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    nekoyamanagi

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    nekoyamanagi

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    なんちゃって銀河鉄道パロのドロ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17870855 これの続き。誤字脱字チェックも兼ねて、こっちで。この後、30年後と嘘が控えているのだが、文字数よ…

    そうしてきみと恋をする2◇◆◇

    たたん、たたん、たたんたたんと。列車は変わらぬリズムで夜の宙を走る。
    どの車両にも、誰一人として乗客はいない。
    車掌室にすら車掌の姿も、乗務員の姿も見当たらなかった。
    本当に、誰も乗っていないこの列車は、自分を何処へ連れて行こうというのか。
    あの夜をなぞれという、謎のその力の作用は、一体いつまで続くのだろうか。
    どうやって、この列車に巻き込まれたのか。結局分からないまま、それでも列車は容赦なく先へと進んでいく。
    まるで貸し切り列車の様だと、小さく溜息を吐きながら、かららと軽い音を立てて、次の車両へと続く扉を開いた。

    「……おや。私以外に乗客がいたのか……って、え?ロナルド君!?……え、ぇえっ!?」

    不意に前方から突拍子も無い間抜けな声が響く。
    それに思わずきょとんとしながら、蒼天の瞳を瞬けば。真っ白な見覚えのある制服に身を包む、見知った、けれど見知らぬ存在が目に付いた。

    「ーーーぇ、…………ぇえええぇぇぇぇっ!?ドラ公ッ!?は、な、なんでお前が兄貴と同じ制服着てんだよ!!!!」

    思わず飛び出したその声に、びりりと窓硝子に音が反響した。
    それに思わず、白い制服を着た顔色の悪い男は、その尖った耳を押さえて、顔を顰めた。
    「ーーーーーっ、うるさ……君、公共の場では静かにしなさいと教わらなかったのかい?全く、これだから君という存在は。何処の世界でもお騒がせな子だね、全く」
    ぐわんぐわんと、耳の奥で音が反響している。それに白い制服のドラルクは、その金色の瞳を細めて、大声を出したロナルドを咎める様に、ちらりと見た。
    その特徴的な外見に、ロナルドはただ驚いて、金魚の様にぱくぱくと、口を開いた。
    「……ど、ドラ公……お前、ほんとに、ドラ公?……な、何で、ダンピール……」
    動揺しているのか、言葉が断片的になる。それにドラルクは、ふむ、と僅かに顎に手を当てると、ロナルドを見た。
    「如何にも。私はダンピールだ。吸血鬼対策課の隊長を担っている。炭鉱のカナリアなんて、不名誉な二つ名で呼ばれる事もあるが、まぁ、そんな事はどうでも良いな。……それで、君は……やっぱりロナルド君なのか?人間のようだけれど……まるで、ヒナイチ君のような姿だね」
    ……もしかして、吸血鬼退治人?と。
    小首を傾げて問いかけてくるドラルクに、ロナルドはただ呆然としたまま、こくり、と頷いた。
    ばっと入ってきた色んな情報に、思わず目をぱちくりと瞬いていたロナルドだが、段々とドラルクの言葉を咀嚼していく。
    そうして、ようやく色んな情報が脳に到達した途端、ぐわっと形容し難い感情が駆け抜けて、思わず声を上げた。
    「……ど、ドラ公が吸対の隊長っ!?仕事してんのっ!!200年引き篭もりのくそニートおじさんがっ!!うっそだろっ!!!」
    「ーーーーっ、だから、煩いってば!!列車の中なんだから、少し声を抑えたまえ。きゃんきゃん吠える所はうちのロナルド君と変わらないな、君も!!それに私はくそニートなどでは無い!!!」
    ぎゃんぎゃん騒ぐロナルドの声に、ドラルクは再び耳を塞ぐ事になる。そして、不名誉極まりない罵倒に思わず否定の言葉を口にして、思いっきり顔を顰めると、深い溜息を吐いた。
    「私だって、引き篭もっていられるならいつまでだって引き篭もっていたいさ。何が悲しくてあんな歯ブラシ髭の下で馬車馬の様に扱き使われなければいけないんだ。時間が無さすぎて詰んでいるゲームが幾つある事か……挙句の果てには大侵攻してきた吸血鬼達の筆頭である君を自宅で保護観察しろときた!!私の自由時間はごりごり減らされる一方だ!!労基省に訴えるぞ!!」
    がしがしと、きっちり固めているオールバックの髪を苛立たしげに掻き上げながら、青白い顔のドラルクは早口で愚痴り出す。
    こちらの同居人とは似ても似つかぬ働き者。疲労を色濃く顔に浮かべたそのドラルクは、心底疲れた様子で深い溜息を吐く。
    その様子を、思わずぽかんと見つめるしかない。

