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    nekoyamanagi

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    nekoyamanagi

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    そういえば、成人式か…と気付いたので、去年の五月くらいから書いてるのにいまだ未完のスーツのやつ晒しときます。どんつくどんどん(´⊙ω⊙`)

    きみと私に振る砂は「ねぇ、若造。次の休業日は面を貸せ。これは絶対だ」
    「…………は?」

    何を考えているか分からない目の前の享楽主義者の言葉に、盛大な?マークと共に、ロナルドは思わずこてんと首を傾げた。
    それを真似っこする様に、二人との間に座っていた愛しき丸もまた、こてん、と可愛らしく小首を傾げている。
    可愛いは正義。丸は正義。
    目の前で首を傾げている二人の様子に、思わず顔がにやけかけて、ドラルクはそれを誤魔化す様に、ごほんと軽く咳払いをした。
    「少々買いたい物があるのでね。荷物持ち代りに付き合え。因みに、拒否権は有りませんので」
    真面目な顔できっぱりと言い放つドラルク。普段と違い、有無を言わせない様なその雰囲気に、一体どうしたのかと思わず隣に座る丸と顔を見合わせた。

    そんな何の前触れもなく、唐突に言われたのは数日前の事で。
    当日いきなりタクシーに詰め込まれて連れて来られたのは、自分には全くの不相応の店。
    重厚な扉に細やかな装飾の施されたその扉を見ただけで、明らかに分かる場違い感。両脇からスーツ姿の従業員が笑顔で扉を開けて招くのを、遠慮もなく潜るドラルクの後をおっかなびっくり潜ったのがつい先程の事で。


    「嘘だろおい、ドラ公こんなの聞いてねぇぞ!!やだやだ!!ドラ公!!一人にすんなよ馬鹿ぁぁっ!!!」
    「ほらご覧、ジョン。まるで、お使いに行くよと騙されて、何も知らずに注射に連れて来られた5歳児の様だね」
    「ヌヌヌヌヌン、ヌヌヌヌヌー」
    唐突に我が身に降り掛かった出来事にキャパオーバーを起こした5歳児が、ギャンギャン泣き喚いているその姿に、思わず真顔になるドラルク。
    そんなドラルクの腕の中で、ロナルド君、子供だねーと口元を押さえて笑うジョンの様子に、ロナルドは更に泣いた。
    「ウェーン、何でそういう事言うのー!!っていうか、ほんと、聞いてない!!聞いてねぇからこんなの!!待って、ほんと、分かんないからこういうの!!」
    助けてくれ!!と必死の形相で喚くロナルドの様子に、半ば呆れながら肩を竦めると、ひらりと手を振って。
    「はいはい。竜の一族お抱えのテーラーに任せれば、大丈夫だから。それに採寸するだけだよ。誰も取って食ったりなんかしないから、さっさと行ってきなさいギャン泣きルド君ww」
    「ヌッヌヌッヌーイ」
    行ってらっしゃーいと、ジョンもジェントルらしくハンカチを持って優雅に振って。
    「それでは、ドラルク様。しばしの間彼をお借り致します。少々お時間を頂きますので、此方の部屋でごゆるりとお待ち下さいませ」
    初老の出立の吸血鬼は、礼儀正しくドラルクに一礼した。
    ぎゃあぎゃあ喚く5歳児は、優雅に振る舞うテーラーに連れられて、隣の部屋へと消えていく。
    その様子を眺めながら、ドラルクは座り心地の良い椅子に深く腰掛け、優雅に足を組んだのだった。


