全てを抜き取られ、ロイドの中の弱さだけを与えられたロイドという役に成り下がった黄昏であったロイドの心を挫いた。
「だから大人しくボクに殺されてください、ってもう聞こえてないか」
放心状態のソレを押さえつけていた、黄昏が演じ終われば殺してきた役達は消え、黄昏を奪い黄昏となったロイドと、ロイドの弱さだけを押し付けられた黄昏だったはずのロイドだけとなる。
「黄昏はボクだから、貴方をなんと呼べばいいのかな。ああ、でもボクがいらないロイドをあげたのだから、ロイド……うーん、それじゃあつまらないな」
ロイドであり黄昏である男は、黄昏だった男の髪を鷲掴みにし持ち上げると、黄昏だった男は痛みに目を覚まし、呻いた。
「いいよ、黄昏って呼んであげるよ。ボクの思い通りにしてくれない貴方を陵辱して言いなりにさせたいと思っていたんだ」
陵辱という言葉に黄昏だった男は身を固くする。
全てを盗られたはずなのに、覚えている。黄昏という男は、普段何にも興味を持つことがないのに、気に入ったものには容赦がない。
たとえそれが自分であってもだと、そのグロテスクな趣味を向けたのだ。
抵抗しようとしたが闇がまた体を押さえつけ、数えきれないほどの手が服を剥ぎ体を這い回る。
自分を犯して何が楽しいのか?
いや、自分もロイドをそうしようとしたことがあった。
「思い出したか?」
嬉しそうに口を歪めて笑う黄昏でありロイドであるその男の目は狂気に満ち溢れている。
「毎晩、夢で可愛がってやるよ」
もしかしたら、自分も黄昏を奪ったのかもしれない。
黄昏を奪い黄昏となったのかもしれない。そして黄昏となった自分も前の黄昏を犯し壊しつくして奪い取ったのかもしれない。
新たに黄昏となったロイドが完全な黄昏となるまで狂うことも許されず犯され続けるしか、ないのかもしれなかった。
「ああ、ずっとこうするのを夢みてたんだ」
ロイドが、黄昏が、嬉しそうに覆いかぶさってきた。