    「……え、えっ、と……なんか、ごめんな?」

    なんか、すごい苦労人臭のするドラルクだ。
    よく分からないまま、何となく謝らなきゃいけないような気がして、思わず謝ってみる。
    それに呆れたような金色の瞳がこちらを見て、また溜息を吐かれた。
    「訳もわからないまま謝るんじゃない。違う世界の君が悪い訳じゃないだろう。本当に君は、何処の世界でも生きるのが下手だな。こっちの君も、不死の王なんて言われてる癖に、吸血鬼らしい事が出来ないからなんて、死んで蘇る事を目的に、シンヨコに攻め込んできたんだ。そんな事しなくとも、不死の王というだけで十分凄い存在だろうに」
    全く、不器用なものだと、ドラルクは僅かに肩を竦めてみせた。
    それに、ロナルドはこてん、と首を傾げた。

    「不死の王って……そっちの俺が?……そっちの俺、人間、じゃ……無いの?」

    「さっきからそう言っているだろう?此方の君は、吸血鬼だよ」

    点、点、点、と。思わずそんな擬音語が聞こえそうな沈黙が二人の間に落ちる。
    たたん、たたん、たたんたたんと。
    暗い夜を走るその音だけが、二人の沈黙を際立たせた。
    そうして。

    「ーーーーーっ、え、ええぇぇぇぇッ!?」

    半テンポ遅れて、ようやくロナルドは再起動したかのように、大声を上げた。
    二度ある事は三度ある。ある程度予想していたドラルクは、はぁと溜息を吐きながら、事前に耳を塞いだ。
    そのお陰で、被害は最小限で済んだ。が、耳はキーンとなった。流石肺活量お化け。
    「お、お、俺が……吸血鬼……え、何で?嘘だろ……」
    わなわなと信じられないというように、震えるロナルド。
    自分の信じてきた世界とは違う価値観の世界。今までの世界の価値観がガラガラと音を立てて崩れていく。
    それを受け入れられなくて、キャパオーバーを起こしかけているそんな様子に。
    本当に不器用な子だ、と。ドラルクは肩を竦めてみせた。

    「嘘を言ってどうすると言うんだね。並行した世界など、この世界には幾らでもあるだろう。ちょっとしたボタンの掛け違いで、隔たれた世界なんて珍しくも無い。其方の私は吸血鬼なのだろう?ならば、君が吸血鬼として生まれていた世界があっても何ら不思議ではない。案外、そういうものだよ。世界なんてものはね」

    だから、少し力を抜きなよ、と。
    ぽんっと強張っているその肩を軽く叩いた。
    多くの若い部下達の上に立つ身だ。ある程度、若者の扱いには慣れているつもりだ。
    それに未だ戸惑った瞳を揺らしながらも、宥めるようにぽんぽんと肩を叩くドラルクの手に、少しだけ落ち着きを取り戻す。
    小さく溜息を吐くと、動揺した事を恥じる様にぽりりと頬を掻いてみせた。

    「……悪りぃ、動揺した……俺が吸血鬼に……なんて、考えた事も……無かったから……」

    そういう世界も、あるんだな……と。
    何処か遠い場所を見る様に、瞳を細めるその姿に、ドラルクはふむ、と僅かに考えた。
    「……不躾な話とは思うが、もしかして君、其方の私に転化のお誘い受けてないかい?」

    「ーーーーーッ!!??」

    僅かに細められるドラルクの瞳が、容赦なくロナルドの心中を見抜く。流石に吸対の隊長を務めるだけはある。
    いきなりの確信を突くドラルクの言葉に、ロナルドはただ息を飲み込んで、白黒させた眼でドラルクを見るだけで精一杯だった。
    そんなロナルドの反応に、やはりか、と顔を顰め、ドラルクはがりりと神経質そうに頭を掻いた。
    「……やはり、その様だね。すまない、デリケートな部分に触れてしまった。此方の君が吸血鬼だと言った時の君の反応があまりにも過剰だったもので、もしかして……と思ったのだ」
    改めて、すまない、と。詫びを入れるドラルクの様子に、ロナルドはふるりと首を振った。
    吸対の隊長として活動するだけあって、配慮の仕方が何処か兄に似ている。
    どうしても立場ある者として、行動は似るのだろう。
    ドラルクから転化を申し込まれた事は、まだ兄や妹には話せていない。
    というか、誰にもまだ話せていない。自分の心すら決まってない状態でなど、話せる訳も無かった。
    それなのに、その話を一番に話す相手が、別の世界のとはいえ、ドラルク本人とは皮肉なものだ。
    言葉に詰まる自分の様子に、目の前のドラルクは僅かに困った様で。どうしたものかと、僅かに視線を彷徨わせた後、
    「……取り敢えず、そこにでも掛けようか。立ったままも疲れるだろう」
    と、席に座る様にと促した。
    それに従って、適当に座席に座れば、たたん、たたんと。列車の揺れる音が、少し大きくなった様な気がした。