    きみと私に降る砂は


    事務所側から響くチャイムの音と、インターフォンから聞こえる宅配便でーすという声に。ぱたぱたとエプロンで手を拭きながら、ドラルクは居住スペースから事務所側へと移動して、ガチャリと事務所の扉を開けた。
    「はいはい。お待たせして申し訳ないね。ご苦労様」
    扉を開ければそこにいたのは、年若い配達員の青年で。好青年らしく、ドラルクの労いの言葉ににっこりと笑って、その手に持っていた小包みをドラルクへと差し出した。
    「木下 日出男さん宛の荷物になります。サイン頂けますか?」
    珍しく同居人のフルネームでの届け物に、おや、と一瞬だけ目を丸くしたが、ドラルクは手早くサインを済ませると、小包みを受け取った。
    ハンターネームは実名と同じだけの効力を持つ正式なものだ。本名を明かしていないハンターにとって、こういった郵便物によって個人が特定される事は身の危険を伴う場合がある。
    勿論、役所などの正式な書類などには実名での記述が必要とはなるが、それ以外の場合はその括りではない。
    元々、彼のハンターネームは高校の時のあだ名が元であるし、本人は別段、本名を隠している訳では無いらしい。
    だが、事務所兼自宅という立場上、どうしても不埒な輩が出ないとも限らない。彼は人気の退治人であり、作家でもあり、生来あの容姿だ。
    過激なファンが郵便物から、彼の本名を暴こうとした、なんて事も過去に数度あった事らしい。
    それからは、自衛の為もあり、余り本名を使わない様にしているらしい。
    そんな彼に珍しく本名での届け物とは……一体何だろうと、思わず好奇心がむくりと起き上がる。
    サインを受け取った配達員は爽やかな笑みを浮かべると、被っていた帽子の鍔を摘み、軽く頭を下げると颯爽と踵を返して去っていった。
    それをひらりと手を振って見送ってから、ドラルクはぱたりと事務所の扉を閉めた。
    本日の退治人業は既に営業を終了している。
    小包を片手に、再度夕飯の支度へと戻ろうと、ドラルクは居住スペースへと移動する。
    慌てて履いたつっかけを、カランと音を立てて脱げば、濡れた髪をタオルで拭きながら今しがた風呂から戻ってきた同居人と目が合った。
    「ん?宅配便?」
    ドラルクの片手に収まる小包を一瞥して、ほかほか湯上がりの同居人は僅かに小首を傾げてみせた。
    「……ああ。君への小包だよ。はい、木下 日出男君」
    スリッパに履き替えて、わざとらしく普段呼ばない彼の本名を呼んでやれば、目の前の同居人は僅かに目を丸くした。そして、ゆっくりと眉根を寄せていくと、普段呼ばれ慣れないその感覚に複雑な顔をしながら、ドラルクの差し出した小包を受け取った。
    宛先へと視線を落とし、あぁ、と小さく声を上げるロナルドの様子に、ドラルクは僅かに小首を傾げて、彼を見守った。
    「何が届いたんだい?」
    「……あぁ、写真だよ。写真屋で頼んでたのが出来たらしい。後でヒマリに届けてやらねぇとな」
    「ヒマリ嬢に?」
    徐に小包を開けて、中身を改めるロナルドの様子に、よじよじとテーブルに登った愛しの丸が、愛らしく小首を傾げて、彼が持つ物に興味を示す。
    それににへらと緩み切った顔でジョンに笑いかけてから、そっと小包の中身を大事そうに取り出した。
    上等な箱から大事そうに取り出されたのは、一冊のアルバムで。
    上質な布で作られたその表紙はさらりとした肌触りを返してきた。
    「……ヒマリの成人式の写真。ほら、ヒマリ、めっちゃ綺麗だろ?」
    普段は無骨な指が、大事に大事に、そっと本を開くその様に、それが如何に特別なものであるかを物語る。
    それを示す様に、中から現れた一枚の写真は、艶やかに着飾った美しい娘の姿を写していた。
    銀色の髪に映える赤い華の簪に。白い肌を彩る主張しすぎない紅が、可愛らしい唇を更に愛らしくしていた。
    僅かに紅潮している頬と、柔らかくも控えめな微笑みが、これから迎える新たな門出に膨らむ期待と希望を表しているようだった。
    幼く愛らしかった妹が、いつの間にかこんな立派で美しい娘へと成長した。
    それを祝う為の写真が、特別なものでなくて何とするのか。
    写真の中の娘と同じ、蒼天を宿す彼の瞳は写真を見つめ、優しく微笑んでいる。
    「……ほう、素晴らしい写真じゃないか。ヒマリ嬢の魅力がとてもよく出ているね。着物も良く似合っているよ」
    「当たり前だろ。俺と兄貴とお店の人で、めっちゃくちゃ悩んで、着物選んだんだから。勿論、ヒマリが好きなの選んだけどさ!……ほら、ヒマリの奴、口下手だから、中々決まらなくて……」
    ……でも、と。
    僅かに口籠るロナルドの様子に、どうしたのかと彼へと視線を向ければ、本当に嬉しそうに瞳を細めて、彼は言葉を継いだ。
    「……どうしても、赤い着物が良い、って……そこだけは譲らなかったんだよな、ヒマリの奴」
    兄妹で、揃いの赤を、と。
    そう言った時のヒマリの様子を思い出して、嬉しそうにロナルドは笑う。
    こんな一生の中でたった一度しか無いその大事な瞬間を、兄弟達と同じ赤い着物で過ごしたい、と。
    真っ直ぐな瞳で告げたヒマリの言葉が、ただ嬉しかった。
    銀糸の髪に赤い着物がよく映える。それを彩る蒼天の瞳は、本当に、美しく思う。
    「……君達兄妹は……本当に赤が良く似合うね」
    写真の中の美しい娘を見下ろしながら、愛しい者の影を重ねる様に、ドラルクはそっと笑う。
    それに、心底嬉しそうにロナルドは頷いて。
    「当たり前だろ。俺達は、“レッドバレット”の弟妹なんだからな!」
    ーーーーと。
    何処か誇らしげに、その愛しい人はただ笑った。
    その言葉に、ドラルクは一瞬だけ目を丸くしたが、小さく溜息を吐いて、僅かに苦笑した。
    確かにその色は、彼の尊敬する兄、レッドバレットのものかもしれない。
    けれど、既にその色は、君自身の色にもなっているのだと、どうして気付かないのだろうか、と。
    兄二人と同じ、赤を纏いたい、と。
    末の妹が願うその想いは、一体どこまでこの若造に伝わっているのだろうか。
    彼自身、最初は兄の模倣だったのかもしれない。けれど、退治人として時を重ねる毎に、彼自身が積み上げた功績は、彼だけのものだ。
    どれだけの人を助け、どれだけの事を成してきたのか……それはきっと、彼の兄に引け劣るものでは絶対に無い筈だ。
    けれども、自己肯定の低い彼は、『兄貴なら上手くやれた』『兄貴ならこうした筈だ』……と、どうしても自分と兄を比較して、自分を下に見る癖がある。
    そんな事、助けられた側からしたら関係の無い事だろうに。
    どうしても、そのジレンマから抜け出せない哀れで、けれど愛しい子だ。
    いつか、そんな呪いのような言葉も吐けないくらい、グズグズに甘やかして自己肯定を育んでやりたい……なんて告げたら、この目の前の若造は一体どんな顔をするかな、などと。
    思わずそんな事を考えて、ニヤけそうになる口元を誤魔化す様に、そっと顎に手を当てる振りをした。
    ロナルドがぱらりと、三つ折りにされているアルバムを開けば、ヒマリ嬢の全身を写した写真と後一枚。兄妹三人で並んで撮った写真が綴られていた。
    「……ああ、何時だったか、畏まった格好で出掛けた事があったね。あの日がそうだったんだ」
    確か前日になって、どんな格好していけばいいかわかんねぇと、泣きついてきた事があったな、と。
    ドラルクにコーデを任せてきた日の事を思い出して、あぁ、と納得した。
    派手になりすぎない様、フォーマルに近いカジュアルなジャケットで写るロナルドは、緊張していたのだろう。僅かに顔が硬っている。
    それに思わず、苦笑が零れた。
    「……だって、しょうがねぇじゃん。俺、スーツとか一着も持ってなかったし……あーいうのってどうしたら良いか分かんなかったんだから」
    その時の事を、ロナルドも思い出しているのか、僅かに恥じらう様に唇を窄ませて、もごもごと言い訳を口にする。
    「……だからって、この間の騒動のアレは無かったよ。あんなド派手なスーツなんて、何で選んだの。手品師でも目指してたの?」
    不意に先日の騒動を思い出して、思わずドラルクは肩を竦めた。
    とあるマナー講師の吸血鬼が引き起こした事件だ。独自のルールを他人に強要する能力を持つ吸血鬼で、その中で『退治人はスーツを着なくてはいけない』などと催眠を掛けられて、ロナルドは咄嗟にスーツを買いに走った。
    その時選んできたのが、これがまた酷いセンスのド派手なスーツで。
    あまりのド派手さに何度笑い死んだ事か。
    あー……駄目だ。思い出すとまた笑い死にそう、と。
    思わず耳の辺りが砂になりかけて、ぷるぷる震えながら何とか思い出し笑いを飲み込んだ、のだか。
    「思い出し笑いしてんじゃねぇよ!!」
    「ぷぇー!何でバレた!?」
    それを目敏く気が付いたゴリラが、容赦なく拳を振り抜いてきて。それにぶち当たって、努力も虚しく結局砂にされた。
    気の短いゴリラだ、全く、と。
    ナスナスと文句を言いながら、元に戻りながら、ふと疑問が浮かんだ。
    「……そういえば、ゴリルド君。君の成人式の時の写真は?」
    何気ない疑問を口にしたドラルクに、ロナルドは同じくきょとんとした顔をドラルクに向けて。

