事故ちゅーしちゃった座学時代忘羨の小話 ゴチンッ
衝突音が辺りに広がる。そこには二人の人物が地面に倒れていた。
「いたた……」
「っ……」
「あー、悪い、藍湛。平気か?」
魏無羨は藍忘機を下敷きにしながらそう尋ねた。一方、下敷きにされている藍忘機は不機嫌そうな顔で魏無羨を睨みつける。これはやってしまった、と魏無羨はそっぽ向きながら頭を掻く。
「降りろ」
静かなその一言に、魏無羨は肩をぴくりと跳ねさせる。そしてその言葉に従うべく体をゆっくりと起こした。
事の始まりは魏無羨が木の上で昼寝をしていた時だった。カサッ、カサッと草が踏まれる音が近づき彼は目を覚ます。音のする方へ視線をやると、そこには藍忘機がおり、魏無羨は彼に気づくなりすぐに声をかけた。
「藍湛、散歩か?」
「……降りなさい」
「あー、分かった。すぐ降りるって」
藍忘機の言う通り、素直に木から降りようと立ち上がる。と、その時だった。
「あ」
「!?」
魏無羨は足を滑らせ、そのまま藍忘機めがけて落ちた。そして藍忘機は魏無羨の下敷きとなり、冒頭へと戻る。
いきなりのことで互いに反応できず、こんなことになってしまった。魏無羨は申し訳なさそうに体を起こし、立ち上がろうと右足を立てた。
「くっ……」
しかし立とうとした彼の右足首に鋭い痛みが走る。そして彼は立ち上がれず藍忘機めがけて倒れた。その場には沈黙が流れる。今度は衝突音こそなかったが、彼らは確かにぶつかっていた。二人は目の前にある互いの顔を見つめる。妙に近く感じるその距離に彼らは違和感を覚える。そしてすぐに気づいた。自身の唇が相手の唇に触れていることに――。
「……!? あ、悪い藍湛! すぐどくから!」
そう言って半ば逃げるように、魏無羨は慌てて藍忘機から離れる。意図せず口づけることになり魏無羨は内心、どうしてこうなった、と自分自身に問い始める。しかしすぐに考えても無駄だと気づき、彼は考えることを止めた。彼自身、ただ口がぶつかっただけだしそんなに気にする必要はない、とすぐにいつもの調子を取り戻す。
「……」
藍忘機は口を一文字に閉じ、一言も発さずにゆっくりと立ち上がる。そして衣に着いた草を丁寧に手で払い落し、皺を伸ばす。
(さすが藍湛。まったく動じてない。表情一つ変わらないなんて鋼の表情筋だな)
いつもと変わらない所作に、魏無羨は感心しつつ、相手も先程の出来事は気にしていないようだと安堵する。そして相手を気遣うように藍忘機へ声をかける。
「下敷きにして悪かったな。怪我はないか?」
「……ない」
「そうか、ならいいんだ。にしても足を滑らせて木から落ちるなんてな。ははっ、さすがにあれは俺も焦った」
笑いながらそう言う魏無羨に藍忘機は反応を示さない。怒らせたか、と魏無羨は藍忘機の方を見る。しかし彼は顔が見えないように背を向けていた。相当怒らせてしまったようだと、魏無羨は申し訳なさそうに声をかける。
「藍湛、ほんとに悪かったよ。そんなに怒らないでよ。二回もぶつかったのはほんとごめん。だから機嫌直せって」
魏無羨は言い終わると同時に、ぴょいっと藍忘機の目の前へ回り込む。
「なあ、藍湛こっち見…………」
それ以上彼の言葉は続かなかった。そしてそのまま彼は硬直する。藍忘機はふいっと顔を背ける。
(え、何だよその顔。藍湛がリンゴみたいに……)
未だかつて見たことない顔色の藍忘機に魏無羨は言葉を失う。ひとまず彼は名前を呼んでみる。
「藍湛?」
「うるさい」
「お前」
「黙って」
ぷるぷると体を震わせ、耳まで真っ赤に染めている藍忘機を見た彼は、口をぽかんと開けそれ以上何も言えなくなった。
(え、なんでそんな赤く。というかなんか俺までつられて熱く……)
彼は自身の頬へ手を当て、想像以上に熱を帯びていることに気づく。彼の鼓動はだんだん速くなる。自分に何が起きているのか思考が追い付かず魏無羨は黙り込む。同じく自分自身の反応に動揺を隠せない藍忘機も口を固く閉ざしていた。彼らの間には沈黙という気まずい空気だけが流れた。そんな中、冷たい風が草木を揺らし、二人の髪を靡かせる。そして彼らはただ唇に残る、柔らかく温かい感覚を感じながら、互いに背を向けしばらくその場に立ち尽くしていた。