    「……怪我して帰ったら……ドラ公が怒ってて。それで……君はいつか、私の前からいなくなるんでしょって……」
    「……あー……私、言いそうだなー、そういう事。……ただでさえ、吸血鬼は一度執着すると厄介だからねぇ……」
    ぽつり、ぽつりと話すロナルドの言葉に、目の前のドラルクは苦笑する。
    吸血鬼ではないドラルク。育ち方にも寄るとは思うが、ダンピールは比較的人間寄りの考えを持ちやすい。
    だから、ダンピールのドラルクは、客観的な視点から話を聞いてくれる。何だか、変な感じだ。
    「……それで、どうしろっていうんだって文句言ったら……一緒に“夜”を生きてよ……って。俺、そんな事、考えた事も無くて……退治人だから、無理だって……言ったんだけど……」

    ……上手く、応えられなかった。

    そう俯くロナルドの様子に、ドラルクはふむ、と何か考える様な仕草で顎に手を当てると。
    徐に側にあった大きな袋に手を掛けた。
    「成程ね。話は分かった。未知の世界に足を踏み出すには、君は些かまだ若い。無理に今、その答えを出す必要は無いのではないかな。相手は長命な吸血鬼だ。気長に後30年は待たせても、文句は言われんと思うがね」
    少し、肩の力を抜いたら良いんじゃないのか、と。
    僅かに苦笑を浮かべながら、ドラルクは袋の紐を解く。
    中を開けば、キラキラと光る艶やかな鳥達が詰められていた。
    まるで美しい彫刻の様なその鳥達。ソレが何か……あの夜の物語を知る者ならば直ぐに分かるだろう。
    徐にその鳥の脚をもいで、どうぞ、と差し出すドラルクに、ロナルドは思わず瞳を瞬いた。
    「……本当は、自作の菓子の一つでも振る舞ってあげたい所だけれども、私に与えられた役は鳥を捕る人なのでね。これで我慢しておくれ。……全く、仕事柄捕物には慣れてるとはいえ、こんな所でも何かを捕る役目を負わされるとは、因果なものだ。随分と疲れた顔をしている。甘いものでも食べて、元気を出すと良い。君は煩いくらいが丁度良いんだから」
    差し出されたソレは、ゆらゆら揺れるランタンの光を反射して、キラキラと光っていた。
    それを恐る恐る手に取れば、案外しっかりとした感触が返ってくる。
    触れればほろりと崩れてしまうのではないかと心配したが、それは杞憂だったらしい。
    まずは匂いを確認する。うん、何だか分からないけど、甘い匂いがする。
    さっきまで鳥にくっついていたものと考えると、また微妙な気持ちになるが、此処はファンタジーの世界。誰かの空想の中。
    きっと害は無い。うん。恐らく。
    それに、害あるものであるなら、絶対にドラルクは差し出して来ない。
    その信頼は、どの世界のドラルクであろうとも揺らぐ筈もなかった。
    ぱくり、と。口に含めば、それは甘い。
    チョコレートではないが、クッキーとも言い難い。けれどもはっきりとお菓子、と分かるもの。
    口の中で蕩けて甘く広がるその味わい。くどくもなく、さらりと溶けて、何処か懐かしさだけが舌に残る。子供が好む味なのだろう。
    ジョバンニ達が食べたものと、同じかどうかは分からない。けれども、何処か優しい味だった。
    いつもなら豪快な一口で食べるロナルドだが、何となく名残惜しさが勝って。
    ぽくり、ぽくりと小さく少しずつ食べるロナルドのその様を、向かいの席に座ったドラルクは何処か満足そうに眺めていた。
    その姿が余りにも同居人に似ていて、何となくその視線がむず痒い。
    それを少しだけ抗議する様に視線を向ければ、ドラルクは僅かにおや、と瞳を細めて苦笑した。
    「……すまないね。君の食べ方が余りにもうちのロナルド君と似ていて、思わず和んでしまったんだ。あの子も、本当に好きなものを食べた時に、勿体なく思うのか、大事に大事に少しずつ味わって食べるから。同じなんだなぁって」
    普段はあんなにも豪快に食べるのにね、と。
    いつもの大口を開けてぺろりと大盛りのご飯や唐揚げを、まるで飲むみたいに平らげる様を思い出しながら、ドラルクは笑った。
    知らず知らずのうちに子供の頃からの癖が出ていたらしい。
    普段は気にしないそんな何気ない癖を、改めて指摘されると気恥ずかしく思う。
    無意識にやっていただけに、余計に。
    それが癖であると分かる位には、このドラルクはそちらの自分を観察していたのだろう。
    ……先程出会った別のドラルクも、同居人と似通った癖を持っていた。
    自分もまた、世界は違えども知らずに似通っているのだろうか。
    それが何だか、むず痒く思えた。
    「……うるせぇ、笑うなよ……」
    未だにくすくす笑うドラルクに、ロナルドは恥ずかしくなって、もごもごと口の中で文句を言う。思わず気恥ずかしさに頬に灯る熱を感じて、ふいっといじけた様に顔を逸らした。
    それに流石に悪いと思ったのか、くすくす笑っていたドラルクはようやく笑うのを止めた。
    「ごめんごめん。気に入ってくれたなら良かったな、と思ってね。そんなに美味しかった?」
    そう問われれば、こくり、と一つ頷いた。
    「……なんて言ったら良いのかな……なんか、懐かしい味がしたというか……でも、最近にも食べた覚えがあるような……」