    「は?ある訳無いだろ。俺、やってないもん」

    ーーーーと。
    さも、当たり前の様な顔で平然と言ってのけた。
    それに思わず、ざらりと体が砂に逆戻りした。

    「な、何でやってないの!?成人式って人生のうちでたった一回しか無いのに!?なんで!!」

    そういうおめでたい事は、絶対にやるものだと思い込んでいたドラルクは、慌てて体を元に戻しながら。何をそんなに仰天しているのか、訳がわからないという顔をしているロナルドに詰め寄った。
    それにロナルドは、ただ驚いた瞳をくりくりと丸くして、詰め寄ってくるドラルクを見返していた。
    「え……何でって……まだその頃駆け出しの退治人だったから時間も金もそんな無かったし……兄貴ともほら、色々あったし、別に良いかな、って……」
    じりっと詰め寄ってくるドラルクの様子に、僅かに居心地悪く思ったのか、青い瞳をちらりと泳がすと、ロナルドは観念した様に話し始めた。
    「……勿論、マスターやヴァモネさんはやれって言ってくれたんだけど……成人式の日、運悪く下等吸血鬼の大量発生があって、朝までドロドロになりながら退治してたんだよ。で、結局へとへとになって、成人式も行けなかった。まぁ、スーツも持ってなかったから、行かなかったと思うけどさ」
    ぽつり、ぽつりと語るロナルドの言葉が本当に余りにも彼らしい理由で、思わずドラルクは、深い深い溜息を吐いた。
    「……そ、それにさ……兄貴だってやってないし。兄貴も俺達の世話が忙しくてそれ所じゃなかったろうし、俺だけやるのも、さ。……でも、ヒマリは女の子だから。振袖着させてやりたかったから、兄貴とも相談して、日取り決めて、やったんだよ。……そ、その……」
    兄がやってない事と、自分がやらなかった事はまた別の話だろうに、と。
    兄を気にしてやるのを躊躇ったというのなら、何と下らない理由で大事な一時を逃したものか、と思わず小言を口にしようとしたのだが。
    何やら言い淀む様子に、どうしたのかと怪訝な瞳でロナルドを見た。
    「……お、お前が家に転がり込んできたお陰で、兄貴との溝が埋まってさ……そういう事も、ちゃんと、相談、出来た、から……そ、の……」

