皆既月食を見上げて「すげぇな、本当に欠けてる」
部活終わりに2人並んで歩く。
これはいつものこと。
今日は皆既月食とやらで疎らにだがすれ違う人は皆、夜空を見上げている。
いつもは天体に無関心な岩ちゃんですら、夢中になっている。
なんか悔しい。
「もう、学校出てからずーっと見てるじゃん。あんまり上向いてばっかりだと危ないよ?」
「おー…」
返事も適当。
悔しいより寂しいという感情が顔を覗かせる。
いつもは注意される側だが、なるほどいつも岩ちゃんはこんな気持ちなのだろうか。
だが、これはかえってチャンスなのかもしれない。
恋人になれたとはいえ、まだ友達の延長状態。
だったらこの状況を利用してやる。
「ほら、ここから道幅狭くなるから気をつけて?」
少し広がり気味に歩いていたが、狭くなる道幅を利用して手を握って軽く引っ張る。
本格的に欠けてきたらしい月を逆の手で指さしては岩ちゃんは無邪気に騒いでいる。
「及川も見ろよ!もう半分まで欠けたぜ?」
「ああ、はいはいすごいね」
その子供のような純粋さが眩しい。
いつもなら外で手を繋ごうものなら拒否されるというのに、今日はなんのお咎めもない。
彼の手の温かさが心地いい。
「20時には完全に欠けるらしいな、早く見てぇ」
「家に着く頃じゃない?ちょうどいいじゃん」
時間帯のせいか通学路には殆ど人通りもない。
手を繋いだまま、歩くなんて何年ぶりだろう。
皆既月食なんて今はどうでもいい。
きっかけはどうあれ、俺は今この瞬間が幸せで仕方がない。
一歩歩く事に幸せを噛み締めていると、これだけは足りないと欲は溢れてくる。
いつもは無理やり蓋をしていたのに、今日はこんなに幸せな気持ちになれたのに。
なまじ幸せを味わってしまったばっかりに、もっと欲しくなってしまう。
大丈夫、今ならバレない。
横目でちらりと岩ちゃんを見れば、飽きもせずに少しずつ欠ける月を眺めている。
繋いだ手を一度緩めては、そっと指を絡めてみる。
所謂恋人繋ぎ。
女々しいかもしれないけど、俺は少し憧れていたのだ。
いざやってみると、なんだか照れくさい。
でもさっきよりもずっとずっと岩ちゃんを傍に感じる。
「──442年振りらしいな、すげぇよなぁ。お前…聞いてんのか?いっつも俺が話聞いてないと怒るくせに」
ずっと手に夢中になっていたが、不意に眉を寄せた岩ちゃんが顔を近づけてきて目が合う。
「ご、ごめ〜ん!及川さんも皆既月食見て黄昏ちゃってたよ」
「俺は別に黄昏れてねぇけどな」
舌をぺろりと出して誤魔化すと、彼は小さくため息を吐いていつもの塩対応だ。
でも、いいの。
「わあ、ほら!話している間に月食進んでるよ!」
注意を逸らそうと、月を指させば彼はまた空を見げた。
──ねぇ、岩ちゃん。家に着くまででいいから、このままで居させて?