    ぱちりと一つ瞬きを零し。
    …………あ……と。
    思わず小さな声が漏れた。

    ……何処か、懐かしい味だと思っていた。けれど、違った。
    口の中に残るその味に思い至って、思わずその大事さに口元が緩みかけた。
    何故気付かなかったのか……差し出されたのが鳥の足だという先入観に囚われて、無意識に警戒していたからだろうか。
    舌に残る柔らかな味わい。ほのかな甘み。
    子供が好む、この味は……

    「……これ……ドラ公が作ったバナナケーキの味だ……」

    それは、自分の誕生日を祝う為に、ドラルクが作ってくれたバナナケーキ。
    ひとひら、ひとひらと。綴られた言葉を辿って、ようやく見つけ出した、想いの込められた其れを。
    壊さないよう、恐る恐る手にとって、振り返った先のあの同居人の顔を……きっと一生、忘れる事は無いだろう。

    口の中に広がるその柔らかな甘さに、思わず顔が緩みかけた。
    ……けれどそこで、ハッとする。
    今は喧嘩しているのだ。あの同居人と。
    それを思い出して、緩みかけたその唇を無理矢理キュッと結んだ。
    ……絆されて、なるものか。

    ぽつり、と零したロナルドの言葉に、目の前のドラルクは思わずその瞳を瞬いて、息を飲み込んだ。
    たたん、たたん、たたんたたんと、列車が揺れる。
    その一瞬の沈黙を飲み下すように、ゆるゆると顔を白い手袋をはめたその手で覆って。ドラルクは、はぁーと、深い溜息を吐いた。

    「……あー……よりにもよって、その味かぁ……それはきっと、私の影響なんだろうなぁ……」

    何処か諦めのような、苦笑するような。色んな感情を飲み込んだその声で、顔を覆ったまま、ドラルクはぽつりと零す。
    先程、目の前の彼が見せた、微かな……けれど明確な感情の移ろいを。大事なものを思い出す時、彼の瞳は優しい色が帯びる。
    きっと、そこにあるのは……知らない自分との大事な想い出なのだろう。
    何処か照れ臭そうに、口元を緩ませかけたその顔が、その瞳が、どれだけ大切な想い出であるかをありありと伝えてくる。
    目の前でまざまざと見せつけられて、思わず自分の中の罪悪感がちくり、ちくりと悲鳴を上げた。
    そんな事を知る由もないロナルドは、無垢なその蒼天の瞳をただ瞬いた。

    「……何かあったのか?……バナナケーキで」

    自分とは対照的な反応を示すドラルクの様子に少し躊躇いがちに、そう問いかければ。ドラルクはようやく顔から手を離し、苦笑して見せた。
    「……さっきも言ったでしょ。此方の君は、大侵攻をしてきた吸血鬼達の筆頭だって。今でこそシンヨコに住み着いて、良き隣人達となったけれど……最初は暴れて大変だったんだよ。特に、不死の王である君はね」
    「……あー……それは、なんかごめん」
    ドラルクの言葉に、またしても謝るロナルドに、ドラルクはくすりと笑った。
    「だから、君が謝る事じゃないでしょうが。……まぁ、それでね。吸対と退治人達と共同戦線で君を抑えにかかったんだけど、何十発と麻酔弾撃ち込んでも、君が沈静化出来なくてねぇ。多少ふらふらになった頃を見計らって、バナナケーキ出したの」
    麻酔入りの、ね……と。
    すらりと長い足を組み直して、目の前のドラルクは僅かに瞳を細めて苦笑した。
    その表情には、何処か、後悔が滲んでいる気がした。

    「……で、麻酔でぼーっとしている君は、美味しい美味しいって言いながら、全部ぺろっと食べてくれて……敢え無く御用となったって訳。……私の料理で、君が一番最初に食べたのが、麻酔入りのバナナケーキ。だから、どうにもそれに引きずられてしまったようだね。すまない」

    苦笑しながら、謝罪してくるドラルクの言葉に。そっちこそ謝罪する意味が分からねぇと、一蹴する。
    「……成る程な。お前の微妙な顔の意味が分かったわ」
    「あれ……私そんなに微妙な顔してた?」
    「してたしてた。……まぁ、それが作戦だったんなら仕方ねぇだろ。それが最善だったなら、
    後悔してんじゃねぇよ。そっちの俺だって、納得してんだろ」
    「……まぁ、そうなんだけどねぇ……」
    頭では分かっている。それが最善であった事。街を守る為の必然であった事は。
    けれど、それでも。彼という存在を知れば知る程に、彼との距離が近くなる程に。
    あの時のあの料理が……最初に彼が口したものだという事に、湧き上がる後悔は拭えない。
    彼にとっては些末な事で、気にもしてはいないのだろうけれど、それでも、これは自分だけが抱えていく傷なのだと。
    我ながら女々しいものだと分かっているが、それでもこれを飲み込んでいくには、まだ時間がかかるのだろう。