    ……感謝、してるんだぜ……と。

    耳まで真っ赤になった顔を逸らし、消え入りそうな声で告げるロナルドの様子に。思わずその熱が移って、ざらりと砂になった。
    ……無自覚怖い。ほんと、心臓に悪い。
    もういい加減、理解らしちゃっても良いかな?まだ駄目かな?何だかんだで脈はあるとは思ってるんだけどねぇ。……でも、まだ早いかなぁ。うーん。

    などと、自分の理性と思わず相談しながら、何とか体を元に戻しつつ、ナスナスと文句を言った。
    「……何で死んだんだよ……」
    死に戻ったというのに、耳が熱い。じと目で少しいじけた様に見てくるロナルドの視線がむず痒くて堪らない。吸血鬼らしからぬ色になっているのが気恥ずかしくて、思わず顔を逸らす。
    「……そりゃ、君が珍しく素直にそんな事言うからだよ」
    「殺したわ」
    「事後報告やめて貰えますぅ?」
    流れる様ないつもの動作で殺されながら、ざらりと砂に返った。
    顔を見られたくなかったから、これはこれでお互いに好都合なのだろう。
    何となく気恥ずかしい空気になっても、こうしてリセットが可能とは……良いんだか悪いんだか。まぁ、それは時と場合による。
    何度も死ぬ度に、ヌーーと悲しげな声を上げる愛しの丸には申し訳ないけれど。


    「ねぇ、若造。次の休業日は面を貸せ。これは絶対だ」
    「…………は?」

    そうして話は冒頭へと戻る。


    ウェーンと声を上げて、ギャン泣きしながらロナルドが隣の部屋へと連れて行かれてからしばし経った頃。
    幾つもの生地を並べるスーツ姿の女性は、ここの支配人の孫娘にあたる。
    きっちりとした身嗜みのその女性は、祖父と同じく繊細な指運びで生地を一つ一つ丁寧に扱う。現在は祖父の元で修行中との事で、何れは彼女がその技術の全てを引き継いでゆくのだろう。
    服をこよなく愛する祖父と、同じ瞳をしたその女性の所作を眺めながら、贔屓の店の安泰を確信した。
    「生地はなるべく上品なものが良いね。けれど彼の事だから、よく動くだろうし、動きをなるべく制限しないようなものが良いな」
    「……それでは、こちらの生地など如何でしょうか。光沢もあり、上品な黒。光の加減によっては夜の波間の様な紺碧にも見えるでしょう。柔軟性も兼ね揃えておりますので、どんな動きにも応えます」
    ドラルクが提示した条件に、数ある生地の中から迷う事なく一枚の生地を選び出す。
    ふわりと持ち上げられたその生地に触れ、その手触りや色味に、ふむ、とドラルクは顎に手を当てる。
    「手触りも柔らかさも申し分無いね。色味も上品だし、彼に良く似合うだろう。メインはこれにしよう。ラペルはそうだな。彼の場合、ビジネスよりも、華やかな場に呼ばれる事の方が多いだろうから、太めにしてクラシックなスタイルが良い。これに合うベストも作りたいね。出来れば色は彼のイメージの赤が良い」
    「ならば、クリムゾンレッドのこちらの生地は如何でしょうか。色味も派手過ぎず、ジャケットのお色にも合うでしょう。“竜の愛し子”のお噂は予々。何時此方へお連れになるのか、祖父共々楽しみにしておりました。お噂通り、美しいお方ですね。祖父も作り甲斐があると大層喜んでおりましたよ。このお色でしたら、彼の人のイメージにも違わぬと思いますが、如何でしょうか?」
    落ち着いた深紅の生地を選び出す女性は、その切長の瞳を細めて、優雅に笑う。流石は竜の一族お抱えのテーラーの優秀な跡取りだ。
    顧客の好みや趣向の収集に余念は無い様だ。
    此方の情報など筒抜けなのだろう。
    「……えー。そんなに噂になってる?やだなぁ。まだ始まってすらいないのに、みんな勝手な話広めないで欲しいんだけどねぇ」
    「ふふふ。皆、興味津々なのですよ。吸血鬼は皆、享楽主義ですから。私も何時、彼の人を竜の一族にお迎えするのか、楽しみで仕方がありません。その時は、是非私に一着仕立てさせて下さい。最高の一着をお約束しますよ?」
    ふふふ、と瞳を細めて淑やかに笑う女性の様子に、ドラルクはふむ、と顎に手を当てる。
    生地選びの際の豊富な知識と、丁寧な指運び。女性ながらも、祖父をも超える才の持ち主と名高い彼女には既に一定層のファンが付いているという。
    独自にブランドを立ち上げる事も出来るだろうに。それでも祖父の営む高級紳士服を継ぐ事を決意したという。
    「そうだね。いつかその時が来たなら、君にお願いしようかな」
    「……ふふふ、それは光栄ですわ。それまでに精一杯精進しておきますね」
    彼女とはこれからも長い付き合いになりそうだ、と。
    僅かに口元に笑みを浮かべて、ドラルクはそっと頷いた。それに女性は瞳を細め、優雅に笑った。
    「まぁ、まずはこの一着を決めてしまわなくてはね。じゃないと、煩いゴリラが帰ってきちゃうし。そうだなぁ。あとは何か、彼を着飾るのにアクセントが欲しいんだけれど、何か良いものとかあるかねぇ?」
    「……アクセント……ですか。そうですね……」
    ドラルクの言葉に、女性はふと考える様に、一度だけ瞬いて。選ばれた生地を丁寧に机に置くと、迷う事なくとある棚を開いた。
    そこから二つの小さな箱を手に、ドラルクの前まで戻り、その蓋をそっと開けた。
    「……それでしたら、この様な物は如何でしょうか。美しい花には虫も多い事でしょう。要らぬ虫は、避けられるのが宜しいかと」
    小さな二つの箱を差し出され、それを見たドラルクは僅かにその瞳を瞬いた。
    そんなドラルクの様子に、女性は満足したのか。まるで悪戯が成功した子供の様に、くすりと口元に笑みを浮かべて。その切長の赤い瞳を細めて、ふわりと優雅に微笑んだのだった。


