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    yudoufuneko

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    yudoufuneko

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    幸せであることが怖くなる魏嬰の話

    夢か現か 近頃、魏無羨の様子がおかしいことに藍忘機は気付いた。ふとした時に魏無羨が浮かない顔をしているのだ。声をかけようとするが、藍忘機に気づいた魏無羨はいつも笑顔を向け、なかなか聞けずにいた。調子が悪いわけではなさそうだが、日毎に表情を曇らせることが増え、藍忘機の胸中には不安が靄のように広がっていった。
    「魏嬰」
    藍忘機は目の前で天子笑をあおる道侶の名を呼ぶ。すると魏無羨はいつものように笑顔を彼へ向けて返事をする。
    「どうしたんだ?」
    「最近君の様子に違和感を覚える」
    「俺の?」
    不思議そうに首を傾げる魏無羨に、藍忘機はコクリと頷く。そしてその違和感について彼へ伝える。
    「時々浮かない表情をしている」
    「……そうか? 藍湛の気のせいじゃ」
    「ううん」
    「別に何もないぞ」
    魏無羨はそう言うと一口酒を流し込む。藍忘機はわけを語ろうとはしない彼の様子に口を閉ざす。結局その場ではそれ以上聞くことはしなかった。
    晩酌を終えた魏無羨は沐浴をし、髪を藍忘機に拭いてもらっていた。
    「藍湛は俺の髪を拭くのが本当に好きだな」
    「うん」
    髪の水分を丁寧に拭き取りながら藍忘機は答える。
    「毎日やって飽きないのか?」
    「飽きない」
    「じゃあこの先も俺の髪を拭くのは藍湛の役目だな!」
    「うん」
    藍忘機は〝この先〟という言葉に嬉しさを覚え、口元を緩ませる。水分を拭き取った彼は、今度は魏無羨の髪を櫛で優しく梳かし始める。魏無羨はこの時間が一等気に入っていた。藍忘機に髪を梳いてもらうのは気持ちがよく、いつもウトウトしてしまう。この日もまた心地よさに瞼が重くなる。そして自然と口元が緩んだ。ずっとこの時間が続けばよいと思わずにはいられなかった。しかしふと、彼は表情を曇らせる。
    「魏嬰?」
    まったく口を開かなくなった魏無羨を不思議に思った藍忘機は名を呼びながら顔を覗き込む。すると最近よく見かけるあの表情をしていた。藍忘機の胸がざわつく。やはりこのままではいたくはないと、彼は魏無羨へ声をかける。
    「魏嬰」
    「ん? もう梳かし終わったのか?」
    「魏嬰、やはり何かあるのだろう」
    「何の話だ?」
    「私は君を大切に想っている。君のことは全て知りたいし、何か思い悩んでいるのなら力になりたい。共有して欲しい」
    「本当に大したことじゃないんだ。だから藍湛が気にすることじゃない」
    「気にする。私には、言えないことなのだろうか……」
    藍忘機は魏無羨が首を縦に振ればこれ以上はもう聞けない、聞かないと思いながらそう尋ねる。魏無羨はすぐに口を開くことはせず俯く。そしてポツリと呟いた。
    「呆れるなよ」
    「そんなことはしない」
    藍忘機がそう答えるのを聞いた魏無羨は、小さく息を吐き一言だけ言葉を零した。
    「怖いんだ」
    俯いたまま答えた普段彼の口からは滅多に発せられない言葉に、藍忘機は目を一瞬見開く。しかし一体何が彼にそう思わせているのか分からず、藍忘機は静かに彼の次の言葉を待つ。そして少しの間の後、彼はポツポツと語り始めた。
    「藍湛と一緒にいて、毎日がすごく楽しいんだ。藍湛から愛情を受けて、甘やかされて、傍にいてくれる。それが嬉しくて、幸せで、ずっとこのまま続けばいいと思ってる」
    藍忘機は口をはさむことはしなかったが、彼もまた魏無羨と同じように思っていた。かつて愛する者を失い、この先手に入れることはないとさえ思っていた幸せが今ここにある。魏無羨と道侶となり、毎日共に過ごす。愛情を注ぐことができ、それが自分へ返ってくる。もう二度と失いたくない。今この幸せが永遠に続いてほしいと日々願っていた。すると魏無羨はさらに言葉を続ける。
    「けどな、幸せであればあるほど怖くなる。今こうして藍湛といるのは本当は夢で、目を覚ましたら乱葬崗にいてそこにお前はいないんじゃないか。これが現実だとしても、もしこの先一人になってしまったらって考えると怖くて仕方がない」
    彼の言葉を耳にするたび藍忘機の胸が苦しくなる。
    「それだけじゃない。俺はこんなに幸せでいいのか分からなくなる。俺のせいで大勢が命を落とした。死ぬ必要はこれっぽっちもなかった人たちの命を、俺は奪ってきたんだ。そんな俺が、俺だけがこうやって再び現世で生き、幸せでいていいのか。きっと俺の考えすぎかもしれない。それでも幸せであればあるほどあれこれ考えて、怖くて仕方がなくなる。はっ、俺はいつからこんなに憶病になったんだろうな。なあ、らん――」