    「……まぁ、仕方ねぇんじゃねぇ?ドラ公の飯は、美味いから」

    ぽつり、と零される様に。落とされたロナルドの素直な言葉に、知らず俯いていたドラルクは、え、と小さな声を上げながら、顔を上げた。
    落ちた沈黙の空白を。
    たたん、たたん、たたんたたんと、列車の音が埋める。
    顔を上げたドラルクの様子に、ロナルドは僅かに顔を緩め、ぽりりと頬を掻いた。

    「……最初に食べたものがはっきりしてるって、逆に凄いと思うぜ。俺は、最初に食べたドラ公の飯が何だったか、もう忘れちまったからさ。……ほら、俺、吸血鬼退治人だからさ。最初のうちはいきなり家に押しかけてきた吸血鬼って事でドラ公の事、めっちゃ警戒しててさ。アイツの飯、全然食わなかったんだ」
    「……まぁ、そりゃそうだろうね。退治人なんだから、警戒するのは当然だよね」

    思い出すのは、最初の頃の記憶。ドラルクがまだ、事務所に転がり込んできたばかりの想い出。
    夜遅く、退治から帰る度に用意されていた食事。けれど、何かを企んでいるのではないかと疑心暗鬼に駆られて、中々手を付けられなかった。
    ジョンが食べているのを横目に、いらねぇと言葉を投げ付けて。わざとらしくコンビニのおにぎりを、飲み込む様に食べていたし、夜も警戒してろくに寝る事も出来なかった。
    5分位でさっと食べられる物を好んで食べて、気の休まらない生活を送っていた気がする。
    けれど、そんな生活にはどうしたって限界が来る。
    偏った栄養バランスの食事と不眠症。ドラルクが寝静まった昼に、少しだけ深い眠りに落ちる事が出来ていたが、到底その程度では満足な休息は出来なかった。
    結局、身体に力が入らなくなって、退治中に倒れる寸前までいった。
    それじゃあ、流石にまずいと、自分でも思った。
    ふらふらなその状態で、どうやって家に帰り着いたのか……記憶は曖昧にしか覚えていないけれど、帰った先で出された温かい食事が、初めて食べたドラ公の料理だった。
    記憶が曖昧で、お粥だったかスープだったか、よく思い出せないのだ。
    だが、弱った胃には優しい料理だった事だけは覚えている。
    誰かの手料理なんて、家を出てから久しく食べていなかった。
    ことんと、匙を置く頃には、腹と胸の中に温かいものが満ちていた。
    片意地を張っていた自分の中で、テーブルに置いた匙と一緒に、ことんと小さな音を立てて、何かが零れ落ちていったのが分かった。
    そうしてその後は、泥のように眠った。今までの警戒心なんか無かったかのように。
    夢うつつで、はっきりとは覚えていないけれど。そんな俺の頭を、あの冷たい手がふわりと一度だけ撫でたのを覚えている。

    「……ある意味では、開き直った……って、いうのに近いかもしれないけどさ。それからは、ドラ公の飯、食うようになった。だけど、やっぱ一番最初に食った飯が、一番温かくて、旨かった気がするんだよな。何食ったか覚えてねぇんだけど」

    ……だから。はっきり最初の料理覚えてるの、羨ましいと思うぜ、と――

    ふはっと、小さく声を上げて。ロナルドは苦笑するように笑った。
    その笑い方は、自分の知る普段の彼とは少し違う、何処か遠慮が滲む笑い方で。
    けれどそれでも、世界は違えども、自分の良く知る彼の面影が確かにあった。
    無邪気に笑うロナルドの姿を思わず幻視して、ドラルクは一瞬だけ我が目を疑った。
    ……どんなに世界が違えど、どんなにその形や種が変われども。彼と言う為人は、何処まで行っても変わらないのだ。
    目の前で笑うロナルドの言葉が、すとん、と音を立てて胸に落ちる。
    それにドラルクは、はは、と小さく声を上げて、目元を押さえながら笑った。

    「……そうか……そうだね。そんな風な考え方も、あるんだよね……」

    白い手袋が、たたん、たたんと揺れるランタンの光を遮って、僅かな暗闇を落とす。
    右へ左へと揺れるランタンの光が、何も言わず列車の床で踊っている。
    そんなドラルクの様子を横目に、ロナルドは列車の背もたれにもたれかかり、思いを馳せる様に列車の天井を仰いだ。
    揺れるランタンが視界の端で、たたん、たたんと踊っていた。