    「……ーーー……疲れたぁ……」
    帰ってくるなり、ソファに沈み込んで。ぐったりとした顔で唸るロナルドに苦笑しながら、ドラルクはマントを外し、エプロンに手をかけた。
    「ヌヌヌヌヌン、ヌヌヌヌヌヌ」
    ロナルド君、お疲れ様と。ソファで潰れるロナルドの頭をなでなでと優しく撫でるジョンに、ロナルドは死んでいた顔を上げ、ジョンーと。へにゃりと笑ってジョンを捕まえると、その柔らかな腹毛を堪能する様に、そのお腹に顔を沈ませた。
    それに、ヌーと声を上げる愛しの丸は、困った様子で主人に助けを求めた。
    「こらこら、ロナルド君。ジョンが困ってるでしょうが」
    いつものエプロンスタイルとなったドラルクは、助けを求めるジョンの様子にロナルドへと声を掛けるが、ロナルドはジョンの腹毛に顔を埋めたまま顔を上げない。
    「お前があんなとこに俺を連れてったから、精神が擦り減ってんだよ。ジョンに癒やして貰わなきゃ割に合わねぇ……」
    心底疲れ切った声で、ジョンのお腹の中から放たれるその言葉。まるで拗ねた子供の様に言うロナルドの声に思わず苦笑して、そのさらりと揺れる銀糸の髪を宥める様に撫でた。
    するりと指先を擦り抜ける柔らかな銀色が、心地よく指の間を滑る。
    同居を始めた頃は、自分を労わるという発想すらなく、安物のシャンプーで適当に洗われていたその髪。今ではドラルクの使うシャンプーと同じ物を使う様になった為か、滑らかでふわふわの髪質へと変わっていた。
    時折、彼がソファでうたた寝している時などに、これはチャンス、と。喜んで徹底的にヘアケアしたりしてきた成果が出たのだと、満足感に思わず口元が緩んだ。
    ジョンの腹毛の様にふわふわになったその髪を堪能しながら、ロナルドの頭を撫でていると、ロナルドが段々むず痒くなってきたのか。
    僅かに耳を赤くしながら、少しだけジョンの腹から顔を上げて、上目遣いで撫でてくるドラルクを見上げた。
    甘やかされる事に、いつまでも慣れない男だ。
    揶揄うでもなく、僅かにこてん、と。小首を傾げて笑って見せれば、そのきらきら輝く蒼天の瞳は、再びジョンの腹の中に消えてしまった。
    ……子供扱いすんなよ、と。
    ジョンのお腹の中から微かな声がする。それがくすぐったかったのか、ジョンがこそばゆそうにヌヒヒと笑う。
    口ではそんな事を言う癖に、決して頭を撫でる手を振り払ったりはしない事を、ドラルクは知っている。
    真っ赤になった耳だけが、彼の感情を雄弁に物語っていた。

    「……つーか、なんでそもそも、あんなとこ連れてったんだよ。お前、買いたい物あるって言ったじゃねぇか!!」
    「だから、買いに行ったんじゃないか。君のスーツを。……良いかね、ロナルド君。ドラドラキャッスルマークⅡの住人である君が、あんなくそダサ手品師みたいなスーツなんて許されないんだからな!!あんな格好でうちの新年会とか行った日には、一族連中にめちゃくちゃ面白がられるだけなんだから、ちゃんとしたのは一着はしっかり持っておくべきだよ」
    君は私のなんだから、私好みに着飾って周りに自慢したいのだ。……私だけの青空の、その美しさを、と。
    そんな本音が、思わずぽろりと口から零れ落ちそうになるのを密かに堪えつつ。
    ようやく顔を上げたロナルドに、ちくちくと文句を言えば、ロナルドはあのスーツの何処が悪いんだよ、ともごもごと口の中で呟きながらぶー垂れる。
    あれで良いと思ってるのは、多分君だけだからな。うん。
    「つーか……百歩譲って、ちゃんとしたスーツがあるには確かに越した事はねぇけどさ、何であそこに連れてったんだよ!!あんな高そうな店じゃなくても良くねぇ!!……別に、金が無い訳じゃないけどさ、俺には不相応っていうか、フルオーダーなんて……そんなの、着る機会だってそんな多くねぇのに、作って貰うのも申し訳ねぇ……つーか……」
    スーツに着られてる感がヤバいのに、なんで……と、自己肯定感の低さを露見しながら、ごにょごにょと言うロナルドに、ドラルクは思わず真顔になって、彼を見下ろした。
    「……ああ、そういえば言ってなかったけど。あのスーツは私が買ったからな。君にはびた一文払わせんから、宜しく」

