主くり/線香花火「おい」
部屋の扉が急に開いたと思ったら顎でクイっとされながら外に誘われた。
昼間とは違い薄暗くなった庭を通り本丸から少し離れた所まで来ると待ってろと言われたので大人しく待つことにした。昼間に比べて暑さも収まり時折緩やかな風が俺の体を通り抜けていくのを感じていると少し離れた所でバケツと大きな袋を持って何やら準備している姿が目に見え不思議に思っていると彼、大倶利伽羅は袋をずいっと手渡してきた。
「これなに?」
「開けたらわかる」
言われて促されるように袋を開けると夏によく見る物が見えた。袋の中には何種類もの花火が入っててスタンダートなものから見たことない種類のものが入っていて子供の頃、家族や近所の友達と集まって遊んだ思い出が蘇り懐かしさが込み上げてくる。大倶利伽羅と言えば俺が袋を開けている間に、火の準備をしてくれたみたいで手際の良さに感心してしまう。
「それで、急にどうしたんだ」
「…忘れたのか」
「えっ?」
俺の返事にムスッとした顔が見えて焦ってしまう、必死に思い出すも最近は忙しくて花火の話なんて他の刀や、ましてや大倶利伽羅にした覚えが無かった。焦る俺にため息を吐くともういいと言いたげにそっぽ向かれた。
「す、すまん」
「別にいい」
「でも、せっかく用意してくれたのに」
「好きでやってるだけだ」
「でも…」
「しつこいぞ、良いと言っている」
そう言うと大倶利伽羅は袋から適当に手持ち花火を取り出して火を灯した、花火の煌びやかな光が夜の暗闇を彩りが綺麗だ。
チラリと俺を見る大倶利伽羅の目が促すので袋から取り出して大倶利伽羅と同じように火をつける。
「綺麗だな」
「…ああ」
パチパチパチと音が鳴り響きながら徐々に音が小さく鳴り火が消える。大倶利伽羅はそれを持ってきたバケツに入れるとジュっと音が鳴り火薬の匂いが立ち込める。そのまま次の手持ち花火を持つと火をつけて続けて煌びやかな色が闇夜を照らす。
「大倶利伽羅…俺にも火をくれないか」
「ああ」
近づくと俺の持っている手持ち花火に自分の火花をわけてくれた。
ふと、懐かしい記憶が蘇る、一昨年の夏の事だ、本丸の皆で今の俺と大倶利伽羅の様に庭で花火をしたことがある。
今とは違いあまり関わりを持つのが好きではなかった大倶利伽羅も燭台切光忠や鶴丸国永に連れられてきていた。誘った二振りは他の刀達に話しかけられていて気づけば大倶利伽羅は輪から離れた所へと移動していた。
なんだかんだ言いつつも手にはいつの間に持たされたのか火もつけずに一本だけ持って佇む姿が目に映り思わず声をかけてしまう。
『なあ、火をつけないのか?』
『…別に』
『ほらそれ近づけてみろよ』
『ふん』
そう言って、そっけない態度を取る大倶利伽羅に無理やり俺の火を近づけて大倶利伽羅に引火させる。赤、緑、黄色のついた色が大倶利伽羅の瞳に映り最後に白に変わってあっという間に終わってしまった。
『あー、終わっちゃったな』
『ああ』
『また、こうやって花火できたらいいな』
『勝手にすればいいだろ』
そんな会話をしながらみんなの花火が終わるまで2人で話したのを思い出す。
確かに、あの時の花火大会は好評で本丸の皆でやりたいと思っていたが本丸の人数が増えたのと、修行に出したりなどして忙しく花火を買いに行く暇もなかった。
しかも大倶利伽羅との会話もバタバタする本丸の中で修行に行く所を見つけて声をかけたくらいで今みたいに花火に誘われなければ思い出す事もなかったかも知れない記憶だ。
俺の顔を見た大倶利伽羅が俺の顔を見ながらやっと気づいたのかと言わんばかりに鼻を鳴らした。
大倶利伽羅は俺に線香花火を渡すと火を灯して落ちないようにゆっくりしゃがみ込むので俺も慌てて大倶利伽羅の真似をする。
「思い出したのか」
「いや、お前…」
「何だ」
「一昨年も前の話を覚えてたのか」
「あんたが…」
そう言ってポトリと落ちた火種に思わず、声が出るが大倶利伽羅は気にしてないように次の線香花火に手を伸ばしてボソリと呟く。
「あんたの事は全部覚えている」
「なっ!」
「落ちたぞ」
大倶利伽羅から急に言われた言葉に動揺して火種を落としてしまう。
まだ余っている線香花火に火をつけて大倶利伽羅が言った言葉に動揺を隠すように一度咳払いをした。そんな俺を見て大倶利伽羅が少し頬が緩ませるのが見えて意外な姿に目が奪われそうになる。
咄嗟に視線を逸らした先に残り二本になってしまった手持ち花火が見え、まるでこの時間が終わってしまうカウントダウンの様に見えてきて残念に思ってしまった。
「なあ、大倶利伽羅」
返事はないが顔を手元から俺の方へと視線を上げてくれた。
「勝負しないか?」
「勝負だと」
ピクリと眉を動かす大倶利伽羅にこれはチャンスだと頭によぎり提案を続ける。
「今から、同時に線香花火に火をつけて相手より先に落ちなければ勝ちって勝負だ。簡単だろ」
「勝ったら何かあるのか」
「そうだな…勝った相手の言うことを一つ聞くってのはどうだ?もちろん叶えられる範囲に限るけど」
「…分かった」
「じゃあ、いくぞ。せーの」
俺の声かけと共に2人同時に火を付けた、正直勝てる見込みは無い。ただ少しだけあの時のように大倶利伽羅と思い出が作りたかっただけた。
「負けだ」
「えっ」
声をかけられて大倶利伽羅の方を見るとボウボウと燃える火種が足元に落ちていた。まさか勝てるなんて思っておらずポカンとしていると
「それで何をすればいいんだ」
「何?」
「あんたが言ったんだろう」
「ああ、そうだったな」
急に言われる言葉に焦りながら咄嗟に思いついた言葉を伝える。
そういえば明日は行きつけの甘味所の特売日だったな。本丸のみんなに偶には買って帰るのも良いかもしれない。
「じゃあ、明日俺とお出かけとかどう?」
「いいのか」
「いいのかって、何の確認?」
「明日は…いや、何でもない。」
「じゃあ、明日は頼んだぞ」
「ああ」
そう言って大倶利伽羅はまた手際よく周囲を片付け始めた、何か花のようなものが散ったように見えた気がしたが夏の気まぐれな風に飛ばされて暗闇に隠されてしまった。
部屋に戻り何気なく先程の大倶利伽羅の言葉が耳に残っていてふとカレンダーに目をやると日付をみて思い出す。
そう言えば明日は俺の誕生日だった。先ほどの大倶利伽羅の態度が頭によぎる。
『あんたの事は全部覚えている』
「…大倶利伽羅って俺の誕生日も覚えてるんだ」
大倶利伽羅の声と表情を思い出して変に胸が高鳴った。
「取りあえず、明日は甘味所じゃなくて他の所に行こう」
頭の中でいくつかの場所に目安をつけてとりあえず布団に潜った、もし、もし、大倶利伽羅も同じ気持ちだったら良いなと思いながら明日が来るのを楽しみにして目を瞑った。