「無敵、超合体」てと+ちあ まだ俺がアイドルとして慣れていないころ、ステージ上で躓いたことがある。危ないから足元には気をつけるようにと、振りは間違えても怪我だけはしないようにと何度も言い聞かせてくる隊長に、「もう、いい加減わかったッスよ」とちょっとつっけんどんな返事をしたというのに。
床に倒れ込む間、スローモーションのように客席の人間が見えた。ステージですっ転ぶ、まだ知名度も何もない俺を見て、彼女らは何を思うだろうか。「仕方がない」と生暖かい目で見るだろうか。「その程度」と関心をなくすだろうか。
そのどちらだとしても、怪我をするよりずっと怖い。
しかし、もうどうしようもない。——転ぶ!
「南雲」
身体に痛みは走らず、気づけば温かいものに身体が包まれていた。
「大丈夫か?」
隊長が、俺を腕に抱えたまま心配そうにこちらの顔を覗く。助けられたのだ。
ばくばくと鳴る心臓のまま何とか頷くと、相手はよかったと安堵の息を吐く。
「ありがとう、ございます……すいません、俺……」
「ふふ、駄目だぞ南雲。反省はあとだ。お客さんが見てるからな。」
落ち込み謝罪する俺を遮るように、しぃーと人差し指を口の前に立たせると、ニカリと太陽のように笑う。
うわ、眩しいっ……なんて思っていたら。
ぐっと胴体に回された腕の力が強くなり、抵抗もできぬままは己の身体は持ち上げられてしまった。
「ぎゃあ!?」
「ハッハッハ! そうれっ行くぞ流星ブラック、このまま必殺技だァ!」
(は、恥ず……! でもお客さんみてるからやるしかないし! くそ、あとで隊長ゆるさない……!)
深海には羨ましそうに、忍は驚いたように、翠は哀れみのような目を向けてくる。
そんななか、抱きかかえられた俺は必死に必殺技のポーズをとり続けたのだ。
羞恥で顔が死ぬほど熱い。しかし、ふと。いつもより少し高い位置から見た客席は、皆キラキラと楽しそうにこちらを見上げて笑っていた。
ぜえはあと息を切らせる隊長もこちらを見上げ、目が合う。
汗で前髪をぺたぺた張り付かせた顔が、最高の遊びを見つけた子どものように無邪気に笑い、言った。
「合体したら無敵だなぁ、南雲!」
なんスかそれ、と、思わず声を上げて笑ってしまった。
―――
俺のスパイとしての役目もひと段落を終え、また五人でステージに立つ。
耐え難い役目がこの肩から降りても、罪と責任はこの身に残る。降ろすことは一生ないと決めたからだ。
間奏中に客席へと手を振りながら、ふと、隣の守沢の方を見た。
ニコニコと手を振っては、たまにヒーローポーズを決めている姿はあの頃のままだ。しかしどこか穏やかさや色気が増して感じるのは、彼も歳を重ねたということか。それとも、俺の目が変わったのだろうか。
「……? どうした、南雲」
こちらが不躾に見つめていることに気づき、守沢は首を傾げた。相変わらず汗っかきなその人は、おでこや頬に髪の毛を張り付けている。
「大丈夫か、疲れたか? どこか痛むなら一度袖に行くか?」
マイクに通らない声量で、守沢は眉をひそめて俺の心配をした。俺はふんっと鼻で笑う。
「まさか! まだまだこっから、盛り上げていかなくちゃッスよ」
俺は、汗ばんだ守沢の腕を強く引っ張り――…。
「う、わぁ!?」
あまり聞いたことがないような、間抜けな声が上がった。
初めて持ち上げた守沢は、思ったより簡単に腕に収まり、抱き上げられた。腰とひざ下に腕を回して持ち上げているので、あの頃の俺より高く上がっているはずだ。
「な、南雲、驚いたぞ!」
「ごめん。でも守沢先輩に持ち上げられたときよりは安定してるッスよね?」
「それはそうだが……」
動揺した守沢が小声で文句を言おうとしたが、すぐに俺と守沢をたくさんの歓声が包んだので、二人とも条件反射でニコニコ笑って客席に手を振った。
「わ。すごいな……客席が綺麗だ。」
ゆらゆらと揺れる色とりどりの光とファンの笑顔に笑い返しながら、感慨深そうに守沢が呟く。
「綺麗ッスね」
「こうやって抱えられることってないから、ちょっと怖いけれど。いや、高いんだなあ、結構。」
「数年後は、もっと高くなるッスよ。」
「え? ……ふふ。そうか。楽しみだ。」
「件」のことで、ようやくこの人と穏やかに会話できるようになって、それが案外悪くなかった。
守沢の胸には今、ナイフが突き刺さっている。俺が刺したものだ。そして、俺の胸にも刺さっている。守沢が刺したものだ。
メンバー全員、頭から泥をかぶっている。全身泥まみれだ。
恐らく一生癒えることはない。俺たちはそのまま、形を変えて進んでいくのだから。
でも、願わくば。この人に刺さるナイフは、俺が刺したもので最後であってほしいと思う。これから彼に向かう刃は、俺がこの手で止められればと。
そんな男に。
先日、ステージ上で聞かせた俺の表明を受けて、守沢はどう思っただろうか。
嬉しそうにしてくれていたけれど、本当だろうか。守沢の考えていることなんて、分かりっこない。だって全然違うんだ、俺たちは。
分からないけど、別にいい。不明のまま、血まみれのまま、泥だらけのまま、この人を抱え上げよう。
——だってこれは、ただの抱っこじゃない。超合体だ。
「流星レッド、必殺技はどうするッスか?」
守沢が驚いたように俺の顔を見降ろした。言葉の代わりにやりと口端を上げてやると、ぱあっと太陽が昇るように笑った。
「よおし、このまま超必殺技キックだぞ、流星ブラック!」
「押忍! ちゃんとキメるッスよ、流星レッド!」
キックポーズを決めた守沢先輩を抱えたまま、センターステージを駆け抜ける。流石の俺も、汗が身体中から噴き出てきた。
駆け抜けていく道中、ファンのみんなが嬉しそうに歓声をあげ、必殺技名を大声で叫びながら横切っていく俺たちにペンライトを振った。
照明さんが気を利かせてくれて、守沢先輩が技名を叫び終えたところで真っ白な光が集まり、ボンと前方に発射される。ワッと、客席が沸く。
守沢を何とか降ろすと、俺はステージ上に尻もちをついてへたりこんだ。ぜえぜえと肩で息をする。乗っていた側のはずの守沢も何故かへばっていて、隣にこてんと膝をついた。お互いに汗だくで茫然と見つめ合い、可笑しくなって笑う。
メンバーたちが笑ったり心配したり呆れたりしながら、俺たち二人を立ち上がらせた。次の曲が始まってしまうので、全員で慌てて立ち位置に戻る。
少しだけ守沢を見ると、同時にあちらも俺に目をやった。自然と頷きあって、次の曲に移る。
笑われてもいい。血まみれだろうが、泥だらけだろうが。俺たちは今この瞬間、無敵だ。
誰にも、負けないんだ。