    「ーーーーはぁっ!?」

    ドラルクのいきなりの発言に、ビクッと肩を震わせて、思わずソファに沈んでた身体を起き上がらせた。
    何を言ってるんだ、と。蒼いその瞳を大きく見開いて、ロナルドがドラルクを見上げていた。

    「だって、最初に言っただろ?買いたい物があるから付き合え、と。君のスーツが買いたかったからあの店に行ったんだよ」
    「は?何言ってんのお前!!何で、お前が俺のスーツをわざわざ買うんだよ!!買って貰う理由がねえだろ!!」
    誕生日とかでもねぇのに、と。
    ドラルクの行動原理が分からず、目を白黒させながら、ロナルドは困惑した顔でドラルクを見る。
    それにドラルクは、ふむ、と僅かに思案する様に顎に手をあてて、一度だけ瞳を瞬いた。
    「……そんなに理由が必要か?ならば、二つ理由をくれてやろうか。一つは、君はドラドラキャッスルマークⅡの住人だ。そんな君があんなくそダサ手品師の様なスーツなのは私が許容出来ない」
    「誰がドラドラキャッスルマークⅡの住人だ!!ロナルド吸血鬼退治事務所じゃボケ!!」
    ウェーンと半泣きになりながら、くそダサスーツじゃねえやい、と。勢いよく拳を突き出すロナルドに、ざらりと砂にされた。
    それに、ナスナスと文句を言いながら、手だけ先に元に戻して、その2と、長く細い指をロナルドに見せつけた。

    「もう一つは……君の成人のお祝いだよ、ロナルド君」

    「……は?」

    砂の中で手だけを復活させただけのドラルクの言葉に、今日一訳がわからないと顔に描かれたロナルドの反応に、ドラルクはサプライズが成功した様な達成感に、思わず満足した。
    うーん、見事な宇宙猫顔だこと。

    「……は?俺の成人のお祝い?何言ってんの?この間成人したのはヒマリだよ。俺はとっくに成人してんだよ。今更何を祝うって……」
    完全に戸惑った顔をするロナルドの様子に、ドラルクはナスナスと少しずつ元の姿へと戻る。
    ドラルクの真意を計り兼ねているロナルドは、流石にすぐに拳を振るってきはしなかった。
    ただ、戸惑った蒼天の瞳だけが、揺れている。
    「別に後から祝っちゃいけないなんて法律も無いだろう。君くらいの年頃であれば、本来スーツの一着くらい大体は持っているものだと思うが?就活にしろ、成人式にしろ、最初のスーツなんて大抵の場合は親が買い与えるものだろう。私は別に君の保護者でも何でも無いが、祝うならばスーツを贈ってやるのも良いかな、と思っただけだ」
    「……でも、だからって、あんな高い奴にしなくても……」
    つらつらと喋るドラルクの言葉に、ロナルドは戸惑った瞳を揺らして、視線を逸らす。
    この自己肯定の低い男は、きっと貰った物に何も返せないと、くだらない事を気にしているのだろう。
    善意をそのまま受け取るのが、本当に出来ない可愛そうで、愛しい子だ。
    だから、兄に毎年貰っていたお年玉を貯金して、それをそのまま兄にあげるなんて、とんちきな事を平気でしてしまうのだ。
    返して欲しいから贈っている訳では無いのだと。
    君からは既に、たくさんのものを貰っているのだと。
    喜んで欲しいから、贈っているのだと。
    どれ程、時を、言葉を、想いを重ねたのなら、それが彼に届くようになるのだろうか。
    今はまだ、先の事は分からない。
    けれどいつか……彼にこの想いが届きますように、と。
    まるで敬虔な神僕にでもなった気分だ……なんて。
    全くもって神からは遠い存在であるというのに、こんな祈りにも似た気持ちを抱く自分に、ドラルクは思わず心の中で自嘲した。

    戸惑った様に視線を逸らすロナルドの顎を反作用で死なない程度の力で掴んで、ずいっと無理矢理にこちらを向かせる。
    普段と違い、僅かに強引なドラルクの態度に、ロナルドは驚いた瞳を見開いて、思わずドラルクを見上げた。

    「……それに君の場合、これからも退治人や作家を続けていくのなら、公的な場に呼ばれる機会もあるだろう。その時に、あんなスーツで行かれるのは私としても願い下げしたいからね。これは私の名誉の為でもあるんだ。だから、つべこべ言わずに受け取れ、若造。返却は受け付けないからな!!」

    ……だから今は、逃げ道をくれてやろう。
    私の為に受け取れ、と。
    顎を掴んだまま、無理矢理こちらを向かせたロナルドは、ただ戸惑った瞳でドラルクを見上げて。
    「……わ、かった……」
    ただ、従順に。そう応えるだけで精一杯だった。




