最愛の君へただいまと呟いても聞き慣れたはずの声はなく
暗闇に静寂だけが広がる。
身体は防護服を纏っている時より重く感じ
かろうじて部屋までたどり着き
そのままベッドへと沈みこんだ。

萩原が死んだ。
解体中の爆弾のタイマーが起動し
爆発に巻き込まれ助からなかった。

「馬鹿野郎…。」

洗濯機に溜まった洋服、読みかけの雑誌、
灰皿に残った1本の吸殻。
今日の朝までここにいた。
ベッドは微かに香るタバコの匂いと萩原の匂い。
何度もこのベッドで夜を過ごした。
しかし世間で言う恋人同士ではなく
ただの都合のいい関係の付き合いだった。
小さい時からの幼馴染という関係を崩したくなくて
松田はずっと気持ちを隠していた。
目を閉じれば全部が昨日の事のように思い出せる。

「お前がいなきゃ生きてる意味なんてねぇよ…っ」

そのまま意識は落ちインターホンの音で起きた。

「松田…いるか…？」

ドアの外から聞こえたのは
警察学校を共にした降谷の声だった。
心配そうな表情で
手に持っていた差し入れの袋を渡した。

「しばらく休暇取れってさ。」
「そうか…。」
「後これ、萩原から預かってた。もしもの時に渡してくれって。だから渡せる時に渡しておこうと思ってな…。中身は見てない。」

そう言って降谷は封筒を渡した。
降谷のケータイが鳴り
仕事の呼び出しがかかる。

「すまない、仕事に戻らないと…」
「あぁ…。ありがとな、零。」

降谷を見送り
部屋に戻ると萩原からの封筒を開封した。
綴られた内容に目を見開く。

陣平ちゃんへ

手紙びっくりした？
俺達こういう仕事だろ？
いつどうなるかわかんないから
手紙だけでも残しておこうと思ってさ。
ちなみに降谷に預けたのは
あいつ何やっても死ななさそうだから！

どうせお前の事だから
寂しくて俺の部屋で寝泊まりしてんだろ。

サイドボードの1番下の引き出し、
二重構造になってんだけどそこを開けてくれ。
この続きは引き出しに入ってるやつを見てくれな。

手紙の通りに引き出しを開けると
重厚感のある小さな箱が出てきた。
蓋を開けると指輪と
ボイスレコーダーが入っていた。

「なん、だよ…これ…」

松田の心臓は強く脈打ち
もしかしてとボイスレコーダーを震える指で
再生ボタンを押した。
流れてきたのは聞き馴染んだあの声。

『俺、陣平ちゃんの事ずっと好きだった。お前の気持ちわかってたんだ…
でもこの関係を崩したくなくて怖くて言えなかった。臆病でずるくてごめんな。
指輪は捨ててくれたって構わない。陣平ちゃんには俺の分まで幸せになって欲しい。』

ポタポタと箱に涙が落ちる。

『愛してる、松田。』

プツリとレコーダの再生が終わる。
涙は止まることなくとめどなく溢れ
声を押し殺して泣くしかできなかった。

「…ッ…クソ…ずるいだろ…！こんな形で…！」

カーテンから差し込んだ光に反射し、指輪が輝く。
隣にあいつはもういないんだと改めて思い知らされる。

「ハギ…萩…萩原…っ！萩原っ！ｯｸ…あぁぁぁ…！！！」

どれだけ名前を呼んでも叫んでも戻ってこない。
自分のせいでいなくなったんじゃないか、
自分が勧めなければ生きてたんじゃないか、
もしあの時解体してるのが自分だったらと
後悔の波が押し寄せる。
突然背中に重みと安心させるかのように
身体全体に温もりを感じた。


(あぁ…そこにいるんだな。)


「俺も愛してる…萩…。」

最愛の君へ