    「魏嬰」
    魏嬰の言葉を終わるより先に、藍忘機は彼の名を呼び、両手でぎゅっと彼を抱きしめた。彼がそんなことを思っていたとはつゆほども知らず、藍忘機は胸がはち切れそうな思いだった。
    「魏嬰、君は幸せになっていいんだ。誰かがだめだと言うなら私が君の耳を塞ぐ。聞かなければ言われてないのと同じ」
    「屁理屈だな」
    「君が教えてくれた」
    「そうだっけか?」
    「うん。……君は一人になったらと言ったが、私は君を一人にはしないし、何があっても君の傍にいる。それに、怖いのは君だけではない」
    魏無羨を抱きしめる手に力が入る。
    「私も同じように怖いのだ」
    「藍湛も?」
    うん、と藍忘機は短く答える。すると魏無羨がふふっと笑みを零した。藍忘機は彼を離し、首を傾げる。
    「いや、お前を笑ったんじゃないんだ。ただ気が抜けて。俺だけじゃなかったんだな。まさか藍湛も同じだったとは」
    言い終わると彼は体を藍忘機の方へ向け、対面するように座る。そして真面目な表情で藍忘機へ問いかける。
    「なあ藍湛、これは本当に夢じゃないと思うか?」
    「うん」
    「どうしてそう思うんだ?」
    「夢であれば痛みを感じない」
    「痛み?」
    「君が浮かない表情をしていた時、怖いと話をしていたとき、胸が痛んだ。苦しかった。これが幻であると、夢であると言うなら何が現実なのだ」
    いつもよりも口数の多い藍忘機に魏無羨は不思議そうな顔をする。そして彼の言葉を聞いて表情を緩めた。
    「確かにそうだな。痛み、か」
    「うん。あとは」
    藍忘機は魏無羨へ手を伸ばし、彼の頬にそっと手を添え言葉を続ける。
    「君に触れると胸が高鳴る。温もりを感じる。そのすべてが君がここにいて、それが現実なのだと私に教えてくれる」
    そう口にして微笑んだ藍忘機はまっすぐ魏無羨を見つめていた。そして魏無羨もまた藍忘機の姿をその瞳に映していた。
    「藍湛、お前はほんとうにすごい奴だよ。俺をこんなにも安心させるなんて。なあ藍湛、口づけてよ」
    魏無羨は頬に添えられた藍忘機の手に自身の手を重ね、上目遣い気味にそう告げる。藍忘機は体をゆっくり前に片向け、そっと彼に口づけた。一つ、また一つと触れるだけの口づけを数回繰り返す。
    「藍湛、もっと」
    「っ」
    「ん……、ふ、ぅ、……」
    藍忘機は魏無羨の言葉に、今度は深く口づける。舌を絡ませ、唇を甘噛みする。魏無羨は息をも奪うような激しい口づけに呼吸が浅くなり、口づける隙間から短く嬌声を漏らす。
    「ぁ、らんじゃ、……まっ、んぅ」
    彼は藍忘機の袖をきゅっと掴む。体の力が徐々に奪われ、呼吸がうまくできず苦しくなる。目をぎゅっと瞑り、目尻からは一筋の雫が頬を伝って流れた。そして体の力が完全に抜けてしまった魏無羨は重心が後ろへいってしまう。するとそのまま藍忘機が彼を押し倒す形で床へ二人とも倒れ込んだ。
    「はぁ、っはぁ、らんじゃん……」
    「うぇいいん、すまない。苦しかったか」
    「だい、じょぶ。は、ぁ……、けど、ちょっと、まって」
    息を切らしながら魏無羨はそう告げる。肩で息をしながら、なんとか呼吸を整えようと試みる。しかし頭がぼぅーっとしてしまい、それもうまくいかなかった。
    (あつい……)
    「魏嬰」
    藍忘機は心配そうな表情を浮かべながら、ゆっくりと魏無羨の体を抱き起こす。脱力している彼は藍忘機の体へ身を任せるようもたれかかる。
    「魏嬰、平気?」
    「ん……、ぅん」
    目を潤ませて弱弱しく答える彼の頭を藍忘機はそっと撫でる。その心地よさに魏無羨は瞼を閉ざしポツリと言葉を零す。
    「らんじゃ、あったかい……」
    「うん」
    「息、くるしい、あったかい、確かにこれぜんぶ、夢じゃなさそうだ」
    「夢じゃない」
    「ふふ、らんじゃんの言うとおりだ」
    「うん」
    「らんじゃん、明日起きたら、思いきり抱きしめて。口づけもして。夢じゃないと教えて」
    「分かった。君がまた怖いと感じるなら、私は君に夢じゃないと、傍にいるのだと教える。だから……」
    「へへ、ほんとに俺はらんじゃんに愛されてるな。お前のおかげで眠るのも怖く、ない……」
    魏無羨は言い終わるとすぅ、と寝息を立て始めた。藍忘機は彼の目尻に浮かぶ涙を指でそっと拭い取ると、彼を抱き上げて寝台へと運んだ。ロウソクの明かりを吹き消し、彼も寝台へ向かった。仰向けになり魏無羨を自身の体の上へ移動させる。そして静かに眠る彼の髪を撫で、口づけた。
    「魏嬰、おやすみ」
    微笑みながらそう告げて、温もりを感じながら藍忘機もまた目を閉ざした。
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