    それから、時はあっという間に二ヶ月が過ぎた頃。
    出来上がった真新しいそのスーツに、不慣れに袖を通すロナルドを手伝いながら、ドラルクはスーツの出来映えに、うん、と満足げに頷いた。
    夜の波間を思わせる紺碧のジャケットに、銀の刺繍が良く映える。
    上品なクリムゾンレッドのベストも、主張し過ぎず、だからといって霞もせずに、良いアクセントとなっている。
    それに元々の器量の良さも相まって、本当に絵になる男だ。
    ……中身が五歳児だという点を除けば、だが。
    「……しかし、まさか……早速着る羽目になるとは思わなかったな……」
    「そうだねぇ。出来上がると同時に、こんな大きなパーティーに出席する事になるなんて……あー。今からでも帰りたい。帰ってどらどらちゃんねる配信してたい……」
    「うるせぇな。仕事だ仕事。それにてめぇが居ないと始まんねぇんだよ、馬鹿!!」
    嫌だ嫌だと泣き言を言うドラルクに容赦なく拳を振るい、ざらりと砂にしながらロナルドは依頼内容を思い出す。
    それは一人の吸血鬼の女性からの依頼だった。
    まもなく成人の儀を迎える女性で。竜の一族程ではないが、そこそこに古い一族出身だという。
    そんな自分の成人の儀を祝う為、開かれるパーティーに出席してほしいという、そんな依頼。
    竜の一族であるドラルクが呼ばれるのは当然の事だが、何故退治人であるロナルドにも出席を願うのか。
    しかも、依頼という形を取るその真意とは……と問えば、依頼人の女性はその重たい唇をようやく開いた。
    彼女が言うには、こういう事らしい。彼女の一族の中で不穏な動きがあり、自分の成人の儀の為のパーティーの中で、不当な吸血行為をさせようという企てが進んでいるらしい、と。
    古き一族といえど、どこも一枚岩では無い。
    人間に友好的な竜の一族の様な親人派もいれば、人間を家畜としか見ていない一族もいる。
    彼女の一族も、決して親人派とは言えないが、無理矢理人間を捕まえて吸血行為を行う様な非人道的な一族では無い。
    現に、彼女は人間達の大学に籍を置き、人間との交友を深めていたという。
    けれど、そんな彼女の大切な親友が、突然行方不明になったのだという。
    恐らく、一族の誰かが親友を攫い、隠したのだろう、と。
    吸血鬼は執着する生き物だ。
    人間と深く関わる者は、その歩む時の流れの違いにどうしても葛藤を抱える事となる。
    それは時に甘く、苦く、狂おしいまでに、残酷な夢を吸血鬼達に抱かせる。
    共に歩む事を望むなら、血族へ。
    共に果てる事を望むなら、陽射しの中へ。
    そして、見送る事を望むなら、痛みと共に永劫の時の中へ。
    その苦しみは、痛みは、埋められぬ空虚は、吸血鬼であれば、是が非でも忌避したいものである。
    それを危惧する血族の誰かが、彼女の親友を隠したのだろう、と。
    そうして、成人の儀を迎える彼女に突き付けるのだ。
    執着する前に、彼の者の血を飲み干してしまえ、と。
    それが、吸血鬼として一人前となる事だ、と。
    そんな成人の儀など、糞食らえだと彼女は苦虫を噛み潰した様な顔で、拳を握り締めた。
    吸血鬼にとって血族は、何よりも代え難い大切な繋がりだ。
    けれども、それに歯向かってでも、人と共にある事を望む自分は、確かに毛色が違う存在なのだろう。
    だが、それでも失いたくないと想う存在なのだと、彼女は肩を震わせる。
    自分達の意思も聞かずに、勝手な事をする血族達が許せない、と。
    怒りに震えるその華奢な拳は、理不尽な思惑への憤りを訴えていた。

    そんな彼女の震える拳を、ロナルドは何も言わずにそっと握って、優しく解かせた。
    今まで暴力などとは無縁に過ごして来たであろうそんな華奢で優しそうな指を、どうか、怒りで傷めないで欲しい、と。
    その行き場の無い想いは、自分が晴らすから、と。

    そうして、彼女の親友を助けると、その依頼を受理したのだ。

    「……それで、彼女の身辺を漁っていたら、下手人は彼女の伯父にあたる人物だった、とね」
    暴れた事で乱れたロナルドのスーツを直してやりながら、ドラルクは僅かに肩を竦めてみせた。
    それにロナルドは、少しの間もじっとしているのが嫌なのか、僅かにむずがる様に、身じろぎをした。
    「ああ。どうにも彼女の一族の中でも、かなり地位のある人みたいでな。次期党首になるなら、その伯父だろうと言われてるらしい。実業家で業界ではそれなりに顔も売れてるって話だ」
    「表向きは誠実で勤勉な実業家。……でも、そういう人物に限って、裏では案外色々やってるものだよね。まるで三文小説のドラマみたいだねぇ」
    そっと開いた小さな箱から、きらりと光るそのピンをロナルドの襟元に飾りながら、ドラルクは皮肉げな表情で笑う。
    彼女の伯父の身辺を探った所、表向きは何の疑いもない清廉潔白な物流関係の実業家。それは国内から海外まで、手広く事業を広げている。
    けれど、裏では違法な血液の売買や、望まぬ吸血行為を行わせる違法な店の経営。更には身寄りの無い孤児を引き取り、吸血鬼達が秘密裏に行う闇オークションを開催したりと、叩けば埃が出そうな経歴の持ち主だった。
    彼等の一族は非親人派とまではいかないが、親人派ともいえず、数多くの吸血鬼と同じく、どちら付かずの立ち位置を貫いている。
    その中でも彼女の伯父は、人間は自分達の糧……その流れる血潮も、金銭も、利用価値があるものは搾取するが、それ以上の価値は無いという吸血鬼主義の思想を、清廉潔白な実業家の顔の下に隠している。面の皮が厚いとは、まさにこの事か。
    少しアングラな情報を辿れば、直ぐに噂は手に入った。けれども、噂は数あれども、しかし、決定的な証拠を掴ませない。闇の世界に身を置く住人らしく、そこは徹底していた。
    彼女の親友を攫ったという確固たる証拠が掴めないまま、彼女の成人を祝うパーティーの日を迎えてしまったのだ。

