「そいつは、俺より強いんスか?」モブちあ前提+鉄「……は?」
味噌カツサンドの揚げカスが、ぽろりと俺の口端から落ちる。
しかしそんなことを気にするには、あまりに言われた言葉が衝撃すぎた。
守沢は、靴のかたちをした可愛らしいグラスのレモンスカッシュ(飲んでみたかったらしい)を、ストローでくるくると回す。
いつも真っ直ぐ相手を射抜く温かい瞳は居づらそうにそわそわと左右に動き、ニキビ一つない健康的な頬はほんのり桃色。
内容が内容なので、周りの客には聞こえないよう、小声で同じ言葉を繰り返した。
「ああ、南雲。実はその人は……その……お付き合いしている人なんだ。」
つい先日、守沢と背の高い男が、二人で仲良さげにオシャレなレストランへと入っていくのを見た。仕事終わりにファミレスへ夕飯を食べに行ったら、たまたま見かけたのだ。普通に親し気な友人の雰囲気だったが、店に入るときにするりと守沢の腰を支えた腕が気になった。
なので、守沢が昼食に連れてきたこのカフェで、特に他意もなく聞いてみたのだ。「仲良さそうだったッスけど、共演者ッスか?」と。少し行儀悪いが、カツサンドを齧りながら。
そしたらこの答えが返ってきた。度肝を抜かれた。
「でも、お、男の人、だったッスよね?」
「う、うん。まあ。」
男、それも守沢より大分背がでかかったはずだ。もしかしたら、翠よりも大きいかもしれない。
守沢が男性へ好意を持ちそうな気配なんて、今までなかった。可愛い彼女をつくることに憧れたりもしていたというのに、どういう心変わりなのだろうか。
相手の男に押し切られてとか……? とも考えたが、目の前の守沢は満更でもなさそうだ。
俺に、そういうものの偏見はない。もちろんアイドルだからスキャンダルは厳禁だけれど、注意深い守沢ならそこまで心配しなくてもいい気がする。
しかし、そんなことより。俺にはたった一つ、気になることがあった。
ぐいと手の甲で口もとの味噌ソースを拭いながら、俺は真剣に問うた。
「強いんスか?」
「え?」
守沢は、ぱちぱちと長い睫毛を瞬かせている。
「そいつは、俺より強いんスか?」
ぽかりと口を開けてから、守沢は「……え? ど、どうだろう。少し空手の経験があるとは言っていたか……?」と口ごもる。
「空手ッスか。同じ種目ならわかりやすいッスね。よかったッス。」
「よか……え、もしかして闘う気か? ダメだぞ、南雲みたいなバリバリ現役の子と闘えるような経験じゃないはずだから」
「関係ない。これは男と男の闘いっス」
ええ……と守沢は身を引いた。守沢に引かれるのは、珍しい分ちょっと傷つく。しかし俺は譲れない。
コーラをぐびりと飲みこみ、はああと息を吐きだす。ジィと、困っている守沢を視線で押し込むように見つめる。
「女の子ならともかく、男があんたと付き合おうってんだから。
大将には敵わなくとも、俺よりは強くなきゃ駄目っス。いや、強くなる覚悟がないと認められない。」
「そんな。まるで娘を嫁にやる武道家の父親みたいな対応になってるぞ。ほら、冷静になろう。な?
確かに彼は男性だ。世間的にも、お前らに不安を抱かせてしまうかもしれない。だから、俺からしっかり説明をと思っていたんだ。
……やはり、反対か?」
力強く、首を横に振る。別にそこはいい。他人より慎重派な守沢のことは信頼している。
それは今の俺にとってはまったく的はずれの心配だった。別に俺は、そんなもののために理由をつけて駄々をこねているわけではない。
さっきから伝えている言葉が、そのままの意味なのだ。
俺より弱い男が、守沢の隣に立つ。それが許せなかった。拳でなくても、物理的な強さでなくても、俺が認めていない男が彼の隣に立つのは、どうしても腹が立ってしまう。
酷く自分勝手なのはわかっている。しかし、俺はいつか彼を越えるのだ。彼よりでかい男になるのだ。
そんな彼の隣に立つ男なのだと思うと、どうしても首を突っ込まずにいられなかった。
どうどうと宥めるように腕を叩いてくるその手を掴む。
優しい灯火のような瞳が、風を浴びたようにふるふると揺れた。
「あんたの善意に甘えてばかりの野郎はもっての他だし、
いざってときにあんたに庇われてやすやす怪我させるような野郎だと納得いかないんスよ。
だってその人は……あんたと対等になる人なんでしょう?」
守沢は数秒を息を詰まらせてから、深く、深くため息をついた。
「降参だ。俺には無理だ、お前は止められん。鬼龍に相談しよう。」
「お言葉ッスけど、大将も俺側につくと思うッス。」
「……なんでそんな自身満々なんだ。まったく、みんな血気盛んすぎる。
言っておくが、何が何でも闘わせないからな。どうして、可愛い後輩と恋人に拳を交えさせなきゃいけないんだ。
俺はお前らが怪我するのが一番嫌なのに。」
少し怠惰にくるくるとフォークに巻き付けられたナポリタンは、器用にその口の中に収まった。もはや意外でもないが、相変わらずお行儀よく食べる人だ。
齧りかけだった味噌カツサンドの残りを一口で収め、咀嚼しながら二切れ目に手を伸ばす。
ごくりと飲み込んでから、少し面白くなさそうにナポリタンを噛み続けるその顔に、教えてやる。
「そんなこと言ってるから、守沢先輩はいつまで経っても守沢先輩なんスよ」
「なんだそれ、悪口のつもりか……⁉」
「アッハハ」