    「しかし、麻酔弾そんなに撃ち込んでも倒れねぇとか、そっちの俺、マジでやべぇな。もし、俺と対峙したなら、ロナ戦のネタには困んなさそうだなぁ」
    まぁ、世界が違うし無理だろうけど、と。ロナルドはけらりと笑う。
    話題を切り替えるように笑うロナルドの言葉に、ドラルクはようやく顔を上げて、隣のロナルドを見た。
    「……ロナ戦って?」
    「あぁ、そっか。そっちの俺は書かないのか。ロナルドウォー戦記。俺の自伝。まぁ、日々の退治の話を嘘は言ってない程度に脚色して書いてるんだ。あ、ちゃんとした出版社から出てる奴だからな」
    もう、何冊も出てるベストセラー作家なんだぜ、と。へへへ、と少しだけ誇らしそうに。
    顔を綻ばせるロナルドの様子に、ドラルクは僅かに瞳を瞬いた。
    「へぇ、君にそんな才能があったなんて、初耳だな。今度、こっちのロナルド君にも何か書いてみてってお願いしてみようかな」
    「そっちの俺は吸血鬼だからな。また、俺とは違った世界のロナ戦になるんだろうな」
    それはそれで、読んでみてぇな、と。
    ゆらゆら揺れるランタンを眺めながら、叶わぬ願いに瞳を伏せた。

    「……さぁて、私はそろそろ下車の時間のようだ」

    たたん、たたん、たたんたたん、と。
    暗闇の中を走る列車は、音を立てて。
    規則正しく揺れる座席からすっと立ち上がって、白い制服がぱさりと音を立てる。
    それに天井を仰いでいたロナルドは、伏せていたその蒼天の瞳を開いて、視線だけでその白い背中を見た。
    同居人と違い、列車の揺れ程度では体幹がブレていない。流石に吸対を纏め上げる存在だけはある。
    かちゃり、と。腰に帯刀している刀に手をかけるドラルクの様子に、ロナルドはもたれ掛かっていた背もたれから、背を離した。

    「……何だ、お前ももう、行っちまうのか」

    思いの外、落胆した様な声が出た。
    もう少し、話をしていたかった、と。名残り惜しむかの様なその言葉に、ドラルクは思わず驚いた瞳を丸くして、一度だけロナルドを振り返る。そして、苦笑するように、瞳を細めて笑った。
    「……すまないね。私に与えられた役は“鳥を捕る人”だからね。此処で下車しなければいけないんだ。……そんなに、寂しそうな顔をしないでおくれ」
    振り返った先にいるロナルドは、まるで、置いていかれる事を怯える小さな子供のような顔をしていた。
    恐らくそれは、無意識なのだろうけれど。
    思わず苦笑して、小さい子供をあやす様に、ぽん、と帽子の上から一度だけその頭を撫でた。
    それに、何処か不服そうな色を浮かべた蒼天の瞳が、ぱさりと下にズレた帽子の影に隠れた。
    煌々と光るランタンの光を遮って、帽子の暗がりが、一瞬だけ視界を塞いだ。

    「……それじゃあね。人間のロナルド君。君が選び進む道が、君らしいものである事を祈っているよ」

    帽子の暗がりを見つめていると、優しく降ってきたその言葉に。
    思わずパッと顔を上げれば、ランタンの光が目を焼いた。
    たたん、たたん、たたんたたん、と。
    揺れるランタンの光の中に、もうあの白い姿は何処にもなかった。
    それに思わず、きょろりと顔を左右に振るって、消えた白を探すけれど、列車の何処にももう見当たらなかった。

    「……ドラ公っ!!」

    また独り、取り残された。
    誰かといる時はそこまで気にならない列車の音が、やけに大きくなったような気がした。
    胸を締め付けるような、寂しさにも似た気持ちが湧き上がる。
    それに、思わず自嘲が浮かんだ。
    ……と、ふと。視線が窓の外へと攫われる。
    先程までずっと、真っ暗な宙の中を走っていたというのに。
    いつの間にか、白い砂漠の様な砂原が広がっていた。

    「…………あ?ドラ、公じゃねぇか、あれ」

    何処までも白く、キラキラした砂原の中。
    1人、ゆっくりと鞘から刀を引き抜く白い制服のその姿。
    バサバサと音を立てて、暗い空から降りてくる無数の蝙蝠の様な何かを見据えて。キラリと光る白刃を構え、吸対のドラルクは、口元を歪めて笑った。

    “鳥”を、捕る人……とは、この事か。

    「……全く。こんな所ですら、何が悲しくて“仕事”しなきゃいけないのかね」

    私は頭脳派担当の指揮官だというのに、と。
    誰に言うでもないぼやきを零しながら、ドラルクはその手に握る刀をギュッと握り締めた。
    頭脳派ではあるが、戦えない訳では無いのだ。
    ……まぁ、体力はお察しの通りではあるのだが。
    思わぬ肉体労働に、思わず辟易しながらも、これも先程出逢ったロナルドの為か、と。
    彼を無事に帰してやる為なら、と、ドラルクは小さく笑った。
    そして、ふぅと小さく息を吐くと、その砂を蹴り付けた。