    上品な紺碧のジャケットに、きらりと光る蒼天の輝きに、ドラルクは自分の見立てが間違っていなかったと、一人満足げに頷いた。
    深く透き通る様なブルーサファイアのラペルピン。銀の刺繍があしらわれた紺碧のジャケットに、その蒼は良く映えた。
    彼の瞳と同じ色のその宝石は、まさに彼の為だけにあつらえたかの様な完璧さだ。
    迷う事なくこれを勧めてきたあの女性テーラーの審美眼は確かなものだった。
    「……何だよ、これ。こんな高そうなもん、付けんなよ……壊しても、弁償出来ねぇぞ」
    一人満足げに飾り立てるドラルクの様子に、ロナルドはうげっと声を上げて、嫌そうな顔をする。
    「んー?別に良いよ。壊れたら壊れたで。また違うの用意するだけだし。五歳児には期待してませんからねー」
    「殺した」
    「事後報告やめて貰えますぅー?」
    ここぞとばかりに煽ってくるドラルクをざらりと砂にしたが、何事もなかったかの様に平然と元に戻られる。
    理不尽に殺されたというのに、ドラルクは何処か上機嫌に見える。それに訳がわからないと、ロナルドは僅かに顔を顰めた。
    「全く、何度も殺すんじゃない暴力ゴリラが。それにそのラペルピンは吸対が細工して、集音マイクになってるんだよ。作戦の趣旨分かってますぅ?君は潜入した中から、吸対や退治人達に状況を伝える役目なんだから、下手な事言わない様、お口にチャックしてなさいって言われてるでしょうが」
    「子供扱いすんじゃねぇって言ってんだろうが!!」
    「かぁーーっ!!また殺した!!このやり取りだって、吸対さん達に聞かれてるんだからなバカ造!!」
    「あ、まじか」
    再びざらりとドラルクを砂にした後、これもう電源入ってんのかよ、と。つんっと胸元の蒼い宝石を軽く小突いた。

    相手が相手である以上、流石に個人事務所でだけの対応は難しいとの判断になり、既に吸対とギルドへの協力要請は済ませてある。
    伯父の尻尾を掴むには、やはり直接パーティーに潜入するしかないと。竜の一族であるドラルクの随伴という形を取り、ロナルドもまたそのパーティーに潜り込む事となったのだ。

    気が付けばドラルクの胸元にも、似た装飾の深い紫暗が煌めくアメジストのラペルピンが飾られていた。
    まるで対にでもなっているかの様に似た装飾ではあるが、元々紫の宝石を好むドラルクの事だから、ただの偶然だろうと。
    深く考えもせずにロナルドは、取り敢えず勝手に付けられたお高そうなピンを壊さない様に、おっかなびっくり過ごさなければいけないのかと、これからの事を考えて、深く溜息を吐いた。
    実は密かにシャツの袖口にも、宝石があしらわれたカフスボタンが付けられているのだが、こういう社交の為のお洒落に疎いロナルドは全く気付いていない。
    彼の袖口にきらりと光る、ドラルクのラペルピンと同じアメジストの輝きを。
    全くの無自覚で無防備な愛し子を、むざむざ虫に食わせてなるものか、と。
    要らぬ虫は避けるべきと、優雅に笑ったあの女性テーラーの食えなさを思い出しながら、ドラルクはそっと顎に手を当てる。
    そんなドラルクの袖口に飾られたブルーサファイアのカフスボタンが、主の企てを笑う様に、きらりと光を反射した。
    ドラルク本人としては、純粋にロナルドを飾る為に用意した物だっただけに、小細工がされたのは不服ではあるのだが。作戦を安全に遂行する為に、ロナルドの身が危険に晒されない様に、と。
    吸対に協力を要請した段階で、自ら申し出たのだ。
    まぁ、流石に吸対も、宝石が付いた高級なラペルピンに小細工を施すには少し抵抗があったらしく、作戦が終了した暁には、その小細工は取り外しが出来る様に着脱式にしていた。
    二対のラペルピンとカフスボタンを見た時の、ヒヨシの顔といったら。
    思い出しただけで、くすりと口角が上がってしまう。
    …………精々、虫がつかん様にしてやってくれ、と。
    苦虫を噛み潰した様に、すれ違い様にぼそりと言ったヒヨシに、勿論ですよ、と。
    そう笑って応えたのは、つい先程の事だった。
    「……何、にやにやしてんだよ。くそ雑魚砂おじさん。そろそろ作戦、始まんぞ」
    「別ににやついてなどおらんわ。全く、作戦のさの字も分かっとらんバカ造の癖に。くれぐれも一人で突っ走るんじゃ無いぞ、脳筋ゴリラ」
    「殺した」
    「だから、事後報告やめて貰えますぅ?」
    隣を歩くドラルクを容赦なく砂にして、作戦直前だというのにいつも通り過ぎるそんな二人のやり取りに、マイクの先にいる吸対や退治人達は、密かに苦笑していたとかいなかったとか。
    作戦後にそんな事をショットやマリア達から揶揄われるのだが、それはまた別のお話。

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