【グリウル人魚パロ】Ecdysis /Fanart 海に落ちる人間を見た。
何時の話かは覚えていないが、原因は……確か、鉄の塊の。『船』と言ったか。
ソレが壊れて、轟音とともに人間が次々と白波を立てて落ちていくのを見たことがある。
人魚にとって人間は、似て非なる種族。
姿が似てるからといって助けようと思わないし、あの脆弱な肉体がこの深さまで落ちてきたらそもそも助からない。
海中に血を滲ませながら、文字どおり海の藻屑となっていく人間たちをぼんやり眺めていたのだが、今でも脳裏に焼き付いている光景がある。
二人の人間が腕を背に回した体勢で、海底へ沈んでいったのだ。
それは雄と雌だったり、親子だったり。
雄と雌に至っては唇を塞ぎあっていた。
酸素の確保だろうか? しかし一塊になれば、重さでさらに速く深く沈むだけだというのに。知能が高いはずの種族が、そんな行為をする理由が理解できなかった。
……そしてなぜ俺は、今更そんなことを思い出したのか。
狩りを終えた海の王の手には、二人前の大魚が握られていた。
「グリムジョー」
いつものように獲物を抱えて塒に戻ると、黒髪緑尾の人魚が寝室で帰りを待っていた。
首元に提げている浅葱色の鱗が、幽藻の光を反射して煌めいている。
「遅かったな。獲物がいなかったのか?」
「……ウルキオラ」
名を呼べば黒髪を靡かせながら泳ぎ寄り、翡翠色の瞳で見つめてくる。
……異国の人魚だと思っていたコイツは、元人間で。
旅の果てに本物の人魚になり、海の王の伴侶になった。
人魚は夢のような存在だが、流石にこれは作り話だと一蹴されてもおかしくない。
海藻の檻に獲物を放り込み、ウルキオラの近くまで泳いでいく。
海中に揺蕩う黒髪を指で掬いながら、白い肌を撫で……記憶を頼りに、華奢な背に腕を回して抱き寄せてみた。
少し力を込めて胸元に収めた途端、ウルキオラの鼓動が速く脈打つ。
続いて唇を触れ合わせると、互いのそれが薄く柔らかいことを初めて知った。
体や唇を密着させただけなのに、心地良い感触がする。
口の端から気泡が溢れていることに気づいて顔を離せば、緑尾の伴侶は今まで見たことのない表情をしながら硬直していた。
「グリムジョー……今のは……?」
雪のような頬を紅潮させて、翡翠の瞳を潤ませながら問いかけてくる。
初めて見る困惑した様子に、なぜだか胸の奥が燻って仕方ない。
「あ? あー……前に見た人間がやってたからよ……」
ここまで言って我に返る。
そうだ、コイツは元々人間だった。
つまりこの行為の本当の意味を、ウルキオラは知っているのだ。
「……誰がやっていた?」
「雄と雌だ」
「……そうか」
「悪い意味だったか?」
「いや……ただ、突然すぎて……心の準備ができてなかった」
一呼吸置いてから、ウルキオラは同じように筋肉質の背に細い腕を回し、逞しい胸筋に顔を埋める。
「これは『ハグ』で……唇で体に触れることは『キス』。どちらも……愛し合う者同士でする行為だ」
最後の方はわざと昔の発音で呟いていたが、今となってはほぼ認識できる言語だ。
ハグとキス──普通の人魚なら魚類の名前だと思うだろう。
すなわちこれは、海の王と伴侶だけが知る、愛の行為。
「……キスしていいか?」
伴侶に問いかけると、緑の尾と瞳を穏やかに揺らしながら、胸元から背伸びをして直接返事をしてくれた。