    空から飛来する数多の吸血鬼と、刀一本で対峙するドラルクの姿に、ロナルドは直ぐ様リボルバーを引き抜いて、列車の床を蹴り付けた。
    たたん、たたんと走る列車は、段々とドラルクのいる砂原から離れてしまう。
    せめて、少しでも近くへと。
    走る列車を逆走するように、車両と車両を繋ぐドアを潜って、列車の中を駆ける。
    その間も、ドラルクは無数の蝙蝠達と戦っていた。
    迷いの無い太刀筋で一閃される蝙蝠は、二つに分かれると、砂に落ちて。キラキラと白く灰になって、砂に溶けていく。
    その砂を蹴り上げながら、ドラルクが砂原の中で刀を片手に舞っている。
    白い吸対の制服がヒラヒラと。まるで、踊り子のようだ。
    普段のクソ雑魚同居人からは、絶対に想像が出来ない姿だ。
    「……本当に、吸対の隊長、なんだな……あのドラ公……」
    目の前で蝙蝠達を斬り伏せるその姿に、いまだに半信半疑のまま。けれど、走る足に更に力を込めた。
    そして、辿り着いた最後尾の列車のドアを開き、車掌車に躍り出た。
    せめて、少しでも手助けが出来たなら、と。

    ーーーーと、その瞬間、ドラルクの背後にバサリと。一際大きな蝙蝠の影が飛来した。

    それを目の当たりにしたロナルドは、迷う事なく手にしたリボルバーの銃口を向け、その引き金を引いた。

    「ーー!?しまっ……」
    目の前の蝙蝠を斬り捨てた一瞬の隙をついて、ばさり、と背後で音が響く。
    それに、ドラルクは直ぐ様振り返ろうとしたその刹那。
    パアァァンと、夜の空気を引き裂く銃声と一閃に、思わず瞳が攫われた。
    目の前に迫った黒い影は、銀の銃弾に貫かれ白い灰となって、さらりと砂に溶けた。
    今はもう、遠くへと離れていく列車の最後尾。
    風に靡く赤い外套を揺らしながら、真っ直ぐと此方へと銀色に輝く銃口を向けるロナルドの、その姿。
    射抜くような蒼天の瞳は、前だけを見据えて。
    ただ、真っ直ぐと此方を見つめていた。
    その姿に、思わず瞳が釘付けになった。

    ……吸血鬼と対峙する、何と気高い、その朱に。

    余りの強烈な朱に。魅せられた気の毒な別の世界の自分に。
    思わず同情したい気持ちになった。
    決して敵わない事だけれども。吸対と退治人と……こうやって共闘する世界も、きっと悪くは無いのだろう、と。
    そんな世界の物語も、読んでみたいものだ、と。
    思わず夢想する自分に、知らず愉快になって。
    ドラルクは手に持つ刀を握り直し、最後の一匹を斬り伏せた。
    ばさりと白い灰になり、砂に溶けていくそれを見下ろした後、ドラルクは思わず真っ暗な空を仰ぎ。
    顔を押さえて笑うと、疲れた様に自分もまた砂の上に仰向けに倒れ込んだ。
    そうして、自分の帰りを待っているであろう無邪気な彼を想い、瞳を閉じた。
    砂の上に広がったその“白”は。キラキラした白い砂に溶ける様に、さらりと崩れ、消えていった。
    それを遠くに眺めながら。
    たたん、たたん、たたんたたんと。
    走る列車の音を聞きながら。ロナルドは静かに銃口を下ろした。

