ドライブデート 高校卒業後すぐ車の免許を取ったのだが、たまに練習がてら親の車を借りて近所に乗り出すことはあってもほぼペーパードライバー状態だった。
大学1年となり、ようやく学校にも慣れてきた頃及川が遠出をしたいと言い出した。
しかも車で。
「…いつまでむくれてんだよ」
「だって…全然運転させてくれないんだもん」
親父の車を借りての遠出。
といっても日帰りなのでそこまで遠くにはいけなかったが俺としては楽しかった。
だが及川としては大して運転出来なかったのが不満なのか助手席のシートへと身を沈めながら顰めっ面だ。
「そりゃ借り物の車だし傷をつける訳にはいかねぇだろ。ただでさえお前の運転危なっかしいし」
「俺の華麗なドライビングテクニック…岩ちゃんに見せたかったのに〜…」
ぶつくさと文句を言いながら頬を膨らませている。
こういう子供みたいな表情も可愛いなんて思ってしまう俺は多分重症だ。
勿論口には出さないが。
「何が華麗なドライビングテクニックだよ…ナビの言うこと聞かねぇで狭い裏道ばっかり行きやがるから何回車擦りそうになったことか」
「ナビより俺の方が道知ってるもん!」
「親父の車、買ったばっかなんだぞ。勘弁しろよな…」
重々気をつけるように何度も両親から釘を刺された。
事故はもちろんだが、車を傷つけないようにと。
まさか及川がこんなに運転が下手だったなんて。
行きは及川、帰りは俺が運転する約束だったが見ていられず途中から半ば強引に交代したのだがそれがお気に召さないらしく及川は拗ねているのだ。
「俺もお母ちゃんの車借りて練習しとくんだったよ…運転する及川さん絶対かっこいいし、岩ちゃんに惚れ直してもらうチャンスだったのに」
「ある意味あんな狭い道を恐れない度胸あるとこは惚れ直したわ」
意地悪く笑ってみせると及川は益々膨れるかと思いきや、ちょっと嬉しそうだった。
「岩ちゃん、俺に惚れ直してくれたんだ〜?照れますな〜」
嫌味も含んでいたが奴の中では完全に嫌味の部分は削ぎ落とされ、褒め言葉として消化されたらしい。
相変わらず"いい性格"してやがる。
「帰りのサービスエリアで食ったラーメン、地味に美味かったよな」
「確かに、フードコートのチープな感じの味もたまにはいいよね」
強引に話を逸らしたが、一応その話に乗ってくれてほっとした。
たまにあのチープな味が無性に恋しくなる。
行きは地道に下道で行ったが、帰りはサービスエリアに寄りたいと及川が騒いだため高速道路を使った。
売店で買った名前も知らないご当地キャラクターのストラップはお揃い。
いい年した男二人でお揃いはどうなのかと思ったが及川にはスマホかバッグに付けろと念を押された。
相変わらず女子みたいな奴。
「ほら、もうすぐ家に着くぞ」
「え〜まだ一緒にいたい」
「親父が明日朝早くから使うらしいから早いとこ返さねぇといけねぇんだよ」
親父は会社の人と朝早くからゴルフらしい。
朝早くだと安いんだと。
やだやだと駄々をこねる及川をどう言いくるめようか考えながら車庫へと車を戻そうとギアをDからRにチェンジする。
車庫入れは苦手だ、ただでさえうちの車庫は幅がギリギリで気を抜くとお袋の車に擦りそうになる。
何度か切り返しつつサイドミラーと併用してルームミラーを見ては距離感を確認していたが車庫の壁が近づいてくる。リアウィンドウから直接目視確認しようと助手席側から振り返るようにすると──
席から少し身を乗り出し、唇をこちらに突き出す及川。
あまりにも予期しない行動にこちらも驚いてしまう。
「お前!!!何してんだよ!!」
「何って…こうしていれば振り返った時に〜…こう、ちゅって出来ちゃうかなって♡」
「馬鹿か!俺は真剣に車庫入れしてんだ邪魔すんな!」
「ごめーん、真剣な岩ちゃん珍しくてかっこよくてさ」
「"珍しく"は余計だ!!」
「ほらほら運転に集中しないと、俺の方のミラー擦りそうだよ〜?」
「だったら黙ってろ!」
教習所でも何度車庫入れを失敗したか。
まあS字とクランクで八割方乗り上げて"こんなに曲がってたら走りにくいよね!やんなっちゃう!"とぷんすかのたまわっていたこいつよりはましだと思いたいが。
なんとか無事に車を停めると肩の荷がおりたような気がする。
多分今日一日で1番緊張した。
「あーあ、岩ちゃんとのドライブデート…今日はもうおしまいか」
さっきまでふざけていた癖に今は捨てられた子犬のようにしゅんとして見せる及川はなんともあざとい。
俺だって寂しい気持ちは少なからずある。
だがいつまでも車内には居られない。
シートベルトを外し、乱暴だが及川のシャツを掴んでこちらに引き寄せる。
「ちょ、岩ちゃん何…!?え、ふざけ過ぎた!?ごめん、ごめんて!怒らないで!」
俺が怒っているのかと思っているらしく、手のひらをこちらに向け宥めるような言葉と仕草を投げかけてきたがそんなの無視して強引にその唇へと己の唇を重ねる。
「…ったく、近所迷惑になるだろ。静かにしろよな、ほらさっさと降りろ」
自分からキスなんて、いつ以来だろう。
恥ずかしくなって及川の顔なんて見られず、さっさと車を降りる。
絶対今顔が赤い。
待てど暮らせど中々及川が降りてこないため、仕方なく助手席側に回ってドアを開けると顔を両手で覆って蹲っていた。
「…お前、何してるわけ?」
「だ、だめ…今顔見ないで…俺絶対顔赤いもん」
ルームランプに照らされ、耳まで赤いのがわかる。
「岩ちゃんからキスなんて…何ヶ月ぶりだろ…もう、ずるいよ…こんな時にするなんて」
「お前がピーピーうるせぇから黙らせようと思って」
「き、キスで黙らせる男なんて最低!でも好き!」
照れくさくて雑な理由を口にすると、"最低"なんて言いながらシートベルトを外しては勢いよく抱きついてくる。
キス待ちしてた及川が可愛かった、なんて死んでも言ってやるものか。