    「……じゃあな。吸対のドラ公……」

    もう、聞こえる筈もないその相手に、別れの言葉を告げて。
    夜の冷えた風に飛ばされそうな帽子を押さえ、その瞳を細めた。

    白い砂原は、キラキラと。
    遥か高くから響く鳥の鳴き声だけを残して。
    遠く、暗い宙の向こうへと、過ぎていった。


    ◇◆◇

    Δと鳥を捕る人と

    ◇◆◇


    幕間3

    「……はい。手当完了。全く、結構な深い傷じゃないか……言っておくけど応急処置だからな。明日の昼間には病院に行くんだぞ、バカ造」
    「……手当ありがとよ。んで、殺したわ」
    「ファーーー!!事後報告やめて貰えますぅ?」
    一言多いんじゃボケ!と。
    ドラルクが包帯を巻き終えるのを待って、拳を奮えば。目の前のドラルクは風に煽られる砂の様に、簡単にざらりと崩れ落ちる。
    うぞうぞと砂から姿を戻しながら、言い返してくるその姿を一瞥しながら、腕の状態を確かめるように、掌を何度か握っては開いてみた。
    多少の痛みはあるものの、問題なく動かせる。これが右腕でなくて良かったと、心から思う。いざという時の為に、両利きとして訓練は積んでいるが、どうしても左腕では射撃の精度が落ちる。右腕が無事だった事は、本当に幸運だった。
    ……かつての兄の様に、もし銃が握れなくなったのならば……その時は兄と同じく、退治人の引退を考えなくてはいけないのだろう。
    自分から退治人を取ってしまったのなら、その時は一体何が残ると言うのだろうか。
    思わず思考に落ちそうになる自分を引き戻す様に、真新しい包帯と消毒液の匂いがふわりと香る。
    何となく、病院を連想させる匂いで、あまり得意ではない。
    先程までドラルクに握り締められていた腕は、まだ少しだけじくりと痛む。
    その腹いせもあって、砂に還してやったけれど、当のドラルクは既に知らんふりを決め込んでいた。
    「……手当は済んだんだ。君も疲れた事だろう。夜食食べて、今日はさっさと寝るんだね」
    此方に視線を寄越す事もなく、かちゃかちゃと救急箱を片付けているその姿を、思わずじと目で見やったが、ドラルクはそんな視線などお構いなしに無視を決め込んでいる。
    どうやら、今回は徹底抗戦の構えらしい。
    そっちがその気なら別に良いし。帰ってきて早々に人の傷を抉ってきた恨みは、ちゃんと返してやらねぇと此方の気持ちが収まらない。
    ……まぁ、先程一度殺したので、少し気持ちがすとんと落ちたけれども。
    それでも、恋人ではあるが、退治人である自分に転化しろだなんて、そんな我儘をぶつけてきた事は、到底受け入れられなかった。
    ふんっと何処か拗ねる様に鼻を鳴らすと、ふいっとそっぽを向いた。
    そんな自分達の様子を心配そうに見ていたジョンが、困った様子でヌーと声を上げる。
    それには少しだけ申し訳ない気持ちになった。
    怪我をした自分を気遣って、ジョンがヌーヌーと声をかけてくる。そして、取り敢えずご飯を食べよう、と小さなその手を広げて食卓へと促した。
    湯気の立つ料理の数々が並べられたいつもの食卓。ふわりと香る出汁の香りが、不意に鼻腔を掠めて。唐突に空腹を思い出したかの様に、ぐぐぅとお腹が鳴り出した。
    それにジョンは面白かったのか、ヌヒヒと口元を両手で押さえて可愛く笑う。
    ……あぁ、素晴らしき愛しの丸だ。
    もし、ドラルクが自分に飽きて、出ていくような事があれば、出来ればジョンは置いてってほしい。……まぁ、それは無理な事なんだけどさ。
    キンデメや死のゲームも、ドラルクが出ていくならきっと一緒に行ってしまうだろう。
    だけど、せめてメビヤツだけは置いていってはくれないだろうか。
    最初は独りしか居なかったこの事務所で、ドラルクがいきなり押しかけてきて。
    そこから、ジョンやメビヤツとの生活が始まって、キンデメと死のゲームが来て……いつの間にか、静かな時間なんか無くなっていた。
    いつだって賑やかで、笑い声が絶えなくなった。
    それがもし、いきなり無くなってしまったらと考えると、思わず胸が締め付けられそうになる。
    まだ、独りだった頃。疲れ果てて明け方に帰り着く、誰もいない真っ暗な部屋を思い出して……ふるりと頭を振った。
    「……ヌヌヌヌヌン?」
    ソファから動かない自分を気遣って、ジョンがどうしたのかと、首を傾げて見上げてくる。それに、何でもないと苦笑を返しながら、ジョンを抱き上げた。
    そのままジョンと二人、湯気の立つ食卓へと付いて、両手を合わせて『いただきます』と言った。
    そんな一人と一匹の声を、救急箱を片付けながら、ドラルクは背中で聞いていた。

    かちゃかちゃと、音を立てて。あっという間に料理が大きな口の中へと消えていく。
    その様を少し不機嫌そうに、向かいの椅子に座って。ホットミルクを啜るドラルクは、珍しく何も言わない。
    普段であれば、美味しい?とか、量足りてる?とか聞いてくるのに。
    今日はどんなポンチな同胞に会ったんだとか、退治人のみんなはどうだとか。
    そんな他愛のない会話があるのに、今日は何もない。
    かちゃかちゃと、無言のままに食器が皿に当たる音しかしない。
    向かいに座りながらも、お互いに目を合わせない二人の様子に、ジョンが気遣って時折ヌーヌーと話しかけてくる。
    それに、自分もドラルクも、ジョンには笑顔で応えるのみで。互いには言葉を交わさなかった。
    その雰囲気に耐えられない、と。水槽の中のキンデメと死のゲームがうんざり顔で顔を見合わせていた。
    ……と、そんな雰囲気を破る様に、デンワワワワ……と、ソファに置いてあったロナルドの携帯が鳴り響いた。
    それにロナルドは直様、退治人の顔になって。持っていた箸を置いて、テーブルから立ち上がった。

    「ーーーーッ!!待って、ロナルド君!!」

    ドラルクは瞬間的に手を伸ばして、立ち上がったロナルドの手を取った。
    ひやりと冷たいドラルクの、細長い指が、携帯へと伸ばした腕を掴む。
    それにロナルドは、一瞬だけ驚いた瞳を揺らしたが、退治人としての責務を放棄する訳にはいかないと。
    引き止めたドラルクの腕を振り払い、携帯電話をその手に取った。
    振り払われたドラルクは、ざらりと砂に還り、ロナルドを止める事は叶わなかった。
    そうして、ロナルドは携帯の通話ボタンを押すと、予備の退治人服が入っているクローゼットを開け放った。

    ◇◆◇

    NEXT 30年後とジョバンニの切符と

    ◇◆◇




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